異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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バート商会 6

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 ん、だけど…………。
 やっぱ、厳しいかな、これは……。

 夕刻が近くなり、ギルとスランバートさんの会合はいまだに決着の様子を見せず、続いていた……。

 夕刻。つまり、女近衛候補者のお二人はとうの昔に到着し、寸法直しのための採寸も済ませ、仕上がっていたものは試着し終えて、残りの品の完成を待っている状況だ。
 本日中の仕上がりが可能であると、アリスさんがそう判断したため、俺とサヤは彼女らの暇つぶしを兼ね、今応接室でお茶会を催している。

 女近衛候補者……。
 ひとりは、赤銅色の髪を両側で括り、露草色の瞳の溌剌とした女性。サヤより若干上背がある。
 もうひとりは、この季節にも関わらず日焼けした、若苗色の短髪に深紫色の瞳を半分閉じたようにしている、どこか眠たそうに見える小柄な女性だった。

「でですね、その奴隷の子供らを背に庇ったディート様は絶体絶命じゃないですか。左手の大盾は半ばひしゃげてるし、右手の剣は折れちゃって、半分くらいの長さになってるって状況なのに。
 普通はそこで、死に物狂いの抵抗を見せるとか、増援を期待しつつ守りに徹するとか、そういった戦法になると思うんですよ。普通はね!
 だけど彼の方、当然そうはしなかったわけなんです!    どうされたと思います?」

 熱い語りを続けているのは、赤褐色の髪の女性、ユーロディア殿。サヤはその問いに、うーん……と、唸る。

「……子供を、庇ってるのですよね?…………え……そこで自ら盾になって、戦う以外、選択肢って無いんじゃ?」
「ねっ!    普通そうなんですけど彼の方、持ってた大盾を子供らの方に放り投げてね、それで身を守ってろって言ったんですよ!
 子供も奴隷商人らもぽかんとした顔になっちゃって!
 しかも彼の方、その隙に嬉々として奴隷商人らに突っ込んで、あっさり護衛の一人から斧を奪い……」

 今語られているのはディート殿の武勇伝。僅か十七という若さながら、奴隷の密売を手掛けていた商団を、ほぼ一人で壊滅させた時の話なのだという。
 いや、かれこれ五つくらいこの手の話を聞いているのだけどね……。

「絶対嘘。そんなの無理に決まってる」
「嘘じゃないし、無理じゃない!    彼の方はマジで……!」
「マジでやってたらただの戦闘狂……」
「んー……ディート殿のことだからなぁ……それ、相手を誘導するための、駆け引きのいっかんだったんだと思うけど……」

 ついそう呟くと、ギラリとした瞳が俺を見る。

「そう、そうなんですよ!」
「どういうことですか?」

 こてんと首を傾げたサヤが可愛い。現在、着替えて女性の装いだから、尚のこと。
 その隣で、若苗色の髪の女性……メリッサ殿は半顔で俺を胡乱げに見る。
 いや、ディート殿って、そういうことできちゃうくらいの猛者なんですよ、マジで。

「ユーロディア殿は怪我をしていたけれど、一応は動ける状態だったのでしょう?
 だから、子供らに盾を渡し、自らの守りを手薄にして見せることで、奴隷商人らの意識を己に集中させたのだと」

 どう考えてもディート殿が一番厄介。こいつを早くなんとかしたいと、相手は思っていたことだろう。
 そこで手負いのユーロディア殿や、商品の子供らを盾にして、降伏しろとか言わせてしまったら、時間稼ぎもできなくなってしまう。
 盾を捨て、折れた剣を持っているだけのディート殿は、しかもまだ若き青年だ。ちょっと無鉄砲……というか、思慮が浅い風にも見える言動に、いくら腕が良くとも、ちょっと頑張ればなんとかできちゃいそう……と、相手に思わせた。

「子供らは盾と、ユーロディア殿に任せて、とにかく敵の手数を減らす戦法に出たのだと。
 人数が減れば、対処も容易になりますしね。
 相手がまだ判断を迷っている隙に、先手を取って武器を奪った」

 これも多分、前から狙ってたと思う。

「あの人凄い場慣れしている人なんで、そういう判断に迷いを挟んだりはしないと思うんですよね」
「流石レイシール様!    彼の方のご友人というだけあって、ディート様をよく分かってらしゃいます!」
「まぁ、迷わないくらいに自分の腕に自信もある人だから取れる戦法で、俺なんかだと瞬殺されますけどね……」

 ディート殿じゃなきゃ成り立たない戦法だよね、絶対……。まぁでも、自分の外見とか、そういうのまできちんと計算に含めているあたりがとても冷静でディート殿らしいと思う。
 奴隷商人も、気配消して、一人でそこまで接近し、躊躇なく乗り込んでくるような人物が、思慮の浅い人実力不足の小童であるわけがないと、気付くべきだったな……。

 と……。
 そこで扉がコンコンと叩かれた。そうして、アリスさんと女中らが、手荷物を持って入室してくる。

「大変お待たせして、申し訳ございませんでした。
 正装一式、無事に完成いたしました」

 歓声を上げるユーロディア様。ご試着なさいますかと聞かれ、嬉々として小部屋に向かったのだけど……。

「帰って、じっくり試してみるわ。不備があれば、明日また伺います。ご苦労様」
「あっ……じ、じゃあ、あたしも!
 待ってメリッサ、一緒に帰るから」

 あっさりと試着を辞退して帰ろうとするメリッサ殿に、慌てて従った。
 宿舎が同じって言ってたものな。
 王都慣れしてる様子のメリッサ殿はともかく、王都が初めてというユーロディア様は、まだ一人で街をウロウロする勇気は無いらしい。

「楽しかったです!
 サヤさん、レイシール様、ではまた式典で!」
「はい、当日また、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ディート殿の武勇伝、またお聞かせください」

 そう言うと、ぱあっと嬉しそうに、彼女は笑った。
 そうしてぺこりとお辞儀をして、慌ててメリッサ殿を追いかけていく。

「ふぅ……」

 お二人を見送ってから長椅子に座りなおすと、サヤがお疲れ様ですと労ってくれた。
 そうして暫く休憩していると、お二人を見送ってきたアリスさんが応接室に戻ってきて……。

「ごめんなさいねぇ、レイくんに接待なんて任せてしまって……」
「いや、サヤの同僚となる人たちですから、俺も接しておきたかった。
 だから、丁度良かったんですよ」

 結局、女近衛は六人集めるのがやっとであった様子だけど、実力は申し分ない方々だと、俺は感じることができた。
 ユーロディア殿、俺には勝てそうもない相手だったし、メリッサ殿も射手というだけあって、始終冷静。しかも、椅子に座ったまま微動だにせず数時間……。森で獲物を何時間だって待っているって、ああできなきゃ駄目なんだな……。

「あの、ギルとアルバートさんは……?」
「うーん……まだもう少しかかるのかしら?」

 申し訳なさそうに、アリスさんが眉尻を下げる。
 まだ二人の話し合いに目処は立っていないのか……。と、そう考えていたら……。

「いや、終わった」

 まだ開いていた扉から、ふらりとギルが入ってきた。
 そうしてそのまま、先程までユーロディア殿らが座っていた長椅子に身を投げ出す。

「ギル……」
「全部、通ったぞ」

 アルバートさんは、納得しなかったのじゃないかと、そう思っていた矢先、ギルはそう言い、にやりと笑った。

「……本当に?」
「あぁ。当面本店は、今までの顧客を中心に、今まで通り衣装を手掛けていくが、その代わりメバックの支店は、女性衣装の開発を担当。ふた月に一度は本店に戻り、報告、確認をしていき、細かくは調整。
 とりあえずは試験的に、意匠師への報酬を上乗せして渡す方法に切り替える。
 意匠師の生活自体は寧ろ良くなるだろうって、兄貴は言ってた。
 まぁつまり……ふた月に一度は状況を確認するが、概ね好きにやれってことだ」

 その言葉に脱力する。
 いや、店の負担にならないよう、考えたつもりではあったんだ……。
 だけど、実際のところは経営者にしか見えない部分があるし、何より多くの使用人を養っていかなきゃならないバート商会に、秘匿権の開示は危険すぎるって、言われると思ってた……。

「まぁ、バート商会は昨年多くの秘匿権を得たし、式典で女近衛の正装まで手にしたことはすぐ知れ渡る。どうせやっかみを買うだろ。
 だから先手を打って、所持する秘匿権を公開するのは、良い手段だとよ。
 皆に作る権利を与えたとしても、作れるとは限らない……。技術職ってのは、手を慣らす時間が必ず必要だしな。
 即時公開に踏み切ったとしても、他店がうちの意匠案を作れるまで形にするには、三月から半年、遅れるだろう。その間に次の流行を生み出すことができれば、現状の維持も可能だろうとよ。
 そんなわけで、バート商会は無事、全てブンカケン傘下に加わった。
 ……サヤ、悪いが当面、お前に頼る。まずは武器が必要だ。お前の衣装案、毎月一つずつ形にするぞ」

 どうせ女近衛となった方々のために、女性の動きやすい仕事服を考えなきゃならない。
 そのギルの「お前に頼る」という言葉に、サヤははじめ、瞳を大きく見開いた。
 そうして、グッと、決意に満ちた表情となり、はい!   と、大きく返事をする。
 とはいえ、たった六人しかいない女近衛の方々を顧客にするだけじゃ、当然経営は傾いてしまうよな……。

「それで兄貴の案なんだけどな。
 女中の仕事服、考えてみないかって。
 現状、仕事着を必要としている女性の代表は女中だろ?
 懇意にしてる子爵家から、従者服みたいに快適な女中服は作れないのかって要望が、前にあったそうなんだよ」
「分かりました。考えてみます」

 サヤのその答えににやりと笑ったギルは、ウーヴェも上手くやってると良いんだが……と、窓の外、遠いセイバーンへ、思いを馳せた。
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