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自覚 3

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 少し闇に慣れてきた視界に、困惑した風な表情のサヤが、ぼんやりと見える。

「……サヤの世界では、魂を捧げたりしないの?」
「せやから、魂を捧げるて、それが、なんなんか、分からへんの」
「…………」

 嘘。魂を捧げることを知らないって……いや、捧げないで一生を終える人も当然いるわけだし……みんながみんなすることじゃないんだけど……。
 けどサヤの反応を見るに、捧げるどうこうではなく、単にこれ自体を知らないっぽい。
 まさか、サヤの世界にはこれがない……?
 思いもよらなかった。
 沈黙する俺に、今度はサヤがオロオロしだす。
 俺はこの闇夜に感謝した。
 俺の顔が見えなくて、本当に良かったと思う。

「……魂を捧げるというのは……その……。たいしたことじゃないから、気にしなくて良い」

 説明しようと思って、やめた。
 きっとサヤには必要ないことだ。
 俺が勝手に先走ったのだし、サヤが知ってようがいまいが、俺の気持ちは変わらないのだから、それで良い。
 だからもう帰ろうと言って、立ち上がる。

「嘘!   たいしたことないんやったら、こんな時にしいひんやろ⁉︎ 」
「いや、ほんと、たいしたことじゃないから……」

 聞かないでくれ、恥ずかしすぎる。
 顔を背けてつい、逃げてしまった。
 すると、サヤは一瞬押し黙り、次の瞬間。

「私になら、何を知られてもええって言うたくせに!   もう覆すん⁉︎
 もうええ!   じゃあハインさんに聞いてくるし!」
「えっ⁉︎   いや、ちゃっとまって!   それはやめとこう⁉︎   色々面倒くさいことになるからっ」

 怒って俺の手を振りほどき、別館の方に向かおうとするから、必死で止めた。
 ハインに聞くのだけはやめてくれ!   俺のサヤへの気持ちが、あいつにバレてしまう。そうなったら、あの手この手で既成事実を作らせようと画策しそうで本当ヤバイから!
 するとサヤは振り返り「じゃあちゃんと教えて!」と、怒り声で言うのだ。
 ハインにバラされるくらいならば自分で言った方がマシだ!
 マシだけど……恥ずかしすぎる!

「……だ、だから……その……魂は、一つしか、無いんだよ……。
 生涯でその……サヤにしか、捧げないという、誓い……で、す」

 誓約ほどじゃないけれど、一生に一人にしか捧げない。そういう誓いなのだ。
 とはいえ、誓約みたいに神殿に奉納されるわけじゃないから、回数管理をされているわけでもない。
 昔の物語なんかには、出会う女性全てに魂を捧げている男だっていたりするのだけれど……貴族には、この誓いがとても重要視されていた。
 複数人の妻を娶ることもある。政治的な結婚も当然ある。
 だから、本気で一生を捧げる相手だと誓う為に、その相手にだけ、これをする。
 騎士が仕える姫や主人に捧げる場合もある。
 結ばれることは決してないけれど、自分の魂……愛は、貴女に捧げるのだと、そう誓うのだ。

 サヤがポカンとした顔で俺を見上げてくる……。
 顔の熱が尋常じゃない。暗がりであるから良かったものの、見えてたらきっと酷い顔だ。

「これは、一方的にする誓いだから。
 相手が誰を好きでも、既婚者でも、身分に差があっても、関係ないんだ。
 サヤの世界には、そういうのは、無いの?」
「な、ない……」
「そうか……ごめんね、なら驚かせたよな。
 だけど、これが俺の偽りない気持ちだから」

 サヤの一番がカナくんでも、元の世界に帰ってしまったとしても、俺が生涯において己を捧げる相手はサヤだけだ。
 離れてしまうのだとしても、魂だけは、サヤに。
 人が……俺が、自身の裁量だけで捧げられる、唯一のもの。

「これでもう良いだろ?  俺がちゃんと本気だって、理解してもらえた?
 なら、戻ろう。こんな田舎でも、夜に女性が出歩くなんて危険だ」

 サヤの手を引くと、大人しくついてくる。
 そのことにホッと息を吐いて、足を進め出したのだけれど……さして進まないうちにサヤに引っ張られた。
 振り返ると、サヤが、虚空を見上げている。

「どうしたの?」
「…………なんでもあらへん……」

 パッと、視線を外し、慌てて足を進め出す。
 サヤの見ていた先……領主の館の方に視線をやってみたけれど、明かりのついた窓は見当たらない。もうだいぶん、遅い時間だしな。

 ……ていうか良かった……。みんなが寝静まっているような時間で。
 悠長にこんなことしてたら、危ないなんてもんじゃない。
 もし見られていたらと考えて、急に怖くなった。
 大丈夫……裏手は、使用人の使用する部分だ。異母様や兄上は居ない。
 いや、使用人に見られていたとしても問題なんだけど、灯りを持たずに歩き回る奴は流石に居ないだろう。そもそも、誰かいたりしたら、きっとサヤが気付いてる。だから、大丈夫。
 なんとか気持ちが落ち着いてきたと思ったら、今度はつい勢いで、結構なことを口走っていたと今更ながら思い出されて、恥ずかしさに拍車がかかる。
 サヤも同じように思っているのだと思う、俯いて、俺と繋いだ手元を見てる。
 ……あっ、手⁉︎

「ご、ごめんっ!   嫌だった⁉︎」

 当たり前みたいに手を繋いでたけど、そもそもまずそれがおかしい。
 パッと離す。すると何故か、サヤの方が俺の手を取ってきた。

「……レイは、私と、どうなりたいって、思うてるの」

 手を握られた状態で、何故かそんなとんでもないことを聞いてくる⁉︎
 混乱の極みの中、必死で言葉を探した。

「ど、どうもこうもないよ⁉︎
 今のままで……俺は、ただこうしていられたら、それで充分でね⁉︎」

 気持ちを知ってもらいたい。そしてできれば、俺を見てほしいとは言った。けれど、それ以外なんて……そんなものは無い。
 触れたいと思う。たまらなく抱きしめたくなったりもするけれど、それを強要しようとは思わない。
 だってそもそも、カナくんがいて、サヤは彼のことを好きで、だから俺の付け入る隙なんて、ないのは分かっていたから。
 分かっていたのに……せめて気持ちの欠片だけでよいから、欲しいと思ってしまったのだ。

「ご、ごめん……その……。
 俺はその……持つことを……求めることを、してはいけないって、ずっとそう、思っていたから……。
 まだ上手く……できないんだ。
  ほんの少しで良いから、サヤの気持ちを、与えて欲しかった……。それだけで良いんだ」

 別館まで戻ってこれた。
 だけどこの話を、中ですることもできない。
 だから、中に入る前にと、足を止めてそう伝える。
 するとサヤは、俯いていた顔を、こちらに向けた。

「ふ、普通は、告白したら、恋人とか、そういうことになるんやないの?
 この世界では、そうやあらへんの?」

 唖然とする俺を見上げ、玄関扉の隙間から漏れる薄明かりの中、頬を紅潮させたサヤが、騎士のような顔でそう言う。
 こっ恋人⁉︎
 いやちょっと、サヤさん大丈夫ですか⁉︎

「だ、だから!   俺が勝手に……」
「私の、勘違いやあらへんのやろ?
 レイは、私をきちんと、好きやって、そう言うてくらはったんやろ?
 あの誓いって、そういうことやろ?   違う?」

 …………違いません……。

 せっかくおさまりかけていた顔の熱が、再発熱した。
 明らかに顔面が熱い。サヤを見れない。今度は俺が俯く番だった。
 けれど、身長差の関係上、どうしても顔は、見られてしまっているわけで……。

「せやったら、練習しよ。
 レイが、幸せになる練習。
 私がここにいる間は……レイを、見とる」

 視界の端で、サヤの唇が、そんな途方もない言葉を紡ぐ。
 信じられないその言葉が、頭の中でガンガンと鳴り響いた。理解できない。だけどなんだこれ、なんでこんな、混乱してるんだ俺……⁉︎

「私も、練習や。
 そもそも、普通に接することができる男の人が、あっちにはいいひんかったし、私もよう分からへん……。
 せやから……何を、どうしていいかもよう知らんけど……そ、それで良い?」

 サヤが一歩踏み込んで来たせいで、表情が全て、見えてしまう。
 頬を染め、不安そうに眉を寄せて、上目遣いでこちらを見上げてくる。
 そっ…………!  それはダメな顔だっ、なんか久しぶりに見たけど、そのせいで攻撃力がやばい⁉︎

「ちょっ、ご、ごめん、離れて……」
「あかんって意味?」
「違うっ。そうじゃなくてっ!」

 必死で身を離そうとする俺に、サヤがジリジリと詰め寄ってくる。
 耐えかねた俺はその場にしゃがみ込んで顔を隠した。サヤより低くなるしか、顔の隠しようが無い!

「俺だって、どうしていいか、分からないっ」
「とりあえず、今まで通りでええと思う。その……私の国では、普通異性を、簡単に抱きしめたりせえへんし」
「………………は?」
「恋人とか、そういう間柄ではそうする。
 けど、上司と部下とかはせえへん……ゆ、友人とかもあまり……せえへんし」

 衝撃の事実。今までで一番の衝撃だったかもしれない。

「はぁ⁉︎」

 え?   じゃあ俺って、そもそも変態だったとか、そういうこと⁉︎
 俺は今までサヤに、とんでもない無体を働いていたってこと⁉︎

「あっ、外国は違うで?   そういうの挨拶でする国もあるし。
 それにこの世界……フェルドナレンは、そんな風みたいやし。ギルさんかて、スキンシップ多いし」

 慌ててサヤが助け舟を出してくれるが、俺はそれすらきちんと聞いていなかった。
 自分のしでかしていたことに撃沈するしかない……。
 まさか、既におかしかったなんて……いやでも、俺ギルに散々、あんな風にされてるんだけど……ていうか俺の人との接し方って、もしかして根本から間違ってるってこと?   そもそもギルが間違ってるってことでは⁉︎    だけど俺の周りで、一番まともに人間関係を構築しているのはギルだと思うし、実際その通りでしかないわけで、じゃあ俺の着眼点なり解釈なりがおかしいってことなんじゃあ⁉︎
 いやまて……そうじゃなくて、サヤの国がそういったことをあまりしない国であるってだけの話か?   魂を捧げる誓いも無かったし、接触自体を好まない種族ということでは?

「ご、ごめん……嫌じゃ、なかった?」

 何はともあれ謝って、確認しておこうと思った。
 だから恐る恐るそう聞いたのだけど、サヤはそんな俺に、ふんわりとあの美しい笑顔を向ける。

「嫌やったら、今ここで、こんな風になってへん」

 その言葉に、心底ホッとした。
 そして恋人になったのだとしても、今までとなんら変わらないのだという事実に、何故か少し、安堵していた。
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