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不安の種 6
しおりを挟むなんとか説明会を終え、部屋に戻ると結構な時間になっていた。
「夕食まで、各自休憩」
とりあえずそう言うと、それぞれが自室に向かう。途中でマルだけ呼び止めたのだが……。
「…………どういうことだ?」
「どうって何がです?」
「サヤを説明会の矢面に立たせるわ、あんな場所であんな発言させるわ、父上と一体何をしてる」
そう言うと、キョトンとした顔で「別に何もしてませんけど……」という意味不明の発言!
「あれのどこが⁉︎」
「本当ですよ。僕が何かしたわけじゃないです。
あれは、兵士長と女中頭の進言であったみたいですけどね」
予想範囲外のことを言われ、思考が働かない……。
兵士長と女中頭……それは、セイバーン村から拠点村に連れて来た数少ない使用人の中の二人だ。
こちらに来てもらう際に、隊長と古参女中であった二人を昇格という形で扱い、家族共々こちらに家移りしてもらっているのだが……セイバーン村でもこちらでも、これといって接点があったわけではない……顔と名前が一致する程度の間柄でしかない相手だ。
首を傾げると「領主様は、彼らから情報収集を行ったようですね」とのこと。
「レイシール様がこちらに戻られた経緯から、村での生活……どんなことが起こり、行われたか。
まだ後継でしかないというのに、領主様に権限を戻さず政務を牛耳ろうとしているみたいな発言をした古参の方に、女中頭が『この三年間ほぼ一人でそれをこなして来られた方ですから、習い性だと思いますよ』と、嫌味たっぷりに発現されたのがきっかけであった様子です」
「……続けて」
「はいはい。では恥ずかしいでしょうけど最後まで聞いてくださいね」
「え⁉︎」
「聞けば分かりますから」
「…………うん、分かった」
そうして語られたのは、確かにちょっと、美化されすぎて恥ずかしいほどの内容だった……。
使用人すら寄せ付けず、情報を規制している。このままなし崩しで領主様を引退させ、領地を我がものにと考えているのでは。
異国の民や身の回りのものばかりを重用して、地盤固めを進めているのではないか。
そもそも身元の定かですらない女を男装までさせて囲っているのは異様だ。あの女が諸悪の根源ではないか……。
そんな風に言われていたのを見かねたらしい。
「では貴方がた、今のご領主様やここの使用人の人数で、この館が正常に機能すると? 領土の管理が的確に行えるとおっしゃいますの?
言っておきますけれど、使用人はこちらに顔を出している人数で全てです。女中五人、衛兵はたった三人。後の五名はこの冬からの新人です。
越冬目前にして、動かせる人数のギリギリをレイシール様は確保いたしました。使用人の生活や家族への配慮を優先してくださったからこその、この人数です。
あの村でも必要最低限だったのに、本当に申し訳ないと言いながら、我々にすら頭を下げてくださいました。
もしこれで我々が館の業務に駆り出されれば、ご領主様の身の回りのお世話に回せる人員は? 貴方がたのお部屋の管理に割ける人数は?
彼の方は……大抵何もおっしゃいません。言わずに自分で全て、済ませておしまいになります。
それは、何かを言えば我々がそれを気にせずにはおれないと分かってらっしゃるからですし、無理をさせてしまうとお考えだからです。……そうやって、三年間過ごして来られた方なんです!
数少ない使用人を自分が利用して、ご領主様の生活の負担になってはいけない……。そんな風に考える方です。
何も知らないくせに、そんなことをおっしゃるなら、さっさとご実家にお帰りくださいな。そうすれば我々は、貴方がいらっしゃらなくなった分、彼の方のために働けますもの!」
女中頭はそう叫び、手に持っていた布巾を古参の配下に投げつけたらしい……。
その女中頭は既に十年近く仕えていた者で、当然父上や母が領地管理を行っていた際も働いていたそう。
顔も名も、性格も知っており、そんな暴挙に出るような人物ではなかったそうで、怒る古参を父上が諌めたのだという。
そうして……その女中頭と部屋の警護についていた兵士長に、まずは三年間のことを、聞くに至ったそうだ。
「まず頭っから相当でしたもんね……。
帰ってくると知らなかった衛兵らは、ある日急に戻った貴方に驚いたそうで。
レイシール・ハツェン・セイバーンです。
母の死の報せをいただき、領地管理に戻るよう仰せつかりました。異母様への取次ぎをお願いします。
門番にそう言って頭を下げて、門前で文句も言わず、ずっと立って待っていたのでしょう?
で、帰って早々、レイ様のちょっとした頼みごとを聞いた女中が叱責、体罰。毎日レイ様付きの女中が入れ替わる事態。
数日後、それを訝しみ、事情を知ったレイ様が、掃除や洗濯すら自分たちでこなすようになり、女中らを部屋から遠去けだのですってね。
はじめのうちは女中らもレイ様のお部屋のを管理行おうとしたものの、事情は言わず、必要無いよ、ありがとう。毎日その一点張りだったそうで。
そのうち女中は部屋にわざわざ伺いを立てることもなくなった……。
食事等も運ばれたものを受け取ったら終わり。給仕も頼まず部屋で一人で済ませ、毎日畑と部屋と執務室の往復のみ。
どんどんやつれていくから気が気じゃなかったそうですよ。だけど気にした素振りを見せると、にっこり笑って挨拶だけして立ち去られたそうですね。
で、ギルがやって来て支店建設。レイ様にアギーとの縁があることが発覚し、異母様がレイ様を監視するようになった期間がありましたね。衛兵を必ず付き従わせなければならなかった。
その際、セイバーンの衛兵が当番の時に、異母様には逐一全て報告して構わないからと、わざわざおっしゃったそうで。
しばらく監視が付いたまま生活を余儀なくされ、支店建設が進む中でアギー公爵様のご来訪。病弱なご子息……まぁクリスタ様ですね。たっての願いで様子を見に来た。息災であったか! みたいな演技を強要されたんでしょう? でも姫様の無茶振りは今に始まったことじゃないですもんね。
それで食事の際の、兄上様暴走。急に手を掴まれた女中が驚いて匙を落としたことに腹を立てた兄上様が、女中を殴打した上で肉切り用の小刀を手にしたのを見かねて女中をとっさに庇って斬られちゃうとかね! 大量に出血しながらも微笑んで、女中に心配ないから下がりなさいって言葉を忘れない。
その時の女中、女中頭の従姉妹であったそうですよぅ。
その後、二週間の絶対安静時もレイ様は、使用人を一人も寄せ付けなかったそうで。謝罪のひとつもね。そして傷の完治後、そのまま何も言わず別館に移されたと。
そしてメバックに出かけるようになったレイ様を訝しまれ……」
「……待って、それ全部そんな調子で語られるの……」
「本当はもっと色々かっこいい感じでしたけど……」
「既に美化されすぎてる!」
ていうか、その話をどうやって、どこから聞き出した⁉︎
もういいと辞退したら、まだ頭しか話してませんよとマル。
そんなの三年分も聞いてられないからね⁉︎
そもそも、そんな感じじゃなかったし!
「俺はただ単に……波風立てたくないからそうしただけだし……」
俺がセイバーンを離れている間に、館の使用人らは随分と入れ替わっていた。
そのせいで、俺のことを知らない者が大半だったのだ。幼かった時のような雰囲気が、セイバーンの使用人らの中には無かった。
だから、こじれていく前に距離を取った。またあんな風に、いちいち聞こえる場所で陰口を囁かれ続けるのが嫌だっただけだ……。
「それでも、彼らに配慮したのは事実でしょうに。
ま、それでですね。ジェスルの者らの中でピリピリ仕事していた方々にとって、貴方のその配慮はもう涙が出るほどだったわけですよ。
あの中で叩かれず仕事をしてこれた優秀な方々ですからね。レイ様の気遣いはちゃんと見えて、伝わってたんです」
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