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暮夜 4

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「それ、馬車でお話を聞いてから、私も今日ずっと考えていたんです。
 私の国は女性の社会進出が促されてきていて、そのために色々制度や環境を作ってきているので、参考になる事例があるかと思って。
 それに、幼年院や孤児院の予行演習としても、子供に接する練習をしておくのって大切じゃないでしょうか」

 難しい話は分かり兼ねます……と、逃げに入るハインを無理矢理捕まえて、一緒に話を聞かせることにした。
 いつまでも難しい話から逃げないでもらいたい。こういった話は、色んな立場の意見が必要不可欠。
 当然、俺と違う環境で育ったハインの意見だって重要なのだ。

「えっとですね、まず子供を働かせることを考える前に、預かる方法を考える方が建設的かなって」
「…………預かる方法?」
「それは今でもありますよ。近所のお年寄りに子供を見ていてもらうことは可能です」
「はい、でもそれ、色々問題が多いって前に伺いました。そもそも割高ですし、乳飲児は預かってもらえなかったりするのでしょう?」

 うん。まずそういった子供を預けるって、本当に預かるだけ。食事の世話や排泄の世話など期待してはいけない。
 本当に、数時間家に置いていてもらうだけといった感じなのだが、それなりの出費なのだ。
 1時間に銅貨一枚辺りが相場で、ひと月あれば金貨一枚ほどに及ぶ出費となる。
 これは前、拠点村でも話に出たことがあって、それでは色々問題が多いから、幼年院を作ろうと思うのだと、話をした。
 だが幼年院は、そもそも乳飲児を預かることを想定していない。
 乳飲児は手がかかるのだ。

「乳飲児は扱いが難しすぎます。そもそも世話をしようにも、乳が出なければどうしようもないじゃないですか」

 さも嫌そうにハインが言う。ま、まぁそうなんだけど……間違ってないんだけど……男の俺たちはあまりこう、口にして良い言葉ではないと思うんだよ。うん。
 だがサヤは、ハインのその言葉ににこりと笑って頷いた。

「はい。だから、乳飲児を抱えたお母様方にあえて集まっていただくのが良いと思うんです」

 そうしてサヤは、拠点村で行おうとしていたことの縮小版といえるものを提案してきたのだ。

「乳飲児を抱えていて、それでも働きたいお母様方をあえて集めて、同じ仕事をみんなでしてもらうようにするのはどうかなって。
 複数人ずつ交代で子供を見つつ、残りのお母様方で内職をする。そんな環境を作るんです。
 例えば紙の袋作り。あれなら紙とのり、危険な道具はせいぜい鋏くらいですよね。
 十人お母さんを集めて、三人があやしたり世話をしたりしているうちに、残りの七人が袋を作る。そして一定時間経ったら交代するんです。
 袋の総合計を人数で分配して払うようにすれば、結構作業もはかどり且つ、子供も一緒くたに見れるんじゃないかと。
 それに、母乳の出ってひとそれぞれ分量が違いまして、出やすいひと、出にくい人がいるんですよね。
 みんなで協力し合うならば、出にくい人は出やすい人からもらいやすいでしょうし、器用な人はとにかく手作業ごとに専念するとか、役割分担しても良いと思うんです。
 みなさん、お互いの境遇は同じですし、苦労だって不便だってお互い様です。上手く連携できるのじゃないでしょうか」
「成る程……連帯責任を敢えて利用するのか」

 一番雇い難いであろう乳飲児を抱えた母親を雇用する、見事な一案であると思う。子供と一緒に行動するならば、母親も安心していられるだろうし。

「確かに。それは良いかもな……」

 乳飲児は繊細だし、正直親から離れた状況で預かるには不安が大きすぎる。
 だが、見渡せば目の届く場所に子がいて、誰かが見ていてくれるという状況であれば、万が一にも対処しやすい。
 流石サヤの国は凄いなと思ったのだけど……。

「子供の世話があるから母親が働けない……これは、私の国でもよく問題になることなんです」

 と、サヤが言う。
 特に乳飲児のうちは預け先も少なく、格段に難しくなるらしい。

「それで、一定以上の年齢……三歳くらいになってくると、子供達だけで遊ぶことを覚えてきますから、乳飲児ほど見守る大人も必要なくなります。
 だから、母親が働く間、子供を預かって代わりに世話をしてくれる場所を用意したらどうかなと思って。
 私の国では託児所とか、保育園、幼稚園……色々な運用形態があったのですが、交易路計画に絡めて利用するならば、託児所かなと」

 タクジショ……当然ながら初耳の言葉だ。
 サヤによると、タクジショとは幼子を預かる施設であるという。
 食事を与え、排泄の処理をし、遊ばせ、寝かしつける。成る程、乳母のようなものか。だけど……乳母はかなり高額な出費じゃなかろうか……。

「子供一人につき世話係一人……という対処では高額になると思います。
 だから、一人の大人ががずっと子供一人につきっきりになるのじゃなくて、複数でもう少し多めの子供の面倒を見たらどうかと思いまして。
 確か私の国では……一歳に満たない子供は、二人で五人までだったと思うんですけど……。一歳から二歳で一人につき六人、三歳からは一人で二十人……みたいな風に、育てば余裕が出て、き管理が行き届く人数が増えるんです。あ、これは子供を育てる専門職の方の場合ですけどね」
「そんな職業もあるのか……。
 あぁ……それは確かに良いかもな。でも……雇用できる人数が、あまり多くないんじゃないか?」
「先ほど述べた人数は、専門職の場合における、最低限の人数です。当然多い方が、より子供は安全ですし、お世話も行き届きます。
 なので、流民対策を兼ねるならば、少し多めに雇用すべきかなとは思いますけれど、手の空いたお母様方には、また別の内職なり、仕事をしてもらってはどうかと思うんですよね」
「……別の内職?」
「はい、勿論、賄い作りや洗い物に雇うこともなんですけど、これからの拠点村、針仕事は格段に多くなりますし、バート商会は貴族相手の商いを主にしていますから、職人の単価が高いです。
 なので、制服作りは貴族対応できる職人さんじゃなくて良いと思うので……」
「…………え、ちょっと待って、何の制服?    まさか女近衛じゃ……」
「違います。孤児院と、幼年院ですよ。
 預かる子供を、ちゃんと見分けがつくよう、統一された服装にするって、ちらりとおっしゃってませんでしたか?」

 そういえば全くその辺のこと、保留にしたままだったな……。
 幼年院はまだ建設すら始まっていなかったし、孤児院に至っては許可が出るとも限らなかったから。
 うーん……だけどそれ、色々問題があるよなって、思っていたところなんだよな……。

「いや、幼年院は当初制服を作ろうと考えていたけど……服ってお金がかかるだろう?
 特に小さな子供はあっという間に成長してしまう。買い換えるにも負担が大きいかと思うんだよ」

 一式揃えるとなればかなり大変じゃないのか?
 服なんて、一般的には一年に一度買うかどうかだ。特に子供は成長が著しいから、あっという間に着れなくなる。
 そう言うとサヤは、お金をかけない方法はたくさんありますよと俺に言った。

「制服を扱う古着屋さんを作れば良いと思うんです。大きさが合わなくなったら売って、合うものをまた購入するとすれば、大丈夫じゃないですか?
 もしくはレンタル……毎月少量を学費に含め、服は貸与するという方法もあります。
 それに、上着、短衣、袴と全て用意していればお金が掛かってしまいますけど、必要なものを減らすという手法もあると思うんですよ」
「……上着だけを征服にするとかか?」
「上着は貴族じゃないから夏場は着ないことが多いですよね。
 短衣と袴のみにするとか、鞄と帽子のみにするとか、女の子ならワンピースも良いかなって思うんですけど……」
「……ワンピース……」
「……とは、なんですか」

 ワンピースというのは、上下繋がった服という意味であるらしい。
 短衣と袴がくっついているのだという。

「袴だけ制服で、上物は自由としても良いと思いますけど、制服って結構楽なんですよ。学校に着ていくもので悩まずにすみますし、長く着れますし……。
 セイバーンに戻りましたら、出費を抑えられる意匠を考えてみますね」

 ま、今考えなければならないのは、流民雇用についてだからな。
 今できる内容での雇用をまずは検討しよう。

「セイバーン村は、焼け残った別館を騎士らの宿泊施設として利用して、今あちらに住まいを移している衛兵や女中はそのまま別館管理を続けて貰えば良いよな」
「館跡地も片付けが済み次第、厩を増設ですね。厩の管理にも人は雇えるかと思います」
「土嚢に切り崩した土地にも宿舎が作られていますよね。ではこれを流民の方々への貸出に使いますか?
 近くに賄い作り用の調理場や休憩所を設けるのですし、更に乳飲児とお母様方が内職ができる場所も確保できないでしょうか」
「そうだな、まとまっている方が良い。
 では今できる内職は、紙の包装用品作りと風呂敷作り……そういえば麻袋がバカみたいに必要になるし、そちらへの根回し、マルは済ませてるかな?」
「やっていないことはないでしょう。あれが全て計画を作ったようなものなのですから。
 麻袋作りにも人手は必要そうですね。土嚢木枠も増やす必要があると思います」
「メバックの職人を頼ることになるよな。あとは拠点村の職人か……そこで人手は必要ないかも確認してみよう」

 アギー中の流民を全て受け入れるというのは無理だと思うけれど、極力引き受けられないか、考えられる限りの方法を模索してみようと、あれこれ話し合った。
 セイバーンは数代前の領主の時代、流行病により多くの領民を失っている。そのため比較的人手不足だ。ある程度受け入れられるのじゃないかと思う。
 勿論、田舎であるから好まない者もいるだろう。隣のアギーにこれだけ流民が押し寄せていても、セイバーンにはほぼ来ない。流民たちにはどこに行けば職があるか、食べていけるかの情報自体が乏しいのだと思う。
 何より流民であるということが大きな障害となる……。自らの土地を捨ててきた者に、定住者はどうしても白い目を向けてしまいがちだ……。
 そうせざるを得なかった背景があるのだとしても、やはりよくは思ってもらえないだろう。

 それでも、彼らは自らの生まれた地を捨てて、流浪の民となった。
 遠方からでも耳にしていたアギーの盛況。
 それに縋る思いでここまで重い足を引きずってきたはずだ。
 そして、アギーの現実に、次を探す気力を失った……。せっかくたどり着いた地で、大きな挫折を味わわされ、心が折れてしまったのかもしれない。
 だが、そこで終わってはいけない……。
 動く勇気を振り絞って報われないのでは、フェルドナレンは駄目になっていってしまう。
 何より北の地は、マルやローシェンナらの故郷であり、ハインの生まれた地だ。獣人を犠牲にしてもなお厳しいあの地をあのままにしておくことは、近い将来、必ずフェルドナレンにとって禍根となる。

 幸いにも、セイバーンは交易路計画の出発点だ。
 ここで土嚢積みの技術を磨けば、色々な地方で必要とされるようになるだろう。その技術を手に、新天地を探すこともできるはず。
 その時、他の家族も内職程度でも、収入を得られる手段を確保しておけば、もう流浪の民に逆戻りすることもなくなるのではないか。
 交易路が完成した後も、道の修繕等で技術は活かさせる。後々は交易路以外でも、土嚢積みを利用する幅は広がっていくだろう。
 特に雨季だ。川の氾濫に有効であるこの技術を知る者が地方ごとに存在すれば、川の氾濫の小規模なものは防ぐことができると思う。
 そうすれば、自然災害によって苦しめられる国民は、確実に減るはずだ。

「新たな職……交易路と絡めて、何か……。いざという時に利用できるもの……」

 一通りの意見が出尽くした頃合いに、今日は一旦この意見交換会を終了することにした。

 姫様の時代を豊かなものにすべく、また何か思いついたならば随時知らせてくれと二人にはお願いしておく。
 セイバーンに戻ったら戴冠式の準備で忙しくなるけれど、時を同じくして交易路計画の方も動き出す。まず打てる手から打っておくけれど、後からでも仕事が増えるならそれに越したことはない。北の地が苦境を脱しない限り、流民問題はこれからもずっと続いていくのだから。

 本当は……北の地を根本から変える方策を、考えなきゃいけないのだと思う……。
 だけど、それは一介の、男爵家後継如きには、とやかく口出しできない問題だから……。
 とにかくまずは、やれることから。

 俺たちはそんな風に、明日を良くする一手を探ることにしか目がいっていなかった。
 セイバーンの問題は解決したと……、もう、ジェスルの脅威は去ったのだと、思っていたから…………。
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