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冬の終わり 3
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社交界は、越冬の終わりに行われる貴族交流の場だ。
正直本当になんでこの時期……と、何も考えないで良ければ思うのだろうけれど、政治的な目的が見えてしまう立ち位置にいる身としては、アギーも大変だよなとしみじみ思う……。
これには、越冬の終わり……つまり、食糧事情の最も過酷な時期に、これだけのことができるのだということを、内外に見せつける意味合いも含まれている。
「まず、公爵家に散財させるのが目的のうちにある。
王家に次ぐ地位だから、必要以上に財力を溜め込まれないようにということだな。
また、その財を使って国に貢献していることを見せることも重要なんだ。
それから、貴族の内情を探る場としての機能も重要視されている。
横の繋がりの強化や新たな関係性の構築、情報収集、商談……四家ある公爵家の勢力図が晒される場でもあるな。
呼ぶ方も、呼ばれる方も、色々事情が絡んでくるんだ。
まぁあとは、大体の貴族が暇になる時期だってのもあるだろうな。
春になれば何処も忙しくなるだろうから」
「この時期になんでだろうって不思議でしたけど……奥深いんですね」
単純に、垢落としも兼ねていると思う。
もう大変だった冬が終わるのだから、残りをパァッっと使ってしまえ! 的な感じで。
「でも……今年は特に、重要だろうな……。姫様の戴冠式を控えてるし、アギーから情報収集をと考えて、参加している家は多いと思うよ。
上位貴族は姫様の戴冠式について聞いているだろうけれど、子爵家以下は噂程度の情報量だろうし」
「でもそれだと、戴冠式出席の時、礼服準備に困りませんか?」
「いや……俺が準備に慌ててたのは任命式があるからだよ。
普段は領主や、昨年功績のあった人が春の挨拶に呼ばれるだけだから、俺みたいな成人前の下っ端や、一般の貴族はわざわざ王都まで出向いたりしない。呼ばれる人も、冬の社交界の延長線上にもう一つ新年度の挨拶が加わる程度だから、礼服だって社交界の時のを着回せば済むんだ」
「あっ、そうなんですか」
ちなみに去年までは異母様と兄上が参加していたわけだが……。
セイバーンの内情が大きく変わったことも、この社交界で知られることになるだろう。
ってまぁ……社交界のことも色々心配ではあるが、それよりも……。
任命式……それを考えると憂鬱になる……。任命式の後は必ず夜会に引き摺り回されるんだろうし……。
だけど、サヤを守るための立ち位置なのだと思えば、気合いも入る。それに、今はそれだけの理由でもなくなっているしな。
俺の地方行政官長という役職。多分これは姫様の思惑と、マルの思惑が組み込まれた役職名なのだろう。
土嚢という、この世界には無かった発想……。それをもたらしたサヤという存在……。
彼女がこの世界に落とす知識がそれだけであるだなんて、姫様は思っていない。
その特別な知識を手の内におさめておきたい……その思惑が必ず働いているだろう。
姫様の治世を安定させる手駒のひとつとして、サヤは求められていると思う。
だけど……サヤは、国に仕えている身ではない。
あくまで俺や、セイバーンを大切に思ってくれているからこそ、沢山の知識を提供し、身体を張って仕事をしてくれているに過ぎない。
だから、サヤを確保するために、俺を確保する……そういう意味の『地方行政官長』という地位だ。
俺の役割は、サヤを権力者に好き勝手にさせないための、言わば緩衝材。
必ず混乱をきたすだろう姫様の治世で、その混乱を少しでもおさめ、サヤが巻き込まれないよう、守らなければならない。
平和と言われるフェルドナレンだけれど、姫様が王位に就くことでの混乱は、きっと免れないだろうから。
「任命式……あとひと月余りで、姫様は戴冠されるんですね……」
「うん……なんかあっという間だったな……」
夏にはまだ半年先だと思っていたのに……本当に、あっという間だった。
今まで、正しく女性の身で王位に就かれた方は、いらっしゃらない。
女王が皆無というわけではなく、名前としては残っているものの、ほんの数年間のみの繋ぎ役としてであったり、名を冠すのみで、その夫が宰相として役割を果たしていたりといった感じだ。
だから、リカルド様が王位に就くという状態も、本来なら異例。
宰相ではなく、王家以外から王位を賜る、初の人物となる予定だった。
姫様はそれを不服とし、その名ばかりの女王……という体制を取りながらも、実は裏から操れる王……傀儡の王を求めて、俺をその場所に座らせようとしていた。
リカルド様もリカルド様で、姫様の姉上であるエレスティーナ様の遺言により、白化という病を抱える姫様を守りつつ、異母兄弟のロベルト様を守るために王になろうとしていたのだ。
けれどそれを、俺は潰してしまったわけで……そう考えるとなんかとんでもないことをしてしまった気がしなくもない……。
だってリカルド様も、きっと王の器であられたと思う……。人の上に立つことができる人だ。
ただ、リカルド様よりも俺は、姫様が身近で、彼の方の願いを……ずっと望み、努力し続けていた気高い志を、全うしていただきたかったのだ……。
「これも持って行かなきゃいけないんですか?」
とっ、え? なんて?
「盥です。これも持参する必要があるんですか?」
「あ、それはハインが……部分洗いがしたいから持って行くって」
「…………ハインさん……」
小型版洗濯板は持って行くとして、盥は借りれるんじゃないですか? と、サヤ。
うんまぁ……多分借りれるし、どうしても必要なら道中で買い求めることもできると思う。そう言うと、これは置いていきましょうとなった。
荷物は極力少ない方が良いもんな……。
「ハイン……怒らないかな……」
「きっとダメもとで用意されていると思いますよ。隙間があったらねじ込もうくらいの感じで。
なので、隙間が無いなら諦めるんじゃないでしょうか」
「……サヤ、結構肝が座ってきたよな……」
「ハインさん、レイシール様が言うほど怖くないですもん」
「それはサヤがハインの逆鱗に触れないってだけだと思うよ……」
「レイシール様も触れなければ良いと思います」
「それが出来ないからいつも怒らせるんだよ。できるならやってる……」
もうそろそろ十年の付き合いだよ? 直るならもう直ってる。
そう言うと、サヤは何が可笑しかったのかくすくすと笑いだした。
楽しそうに、心地好さそうに……ふんわりと柔らかい空気が、広がるみたいな錯覚すら覚える。
その表情がとても可愛くって、愛しすぎて、なんだかむくむくと触れたい気持ちが高まってしまった。
「そういうとこですよ」
その柔らかい表情が、たまらなくさせるのだ。
サヤはもう、妻となることも受け入れてくれた……だから、この感情は別に、自然なことなのだと思う……。
「サヤ……触れたくなった」
手を伸ばして唇に触れると、予想通りさっと身を引かれてしまったけれど。
「…………そ、そういうの面と向かって言わないでください……」
「じゃあ言わないで触れても良い?」
「…………だ、ダメ、です」
「二人だよ。誰も見てない」
「………………っ、に、日中です!」
このサヤの、もの凄く恥ずかしがる部分がまたとても可愛い。
今まで男性に触れられることが恐怖に直結していたサヤは、こういったことへの免疫が極端に無い。
だから、唇に指先ひとつ触れるだけでも意識してしまい、途端に恥ずかしくなってしまうらしい。
そして実際口づけする時はもっと恥ずかしがる。
嫌ではないのだと思う。やる前とやった後には必ずと言っていいほど駄目、あかん! と、言われるけれど、表情は上気して蕩けそうになっているし、始めてしまえば逃げずに俺を受け入れるのだ。
初めの頃は舌を縮こまらせて、ただただ翻弄されていたけれど、今はそんなこともない。ちゃんと、俺を受け止めてくれる。
本当に極々たまにだけど、サヤから啄む口づけをしてくれることもある。
というか、彼女自らは、それしかしてくれない。初めての時はただがむしゃらに、無理やり舌を絡めてきたけれど、あれは本当に、彼女にとってとんでもないほどの荒技だったのだろう。
拙くて、全く快楽の無い、彷徨わせるだけの舌使い……。
…………あ、駄目だ。考えてたら止まらなくなる……。
「サヤ……」
「あっ、あかんって言うてる! それにいつ人が来るか……っ」
「サヤは音が聞けるだろ? 来たらやめるから……」
「や、今かて、廊下に、人が通って……」
「訪があれば、やめる……」
「あ……あか……」
言うほどあかんとは、思ってないでしょ?
尻尾になっている艶やかな黒髪を手に取って口づけすると、サヤは一気に顔を上気させた。
首筋を撫で、頬に手を添えると、ふるりと体を震わせて、次に何を求められているかを察したように、視線が俺を見る。
だけどそれはすぐに逸らされ、暫く葛藤するように彷徨わせて、最後に俺の唇を見て、キュッと一度、唇を閉じてから、恐る恐ると言った様子で、少しだけ開く……。
それ、まるで俺を焦らしているみたいだって、分かってる? そんな風にするから余計、俺は…………。
逃してやらないとでも言うかのように、瀕死の獲物を仕留めるみたいに、むしゃぶりつかなきゃならなくなる……。
唇を重ねてから、腰に腕を回して引き寄せて、次第に身体の力を抜いていくサヤに満足を覚えながら、サヤに突き飛ばされてその時間が終わるまで、頭の中をサヤだけにした。
扉を叩いた後、上ずったサヤの返事で部屋に入ってきたハインは、背中を木箱にぶつけて悶絶する俺を見て……。
「何をなさってるんですか」
「…………な、なんでもない……」
こいつが本当に物事に頓着しない奴で良かったなと思うのは、こんな時だ……。
潤んだ瞳と火照った顔を誤魔化すように伏せたサヤが、お茶を入れてきますと、部屋を逃げ出していき、そんな風に恥じらうところもまた可愛いよなぁと思ってしまう自分がだいぶんやばいなと思った……。
だけど、正直これでもかなり、我慢していると思うのだけどな……。
サヤが成人するまで、これ以上のことはしないと決めている。
サヤが、自分で自分のことを決めることができる年齢になるまで。
俺だってまだ成人前だし、これから身の回りも慌ただしくなって、忙しくなるのだろうし……当面は我慢できると思っている。思っているが……時たま、無性に激しく、狂おしい衝動に駆られてしまう時がある。
それが何かは理解しているから、今はサヤに知られる前に、他のことに打ち込んだりして発散させているのだけど、こういう、やれることが限られる越冬みたいな期間は、誤魔化すのも大変だ。
まぁでも、今年はまだ、こうして社交界準備や、控える戴冠式の用意などしなければならないことが沢山あるから、良い方なのだろうな。
だけどそのせいでサヤとの逢瀬を楽しむこともままならない……いやでも逢瀬を楽しんだりしてたらもっと色々、やばいかもしれない……。悶々と、そんな葛藤に頭を悩ませていたら。
「サヤを虐めて、妻になるのはやっぱり嫌だ。とか言われたら自分の責任ですよ」
グサリと釘をぶっ刺された。
「えっ⁉︎ 俺そんなに酷い⁉︎」
「さぁ。私は基準を知らないので分かりかねます」
人をビビらせておいてさらりと流してしまうし!
そんなことより支度はどこまで進んでいますかとハイン。
いや、そこはそんな風に簡単に済ませて良い話じゃないよな⁉︎
「ハイン、もしかしてサヤから何か聞いてる⁉︎」
「聞いてません」
「じゃあなんでそんな言葉が出てくる!」
「サヤのあの表情は、貴方が彼女をどうにかした後だということくらいは分かってますよ」
「そんな風に伏せられると、なんか俺がいかがわしいことしたみたいに聞こえるだろ!」
「サヤ的には似たり寄ったりでしょうに……」
適当にあしらわれ、不安になった俺がサヤを探しに部屋を出たのを、ハインが笑いを噛み殺した顔で見送っていたと、後でたまたま近場を警護していたアイルに聞いた。
結局揶揄ってただけとか!
正直本当になんでこの時期……と、何も考えないで良ければ思うのだろうけれど、政治的な目的が見えてしまう立ち位置にいる身としては、アギーも大変だよなとしみじみ思う……。
これには、越冬の終わり……つまり、食糧事情の最も過酷な時期に、これだけのことができるのだということを、内外に見せつける意味合いも含まれている。
「まず、公爵家に散財させるのが目的のうちにある。
王家に次ぐ地位だから、必要以上に財力を溜め込まれないようにということだな。
また、その財を使って国に貢献していることを見せることも重要なんだ。
それから、貴族の内情を探る場としての機能も重要視されている。
横の繋がりの強化や新たな関係性の構築、情報収集、商談……四家ある公爵家の勢力図が晒される場でもあるな。
呼ぶ方も、呼ばれる方も、色々事情が絡んでくるんだ。
まぁあとは、大体の貴族が暇になる時期だってのもあるだろうな。
春になれば何処も忙しくなるだろうから」
「この時期になんでだろうって不思議でしたけど……奥深いんですね」
単純に、垢落としも兼ねていると思う。
もう大変だった冬が終わるのだから、残りをパァッっと使ってしまえ! 的な感じで。
「でも……今年は特に、重要だろうな……。姫様の戴冠式を控えてるし、アギーから情報収集をと考えて、参加している家は多いと思うよ。
上位貴族は姫様の戴冠式について聞いているだろうけれど、子爵家以下は噂程度の情報量だろうし」
「でもそれだと、戴冠式出席の時、礼服準備に困りませんか?」
「いや……俺が準備に慌ててたのは任命式があるからだよ。
普段は領主や、昨年功績のあった人が春の挨拶に呼ばれるだけだから、俺みたいな成人前の下っ端や、一般の貴族はわざわざ王都まで出向いたりしない。呼ばれる人も、冬の社交界の延長線上にもう一つ新年度の挨拶が加わる程度だから、礼服だって社交界の時のを着回せば済むんだ」
「あっ、そうなんですか」
ちなみに去年までは異母様と兄上が参加していたわけだが……。
セイバーンの内情が大きく変わったことも、この社交界で知られることになるだろう。
ってまぁ……社交界のことも色々心配ではあるが、それよりも……。
任命式……それを考えると憂鬱になる……。任命式の後は必ず夜会に引き摺り回されるんだろうし……。
だけど、サヤを守るための立ち位置なのだと思えば、気合いも入る。それに、今はそれだけの理由でもなくなっているしな。
俺の地方行政官長という役職。多分これは姫様の思惑と、マルの思惑が組み込まれた役職名なのだろう。
土嚢という、この世界には無かった発想……。それをもたらしたサヤという存在……。
彼女がこの世界に落とす知識がそれだけであるだなんて、姫様は思っていない。
その特別な知識を手の内におさめておきたい……その思惑が必ず働いているだろう。
姫様の治世を安定させる手駒のひとつとして、サヤは求められていると思う。
だけど……サヤは、国に仕えている身ではない。
あくまで俺や、セイバーンを大切に思ってくれているからこそ、沢山の知識を提供し、身体を張って仕事をしてくれているに過ぎない。
だから、サヤを確保するために、俺を確保する……そういう意味の『地方行政官長』という地位だ。
俺の役割は、サヤを権力者に好き勝手にさせないための、言わば緩衝材。
必ず混乱をきたすだろう姫様の治世で、その混乱を少しでもおさめ、サヤが巻き込まれないよう、守らなければならない。
平和と言われるフェルドナレンだけれど、姫様が王位に就くことでの混乱は、きっと免れないだろうから。
「任命式……あとひと月余りで、姫様は戴冠されるんですね……」
「うん……なんかあっという間だったな……」
夏にはまだ半年先だと思っていたのに……本当に、あっという間だった。
今まで、正しく女性の身で王位に就かれた方は、いらっしゃらない。
女王が皆無というわけではなく、名前としては残っているものの、ほんの数年間のみの繋ぎ役としてであったり、名を冠すのみで、その夫が宰相として役割を果たしていたりといった感じだ。
だから、リカルド様が王位に就くという状態も、本来なら異例。
宰相ではなく、王家以外から王位を賜る、初の人物となる予定だった。
姫様はそれを不服とし、その名ばかりの女王……という体制を取りながらも、実は裏から操れる王……傀儡の王を求めて、俺をその場所に座らせようとしていた。
リカルド様もリカルド様で、姫様の姉上であるエレスティーナ様の遺言により、白化という病を抱える姫様を守りつつ、異母兄弟のロベルト様を守るために王になろうとしていたのだ。
けれどそれを、俺は潰してしまったわけで……そう考えるとなんかとんでもないことをしてしまった気がしなくもない……。
だってリカルド様も、きっと王の器であられたと思う……。人の上に立つことができる人だ。
ただ、リカルド様よりも俺は、姫様が身近で、彼の方の願いを……ずっと望み、努力し続けていた気高い志を、全うしていただきたかったのだ……。
「これも持って行かなきゃいけないんですか?」
とっ、え? なんて?
「盥です。これも持参する必要があるんですか?」
「あ、それはハインが……部分洗いがしたいから持って行くって」
「…………ハインさん……」
小型版洗濯板は持って行くとして、盥は借りれるんじゃないですか? と、サヤ。
うんまぁ……多分借りれるし、どうしても必要なら道中で買い求めることもできると思う。そう言うと、これは置いていきましょうとなった。
荷物は極力少ない方が良いもんな……。
「ハイン……怒らないかな……」
「きっとダメもとで用意されていると思いますよ。隙間があったらねじ込もうくらいの感じで。
なので、隙間が無いなら諦めるんじゃないでしょうか」
「……サヤ、結構肝が座ってきたよな……」
「ハインさん、レイシール様が言うほど怖くないですもん」
「それはサヤがハインの逆鱗に触れないってだけだと思うよ……」
「レイシール様も触れなければ良いと思います」
「それが出来ないからいつも怒らせるんだよ。できるならやってる……」
もうそろそろ十年の付き合いだよ? 直るならもう直ってる。
そう言うと、サヤは何が可笑しかったのかくすくすと笑いだした。
楽しそうに、心地好さそうに……ふんわりと柔らかい空気が、広がるみたいな錯覚すら覚える。
その表情がとても可愛くって、愛しすぎて、なんだかむくむくと触れたい気持ちが高まってしまった。
「そういうとこですよ」
その柔らかい表情が、たまらなくさせるのだ。
サヤはもう、妻となることも受け入れてくれた……だから、この感情は別に、自然なことなのだと思う……。
「サヤ……触れたくなった」
手を伸ばして唇に触れると、予想通りさっと身を引かれてしまったけれど。
「…………そ、そういうの面と向かって言わないでください……」
「じゃあ言わないで触れても良い?」
「…………だ、ダメ、です」
「二人だよ。誰も見てない」
「………………っ、に、日中です!」
このサヤの、もの凄く恥ずかしがる部分がまたとても可愛い。
今まで男性に触れられることが恐怖に直結していたサヤは、こういったことへの免疫が極端に無い。
だから、唇に指先ひとつ触れるだけでも意識してしまい、途端に恥ずかしくなってしまうらしい。
そして実際口づけする時はもっと恥ずかしがる。
嫌ではないのだと思う。やる前とやった後には必ずと言っていいほど駄目、あかん! と、言われるけれど、表情は上気して蕩けそうになっているし、始めてしまえば逃げずに俺を受け入れるのだ。
初めの頃は舌を縮こまらせて、ただただ翻弄されていたけれど、今はそんなこともない。ちゃんと、俺を受け止めてくれる。
本当に極々たまにだけど、サヤから啄む口づけをしてくれることもある。
というか、彼女自らは、それしかしてくれない。初めての時はただがむしゃらに、無理やり舌を絡めてきたけれど、あれは本当に、彼女にとってとんでもないほどの荒技だったのだろう。
拙くて、全く快楽の無い、彷徨わせるだけの舌使い……。
…………あ、駄目だ。考えてたら止まらなくなる……。
「サヤ……」
「あっ、あかんって言うてる! それにいつ人が来るか……っ」
「サヤは音が聞けるだろ? 来たらやめるから……」
「や、今かて、廊下に、人が通って……」
「訪があれば、やめる……」
「あ……あか……」
言うほどあかんとは、思ってないでしょ?
尻尾になっている艶やかな黒髪を手に取って口づけすると、サヤは一気に顔を上気させた。
首筋を撫で、頬に手を添えると、ふるりと体を震わせて、次に何を求められているかを察したように、視線が俺を見る。
だけどそれはすぐに逸らされ、暫く葛藤するように彷徨わせて、最後に俺の唇を見て、キュッと一度、唇を閉じてから、恐る恐ると言った様子で、少しだけ開く……。
それ、まるで俺を焦らしているみたいだって、分かってる? そんな風にするから余計、俺は…………。
逃してやらないとでも言うかのように、瀕死の獲物を仕留めるみたいに、むしゃぶりつかなきゃならなくなる……。
唇を重ねてから、腰に腕を回して引き寄せて、次第に身体の力を抜いていくサヤに満足を覚えながら、サヤに突き飛ばされてその時間が終わるまで、頭の中をサヤだけにした。
扉を叩いた後、上ずったサヤの返事で部屋に入ってきたハインは、背中を木箱にぶつけて悶絶する俺を見て……。
「何をなさってるんですか」
「…………な、なんでもない……」
こいつが本当に物事に頓着しない奴で良かったなと思うのは、こんな時だ……。
潤んだ瞳と火照った顔を誤魔化すように伏せたサヤが、お茶を入れてきますと、部屋を逃げ出していき、そんな風に恥じらうところもまた可愛いよなぁと思ってしまう自分がだいぶんやばいなと思った……。
だけど、正直これでもかなり、我慢していると思うのだけどな……。
サヤが成人するまで、これ以上のことはしないと決めている。
サヤが、自分で自分のことを決めることができる年齢になるまで。
俺だってまだ成人前だし、これから身の回りも慌ただしくなって、忙しくなるのだろうし……当面は我慢できると思っている。思っているが……時たま、無性に激しく、狂おしい衝動に駆られてしまう時がある。
それが何かは理解しているから、今はサヤに知られる前に、他のことに打ち込んだりして発散させているのだけど、こういう、やれることが限られる越冬みたいな期間は、誤魔化すのも大変だ。
まぁでも、今年はまだ、こうして社交界準備や、控える戴冠式の用意などしなければならないことが沢山あるから、良い方なのだろうな。
だけどそのせいでサヤとの逢瀬を楽しむこともままならない……いやでも逢瀬を楽しんだりしてたらもっと色々、やばいかもしれない……。悶々と、そんな葛藤に頭を悩ませていたら。
「サヤを虐めて、妻になるのはやっぱり嫌だ。とか言われたら自分の責任ですよ」
グサリと釘をぶっ刺された。
「えっ⁉︎ 俺そんなに酷い⁉︎」
「さぁ。私は基準を知らないので分かりかねます」
人をビビらせておいてさらりと流してしまうし!
そんなことより支度はどこまで進んでいますかとハイン。
いや、そこはそんな風に簡単に済ませて良い話じゃないよな⁉︎
「ハイン、もしかしてサヤから何か聞いてる⁉︎」
「聞いてません」
「じゃあなんでそんな言葉が出てくる!」
「サヤのあの表情は、貴方が彼女をどうにかした後だということくらいは分かってますよ」
「そんな風に伏せられると、なんか俺がいかがわしいことしたみたいに聞こえるだろ!」
「サヤ的には似たり寄ったりでしょうに……」
適当にあしらわれ、不安になった俺がサヤを探しに部屋を出たのを、ハインが笑いを噛み殺した顔で見送っていたと、後でたまたま近場を警護していたアイルに聞いた。
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