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不安の種 7

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「去年の氾濫対策だって、貴方が奔走していたのを全部知っていた。メバックに親族がいる者もおりますしね。
 サヤくんのことも、いつの間にか紛れ込んだ子供……って感じだったみたいなんですけど、あの子もあの子で色々ねぇ……。
 薪運びをサッと手伝ってサッと立ち去るとか、落し物を必死で探してた女中を手助けするとか、ちょこちょこやってたみたいです。
 あの館襲撃の時だって、その後の火事の最中だって、貴方は彼らをちゃんと気遣った。
 あの極限の状態でね。
 そりゃ、好き勝手言わせてられるかってなりますねぇ」

 ケタケタと笑われ、居た堪れない……。
 そんなご大層なものじゃないのに……そう思うものの、今更それを訂正して回れるものでもない……。

「それで、レイ様の鬼役、啖呵切ったやつね、あれを女中頭に伝えたんですって、どう思う?    って。
 鼻で笑われたそうですよぅ。
 その程度の演技で疑心暗鬼にかられるなんて、本当に貴方がたはレイシール様をご存知ないのだわって。
 大切な人を全力で守ろうとなさっているだけじゃございませんか。彼の方は何よりもまず先に、自身の身を切りに行くんですよって」

 あっさり笑い飛ばされちゃいましたねぇと言うマル。
 女中頭…………お、恐るべし……。

 サヤが来てからことは興奮気味に熱く語られたそうで、まるで劇場の演目聞いてるみたいでしたよなんて言われて机に突っ伏した。
 あれだけの教養を身につけておられ、礼儀正しく、優しいサヤさんが、何処の馬の骨だと言うのか、その馬の骨基準を是非知りたい。明らかに他国の姫君……やんごとない立場に立たれていた方に違いないのに、何故それが分からないのか。
 私の言葉が信じられないと言うのなら、見た印象や男装の色眼鏡を捨てて、彼の方の言葉を直接聞いてからおっしゃってくださいな。

 とまぁそんな具合に、あの説明会が提案され……サヤの献身ぶりに皆の心が一つになった。俺の妻は彼の方しかない!と……。

「…………マル、そこはお前が焚きつけたろう…………」

 サヤが妻となることを承知してくれたことは、使用人らには伝えていなかった……。
 女中頭らは父上との話で察したろうが、それを吹聴して回ることは決してしないだろう。
 騎士らはもしかしたら察していたかもしれない。けれど、それだってわざわざ彼らに公言してはいない。サヤの社交界準備に携わっている職人らが貴族に関わる事柄を簡単に口にするとも思えないし……そうなると、あの場をあの雰囲気にしようと画策したのは、マルだとなる……。

「さて。僕は何もしてませんよ」
「…………」

 明らか何かしている風だよね……。

「良いじゃないですか。
 僕、サヤくんには幸せになってほしいなぁって、思ってるんですよ。
 ただでさえ子が成せないことを引け目に感じてしまうのでしょうし……そんなの忘れてしまえるくらい、沢山の祝福の中で、レイ様と結ばれてほしいです。
 種の違いなんて、そんなものに煩わされてほしくないんですよねぇ」

 笑ってそう言われて、それ以上の追求は飲み込んだ。
 種の違い……そんなものに、煩わされてほしくない……。
 その言葉が、何かとても、心に響いたのだ。

 それは多分…………いや、やめよう。

「……まぁ、済んだことは、仕方がないか……」
「そうですよ。それよりも、今日はまず荊縛の終息を祝いましょう」

 そう言われ、俺はこの話を終えることにした。
 そうだな。今日は、無事この日を迎えたことを、祝おう。


 ◆


「よぅ、ちょっといいか」

 その日、なんとか一日をこなし、夜を迎えたのだけど……。
 寝台に入り、目を閉じていた俺の元にそう言ってやって来たのはジェイド。
 少しうつらうつらしていた俺は、慌てて身を起こし、頭を振った。

「ん、どうした……何か重大なことでもあったのか」
「いや、ウォルテールのことを聞いたンでな。
 あれについてお前には……もう少し話しておくかって」

 ウォルテール!
 その名で意識は完全に覚醒した。
 わざわざ話しておこうと思うような事柄が、彼にはあるということだからだ。
 羽織を手に取って袖を通し、寝台横の小机に手を伸ばす。
 燭台に小さな明かりを一つだけ灯すと、闇夜に浮かび上がる、ジェイドの影。
 ……やっぱり何故か窓から来るな……。

「その前にてめぇ……サヤと喧嘩ってありゃなんだったンだ。
 なんで帰って早々に喧嘩売ってやがンだ⁉︎    病み上がり相手に何言いやがった⁉︎」
「そ、それは……俺が全面的に、悪かった。すまなかった!
 それは本当に、心から反省してる。本当に…………」

 今日の話を聞いて、その思いは更に強まった。
 だからとにかく、ジェイドに平謝りしたわけだが……彼は少々口元をひん曲げて俺を睨んでいたけれど……。

「……次やったらただじゃおかねぇ……」

 その言葉で溜飲を下げてくれた……。

「ま、俺がしゃしゃり出るまでもなく、なンか上手くやりやがったンだろ。
 お前の妻になるって、決意固めたみたいだし」
「……うん。認めてくれた。…………もう絶対泣かせない」
「できねぇ約束してンじゃねぇぞ」
「あんな風には、泣かせない!」

 そう言うと、はいはいと手を払われた。

「野暮は言わねぇでおいてンよ。それよりウォルテールな。
 ……あいつは、この群れに入って日が浅い。拾われたのは九の月の頭頃」
「拾われた……?」
「俺らが何の集まりかは知ってンだろうが。
 あいつはオゼロ領の荒野で拾われた。生傷だらけで、所有物無し、裸身。狼でどこかから逃げて、あそこで力尽きてたって雰囲気だったと。
 あの年で獣化できやがる……もう自由自在に。姿見て分かる通り、血がかなり濃い。狼としてはガキじゃねぇ年だが、あいつはかなりガキだな。頭に血が上りやすい。まぁ、獣の血のせいもあるだろうとよ」

 そう言い、壁にもたれかかるジェイド。
 かなりガキ……と、表現されたのは、性格かな。我慢がきかない性分であるようには感じる。本能に忠実というか……。

「今日に至るまで、身内や元いた場所の話は一切してこなかった。
 にも関わらず、サヤには話してたらしいな……どこまで本当か、分かったもンじゃねぇけど」
「……群れの仲間なのに、随分ときつい口調だな……」
「群れに迎えた直後なんざ、信用ならねぇよ。それまでの群れでの習慣とか、考えとか、立ち位置なンかもある。どンな理由で放逐されたのかもな。
 ただ……あいつは獣化しやがる。下手に放っておくこともできねぇンだ」
「……獣人が獣化できるってことを、世間から伏せなきゃならないからか」
「そういうこと」

 オゼロ領で情報収集はしてみたものの、ウォルテールがどこから逃げてきたのかは分からなかったそうだ。もしかしたら兇手などの一味かもしれないが、そういった訓練を受けていた感じではないという。
 そうなると、物好きの貴族や狂人に飼われていたか……なんにしても、ウォルテールが頑として語らないため、その辺りも不明なのだと言われた。

「獣化して逃げてきたなら、その姿を見られてそうなものだけどな……」
「獣化ってのは、訓練して身につける奴が大半だが、たまに、追い詰められるなりして、本能的な危機感から急にできるようになっちまう奴もいるらしい。そっちかもな。
 まぁ……俺らもヤツはまだ見定めている最中ってこった。注意は払ってる。お前も、そのつもりでいろって話。
 サヤを一人で近付かせンな」
「分かってる……ジェイド、何かの時はサヤを……」
「いちいち言われるまでもねぇンだよ」

 チッと舌打ちしつつそう言われ、苦笑する。
 だけどなんというか……わざわざそれを伝えにきてくれたのだと思うと、有難い。

「オゼロ領……公爵領か……」
「その周辺のどこかであるかもだけどな」

 あくまで拾ったのがオゼロ領というだけだ。と、ジェイド。

「じゃ、俺は戻る」
「うん、ありがとう……」

 窓の外に姿を消すジェイドを見送り、俺は寝台に戻って、蝋燭の火を吹き消した。
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