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冬の終わり 2

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 父上に満足するまで車椅子を堪能してもらい、自室に戻った。
 途中でガイウスに補助役を代わってもらい、車椅子の扱いを経験しておいてもらうことも忘れなかった。

「やはり音が気になりますね。でも概ね問題が無さそうで良かったです」
「領主様、すごぶる機嫌が良かったな。サヤが自分のためにしてくれたってのが、相当嬉しかったんじゃないか?」

 そう言うオブシズに、サヤが頬を赤らめてはにかんだ笑顔を見せる。

「それなら、嬉しいです……」

 俺はずっと揶揄われ続けて大変だった……。ちゃんと逢瀬に時間を割いているのかとか、そんなことなんで言わなきゃならない⁉︎
 越冬してるし社交界準備してるし父上の急な出席の準備だってしてるんだから、逢瀬に時間を割くとかそんなの後回しに決まってるだろ⁉︎
 そしてどれだけ小声で俺に言ったところで全部サヤに聞こえているんだよ!そうしたくてもできない俺がどれだけ歯痒い思いをしていると……っ。

「……何をそんなに怒っているのです?」
「なんっ、でも、ないっ!」

 なんだか不機嫌な俺にハインが首を傾げているが、ローシェンナから連絡があったと言われて仕事の頭に切り替えることにした。

「どうした。越冬の備品不足か?」
「いえ、ノエミの件です。無事出産。母子ともに問題無いとのことですよ」

 …………出産⁉︎

「詳しく!」
「やはり複産であったそうです。出産後食欲も回復、今はちゃんと食事の摂取ができるとのこと。
 あちらの干し野菜も、中には痛み始めるものもあったそうなのですが、やはりあの血筋は嗅覚に優れているようで、そういったものから先に処理されているため、特に問題は起きていないそうです」
「そっちも大事だけど、それより生まれた子供のことは⁉︎」
「…………男女一名ずつ。男の方は獣とのことですが」
「そうか、良かった……無事生まれたか……良かった!」
「…………獣かどうかはどうでも良いのですね……」

 最後のハインの呟きは掠れてよく聞き取れなかったけれど、表情がどこか、ホッとしているというか、いつになく眉間のシワが薄い。
 こいつもノエミの出産を心配していたのだなと思うと、なんだか余計に嬉しくなった。

「ロゼにはもう知らせたの?」
「駄目です。大騒ぎになるじゃないですか。
 なんでこんな雪の中で知らせが届くと考えるんですか。おかしいでしょうに」
「っ、あぁ……そうか…………だけど、大丈夫だって部分だけでも知らせてやりたいよなぁっ!」

 この前ロゼが書いた手紙だが、あれは早速職人らに話されてしまっており、春になったら渡すためのものを書いて、こっそり預かっていることになっていた。
 ロゼはもう手紙が届いていると思ってるから、口裏を合わせてやってくれとお願いして、事なきを得たのだ。……やっぱりまだロゼには内緒ごとは難しいらしい……。

「じゃあ、せめて甘いお菓子を作りましょうか。
 ここのところ節約続きですから、ちょっとだけでもきっと嬉しいですよ」

 越冬も終わりに差し掛かってきており、食糧事情がだいぶん質素になってきている。
 とはいえ……それでも干し野菜があるから、去年に比べれば格段に栄養状態が良いと思う。正直この時期の食事はどこも食べれたものじゃないことが多いのだ。

「干し野菜がこれだけ使えるなら、越冬させる家畜の数は三割ほど減らしても差し支えないでしょうね。
 水路が機能しだし、魚の養殖にも成功すれば、もう少し減らせますか。
 越冬させる家畜が少なくて済めば、当然飼料も減らせますよね……。この村の越冬は格段に環境改善されるでしょうねこれは!
 経済状況次第とは思いますが、加工した肉を残すよりは家畜を越冬させる方が肉の味や鮮度が保てますし……うーん……だけどこれだと金持ちの方が得をする感じですよね……」

 ブツブツとエルランドが越冬にかかる費用を計算している様子だ。流石商人……。
 干し野菜は金持ちが買い占めないように、何かしら対策を考えた方が良いかもしれないな……。

「なんにしても、良かったですよ。
 これで心置きなく冬の最後を過ごせますねぇ。
 で。それはそうと、レイ様……犬橇帰ってきたみたいなので、ギルに連絡した方が良いと思うんですよね」
「……ん?    何を?」
「領主様の社交界出席ですよ。
 戴冠式用に衣装の準備はしているでしょうから、それをまずこちらに回してもらわないと。……社交界の礼装どうするんです?」

 …………⁉︎‼︎

 すっかり失念していた俺は、大慌てで手紙をしたためることになった。

 まさかこの雪の中で知らせが届くと思ってなかったギルが驚き、更に手紙を見て怒り狂ったことは言うまでもない……。


 ◆


 越冬も終盤のある日。

「なぁこれ、もう少し数増やそうぜ」

 どこかうきうきとした様子のジェイドが、そう言って指差したのは犬橇だ。

「何か、急用か?」
「いや、そういうンじゃねぇけど……すげぇ便利。狼の背に捕まってるよかよっぽど楽。
「狼の連中にも聞いてみたけど、背中乗られるより断然軽いってよ」
「本当ですか?」
「あれ結構大変なンだよ。って、お前は乗ったことあンだろ」

 本日は村の視察の後、吠狼らの様子を確認するため、住宅街の方に来ていた。
 丁度犬橇の練習をしていた者たちが帰ってきていたのだけれど、その中にジェイドがいたのだ。
 問われたサヤはそうですねと思案顔。

「筋肉の躍動が直接感じられて凄い体験でしたけど……全身がうねるので捕まっておくのは確かに、大変です……」
「な。慣れた奴でもたまに振り落とされンだよ。走り方の個人差もあるし……慣れた奴以外は結構乗りにくいしよ」

 そうなのか。
 知らなかったので興味深い。

「中衣ができて断然掴まりやすくなったけどな。夏場はあれで仕方ねぇ……けど、冬場だ。あの犬橇があれば、かなり自由がきく。
 イェーナが、二人乗せてても一人分くらいにしか感じねぇって言ってたし」
「そうだな……普通冬の間は流通も何もかも断絶する。けどあれがあれば……」

 犬橇であれば、荷物だって詰める。狼の機動力なら、馬で移動するよりも早いし……。
 そう考えるとあれはとんでもないものであるのだな……。

「ですけど……」

 と、そこでサヤが口ごもる。
 一つ目は試作品として試しに作っていただきましたけど、量産するにはいささか理由付けが難しいのでは……と。

「んー……それはまぁ……そうだな」
「じゃあこうするのはどうだ。
 あれは犬橇なんだろ。犬、飼うってのは?」
「……誰が飼うんだ。しかも犬橇用にか?    冬以外はどうするんだ」
「冬以外は番犬として活用すりゃいいだろ」
「……サヤは犬の扱い方って知ってるの?」
「…………いえ、知らないです。レースを見たことがあるだけなので……調教とかは全く……」
「だよな。ちょっとそれは……なかなかに実用が難しいと思うぞ」

 そこでうーんと、三人で唸った。

「ひとつきりだと練習も難しいンだよな……あれば絶対使えるのに……むちゃくちゃ利用価値あンのになぁ」

 絶賛するジェイド。相当気に入ってるんだなこれは……。
 それならなんとかしてやりたいものだが……だがこれはなぁ……沢山作って、全く使っているところを見せないっていうのは流石に……。

「あの……じゃあこれ、いっそのこと子供の遊び道具として出してみますか?」

 と、そこでサヤからそんな提案があり、俺たちは視線をサヤに向けた。

「この形だけではなく、他のものも作って、紛れ込ませれば良いと思うんです。
 例えばこの形だと二人乗りです。あと、子供一人用、大人数用とかを。薪運びとかにも便利ですよね。人の手で引いたり押したりして動かせば良いですし」

「……成る程。薪運び用……」
「遊び道具としてだけ買うのはちょっとって思いますけど、他にも利用できるならそんなに大変な買い物じゃないかもしれないです」
「…………お前ほンと……頭の構造がどうかしてるよな……」

 褒め言葉だよな?    それ……。

 呆れた様子で言うジェイドに、サヤは苦笑してみせる。
 でも、それならとても良いように思えた。

「もう少し形を検証し直してみます。
 子供が遊び道具にするなら、尖った場所って無い方が良いと思うので。
 やっぱり従来の……私が見たことのある犬橇……あの形がベストって気がする……」

 ブツブツと呟きながら、頭の中であれこれ考え出した様子。

「あれで良いっつってンのに、何を考え直すンだよ……」

 ジェイドは若干、呆れ気味である。
 そして…………。

 完成した橇は、曲線を多用した優美な構造となった。
 底の反り返った板の部分は曲げ木で板同士が繋がれた状態になり、座面なども尖った場所が無いよう工夫された。
 因みにこの部分を金具に引っ掛けて軒に吊るしておくことができる。家の外にぶら下げておいたとしても、雪に埋もれないのだ。考えが先を網羅し過ぎている!

「勢いよく滑り落ちることになりますから、子供にぶつかって突き刺さるなんてことになったら駄目じゃないですか」
「いや、怪我すンのは自己責任じゃねぇ?」
「刺さらないにこしたことはないんです!」

 一番小さな形のものには、竹や軽い木材を使用し、軽量化に苦心した。
 逆に大きな橇は、荷物を多く積めるよう、座面が長い。跨る感じで、大人三人が座れるため、操縦者を含めて四人まで乗れる。

 その三つの形を考案し、現在…………。

「むっちゃくちゃ楽しい!」

 適当に作った雪山を、子供らが試運転している最中だ。
 もっと大きな山があれば良いのだけど、もう雪も少なくなってきているしな……。

「来年の冬は、晴れた日に大活躍しそうだな」

 そう言う俺の前を、子供を大量に乗せた大型の橇が歓声とともに走り去っていく……。

 ……俺もちょっと混ざってこようかな……。
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