異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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閑話 夫婦 10

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「どうかされましたか」
「ん?    どうもしないけど……」
「でしたら邪魔なので暇つぶしをしてきてください」
「…………遠慮なしだなお前……」

 本日も、寝間の準備を追い出された。
 通常は個室に隔離する俺の寝床が、この村では集会所にて皆で眠るのだ。色々準備に気を使うのだと言っていた。
 サヤは女性なので、流石に一緒ではない。
 彼女はローシェンナの家で世話になっており、本日もそちらで休む。
 俺にもどこぞの家の個室を用意しようかという話はあったのだけど、この村ならばまず安全。そんなに気を使わなくて良い、集会所の雑魚寝で構わないと言ったら……。
 それはそれでハイン的には大変なことだったみたいだ……こうして入念な準備が終わるまで追い出されることになってしまった。
 いや、だってさ……みんなでいた方が護衛云々考えなくて良いと思ったんだよ……。

「暇つぶしと言ってもねぇ……こんな夜に村を徘徊してまた森に迷い込んでは大変だし……」
「そうだなよな……昼間の二の舞は嫌だな……」

 あれは本気でやばかった。ウォルテールがいたから良かったものの……。
 オブシズ一人を引き連れて、とりあえず集会所からあまり離れ過ぎないようにうろうろしていたのだけど……。

「どうされたんですか?」

 ばったりサヤと出くわした。

「サヤ……えっ⁉︎    まさかこんな時間にひとりで彷徨いてるの⁉︎」
「いえ、ローシェンナさんとお散歩だったのですけど、ちょっと急用に呼ばれて……」

 サヤが取り残されたらしい……。
 先に家へ戻っておくようにと言われたらしいが、そこに丁度俺が来たのだという。
 いくら強いサヤとはいえ、女性一人で夜道を歩かせたくない。
 そう思ったから、ローシェンナの家まで送っていこうと、口を開きかけたのだけど……。

「丁度良い!   レイシール様、サヤと散策していらしては?」
「は⁉︎」
「ここのところ忙しくて、逢瀬の時間も取れていないことですし」
「この夜更けに⁉︎」
「この村の中ならば安全ですし、サヤは耳が良い。音の聞き取れる範囲にいれば、迷いませんでしょう?」

 唐突に、オブシズが変なことを言い出したと思った。いちいち敬語でやたら怪しい。
 万が一迷っても、犬笛があるしと言われ……意味ありげな視線でお願い乗って!    と、懇願され……やっと、これは仕組まれていたのだと悟る。
 何故か皆は、俺とサヤを二人きりにしようとしていたのだ。なんだそれ……しかもこんな夜中に何考えてるんだ。と、そう思ったものの……。
 まぁ、そうだな……と、考えを改めた。
 これはきっとサヤのためなのだ。ここ最近彼女に少し、元気が無い。それがとうとう、皆の目にも明らかになった……放っておけなくなった。きっとそういうことなんだろう。

 ていうか、昼間だって、犬笛を思い出せば良かったんだな俺……。

「い、いえっ、もう戻ります。夜も遅いことですし……」

 否定的だった俺が急に受け入れたものだから、サヤも焦ったのだろう。
 二人きりにされることを拒否しようとする。
 いや、こんなあからさまに二人の時間を作られて、不埒なことなんてしないよ……信用ないのかな、俺。

「ち、違いますよ。そんなこと別に、心配してません」
「なら気分転換程度に散策しよう」
「…………いや、えっと……」

 何故か嫌がる……。
 これはいよいよ怪しいなとなり、ローシェンナとどこに行くつもりだったのかと問うたら、玄武岩の舞台だという。

「うん。案内できる。俺も昨日ローシェンナに連れて行ってもらったから、大丈夫だよ」
「で、でも……」
「とても綺麗だった。星が降り注いで来そうなくらいだったよ。ここでしか見れない夜空だ。ほら、行こう」

 半ば強引に手を握ってそう促したら、これ以上断るのも怪しまれると思ったのか、しぶしぶと頷くサヤ。
 ひらひらと手を振って見送るオブシズに視線で礼を言って、サヤの持っていた行灯を、サヤと繋ぐ反対の手に貰った。

 闇の中、行灯の灯りひとつを頼りに手を繋ぎ、俺とサヤは足を進めた。僅かな下生えを踏み分ける、さりさりとした音だけが夜に溶けていく。
 あの玄武岩の舞台、集会所ができる前までは会合の場として使われていたそうで、森の中でも比較的しっかりと道が付いていたから、迷うこともなかった。

 そうして到着した舞台に、昨日と同じく寝そべって、二人で夜空を見上げた。

「ほんと、降り注ぎそう……」

 渋っていたわりに、来てみれば思いの外気に入ったのか、空に魅入っている……。
 従者服のサヤだったけれど、いつも馬の尻尾のようにしている髪は、もう解いていたから、玄武岩の上に絹のような黒髪が広がっていた。

「こっちも夜空を切り取ったみたいだ……」
「え?」
「サヤの髪……」
「…………なんかそれキザです……」

 行灯の心許ない灯りにも艶めくサヤの黒髪は、さながら夜空と、流れる星の川みたいだった。だからそれをそのまま言っただけなのに……。
 ふいと顔を背けられてしまった。

「本当のことだもの」

 本当に、夜空のように綺麗だと思ったのだ。
 身を起こし、サヤの顔を覗き込んだら、闇夜でも分かるほどに、サヤの表情は翳っていて、けれど、一瞬で隠されてしまう。

 ……空に魅入ってたんじゃない……何かを考えてたんだ……。

「もう、二人きりだよ」
「え……」
「口調」

 指摘すると、視線を逸らして恥ずかしそうに「そうやった」……と、口調を改めた。
 それでも見下ろしてくる俺に、サヤは暫く耐えていたのだけど……。

「…………いつまで覗いてんの……」
「違う……待ってるんだよ」
「何を?」

 …………。

 そのまま無言で顔を近付けたら、焦ったように視線を彷徨わせ、その後ぐいと、肩を押しやられた。

「サヤ?」
「こ、ここはその……村の中、やし」
「だから?」
「………………だ、だから……」

 手を伸ばし、頬を指で撫でると、サヤの口元が引きつった。
 視線を彷徨わせ、逃げ道を探そうとするから、左手をサヤの反対側について、両腕の中に閉じ込める。
 レイ⁉︎    と、焦った声。

「二人きりなのに、なんで、隠そうとするの……」
「何?    何も別に……」
「俺に言えないことだから、ローシェンナに相談しようと思っていたの?」
「………………な、何も……何も言うつもりなんて、なかったもん。ただ、星を、見に……」

 ならどうして、苦しい顔を、俺に隠すんだ。俺が触れることに尻込みするんだよ……。

「俺に言えないのは、言えば俺が怒ると思ったから?」
「何も、無いっ!」
「図星なんだ。何、やっぱり婚約が嫌になったの」
「っ、違うもん!」

 誘導に気付いていないサヤは、動揺を瞳にチラつかせながらも、否定の言葉を口にする。
 馬鹿だな、もうそれで、ボロは出ているよ。
 俺に触れられることを嫌がるのは、俺に内心を読まれたくないからだよな。

「じゃあそれを条件にして、他にも妻を娶れとでも、言うつもりだった?」

 まるで堤が決壊するみたいに、サヤの瞳から涙が溢れた。
 必死で触れまいとしていた事柄を強引に引っ張り出され、感情の制御が追いつかなくなったのだ。
 本当は望んでない。だけど、それをさせなければいけないと、サヤは考えてるのだろう。
 でもサヤも、俺も望まないことを、なんでしやきゃならない⁉︎

「何度も、言ってるのに……っ。
 俺が怒って、当然だよな。俺は、サヤだけで、良いんだ!」
「良くない!」

 声を荒げたら、同じくらいの勢いで、否定された。そうして両手で、顔を覆ってしまうから……。

「隠さないで……」
「…………っ……」
「隠さないでよ。隠して泣かないでくれ……」
「……っ……」

 声を殺して嗚咽するサヤを、そのまま抱き起こし、両腕で包み込んだ。
 わざと責めた……そうしなければ、隙を見せないと思ったから……。だから、俺に怒ったら良い。酷いとなじったら良いのに、サヤは結局、言ってくれない……。

 拠点村にいた時から、サヤはここ最近、ずっと塞いでいた……。それは分かっていたのだ。日に日に口数が少なくなっていた……たまに笑顔が、半分仮面に隠れていた……。
 ダニルたちのことを、あまり話さない俺に、思うこともあったろう。だけどそれを飲み込んで、触れずにいた。
 山城の村で、俺に女性をあてがおうとする村長にも、きっと心を抉られていたと思う。
 この村での、赤子の愛らしい姿にだって、気持ちを揺さぶられていたろう……。
 それでもサヤは微笑み、優しさを、心遣いを、絶やさなかった。だけど……その裏で、傷付いていたのだ。ずっと……。
 たった十七歳の少女が、こんなに上手に、気持ちを殺さなくても良いのに……。嫌だ、苦しいって、言えば良いのに……。

「いらないからね。二人目の妻なんて。サヤがどれだけ上手に俺と交渉したところで、こればかりは絶対に承知しない」

 そう言うと、涙で濡れた手が、俺の胸を叩いた。

「意固地にならんといて。レイは後継なんやで?    そこは、我儘通してええとこやない!」
「俺が欲しいのはサヤと、サヤの子だけだ。万が一恵まれなかったとしても、それはそういうものだったってだけ。
 サヤが原因じゃない。俺にだって責任の半分はあるんだよ。サヤと俺の種が違うのは、サヤが責められるようなことじゃない……」

 サヤがそう望んで生まれたわけじゃない。望んでこの世界に来たわけじゃないだろ?

 サヤを孤独にしたくないのは、俺の我儘。
 俺が、例え何を犠牲にしてでも、サヤと一緒にいたい……。そう思っているから、今を、こうしてる。
 二人目の妻を望まないのだって、サヤの立場を守るためでもあるけど、俺がサヤ以外を愛せないと分かっているから。
 だから、そのことをサヤが、こんな風に苦しむ必要なんてない。これは全部、俺の我儘なのだ。

 だけどそう考えると同時に、今ですらこんなに打ちのめされているサヤが、三年後……どれほど苦しむのかと思うと、胸が張り裂けそうだった……。
 せめて俺が貴族でなければ……セイバーン男爵家に、親戚でもなんでも、残っていれば……。
 セイバーンの血という鎖が、なければ…………。
 考えても仕方がないことを、考え、願ってしまいそうになる。
 解放してやるべきなのかな……この重責から……。
 …………だけどもう、それは……選べない。

「領主の妻は、子を成すのがいちばんの仕事だって言うけど、俺はそうは思ってない……。
 子を産むかどうかなんて、沢山ある役割の中の、些細な一つでしかないんだよ……。それをそんなに、重く考えなくて良いんだ。
 サヤは、まだ妻じゃない。でも、ちゃんと領主の妻たる仕事をしてくれてる。ちゃんとセイバーンを支えてくれてるよ」

 本心からそう思ってる。だって異母様は領主の妻たる一番の仕事を果たしてたのに、セイバーンは瓦解寸前にまで追い込まれた。
 血だけで、繋がるんじゃない……。繋げる努力をするから、繋がるんだ。血を繋げることに、さほどの価値なんてない。
 だけどサヤは……言葉でどれだけ言ったって、それを飲み込んではくれないのだと、分かってる……。

「サヤがいなければ、セイバーンの血どころか、家名だって消えたんだよ。
 それで、充分じゃないか。サヤはちゃんと、セイバーンの名を、この世界に繋いでくれたんだ」

 何度そう説明したって、納得してはくれないのだって、分かってる…………。

 腕に力を込めて、きつく、強く抱きしめても、サヤが遠かった。
 きっと一生、ずっと平行線なのだ。俺とサヤの間に、子が授からない限り……。
 そうしてそれが、サヤを追い詰めると分かっていても、俺は彼女を手放せない。だから、サヤが折れるまで、ずっとこれを、繰り返すしかない……。

 だけどサヤは、これをこのままで押し通すことを、許してくれる気などなかったのだ。

「じゃぁ、試して……」

 振り絞るみたいにサヤは、崩壊の予兆を……その言葉を吐き出した。

「婚姻までの三年間に、試して!    子を授かることができるかどうか!    私に役割が、果たせるかどうか!」

 叩きつけられたその言葉に、腕が震えた。
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