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閑話 夫婦 11
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「妻になるまでに子を授かったなら、私はちゃんとレイの妻になる。
せやけど授からへんかったら……その時は婚約を取り消して。別の人を妻に娶って!」
血を吐くみたいな叫びだった。苦しい、悲しいと、音にならない音が、空気を引き裂くような……。
一音ごとに、心臓が冷えていくのが分かった……。激しく叩きつけられた鋭い音に、心が硬化した。
俺が認めないから……。ならばと突きつけられた選択。
これを拒否すれば、婚約自体を取り消しにかかってくるのだと、その表情で理解できた。サヤは、泣きながらも、凛々しい騎士の顔をしていたから。
「…………それは俺が一番望んでないことだって、サヤは知ってるよな……」
俺がサヤと繋げたいのは、身体じゃない。心を繋げたいのだ。なのに……。
サヤと繋がることを、気持ちなどそっちのけにしろって? 後継を、優先しろって言うの?
「そこに俺の気持ちは? ただ繋がって、胤を植え付けて、それになんの意味が⁉︎」
自分でも可笑しくなるくらい、声が震えていた。怒りで凍てついた、冷たい声音に、サヤに向かってこんな声が出せたのかと、我ながら驚く。
口元が勝手に引きつって、顔が笑みを浮かべる。
その理由が分からない。俺は今、笑いたくない。怒ってるんだ。悲しんでるんだ。苦しんでるのに……なんで……。
「意味なんか、求めてへん……。役割やって、言うてるの。
今までの人たちが守ってきたものを、お父様が守ってきはったものを、簡単に絶やしたらあかんって言うてる」
傷付けられた過去を持つサヤがいちばん望まないこと。
それをサヤが、俺にやれと言う。
そうして俺に、その先を諦めろって、言うのか……。
「俺に、サヤを、無理矢理に犯せって言うの」
「私は、承知してる!」
「承知……。してるの? そんな顔色をして? 身体を震わせて? 俺をこんなに、怖がっているのに⁉︎」
そう言い顔を近付け、黙らせるために唇を塞ごうとしたら、一瞬逃げるように身を引いたサヤ。
けれど、気力で踏み止まり、挑むように眼前で睨め上げてくる。
強情なその態度に、イラリと心の奥底に押し込めてあったものが、鎌首をもたげた……。
覚悟したのだというその表情に、焦りと苛立ち……。
またサヤは、俺から離れていこうとするのか……っ。
その焦燥を誤魔化すために、俺は怒りに身を任せた。
そうまでして強情を張ろうとするなら、試してやろうじゃないか……。
肩をトンと押して、体勢を後ろに傾けたサヤを、抱きとめ、冷たい岩の舞台に寝かせた。
それだけで、身体を強張らせる。頬のすぐの横に手をついたら、表情を引きつらせて、ぎゅっと目を閉じた。
ほら、無理だよ絶対。こんなに怯えてる。それならば、ここを押せば、彼女はきっと根をあげる。諦める……。
勝てる。大丈夫だ、まだ押し通せる。
「逃げるな。ちゃんと見ろ」
その声にビクリと身を竦め……。
恐る恐る瞳を開いたサヤの眼前に、ギリギリまで顔を近付け、冷笑を浮かべた俺がいたせいで、サヤはヒュッと、息を、喉に詰まらせた。
「承知したんだろ」
そう言い、サヤの襟元の釦を摘み、これ見よがしにひとつ外したら、見て分かるほどに、身体を震わせた……。
カチカチと歯の鳴る音がする……。胸の前で握りしめれていたサヤの両手を掴み、頭上で押さえつけたら、見開かれた瞳からボロボロと涙が溢れた。
握力の弱い俺の右手で、玄武岩の舞台に縫い止められた、冷え切って冷たいサヤの腕……。
力で振り解いてしまえば、簡単に逃げられる……。逃げたらいいんだよ。ほら。
二つ、三つと胸元の釦が外されていく中、見ろと言われたから、必死で瞳を見開いて、震えて、涙を溢す。
短衣をはだけられたサヤは、今まで俺に見せたことのなかった、陽に当たっていない、真珠のように白い腹部を、夜風に晒した。
短衣を指で摘み、引っ張ると、薄青い色の下着がのぞき、見事な乳房が溢れそうなほどにせり上がっていて、下着の上から指の腹で撫でて探し出した頂点に、指を突き立てると、ずぶずぶ沈み込んでいく……。
元より、そんな風には触れてはいないけれど……恐怖と恥辱に凍りついたサヤの顔に、快感や期待など、欠片も無かった。
なのに、逃げない……。
ならばと、乳房から指を引き戻し、肌に這わせるようにして、腹をつたい、下腹部へ。
乱れた袴をたくし上げて、露わになった膝を掴み、強引に開いた。
太ももの内側を、膝から上へとゆっくり指で撫でたら、喉の奥で声にならない悲鳴を上げる。
だけど……。
……こうまでしてるのに、なんでまだ、逃げないんだ……。
太ももの付け根まで動かした指を、そこで止めた。
この先は、俺の負け……。サヤを穢したら、サヤの提案を飲んだことになってしまう……。
そうすれば、三年で子を授からなかった場合、俺は、彼女を失うのだ……。
本当に、覚悟、したんだ……。俺から離れる覚悟。独りを選ぶ覚悟。身を穢してでも、それを選ぶんだ。受け入れるんだ……。
そう思ったら、もう……。
目を逸らし続けてきたそれを、認めるしかなかった……。
「……………………分かった。婚約は解消しよう」
かすかに触れさせた唇と唇で、そう囁いたら、サヤは一瞬呼吸を止め。
「え……」
「俺が悪かった……。俺が間違ってたんだ」
サヤを守るつもりで、ただ、追い詰めていただけだった。
分かっていたのに、それを認められなかった。
「子が授からないかもしれないことを、俺が秘密にしたから、サヤを追い詰めた……。
なのに、それを認めたくなくて、サヤにこんなことまでして……怖い思いをさせて、ごめんな……」
押さえつけていた腕を解放し、めくれあがっていた袴を元に戻して、短衣や中衣の外した釦を、ひとつずつ、閉め直した。
サヤを引き起こして、乱れた髪を手で梳いて整えて、もういちど、ごめんな……と、伝えた。
「な、なんで……」
「戻ろう。ローシェンナたち、心配しているかもしれないし。もう星を見る気分でもないだろ?」
「なんで⁉︎ 私が怖がったから⁉︎ でも、これは違う、レイなら嫌やないの。初めてで不安やっただけで……っ」
「良いんだ。どっちにしたって俺には無理なんだよ。こっちは選べない……」
サヤを万に一つでも失うかもしれない。この道は、子を授からなかった時、サヤを失ってしまう。
「取り返せない手段なんて、選べない。一生の後悔じゃすまないから……」
「ええって、言うてる! 私は、もう覚悟したって……!」
「俺の望んだ覚悟じゃないんだよ、それは!
子が授からなかったら、サヤを手に入れることが、叶わなくなる……っ。そうなるくらいだったら、可能性がある方を選ぶ……」
「…………」
「サヤとの未来に、少しでも可能性の残る方を、選ぶよ……」
どんな形でも良い。サヤを失わない方を選ぶ。サヤを孤独にしない方を選ぶ。
だってそれが俺の、一番の望みなのだ。
「サヤを苦しめても、悲しませても、失えない……。ごめんな…………」
ただごめんなと、謝ることしかできない……。
自分の不甲斐なさに、涙が溢れた。
こんな酷いことを、言わせて、やらせて……ただサヤを苦しめることしかできていなかった自分の浅ましさが、申し訳なくて。
ここまでサヤを追い詰めるまで、俺は逃げていたのだ。子ができないと言う、サヤを娶る責任から。
本当に子など関係ないと言うなら、隠すのじゃなく、先延ばしにするのじゃなく、堂々とするべきだった。
誠実なサヤが苦しまないはずないのに、綺麗事で隠して、偽りの現実で飾って誤魔化して……それを無理に通そうとした。
万が一にも失いたくなかったから、それを言い訳にして、サヤの気持ちも考えず、卑怯で安全な方を選んだんだ。
なんてみっともない男だろう。最低だ。
愛しているなら、なりふり構わず、全てを真正面から受け止めるべきだったのに。
俯いて、涙を溢す俺を、サヤは隣で暫く見ていた。
手を伸ばし、涙を拭おうとするかのように、彷徨わせて、だけどその手は、力なく膝の上に落ちてしまった。
「…………レイは、別の人を、娶るべきや」
嫌だと言ったのに、繰り返される言葉。
「俺はサヤしかいらない」
「レイは、貴族やろ」
「なんであっても、サヤしかいらないんだ。それをちゃんと納得してもらうから、どうかもう一回だけ、俺に機会を与えてくれないか。
もう一回はじめからやり直す。父上やガイウスに、ちゃんと全部伝えた上で、サヤを求める。認めてもらう。
今度こそは、ちゃんとする。もう絶対に、間違わないから!」
膝に落ちたサヤの手を取り、必死の懇願をした。額に手を押し付け、縋りついて。
けれどサヤは、大きく頭を振って、俺の手を振り解き……っ。
「違う、違う……っ、そうやのうてな、レイは……レイは子供、好きやんか!」
ドンと胸を叩かれた。
「子供、大好きやのに、私ではそれを、レイにあげられへんの! せやからあかんって言うてる!」
「それは、どうとでもするって前にも言った!」
「違う……、そうやのうて、レイはレイの子を、ちゃんと抱けるって、言うてる……っ」
ここは、レイの世界なんやから。と、言葉を絞り出す。
「レイは、セイバーンの血に誇りを持っとって、職務に責任を持っとって、絶対、良いお父さんにもなるって分かった……っ。相手が私やなかったらそうなれるの!
それが一番良い。悲しむ人も苦しむ人もいいひん、一番多くの人が幸せになれる!
なのにそれを全部、私が引っ掻き回してる……あかんようにしようとしてるのが、嫌やって言うてる!」
怒りと悲しみと、自分に対する憤りの叫びだった。
その叫びで分かった。理解できた。
俺が考えていたことと、全く同じことだったから。
サヤは俺に、俺の子を、抱かせたかったのだ…………。
「…………ふふ」
なんだ、考え、願っていたことは、結局一緒か……。
「ふふふ……」
だから余計に、苦しい……。
どうしてだろうな……俺たち、同じことを考えて、願っているのに、どうして歯車が噛み合わないんだろう……。
俺がサヤを見て思ってたこと、考えていたことだから、全部手に取るように分かるのに。
でもサヤ、それは違うんだよ。
それは全部、サヤがいるから意味のあることだ。
「私一人と天秤にかけるようなものやない……。
妻をやらんかて……私はちゃんとレイの傍におる……従者を続ける、それならええやろ⁉︎」
「全然よくない」
胸を叩こうとする手を受け止めて、引いた。
嫌がるサヤを無理やり抱きしめて、抵抗を封じる。
「サヤが幸せじゃないなら、俺だって幸せじゃない。
俺の喜びの全部は、サヤに繋がってるんだ。俺の魂も生涯も、全部サヤに繋がってるんだよ」
家も、職務も、サヤと共に歩めるから大切にできるんだ。
「何度も言ってる……俺が欲しいのは、サヤの心。サヤの気持ちと、繋がることなんだ。
サヤを幸せにしたいから、全部頑張るんだ。俺はサヤしか、愛したくない。
サヤが俺の隣にいないなら、何も無いのと一緒なんだよ……全部失うのと、同じなんだ。
持ってはいけない。望んではいけないと思っていたあの時に、戻るのと同じなんだ」
うううぅぅ! と、サヤの唸り声。
夜空に向かい、歯を食いしばって唸る。溢れて止まらない苦しさ、悲しさを、必死で押し殺そうとしている。
自分のことよりも、俺やその周りの安寧を願って苦しむような娘だから、愛しいと思うのだ。だからこそ、何を犠牲にしたとしても、幸せにしたいと思うのだ。
俺が愛しいと思うのは、サヤだけだ……。
だから、俺の気持ちが染み込むまで、伝わるまで、ただサヤを抱きしめて、言葉を紡ぐ。
今の俺にできるのは、それだけだった。
せやけど授からへんかったら……その時は婚約を取り消して。別の人を妻に娶って!」
血を吐くみたいな叫びだった。苦しい、悲しいと、音にならない音が、空気を引き裂くような……。
一音ごとに、心臓が冷えていくのが分かった……。激しく叩きつけられた鋭い音に、心が硬化した。
俺が認めないから……。ならばと突きつけられた選択。
これを拒否すれば、婚約自体を取り消しにかかってくるのだと、その表情で理解できた。サヤは、泣きながらも、凛々しい騎士の顔をしていたから。
「…………それは俺が一番望んでないことだって、サヤは知ってるよな……」
俺がサヤと繋げたいのは、身体じゃない。心を繋げたいのだ。なのに……。
サヤと繋がることを、気持ちなどそっちのけにしろって? 後継を、優先しろって言うの?
「そこに俺の気持ちは? ただ繋がって、胤を植え付けて、それになんの意味が⁉︎」
自分でも可笑しくなるくらい、声が震えていた。怒りで凍てついた、冷たい声音に、サヤに向かってこんな声が出せたのかと、我ながら驚く。
口元が勝手に引きつって、顔が笑みを浮かべる。
その理由が分からない。俺は今、笑いたくない。怒ってるんだ。悲しんでるんだ。苦しんでるのに……なんで……。
「意味なんか、求めてへん……。役割やって、言うてるの。
今までの人たちが守ってきたものを、お父様が守ってきはったものを、簡単に絶やしたらあかんって言うてる」
傷付けられた過去を持つサヤがいちばん望まないこと。
それをサヤが、俺にやれと言う。
そうして俺に、その先を諦めろって、言うのか……。
「俺に、サヤを、無理矢理に犯せって言うの」
「私は、承知してる!」
「承知……。してるの? そんな顔色をして? 身体を震わせて? 俺をこんなに、怖がっているのに⁉︎」
そう言い顔を近付け、黙らせるために唇を塞ごうとしたら、一瞬逃げるように身を引いたサヤ。
けれど、気力で踏み止まり、挑むように眼前で睨め上げてくる。
強情なその態度に、イラリと心の奥底に押し込めてあったものが、鎌首をもたげた……。
覚悟したのだというその表情に、焦りと苛立ち……。
またサヤは、俺から離れていこうとするのか……っ。
その焦燥を誤魔化すために、俺は怒りに身を任せた。
そうまでして強情を張ろうとするなら、試してやろうじゃないか……。
肩をトンと押して、体勢を後ろに傾けたサヤを、抱きとめ、冷たい岩の舞台に寝かせた。
それだけで、身体を強張らせる。頬のすぐの横に手をついたら、表情を引きつらせて、ぎゅっと目を閉じた。
ほら、無理だよ絶対。こんなに怯えてる。それならば、ここを押せば、彼女はきっと根をあげる。諦める……。
勝てる。大丈夫だ、まだ押し通せる。
「逃げるな。ちゃんと見ろ」
その声にビクリと身を竦め……。
恐る恐る瞳を開いたサヤの眼前に、ギリギリまで顔を近付け、冷笑を浮かべた俺がいたせいで、サヤはヒュッと、息を、喉に詰まらせた。
「承知したんだろ」
そう言い、サヤの襟元の釦を摘み、これ見よがしにひとつ外したら、見て分かるほどに、身体を震わせた……。
カチカチと歯の鳴る音がする……。胸の前で握りしめれていたサヤの両手を掴み、頭上で押さえつけたら、見開かれた瞳からボロボロと涙が溢れた。
握力の弱い俺の右手で、玄武岩の舞台に縫い止められた、冷え切って冷たいサヤの腕……。
力で振り解いてしまえば、簡単に逃げられる……。逃げたらいいんだよ。ほら。
二つ、三つと胸元の釦が外されていく中、見ろと言われたから、必死で瞳を見開いて、震えて、涙を溢す。
短衣をはだけられたサヤは、今まで俺に見せたことのなかった、陽に当たっていない、真珠のように白い腹部を、夜風に晒した。
短衣を指で摘み、引っ張ると、薄青い色の下着がのぞき、見事な乳房が溢れそうなほどにせり上がっていて、下着の上から指の腹で撫でて探し出した頂点に、指を突き立てると、ずぶずぶ沈み込んでいく……。
元より、そんな風には触れてはいないけれど……恐怖と恥辱に凍りついたサヤの顔に、快感や期待など、欠片も無かった。
なのに、逃げない……。
ならばと、乳房から指を引き戻し、肌に這わせるようにして、腹をつたい、下腹部へ。
乱れた袴をたくし上げて、露わになった膝を掴み、強引に開いた。
太ももの内側を、膝から上へとゆっくり指で撫でたら、喉の奥で声にならない悲鳴を上げる。
だけど……。
……こうまでしてるのに、なんでまだ、逃げないんだ……。
太ももの付け根まで動かした指を、そこで止めた。
この先は、俺の負け……。サヤを穢したら、サヤの提案を飲んだことになってしまう……。
そうすれば、三年で子を授からなかった場合、俺は、彼女を失うのだ……。
本当に、覚悟、したんだ……。俺から離れる覚悟。独りを選ぶ覚悟。身を穢してでも、それを選ぶんだ。受け入れるんだ……。
そう思ったら、もう……。
目を逸らし続けてきたそれを、認めるしかなかった……。
「……………………分かった。婚約は解消しよう」
かすかに触れさせた唇と唇で、そう囁いたら、サヤは一瞬呼吸を止め。
「え……」
「俺が悪かった……。俺が間違ってたんだ」
サヤを守るつもりで、ただ、追い詰めていただけだった。
分かっていたのに、それを認められなかった。
「子が授からないかもしれないことを、俺が秘密にしたから、サヤを追い詰めた……。
なのに、それを認めたくなくて、サヤにこんなことまでして……怖い思いをさせて、ごめんな……」
押さえつけていた腕を解放し、めくれあがっていた袴を元に戻して、短衣や中衣の外した釦を、ひとつずつ、閉め直した。
サヤを引き起こして、乱れた髪を手で梳いて整えて、もういちど、ごめんな……と、伝えた。
「な、なんで……」
「戻ろう。ローシェンナたち、心配しているかもしれないし。もう星を見る気分でもないだろ?」
「なんで⁉︎ 私が怖がったから⁉︎ でも、これは違う、レイなら嫌やないの。初めてで不安やっただけで……っ」
「良いんだ。どっちにしたって俺には無理なんだよ。こっちは選べない……」
サヤを万に一つでも失うかもしれない。この道は、子を授からなかった時、サヤを失ってしまう。
「取り返せない手段なんて、選べない。一生の後悔じゃすまないから……」
「ええって、言うてる! 私は、もう覚悟したって……!」
「俺の望んだ覚悟じゃないんだよ、それは!
子が授からなかったら、サヤを手に入れることが、叶わなくなる……っ。そうなるくらいだったら、可能性がある方を選ぶ……」
「…………」
「サヤとの未来に、少しでも可能性の残る方を、選ぶよ……」
どんな形でも良い。サヤを失わない方を選ぶ。サヤを孤独にしない方を選ぶ。
だってそれが俺の、一番の望みなのだ。
「サヤを苦しめても、悲しませても、失えない……。ごめんな…………」
ただごめんなと、謝ることしかできない……。
自分の不甲斐なさに、涙が溢れた。
こんな酷いことを、言わせて、やらせて……ただサヤを苦しめることしかできていなかった自分の浅ましさが、申し訳なくて。
ここまでサヤを追い詰めるまで、俺は逃げていたのだ。子ができないと言う、サヤを娶る責任から。
本当に子など関係ないと言うなら、隠すのじゃなく、先延ばしにするのじゃなく、堂々とするべきだった。
誠実なサヤが苦しまないはずないのに、綺麗事で隠して、偽りの現実で飾って誤魔化して……それを無理に通そうとした。
万が一にも失いたくなかったから、それを言い訳にして、サヤの気持ちも考えず、卑怯で安全な方を選んだんだ。
なんてみっともない男だろう。最低だ。
愛しているなら、なりふり構わず、全てを真正面から受け止めるべきだったのに。
俯いて、涙を溢す俺を、サヤは隣で暫く見ていた。
手を伸ばし、涙を拭おうとするかのように、彷徨わせて、だけどその手は、力なく膝の上に落ちてしまった。
「…………レイは、別の人を、娶るべきや」
嫌だと言ったのに、繰り返される言葉。
「俺はサヤしかいらない」
「レイは、貴族やろ」
「なんであっても、サヤしかいらないんだ。それをちゃんと納得してもらうから、どうかもう一回だけ、俺に機会を与えてくれないか。
もう一回はじめからやり直す。父上やガイウスに、ちゃんと全部伝えた上で、サヤを求める。認めてもらう。
今度こそは、ちゃんとする。もう絶対に、間違わないから!」
膝に落ちたサヤの手を取り、必死の懇願をした。額に手を押し付け、縋りついて。
けれどサヤは、大きく頭を振って、俺の手を振り解き……っ。
「違う、違う……っ、そうやのうてな、レイは……レイは子供、好きやんか!」
ドンと胸を叩かれた。
「子供、大好きやのに、私ではそれを、レイにあげられへんの! せやからあかんって言うてる!」
「それは、どうとでもするって前にも言った!」
「違う……、そうやのうて、レイはレイの子を、ちゃんと抱けるって、言うてる……っ」
ここは、レイの世界なんやから。と、言葉を絞り出す。
「レイは、セイバーンの血に誇りを持っとって、職務に責任を持っとって、絶対、良いお父さんにもなるって分かった……っ。相手が私やなかったらそうなれるの!
それが一番良い。悲しむ人も苦しむ人もいいひん、一番多くの人が幸せになれる!
なのにそれを全部、私が引っ掻き回してる……あかんようにしようとしてるのが、嫌やって言うてる!」
怒りと悲しみと、自分に対する憤りの叫びだった。
その叫びで分かった。理解できた。
俺が考えていたことと、全く同じことだったから。
サヤは俺に、俺の子を、抱かせたかったのだ…………。
「…………ふふ」
なんだ、考え、願っていたことは、結局一緒か……。
「ふふふ……」
だから余計に、苦しい……。
どうしてだろうな……俺たち、同じことを考えて、願っているのに、どうして歯車が噛み合わないんだろう……。
俺がサヤを見て思ってたこと、考えていたことだから、全部手に取るように分かるのに。
でもサヤ、それは違うんだよ。
それは全部、サヤがいるから意味のあることだ。
「私一人と天秤にかけるようなものやない……。
妻をやらんかて……私はちゃんとレイの傍におる……従者を続ける、それならええやろ⁉︎」
「全然よくない」
胸を叩こうとする手を受け止めて、引いた。
嫌がるサヤを無理やり抱きしめて、抵抗を封じる。
「サヤが幸せじゃないなら、俺だって幸せじゃない。
俺の喜びの全部は、サヤに繋がってるんだ。俺の魂も生涯も、全部サヤに繋がってるんだよ」
家も、職務も、サヤと共に歩めるから大切にできるんだ。
「何度も言ってる……俺が欲しいのは、サヤの心。サヤの気持ちと、繋がることなんだ。
サヤを幸せにしたいから、全部頑張るんだ。俺はサヤしか、愛したくない。
サヤが俺の隣にいないなら、何も無いのと一緒なんだよ……全部失うのと、同じなんだ。
持ってはいけない。望んではいけないと思っていたあの時に、戻るのと同じなんだ」
うううぅぅ! と、サヤの唸り声。
夜空に向かい、歯を食いしばって唸る。溢れて止まらない苦しさ、悲しさを、必死で押し殺そうとしている。
自分のことよりも、俺やその周りの安寧を願って苦しむような娘だから、愛しいと思うのだ。だからこそ、何を犠牲にしたとしても、幸せにしたいと思うのだ。
俺が愛しいと思うのは、サヤだけだ……。
だから、俺の気持ちが染み込むまで、伝わるまで、ただサヤを抱きしめて、言葉を紡ぐ。
今の俺にできるのは、それだけだった。
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