異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
258 / 1,121

暗躍 6

しおりを挟む
 リカルド様方と湯屋へ赴き、今日も風呂を利用した。
 本日の同行者は、騎士の方ともうお一人だ。我々が館を離れる間、残る一人を監視しておけないのが残念であったけれど、人手が足りないので仕方がない。
 それなりに恙無つつがなく過ごし、戻って来ると、部屋には来客があった。

「おい、残ってた奴、なンで見張ってねぇンだ」

 部屋の長椅子に、草がくつろいでいた。
 ハインが腰の剣に手を掛け、臨戦態勢に入ろうとするのを、必死で宥めてやめさせるのに、少々苦労した。
 どこから入ったのだか、痕跡は全く無かったのに……と、首を傾げるしかない。
 気配も殺し、音も立てていなかった様子で、サヤも気付いていなかった。
 こういった風に忍び込まれた時、無防備だな……。ていうか、草が非常に優秀であるのだとは思うが。

「人手が無いから、仕方がなくてね」
「……てめぇ、ふざけてンのか?」

 正直に述べると、少年めいた草の顔が、怒気に歪む。
 どすの利いた声で、そう言われてしまった。なんで草がご立腹なのかが分からない。

「いつまで経っても、使いやしねぇ……何の為に渡したと思ってンだ」
「……何を?」
「犬笛だろ⁉︎   そこの獣に渡したろうがっ」

 ビシッとハインを指差す草。
 犬笛って、なんだ?   と、記憶をひっくり返し……ああ。確かに貰ってたな。と、気付いた。
 万が一の時には、吹きならせ……だったか?   だが、まだ万が一は起こってないと思うのだけど……。
 それに、ハインを獣呼ばわりするのはやめてもらいたい。

「獣じゃない。……ハインだ」
「チッ、ああそうかぃ。良かったな名前持ち。てめぇは主人に不誠実だが、てめぇの主人は馬鹿なほどに誠実で羨ましいぜ。
 てめぇが俺らをどう思ってようが構わねぇが、使わねぇンなら笛を返せ。
 主人の為に我を殺すことも出来ねぇ、駄犬が」

 草の言動に、ハインの顔がより険悪になり、殺気すら身に纏う。
 その様子に、俺は慌てて二人の間に割って入った。

「やめろって!   草、笛の件は悪かった。
 ただ、万が一の時にと言われていたし、今は使いどきじゃないと思ってたんだよ」

 すっかり忘れていたのだけれど、そう言って誤魔化しておく。
 すると草は、チッと舌打ちをして自身の胸元を弄り、引っ張り出したそれを、俺に投げつけてきた。

「もう良い、てめぇが持ってろ。
 あとな、俺らを忍にするって言ったんだろうが⁉︎   なら仕事を寄越せ!」

 どうやら、笛で呼ばれるのを待ってくれていた様子だ。
 用事がある時はマルを通すのだと思っていた……。俺が直接声を掛けて良いらしい。
 それをわざわざ言いに来てくれたのか?
 しかも、見張りとか、そんな仕事で呼びつけても良いと、言外に言っていた。

「……あ、ああ。ありがとう……」

 お礼を言って笛を握りこむと、なんとか溜飲を下げてくれた様子だ。
 苛々を押さえつける様に、言葉から感情をこそげ落とす。

「てめえらが出てる間に、接触してやがったぞ。
 例の偽装商団。ここから小一時間の場所まで移動して来てやがンだが、その斥候とだ。
 あんたをどうするかって伺いを立ててやがった」

 そんなことを言い出す。
 え?   それってまさか……。

「草……わざわざ、見張っててくれたのか?」
「たまたまだ!   報告に来たついでだ……。
 おい、ありゃあ、やばい連中だ。正気じゃねぇ……さっさと狩るぞ。それだけ言いに来た」

 スッと、目を細め、標的を見定めた狼の如く、獰猛な殺気を滾らせる。
 かと思えば、サッと手探りで腰の短剣を確認し、席を立った。懐から頭巾と顔の上半分を隠す為の仮面を取り出し、装着する。今まで意識していなかったが……今日の草は、全身黒尽くめだった。

「運がいい奴だ。俺が空いてるンだからな」

 頭巾の具合を調節しつつ、そう言う。
 嫌な予感しかしない……まさか。

「ちょっと、何してる?」
「てめぇは何も知らねぇことにしろ。まだ会ってもいねぇンだ、あっちも油断して……」
「おい⁉︎   何不穏なこと言ってる⁉︎   その格好はなんだ、何をしようとしてる⁉︎」
「あぁ?   見りゃ分かンだろうが、この俺様が、自ら仕事してやるって言ってンだよ」

 小柄な身体に、不相応な殺気。
 何を聞いた⁉︎
 草は怒っているように見えた。何やら苛立ち、ハインに八つ当たりしていた様であったのも、わざわざ部屋に待っていたのも、その辺が理由であるのかもしれない。

「落ち着け、どうしたんだ?
 何がやばいのか、言ってくれなきゃ分からない。
 それに、俺と君らとの約定は、不殺が条件だ。草にそんなことはさせない!」
「はぁ?   てめぇ頭沸いてンのか⁉︎   だから俺から言ってやったンだろうが。
 てめぇに頼まれちゃいねぇンだよ俺は!」
「尚のこと駄目だろうが!」

 つい声を荒げた。
 そんなことをして欲しくて約定を交わしたのではない。俺は、不殺を貫く覚悟は固めている。そもそも、草には俺の為に手を汚す理由なんて無いはずだった。
 それに俺は、約定の抜け道なんて、知りたくもなかったよ。

「何を聞いた。包み隠さず話せ。草が手を汚す必要は無い。そんな風にしない為に、情報を集めて、対処しようとしてるんだから。
 マルは今引きこもっているから、俺が聞く。さあ、話すんだ」

 有無を言わさず畳み掛けると、酷く戸惑った顔をされた。
 自分が始末して来てやると言っているのに、何故か反対された。こいつは何を考えている?   意味が分からない。と、そんな顔。
 だがこれは、前にも言った筈だ。

「草の命を天秤にかける様な事態ではない。相手は二十人近い、玄人なんだぞ!
 君はそんな軽々しく、自分を差し出すな。金にもならないのに、大損だろうが」
「なっ……ば、馬鹿だろお前⁉︎
 お前の命は、あっちが勝手に天秤に掛けちまってんだぞ⁉︎」

 ああ、やっぱり。そういうことだろうと思った。

「だからなんだ。こちらが同じ盤上に足を乗せなければならないなんて道理は無い。
 心配しなくとも、そう簡単に殺られてやるつもりはないし、こうして情報を得られたからには、対処出来る。
 だから、心配するな。草は、それ以上をする必要はない。もう充分だ。
 さあ、俺の生存率を上げる為にも、得られた情報を、与えてくれ」

 そう言って詰め寄ると、草は「あんた本当馬鹿だよな⁉︎」と喚き、長椅子へヤケクソ気味に腰を下ろした。

「……ありゃ気狂いだ。今の王家にゃ、後継が一人しかいねぇのは、誰でも知ってるこった。
 なのにあいつら、そのたった一人が、最悪死ンじまっても換えがきくらしい。
 とりあえず生かして王都に連れ帰るつもりではあるンだが、生きてさえいりゃ良いってよ。
 ンで、あんたに至っては、口封じが視野内だ。
 リカルドって野郎を、あんたたらし込ンだのか?   どんな手管だって盛り上がってっぞ。
 あの猪を、男の色香で傀儡にするなンて手段で来るのは想定外だって、けど、姫様すら籠絡してンだから、とンでもねぇ魔性だって。
 まんまとハマっちまってるから、のめり込み過ぎる前に始末しとけだとよ。
 ンで、帰ったら、似た感じの見目麗しい小姓を確保しろって」

 膝が崩れた。
 なんだそれは……。誰がそんなことしたよ……。腹黒い策謀を巡らせてると思われるなら想定していたが、たらし込むとか……どんな想像力だ⁉︎   こっちこそ想定外だ‼︎

「さもありなん。軍門に下れとか言われてましたしね」
「騎士団だろ⁉︎   そんな目的で人選してたらいざって時どうするんだよ⁉︎」
「さあ?   美しく散るのではないですか?」
「美しいか⁉︎」
「見た目だけなら、忠義に厚い部下ですよ。甚だ役には立ちませんが」

 しらっと答えるハインだが、サヤはなんと反応したら良いやらと言った感じに、表情が抜け落ちてしまっている。
 ぶっ倒れやしないだろうかと心配になった。
 だがそう思ったことで、少々気持ちが落ち着く。

 まあ……後半の内容はとりあえず無視しよう。
 学舎でも、そういった陰口はちらほら聞いたしな。
 まさかここまで身長が伸びても言われるとは思わなかったが……。

 それよりも重要なのは、姫様のことを、生きてさえいりゃ良い……くらいの感覚でいることだ。王家の者をあまりに軽視しすぎている。異常な程だ。
 リカルド様との婚儀だけ、体裁が整えば良いと?   それとも、それすらどうでも良いのか?
 なんでそこまで、思い切れる……?   後継が亡くなれば、王家は……フェルドナレンは終わるんだぞ?
 二千年という長い年月の間、守ってきた様々なものが、崩壊するというのに……。

「今夜は下準備だろう。明日以降は知らねぇぞ。
 あのリカルドとかいう猪が当てにならねぇから、強硬手段だって話になってる。
 あいつらの引いてる馬車の一つは、ご大層に格子付きだ」

 ……なんだと?
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...