異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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地位と責任 13

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 夕刻過ぎ、辺りが少々薄暗くなってきだした頃、俺たちもセイバーンへ戻ることとなった。
 ウーヴェは一足早く、メバックへの馬車で、帰路についている。
 湯屋の掃除までを終え、しっかり働いたユミルとカミルは少々眠たげで、シザーが幌馬車に同行することとなった。
 幌馬車は危ないからな。
 石に乗り上げた拍子に外へと放り出されでもしたら大変だから、彼が二人を見ていてくれるのだ。
 ジェイドとハインは御者台で、こちらの馬車はマルとサヤ、俺の三人のみとなっていたのだが……。
 もうサヤは、いつもの調子を取り戻していた。
 気持ちの折り合いをつけたのか……考えても仕方がないことと、割り切ったのか……。表情もいつもの穏やかなものに戻っており、また先ほどの話をほじくり返すのも悪い気がしてしまい……。
 帰りの馬車は、普段通りの会話を交わすのみとなった。

 セイバーンに戻り、夕食を済ませてから、俺たちも風呂を堪能し、就寝時間前。
 一同で寛いでいた俺の私室で、口を開いた。

「干し野菜作りを指導し終えたら、今年中のどこかで一度、メバックに行こうか。
 冬支度もあるしさ」

 そう言うと、ハインはこくりと頷き、シザーはソワソワと、視線を彷徨わせる。
 サヤも嬉しそうに微笑んだから、内心で少し、ホッとした。
 何がサヤをあのような表情にしたのかは分からないけれど、ギルならあるいは、サヤの心情に、気付いてくれるかもしれない……。
 こんな時まで彼を頼るしかないのは情けない限りであるけれど、今後のことも考えれば、それが良いように思えた。
 それが無理でも、せめて息抜きにでもなればと、そんな風に思う。

「じゃ、僕は例によって留守番しておきますねぇ。
 ジェイドは留守番、嫌なんでしょうし」
「旦那は引きこもれるから留守番好きなンだろ。じゃあ構わねぇよな」
「んっふっふ。情報収集に集中しておきますよぅ」

 とりあえず留守番役はマルで決定らしい。
 まぁ……吠狼が屋敷の周りを警戒してくれているだろうし、大丈夫だろう。

「ではまた明日。おやすみ」
「おやすみなさい」
「…………」

 マル、ジェイド、シザーが部屋を後にし、ハインとサヤで就寝の支度を進めてくれる。

「明日、荷物が届くのって、多分昼過ぎですよね」
「そうですね。午前中に雑務は終わらせましょう。昼から竹炭作りをするとして……あの煙は相当でしたからね……どこで行うかですが……」
「日が暮れてから行うのはどうですか?    別にうるさい作業でもありませんし、夜なら煙も目立ちません」

 二人のそんな会話を聞きながら、ただ眺める。
 この二人には、どうか幸せになってほしいと思う。
 ハインは心配だな……。簡単に首を掻っ切ってしまいそうで、怖い。
 なにがなんでも俺に殉じようとするかもしれないから、そこだけは何か、対策を練らないとな……。
 サヤは強い娘だから……きっと大丈夫。
 故郷に帰してやれれば、それが一番なんだけど……隙を伺って聞いたマルにも、望み薄だと言われてしまった。
 やはり、サヤみたいな事例は聞いたことがないらしい。
 とりあえず、お伽話でもなんでも良いから、似たものを探すよう、伝えてはおいたけど……。
 だけどまぁ、ギルに託せば、彼はきっと、悪いようにはしない。俺よりよほど、彼女を大切にしてくれるだろうし……。

 ……長いようで、短いような人生だったな。
 本来なら、何を成すこともなく、もう終わっていたかもしれなかった。
 だけどサヤのおかげで、俺はほんの少しだけど、セイバーンのための何かができた。
 存在の意味無く、消えるわけじゃない。
 ここにいたことの意味は、あった。

「レイシール様、ぼーっとしてないで、さっさと着替えてください」
「……はいはい」

 ハインに急かされて、夜着に袖を通す。
 残り少ないかもしれない、いつも通りの日常を噛み締めて。
 はじめはただ苦しいだけだった日常が、今はこんなにも愛おしく思える。

「……本当に、嫌な顔をしますね……」
「ん?」
「いえ、こちらの話です」

 ボソリと吐き捨てられた言葉は拾えず、問い返したけれど答えてもらえず、だけどそんな、普段通りのやりとりも嬉しくて、ははっと、小さく笑った。

「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「うん。おやすみ」

 二人を寝室から送り出して、寝台に上がる。
 睡魔はすぐにやって来た。
 俺も今日は色々したし、きっと、疲れていたんだろう。


 ◆


 それからの日々は、日程をこなしつつ、順調に進んでいった。
 干し野菜の伝授は、人目につかない場所として、村の集会場が選ばれ、吠狼の女性らが、そこに寝泊まりする形で行われた。
 サヤが作っていた、竹笊を繋げて布で覆う器材を作るところから始まり、集会場の開けた位置に作られた干し場に、その袋で包まれた竹笊が多くぶら下げられる光景は、珍妙でいて、圧巻だった。
 日が沈む前にそれは取り込まれ、手拭いで丁寧に水気を拭き取り、またザルの上に戻される。

「こんなことで日持ちするなんてね……」
「干からびた野菜も、取っておけば食べられるのかな?」
「あれはダメだよ。前、リニルがお腹壊したじゃない」

 姦しくキャッキャと戯れながら進められる作業。
 サヤが確認し、出来上がったと思しきものは瓶に移され、紙袋に入れられた竹炭が、その上に置かれる。

「大丈夫か不安な時は、干し過ぎなくらい干したら良いですよ。乾燥させた方が良いので、干さないよりは、干してください。
 薄くしたものほど早く乾きますし、長持ちしますますけど、ある程度なら、厚切りだって干し野菜にできます。
 ただ、薄切りのものよりは日持ちしませんし、きちんと乾ききるまで時間がかかります。なにより、中に水分が残っていても分かりにくいですから、あまり量産すべきではないです。冬を越すことを念頭に置くなら、薄切りの方が、確実かと」

 サヤのそんな指導を、彼女らは真剣に聞いた。

「……こんなに、普通に接してもらえるなんて、思ってなかった……」

 最終日、小さな馬車に荷物と、出来た干し野菜を移した一同が旅立つ時。一人の女性に、そう言われた。
 五人の中には、獣人の血が表層に現れた者……瞳に、白眼がほぼ無い者が一名、含まれていたのだけれど、我々がそれをとやかく言わなかったからだという。
 瞳がつぶらだな……くらいの印象しか持っていなかったのでびっくりしたのだけど、彼女はそれが理由で、国を追われたらしい。

「拠点村……応援、してる」

 他の女性の背後に隠れつつ、はにかむようにして、そう言ってくれた。
 特徴の分かりやすい彼女は、きっとあの村には、来られない。
 だけど応援してくれるという。去り際も長く、手を振っていてくれた。
 それがなんだか、面映ゆくて……それ以上に、申し訳なかった。

 いつかは、彼女だって気兼ねなく、街を散策したり、買い物したり、できる世の中を作りたい。
 そんな思いが、また強くなる。
 そして、自分の進む道が、また、恨めしくなる……。
 まだ終わりたくないという気持ちが、暴れ出しそうで、苦しくなる……。

 そんな風に過ごし、十一の月目前となったある日に、エルランドらの商団が、拠点村に到着した。
 手紙で知らせてきた通りの日程で。

「レイ!    サヤもいるー!」
「ロゼ。元気だったかな?」

 今回もロゼが同行していた。
 ハインは察知していたのか、倉庫の整理をしておきますと、早々に逃げていたため、サヤと二人で迎えることとなった。
 到着した荷物を、マルとジェイドが確認に行く。
 ロゼの母親の悪阻はいまだに続いていて、体調も思わしくないそうだ。そのため、今回も彼女が同行することとなったらしい。
 ロゼは満面の笑みで俺たちに飛びついてきて、首元に頭を擦り付けてくる。
 ホセが慌ててやって来て、すいませんと必死で頭を下げるから、気にするなと言っておいた。
 ロゼの仕草は子犬みたいで可愛いし、癒される。不敬だなんて思わない。

「待ち侘びました。今年中には来ないんじゃないかと、ヒヤヒヤしたんですよ」
「面目ない。なにせ、山師はいても、石を掘ったことのある経験者はいないものでして……。
 指導も又聞きで伝える感じだったので、量を得るまで、手間取ってしまいました」

 玄武岩は硬い。その為、採掘にも力が必要だ。
 コツがなかなか掴めず、岩を細かく砕いてしまうことが頻発したらしい。
 その言動に、少々違和感を覚えたものの……まぁ、捨場の村だしなと、心の中でゴチる。
 もともと人目を拒んでいた村だ。指導のためとはいえ、人を呼ぶのは躊躇われたのかもしれない。
 と、そこまで考えたとき、ハタと気が付いた。
 エルランドらは、山城の面々には接触していない様子だったと、マルが言っていたはず。なら、村がもう隠れ里ではないことを、彼らはまだ知らないのだ。

「エルランドさん、アギーに戻ったら、貴方に面会を求めてくる一団があると思う。
 傭兵団なん……」
「レイ様、質は問題無い様子です。全部引き取りますね。
 料金もお支払いしますが、まずはこれを倉庫に移しましょう。
 そちらの傭兵団の方々、お借りしても良いですか?」

 エルランドに話しかけようとした矢先、マルが荷の間から頭を覗かせ、そんな風に言ってきた。
 あ……そうだな。まずは荷物を片付けてからにしよう。

「構いません。おい、ヘルガー。荷下ろしを手伝ってきてくれるか」

 エルランドが、近くで指示を飛ばしていた男にそう声を掛けると、その人は振り返って「もー……」と、不満そうにする。

「エルランド……金星って呼んでくれよ。俺の面目丸つぶれじゃん」
「お前はまだ全然、俺的にはひよっ子」
「団長は認めてくれたんだからさぁ!」
「団長が許しても俺は許さん」

 気心知れたもの同士といった感じのやりとり。
 だけど「金星」と呼ばれたその男を、つい見てしまった。
 まだ二十代と思しき、若い男であるのに、金星……。

「オブシズ……という、名の方では、なかったですか?」

 ついそう、聞いてしまった。
 俺の問いに、二人は一瞬キョトンとしたものの……。

「あ、はい……いえ……。
 オブシズが、つい先だってまでは金星でありました。
 彼から隊長職を引き継ぎましたので、私が新たに金星となったのですが……。
 その……金星は、私一人ではありません」

 ヘルガーと呼ばれた男が、姿勢を正しそのように教えてくれる。
 そんな俺のやりとりを見ていたマルが、あぁ。と、呟いて、手をポンと、叩いた。

「そうそう、金星。それ、この傭兵団で、隊長職の人が名乗る、称号なのだそうですよ。
 レイ様。彼らが明けの明星です。前、興味がある風でしたよね?」
「……明けの、明星…………?」

 あの人のいた、傭兵団…………。
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