異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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自覚 2

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 取り残された部屋で、呆然とただ、見送って。

「……何で?」

 佇んだ。

 自覚?

 そんな風にぼんやり考える思考の端で、必死に暴れてる何かがある。
 馬鹿、追いかけろよ⁉︎   そのままで放置ってそりゃないだろ⁉︎
 と、胸を奥の方から心臓を殴られているような感覚。心音が、外に響きそうな程に、バクバクと跳ねている。
 何故かって、それは、サヤの反応。
 サヤが、あんな風に頬を染めてしまうから、俺は、何か勘違いをしてしまいそうになっていた。

 いや、ないから。
 だって、俺はそもそも、男として見られてなくて……だからサヤは、俺が平気で……。
 なのにあんな顔をされたら、誤解してしまう。あんな……。

 意識しているような……表情。

 否定を繰り返す横で、別の俺がそれを遮る。
 でも、サヤは、手放さなくても良いって、言った。
 俺の気持ちを、忘れないと、言った。

 それは、もしかして……少しでも俺を、見てくれていると、いうことなのでは?

 そこまで考えるのにかかった時間はほんの数秒だ。
 思い至った時にはもう、足は動き出していた。
 そんなまさかと思いながら、それでもその蜘蛛の糸のような可能性に、必死でしがみつこうと足掻く。
 部屋を飛び出すと、廊下でハインに捕まっていたらしいサヤが、はっと俺の方を振り返った。
 慌てて階段を走り下りるから、待ってくれと叫び追う。

「また喧嘩ですか」
「違うから!」

 見当違いのことを問うてくるハインにそれだけ言い捨て、前を通り過ぎた。
 その間にもサヤは逃げる。焦った様子で、玄関扉に手を伸ばすから、俺の方が慌てた。

「サヤ⁉︎   夜に外には出るな!」

 この世界はそれほど治安が良くない。
 こんな田舎だけど、それでも夜に女性が一人で出歩くなんて論外だ!
 だけどサヤは扉の外に出ていってしまう。俺は速度を上げて、それを追った。ハインが何か言ったけれど、構っていられなかった。

「夜は危ないから駄目だ!」

 別館の裏側の方へ足音が去っていくものだから、俺も全力でそちらに走った。
 暫くするとサヤの背中を発見する。低い石垣を乗り越え、さして追わないうちに、その背中が大きくよろけたものだから、慌てた。

「サヤ、大丈夫⁉︎」

 何かに躓いたらしい。座り込んだサヤに追いつくと、顔を手で隠してしまった。
 そんな反応の全部が、俺の胸をざわつかせる。
 恐怖とは違う。
 暗すぎてサヤの顔は見えない。けれど、きっと赤い。
 どれだけ観察しても、サヤから俺に対する恐怖は感じられない。それを何度も確認し、それでも俺の思い込みではないかと自身を疑い、やっとの事で、口を開いた。

「サヤ……さっきのは、どういう意味?」
「そないなこと聞くために、追いかけてきたん⁉︎」

 どこかやけっぱちのような、羞恥に耐えかねている様な、そんな声音。
 俺の気持ちの高揚が、抑えられないくらい、膨れ上がってくる。

「……違う。確認しにきた。
 サヤは俺のこと、どう思ってるの」

 座り込んだサヤの前に、俺も身を屈める。
 触れたかったけれど、我慢した。
 暫くそうして待っていると、サヤはポツリと、ささやく様な小声で言った。いつか聞いたと同じ言葉を。

「レイのは、その好きとは違う……」
「前も言ったよ。俺はちゃんとサヤを好きだって自覚してる」

 触れたいと思う。抱きしめたいと思うのだ。他の誰にだって、そんな風には思わない。
 好きだと思う相手は沢山いるけれど、サヤを好きなのとは、全然違う。
 だがサヤは、かぶりを振って言うのだ。

「レイは、誰にかてそういう風や。私だけやない、分かってるもん!
 ユミルさんや、カーリンさんにかて……姫様にかて!
 誰にかて優しい……女性にだけやのうて、みんなに優しいんや……。
 せやから、自分が特別やなんて、思えへん。
 それに私には……いつも作り笑いしか、せえへんのに……」

 両手で目元を隠したサヤが、苦しそうにそう言って、唇を噛みしめる。
 そんな風に、思ってたのか?
 言われたことに、俺は衝撃を受けていた。
 サヤに表情を作ってしまうのは、彼女に余計な気を使わせないためだった。
 どうしても女性として見てしまうから、その視線を苦手とする彼女には、苦痛と感じることだと思っていたのだ。
 それに、俺のせいでここに迷い込んでしまったサヤへの罪悪感は、いつもあって、いつか必ず居なくなる人だと、自分に言い聞かせつつ、日々を生活する。
 だから、どうしたって、苦しみを捨てられない。だけど、そんな俺の一方的な感情なんて、サヤに押し付けられない。だから……っ。

「レイは、誰にかて、優しい。分かってるけど!……そないな風に言われたら、期待するやんか、誤解してしまう!
 レイは私を帰すって、いつも言う。それくらいには、私は軽い……そんなん、本当の好きとは違う……」

 そこまで言われて、もう我慢の限界だった。
 腕を伸ばして、無理やりサヤを引き寄せ、抱き締める。
 こんな誤解は、されたくない。もう、もう全部、晒してしまおう。俺が、どれくらい、我慢しているか!

「帰さないって、言いたいよ!
 カナくんにだって、家族にだって、遠慮なんかしない、ここに力尽くで繋ぎ止めたいって、いつも思ってる!
 ギルにすら嫉妬してる!
 サヤを、近付けたくないって、そこら中の奴に思ってる!
 いつもサヤが愛おしくて、触れたくて仕方がないって思ってる!
 ずっとこうして、腕の中におさめておけたらって……いつも……」

 だけど、不安なのだ。
 俺の周りには不穏なものが、懸念が、ありすぎる。
 俺は不甲斐ない半人前で、自身の身の安全すら人に頼る有様で、そんな俺が、なにかを得ることを許されない筈の俺が、本当に願って、動いて良いのか。
 サヤを、あの人みたいにするのじゃないか。
 今ちょっと覆されたかにみえる、俺の運命が、また牙を剥く瞬間が……サヤに、襲いかかってくるのじゃないか……!
 いつも……いつもそうだった。断ち切れると思ったら、また絡め取られる。逃れられると思ったら、それまで以上の枷が、鎖が、俺を捕えに来るんだ!

「サヤを失うなんて、絶対に嫌だ。
 それなら、サヤに二度と会えなくても、安全な場所で笑っていてくれたらって……家族や、愛する人に囲まれて、微笑んでいてくれたらって、思ったんだ。
 俺は今まで、そうやってきた。
 失わないようにするには、そうしなきゃならなかった!
 願うのが怖い。今だって怖いんだ!
 失うくらいなら、遠くでもいい、幸せでいてくれたら……それで、我慢しなきゃ駄目なんだって……ずっと、そうやって……なのに……」

 そうやってきたのに、今までそれで我慢してこれたはずなのに、この手の中の温もりを、自分のものにしたいと思ってる……。
 サヤにだけは、その我慢すら、上手くできない。
 サヤに俺の気持ちに偽りはないって、伝えたい。
 手に入れられないのだとしても、それでも君が全てなのだと。

「……サヤ、両手を前に出してもらえる?」

 サヤの背中に回していた腕を緩めて、そうお願いした。
 ただ抱きしめてたってきっと伝わらないのだ。
 なら、俺がサヤに捧げられるのはこれしかない。

「……?」

 サヤが両手を俺の前に出す。顔は見えないけれど、訝しげにしてるのは雰囲気で分かる。その両手のひらを、重ねるようにさせてから、俺はサヤの手をしっかりと握った。
 そこに口づける。
 びっくりしたのか、引っ込めようとする手を掴んで逃さない。
 その手を裏向きに返してから、今度は手の甲に口づけする。

「俺の魂はサヤに捧げる……」

 サヤにそう伝えた。

「……あの、それ、なんなん?」
「⁉︎」

 その質問に、一瞬で頭が真っ白になった。
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