異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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父の軌跡 9

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「私は後継ではないし、そのつもりも無い」

 もう一度カークが口を開く前に、釘をさす。
 兄上と争うつもりはない。父上がそう決められたのだ。ならばそれが決定だ。
 言い切った俺に、カークの後ろに控えた面々が表情を歪め、身を乗り出すが、カークはそれを手を挙げて制した。

「そう言うからには、ここにいる者は、セイバーンの騎士か」
「いえ、正規の騎士ではございません。
 士族や役人……その身内からの、志願者です。時間を掛け、怪しまれぬように集めました。二年を掛けて」

 眉を寄せる。
 どうも、権力争いの雰囲気ではないなと思ったのだ。
 王家に限らず、跡目争いというのは、往々にしてある。後継は基本的に一子だが、あまりに不適当だと判断される場合や、家系の事情や、家臣の思惑。本人が拒否をした場合等……まあ、色々だが。
 そういった時、仕える者が二分して争うなんて話も聞くのだが、こんな片田舎の男爵家……そして二年もかけて集めたのがほんの二十人程度……。それでは、争いにもならないだろう。
 見たところ、若い者が多かった。けれど、しっかりとした体格で、鍛錬を怠っていたり、粗暴を働く風でもない。きちんとした教育を受け、騎士となるべく育てられた者らだと思う。
 それを、わざわざ傭兵団崩れに偽装して、ここに集めた?
 二年を掛けて……か。
 その言葉を頭の中で転がす。
 色々なことが一気に変化したのが二年前……。母が死に、父が病に倒れ、俺が呼び戻された……それが全て、二年前……。

「口を挟んで済まなかった。続きを聞かせてくれ」

 そう言うと、カークはまた、目を細めた。

「……つい最近までは、望んでおりませんでした……。
 私の貴方様との面識は、幼い折に、泉から引き上げた時、一度きりでございましたし、十年……セイバーンを忘れてしまわれたように、一度とで、こちらに戻っては来られなかった……」

 その言葉に、俺は口を閉ざすしかなかった。
 確かに、俺は十年もの月日を、ここに一度も戻らず過ごした。それは事実であるから、そう思われても仕方がないだろう……。
 けれど、ダン!    と、何かを叩きつける音がして、怒り顔のハインが、つかつかとカークに向かって足を進めてきたので、慌てた。え、まだいたのか⁉︎

「なんと一方的な……。セイバーンを忘れて下さったなら、どれほど良かったことか……。
 そうであったなら、この方をここに、帰したりなどしませんでしたよ!」
「っさ……、シザー!」
「っ!」

 ついサヤの名を呼びそうになって、慌ててシザーを呼んだ。
 瞳をギラつかせたハインを取り押さえてもらうためだ。
 ハインの前に立ったシザーを、退け!    と、怒鳴りつけるハイン。通常時のシザーなら慌てて飛びのくが、今は俺の命だ。退かない。
 腕を振り回すハインを捌き、背後を取って腕を固め、机に押し付けてしまう。

「離せ!    殺してやる‼︎」

 やっぱりか。

「シザー……すまない、しばらく離すな」

 こくりと頷いたシザーは、もがいて暴れるハインから、器用に剣を抜き取り、蹴って床を滑らせ、遠くへやってしまった。
 体格差もあるし、絶対に抜け出せないので、ハインの怒りは更に高まったけれど、ここは耐えてもらうしかない。

「血の気が多い奴で申し訳ない……。ああしていれば抜け出せないから、安心してくれ」

 学舎でもよくやってたから、保証する。
 カークの前に出て、腰の剣に手をかけていた男にそう言うと、一礼して下がる。

「巫山戯るな!    レイシール様がどのような仕打ちを受けていたかを、知りもしないということか⁉︎
 よくもまあそこまで眼を腐らせてのうのうと!    領主が領主なら、その家臣も無能、通りでこのような仕打ちがまかり通る!」
「……ハイン……口を閉ざさないなら、部屋も出すぞ」

 まだ口調が崩れていないから、ギリギリ理性を保っているだろう。そう判断したからそのように声を掛けた。するとピタリと口を閉ざす。けれど、目の殺意は相変わらずだ。うん、離したら駄目だな。黙っただけよしとしよう。

「……戻らなかったことに関しては、詫びる」
「いえ、申し訳ございません。私の言葉が悪うございました。
 事情は、承知しております……。アルドナン様にお会いできた際に、お聞きしましたので……。
 その判断も、正しかったと、考えております。戻られた場合、命の危険すら、あったでしょうから……」

 じゃあ言うな!    とばかりに、ハインが唸る。

「……あの時、私を救ってくれたのは、カークなのだな……ありがとう」

 そう言うと、彼は瞳を見開いた。
 そしてぐしゃりと、顔を歪める。

「あのようなことになるまで、気付くこともせずにいた我々を、お赦しくださいますか……奥方様の仕打ちも……」
「俺だって、気付かなかったからな……。ああなるまで。
 異母様がたのことも……気付けるものでもなかったろうと思う。……あの人がいなければ……明るみにも出なかったろう。
 私も、声を上げることをしなかった……。色々が、上手く噛み合わなかっただけだ。気にするな」

 そう言うと、は……。と、言葉少なに返事を返し、しばらく顔を伏せた。
 サヤの手が、そっと俺の背中をさする。
 それだけでは割り切れない色々があることを、彼女は察してくれたのだろう。だから、こうして労りの手を差し伸べてくれる……。
 怒ってくれるハインや、慰めをくれるサヤがいるから、俺は心安らかにしていられるのだ。

「申し訳ございません。老いると色々、脆くなりまして。
 二年、時間を掛けたのは……こちらの動きを察知されないためでございます。
 このように少人数であるのも、小回りを重視したゆえであります。
 そして貴方様を旗印にと望んだのは……貴方様が、我々の想像以上であったからです」

 そう言ってカークは、背後に立つ一人の青年に視線を向けた。
 深い臙脂の髪をした、細身の青年だ。シザーほどではないが目が細く、水色の瞳が冷たい印象を受ける。
 その青年は「イエレミアーシュと申します。アーシュとお呼びください」と、言葉少なに名乗った。

「私がご説明致します。
 領主様の病は、偽りである可能性がございます。
 レイシール様はご不在でしたので、ご存知ないでしょうが、二年前、全てが唐突でした。
 私は、領主様が急病で倒れたと言われる前日に、あの方にお会いしております。
 そのような様子は微塵もございませんでした」

 冷たい視線をひたと俺に据えて、アーシュはそう断言した。

「急病という知らせと共に、領主印の押された書状が各地に届きました。
 役割をそのまま遂行せよ。という内容です。
 ですが領主様の指示ではないでしょう。彼の方は、急病で倒れた際、急な事故で死亡するなりした際、其々に取る手段をあらかじめ用意されておりました。その場合、指示は飛ばないのです。
 結果のみ。それで判断するよう、我々は事前に指示を受けておりました」

 予め決められていた?
 その言葉に眉をひそめると、カークが「セイバーンは、病や事故に、翻弄された経緯がございますので」と、言葉を添えてくれた。

「役職の者のみに申し送りされていることなのです。ですから、信のおける者にしか、伝えられてございません」
「かの日は、政務の合間にできた、束の間の休日であったのです。
 お二人は、館に戻られておりました。
 お二人……領主様と、ロレッタ様であります。ご承知かと思いますが」

 母の名に、顔を歪めずにはいられなかった。
 するとアーシュの視線はより鋭くなる。
 その視線に反応して、ハインが身を起こそうとし、シザーに押さえつけられ、また唸った。

「……すまない、続けて良い……」
「ロレッタ様ですが……」

 っ……。あえて、俺を揺さぶっているのだな……。
 俺を見据える瞳に、ちらりと憤りのようなものが見えた。
 俺が母を快く思っていないことが、アーシュには不快なのだろう。
 ここでのことで、俺の心情は、ここの者にも筒抜けなのだなと、改めて理解した。

「イエレミアーシュ。慎みなさい」
「っ⁉︎    ですが……っ」
「その方の経験したことを思えば、致し方ないと、俺も思う」

 他に二人控えていた者らが、横からアーシュを咎める声を上げた。
 視線をやると「失礼しました」と、頭を下げ、また不動の体勢に戻る。名乗る気は無い様子だ。
 また後ほど聞こうと判断して、アーシュに視線を戻す。

「……アーシュ。構わないから、続けてくれ。
 母親に対して……と、私の態度を快く思わないのは、当然だと思う。
 たった一度の過ち……それを割り切れない私が、不甲斐ないのも事実だから。
 ただ、そのことで、判断を誤るようなことは、しない。
 もしそうしたとしても、諌めてくれる者が、私にはいる。
 だから安心してくれ」

 そこが気になるから、そのような言動になってしまうのだろうと思ったから、そう伝えておいた。
 彼にとっての母は、良き人物であったのだと思う。
 だから、こんな風に怒るのだろう。
 俺に対しては……と、考えてしまう自分も確かに存在するが、それは今ここで、口にすべきことではない。
 少々の痛みなら耐えようと、心に決めた。

 俺の言葉に、自分が大人気ない態度であったと思ったのか、アーシュも口を噤み……次に小声で「失礼しました」と、頭を下げた。

「ロレッタ様は、馬を使われません……。
 幼き頃に、落馬したことがあり、乗れないわけではないけれど、気がすすまないのだと……話してくださったことが、あるのです……。
 ですから、気分転換に遠乗りをするというようなことは、ございません。
 彼の方が馬を利用するのは、やむにやまれない、行事ごとの時のみです」

 母の死は、落馬とされている。

 不自然な急病に、不自然な母の死。
 けれど、父上の配下である方々は、それを不信と考えても、動かなかった。
 書状をそのまま受け入れ、指示に従う通りに見せかけたのだろう。
 けれど問題も起こっていない。それぞれが地方を、きちんと治めてくれていた。
 ならば、急病の際にと出されている指示は、彼らの判断のもとで、実行されているのだと思う。
 そして、今まで俺に接触をしてこなかったのは、俺という人物を、判断しかねたことが理由の一つと……。

「…………人質……か?    父上と、私が」
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