異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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不安の種 5

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「魂は、個人の裁量でいかようにしても良い、唯一のものだ。
 貴族であろうが、国に仕える責務を背負う身であろうがな。
 だから其方は、それに責任を感じる必要は無いし、代価など、考えずとも良い。
 あと、生涯とのことだが……これも夫婦になれば、当然のことだな。
 これレイシールは其方と共に歩む生涯しか考えもつかぬほど、其方が唯一無二であると言って憚らない。だから、それを無駄にしないでくれたことに感謝する。
 其方が妻になると言ってくれなければ、これは今後の人生を、それこそ棒に振ったろうからな」

 最後を少し、茶化すように……父上は肩をすくめてみせた。
 それで一気に場の空気が弛緩する。
 セイバーンからここに移り住んだ使用人らからは、言祝ぎの言葉すら飛んできて、それには少し驚いたが……。

 もう、良いな⁉︎
 俺は急いでサヤに手を伸ばし、胸に抱え込んだ。

「父上…………そういうのは男の俺が聞かれることであって、サヤに言わせることではないでしょう!」

 キッと睨み据えてそう責めると、父上は呆れたように息を吐く。

「其方の覚悟はこの前散々な惚気とともに聞かされた。今更確認するまでもない」

 の、のろ……⁉︎
 惚気⁉︎    脅した自覚はあったが惚気たつもりは全く無い!

 父上の言葉にマルが吹き出す。
 一緒になって脅してたお前が笑える立場か⁉︎
 マルを睨むが、ふいと視線を逸らされてしまった。おのれ……!

「それに、其方が強引にサヤに是と言わせている可能性も捨てきれなかったのでな。一度ちゃんとサヤの気持ちを確認したかった。
 サヤはまだ成人しておらぬ上に、天涯孤独の身の上。更に我々は貴族だ……断りきれぬで受けたとも限らぬ。それではサヤがあまりにも不憫。
 だが……良かったなレイシール。其方の片恋ではなく、ちゃんと愛を交わしているようで、安心した」

 そんな風に言われ、流石に顔が熱くなった。
 途端に腕の中のサヤが離してくださいとグイグイ押してくる。

「も、大丈夫ですから!」
「だけど……!」
「は、恥ずかしいんです!    人前で、こういうのは、全部!」
「奥ゆかしい気質の民なのだな、サヤは」
「ええそうなんです。彼女の国では、男女は七歳にして席を同じうせず。なんて言われた時期もあるほどで、男女の触れ合いって人前では極端なほどにしないみたいなんですよねぇ。
 だもので、ほんと周知が広がらなくってほとほと困っています」
「それでか。レイシールが明らかに入れ込んでいる風で、サヤの気持ちが全く見えてこなかったのでな、本当に心配したのだが……。
 献身だけは人一倍どころではないし、正直判断に困った……」
「ほんと、尽くすにもほどがあるくらいサヤくんレイ様に尽くしてますよ。見える部分だけでも。
 愛情表現が全くと言って良い程、人目に晒されないのが本当、悔しいくらいで」

 何故かのほほんとそんな会話を父上と交わすマル。
 だが、二人の瞳で、それが周りに見せるためにやっている演技なのだと、やっと気付いた。

「この通り、教養のある方です。医療の分野だけでなくね。
 こんな素晴らしい人、レイ様はよく捕まえたなって思うことになりますよ。近い将来、必ずね」
「其方にそれほどを言わせるのか」
「僕と普通に会話できますもんね、彼女。意味が分からないって顔、殆どなさいません。たまに僕以上の知識すら有しておられます。
 学舎でもそんな方、そうそういらっしゃいませんでしたからねぇ。正直、彼女となら主席を争えたんじゃないですかね」

 何気に学舎には敵がいなかった宣言までしている……。

「そ、そんな……買いかぶりすぎです!」
「そうですか?    僕、本気でそう思ってますけど」
「どこまでも謙虚なのだな……レイシール、サヤは遠慮しすぎるたちのようだから、其方がちゃんと手を引いてやらねばな」
「言われるまでもありません!」

 そんなことは分かっているとばかりにそう息巻いたのだが、父上は呆れたように息を吐く。

「お前は少し、解釈を間違っている。
 ただ闇雲にサヤを囲っているこの状況は、違うのだぞ。
 もう少し周りを信用しなさい。誰もお前からサヤを奪おうなどとは思っておらぬし、サヤを害そうともしておらぬ」

 ガイウスが酷く眉間にシワを寄せているの棚上げして、そんな風に言いますか⁉︎
 初めからサヤをあんな風に追い詰めておいて!

 言いたがったがぐっと堪えた。しかし、マルが余計な一言を挟んでくる。

「レイ様、サヤくんを独り占めしたいと憚りなく言っちゃってますからねぇ。これはかなりの苦行……厳しい試練ですね」
「お前面白がってるだろ⁉︎」

 俺たちのやりとりに、使用人らがくすくすと笑い、サヤがより赤く染まる。
 けれど、彼らの視線に嘲る様子は無く、まるで微笑ましいものを愛でるような雰囲気だ。
 騎士らもそれは同様で、古参の方々はというと、その雰囲気に少々困惑している様子……。
 俺もいまいち状況の理解ができないまま、内心首を傾げていると……。

「今まで孤軍奮闘してきたから、どうしても周りへの警戒が抜けぬのだろうが、セイバーンはもうお前の立つ場所だ。
 近い将来、皆がお前に従うことになるというのに、お前がそんな風に、警戒を露わにして周りを寄せ付けぬでは、いつまでたっても領主は任せられぬ。
 使用人まで遠去けるでは、なんの情報もこちらに回って来ぬ。
 ……セイバーンでのお前の三年間は……針の山を歩むような苦難の日々は、使用人らからは聞いているが、肝心の当人からは殆ど、聞いておらぬ……」
 そもそもお前は……私にすら距離を置く。
 親子であるというのに、二人きりになろうとせぬし、なったところで他人行儀に仕事や交渉ごとばかり……本音を吐かぬ。
 この前やっと吐いたのは……サヤが不在で精神的に切羽詰まっていたからの、例外だな。
 あれで本当に、お前にはサヤが必要なのだと理解したが……」

 何を言ったんですか⁉︎    

 という言葉を視線に乗せて、サヤがキッと俺を睨むので、慌てて視線を逸らした。
 い、いや……あれは父上にもサヤには言うなって言われたから……き、気にしない方向でお願いします……。内容が色々、危険すぎる。

「十五年以上にわたり、偽りの誓約にずっと縛られていたのだから、その習慣が抜けぬのも致し方ないとは、思っている……。
 だがなレイシール……私は今まで得られなかった其方との時間を、今から少しでも多く取り戻したい。
 もう、二人きりになってしまった……私はこの年だし、じきに其方を残して先に逝くことになる。
 その前にもう少し、お互い歩み寄らないか……。
 其方に今後のセイバーンを任せる……そのことには何の不安も抱いていないが、今の其方を一人残すのは……不安でたまらない……。安心させてくれ」

 そんな言い方は、卑怯だ……。
 残りの時間を盾にして、そんな風に脅してくるなんて……。
 だけど、この前俺がしたこともこんな感じかと思えば、文句も言えなかった。

「……申し訳、ありません……親子のなんたるかが、俺にはよく分からないもので……」

 まるで怨んでいるかのように振る舞った。
 表面を覆った笑顔で本音を隠していた俺の本性は、セイバーンのことなどどうでも良いと思っている危険な男だと……そう見えるように……。
 警戒されているであろう俺は、父上に近付くべきではないと思ったし、サヤを守るためにはそれを貫くしかないと思っていた。

 なのに何故、父上は、歩み寄ろうとしてみせる?

「お互いそこはどうしようもないな。とりあえず、手探りしていくしかあるまい。
 さしあたり、親子水入らずの時間を作るというのはどうだろうな」

 そう言ってから、父上は「あぁ、違うな……」と、言い直す。

「二人の時間もさることながら、新しい、未来の義娘との時間も大切にしたいのだが……」

 サヤを義娘むすめと表現されたことに、一瞬唖然とした。
 それは……サヤを歓迎すると、皆に示したことに、他ならないから…………。
 俺がそれしか受け入れないというから、取引としてサヤを受け入れた……というのではない。と、いうこと。
 サヤの成人を待つから、耳飾は与えない。そう言った俺に、血で守ってはやれないと言ったのに……父上はサヤを、皆の前で義娘と呼ぶことで、それに等しいものを示したのだ。

「花嫁衣装はあと三年保留か。三年は頑張って生きぬと死んでも死に切れぬな……」
「そういう冗談はやめてください!」
「冗談なものか。私はもう五十五になるのだぞ」

 血相を変えて反論したガイウスに、さも当然のことのように父上が言う。
 しかし何故かそこで、マルがしゃしゃり出る。

「領主様、サヤくんの国では九十歳でも走れるらしいですよぅ。どうも人間は、百年生きれそうです」
「我が国で男性の最高齢の方は百十三歳という記録がありますよ」
「…………え⁉︎」
「……それじゃあ領主様はまだ折り返しもしていませんねぇ。だいぶん親子水入らずを堪能できそうです」

 あっけらかんとそう言うマルに、会議室が妙な空気に包まれる……。
 ガイウスまでぽかんとした顔だ。
 けれどくつくつと笑う声がして、そちらに視線をやると、父上が肩を震わせて笑っていた。

「そうか。それなら孫まで期待しても良さそうだ」
「下手したら孫の婚礼どころか、ひ孫にも会えそうですよぅ」

 どっと周りが笑い、顔を伏せたサヤの肩を、もう一度抱き寄せる。
 傷つかなくて良い……これは二人で背負うことだと、前にも言った。
 その様子を勘違いしたらしい使用人が、仲睦まじいですねなんてヤジを飛ばす。
 サヤさんの麗しさは目の保養なんですから、独り占めしないでくださいよと言う騎士までいて、却下だと胸に抱き込んで庇うと、またサヤはグイグイ押し返してきて、それに周りが大いに笑った。
 そんなやりとりを見て古参の方々は、やはり少し、困惑してする様子……けれど、案外受け入れられているサヤという存在が、思っていたものとは違うようだという認識になっているのは、間違い無いようだ。

 父上とマル……いつの間に結託したんだ……。
 そう思ったものの、今ここでそれを追求するわけにもいかず、確認は後だと自分に言い聞かせ、今は状況に身を任せた。
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