異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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冬の終わり 1

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 車椅子の試作が完成したと聞いたのはそれから数日後。
 そろそろ雪の降る日が少なくなってきた三の月のはじめ……。

「本当に……椅子に車輪がついてるんだな……」
「背もたれや座席が布なんですねぇ」

 そのままその通りの感想しか出てこないわけだが、その椅子の形はやはりただの椅子とは違った。
 まず背もたれの木枠には後方に握りが付いており、背後から押せるようになっている。
 その背もたれと座席となる部分は布製だ。厚手の帯地を利用してあるのだろうか……ふんだんに刺繍された、ぶ厚目の生地。
 肘掛は木枠にそのまま組み込まれており、座面と同じ布の小さな綿入れが付けられていた。そしてよく分からないのが、右側の肘掛に付けてある謎の板……。
 正直木枠の部分は頼りなげな感じで、装飾も特に無い。椅子の前足にあたる部分には、小さな金具と木材の車輪。そして、椅子の後ろ足は無く、大きめの車輪が代わりとなっている様子だ。

「……?    この足元のパタパタする部分はなんです?」
「足置きです。
 お父様は足の腱を損傷しておられますから、歩幅が狭いでしょう?    座るときに足置きがあれば邪魔なんです。
 なので、座ってからこれを下ろして、足を置いてもらう構造になってます」

 配慮が細かいっ。

「あと、この足置き、畳む時は邪魔になるから、上げておかないといけなくて」
「…………畳む?」
「はい。ここをこう……引き上げると」
「うぁ⁉︎    嘘‼︎」
「馬車に持ち込めるように……」
「凄いですよこれ!    ちょっと見せてください!」
「……荷物になると困……」
「キャー!    凄いサヤさん、私も座ってみていいですか⁉︎」
「…………気に入っていただけたようで良かったです……」

 まさかの片手間で半分以下の薄さになったよ⁉︎


「成る程!    座席下の軸は交差させてあるんですね。座るとこれが体重で抑えられて広がった状態で固定されるわけですか!」
「意味が分からん……どうしてこういう構造がポンポン頭から出てくるんだ……」
「ところでこの板は何なんでしょうね……動きますけど……」
「うわっ、机⁉︎    至れり尽くせりかよ⁉︎」

 もう皆が興奮しっぱなしだ……いや、俺もだけど……。

 試作と言いながら、その構造はもう……何と言って良いやら……。
 ただ人を座らせて移動するだけにとどまらない性能に、驚いて良いのか楽しんで良いのか……。
 図面で見た時には何とも思わなかった部分がとんでもない構造であったりするのだ。
 シザーなど言葉は無いものの、サヤを見る目が崇拝一色に染まっている……。

「すいません、金具部分の構造に手間取ってしまって、燃料の木炭をほぼここにつぎ込んでしまってるんです。
 なので他の方の作業にも滞りが出てしまって……」
「そんなのは全然問題にならないですよ!もう言ってる間に越冬終盤ですし!」
「でも職人さんがたの収入的に……」
「この車椅子一つで充分な稼ぎですって!」
「そうなんですか?」

 心配そうにするサヤに、当然これに見合った報酬を渡すと約束すると、ホッとした表情になる。

 色んな職人が部分的に携わっているそうで、言うなれば職人らの合作だ。
 皆で知恵を絞ってこの形を作り上げたらしい。
 かなり短時間でよくもこれだけのものをと思ったが、その職人の垣根を越えた協力体制がこの傑作をもたらしたのだろう。

「私の記憶ではあやふやな部分も沢山あって。皆さんが色々試行錯誤してくださったんです。
 なので本当に、素晴らしいものが出来上がりました。
 一応木枠は、必要であれば飾り彫りをもう少し加えられる太さにしてありますから、出発までに見目を整えるつもりなのですけど……」
「その前に試運転……というわけだな」
「はい。……音とかもまだ大きいし……あまりちゃんとできてはいないんですよね……」

 いや、音……?    それって拘る必要がある部分なのか?
 どこまでも完璧主義者かと呆れるしかない。

 とにかく、この畳める車椅子を持って、父上の部屋に向かうこととなった。
 同行するのは俺と、サヤと後はオブシズだ。
 部屋を訪れると、警護の衛兵がにこやかに迎えてくれ、中に俺たちの訪を告げる。
 しばらく待つと、中に通された。

「父上、お加減は如何ですか」
「うむ、悪くない。……珍しいな。サヤも一緒とは」
「今日の用事は俺ではなく、サヤなので」

 そう言うと、サヤはぺこりと頭を下げる。いつもの男装サヤに、部屋にいた古参らはやはり微妙な表情だ。
 そしてオブシズが運んでいる謎の畳まれたものに胡乱な視線を向けている……。

「サヤが、私にか?」
「は、はい……あの……社交界の会場にて、お、……領主様にご使用いただきたいものを、持参致しました。
 なにぶんまだ試作段階ゆえ、ご意見を賜りたく……」

 お父様……と、言いそうになったのを慌てて言い直したことに気付いたけれど、そこは黙っておく。
 まだ気持ちよく納得できていないであろう古参らには不快と思われるやもしれないからだ。
 緊張しているのか少したどたどしく口を動かすサヤ。父上は、オブシズが抱えるものがその使用いただきたいものであることは、察している様子。

「では、ご用意いたします」

 そう言って、オブシズから椅子を受け取り、サヤがそれを開く。多少の摩擦音と共に、それはあっという間に椅子の形に戻った。……やっぱり凄いなこれ……。

「…………椅子?」
「はい。車椅子と申します。
 自国の医療機器を再現したものなのですが……座したままでの移動を目的としたものになります」
「…………これを、其方が?」
「はい」
「…………この短期間でか」
「いえあの……再現ですから……発案ではありませんので、意匠自体は然程手間もかかっておりません」

 それは嘘。
 謙遜するサヤについ苦笑してしまう。
 知っている道具といえど、その構造が全て頭に入っているわけがない。
 これを再現するために、サヤは沢山考えているし、時間を掛けている。作る間も、当然試行錯誤を繰り返しているだろう。
 けれど彼女は、それを口にはしない。
 そんなところが本当に、奥ゆかしいよなぁと思う。
 そして、愛しいなと思うのだ。

「どうすれば良い?」
「今そちらにお運びします。そのままでお待ちください」

 寝台の父上のすぐ横手まで車椅子を押していくサヤ。
 摩擦音に、眉を寄せているから、本当に音が気になるのだなと分かる。
 けれど、そう大きなわけでもない……耳に障らない程度の音だと思うのだけどな。

「オブシズさん、宜しいですか?」
「は。領主様、お手を拝借いたします」

 オブシズの手を借りて、寝台から下りた父上を車椅子に誘導した。座席に腰を下ろしてもらってから、足置きを開き、足を乗せる。

「座り心地や高さは、問題ございませんか?」
「ない。ここに足を置かねばならぬのか?」
「はい。車輪で移動いたします時、足を上げておく必要があります。動きに巻き込んで、関節を痛めないように」

 そんな感じで、サヤが説明を挟みつつ、オブシズが車椅子の背後に回る。椅子を背後から押すと、ギチィ……という音。それにやはり、サヤが顔を顰める。

「やっぱり、比重が掛かると音が煩くなる……。申し訳ございません。暫く耳障りかと思いますが……」
「気にせずとも良い。それよりもどうせだ、部屋を出てみたいのだが」

 急にそう言った父上に、ガイウスら一同がギョッとする。

「暫く乗ってみた方が良いのだろう?    同じ場所を行ったり来たりするのではつまらぬしな」
「は、はい……では……宜しいですか?」

 恐る恐るガイウスに確認を取るサヤ。

 結局いけませんだの少しだけだの押し問答をした挙句、廊下を少しの間だけということで折り合いがついた。

「段差がある場所は振動が響くと思うので……」
「良い。問題無い」
「何かご意見、ご要望がありましたらいつなりとお申し付けくださいませ」

 そう言いながら頭を下げたサヤ。すると思わぬことに、父上がサヤの頭をポンと撫でた。
 一瞬呆然とするも、慌てて飛び退く。

「そのように畏まった口調は少々切なくなるな、我が義娘よ」
「…………っ、お……お戯れ、を……っ」
「三年後まで義娘と呼ぶことは許してもらえぬのか?」
「…………っ、ぃぇ……その……」
「なんとできた嫁であろうな……私のために、苦心してくれたとは」
「……っ、い、いぇ、それも、まだ……」
「父上……サヤが困ってますから」

 明らかに揶揄って遊んでいる様子なので嗜めたのだが……。

「レイシール、其方がサヤを猫可愛がりしている理由がなんとなく分かった気がする。
 なんというか、初々しくて愛らしい娘だな。
 私を救い出してくれた時は、なんと凛々しく逞しい勇者かと思ったものだが……まるで違う。別人のようだ。
 お前はどちらのサヤが好ましかったんだ?」
「揶揄わないでください!」
「当ててやろう。落差が良かったんだな」
「父上!」

 父上は、そんな俺の反応に「どうやら図星だな」などと言うものだから、もうやめて下さいと強めに言っておく。
 半泣きで俺を睨んでくるサヤにも、違うからね⁉︎    と、必死で訴えなければいけなくて大変だった……。
 俺はどんなサヤも全部ひっくるめて好きなんだからね⁉︎
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