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オゼロ 15
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急に話が飛んだな……。
まぁ、マルの話が些か飛躍することも前からあることで、全然関係ないようでいてそうではない。
だけどオゼロの石鹸の話から、なんで神隠しなんだ……。
「正確には、神隠しが起こっている節がある……でしょうか」
「………………?」
サヤと二人顔を見合わせた。起こっている節があるって……それじゃなんでさっき、起こるって言ったんだよ?
「それがですね、痕跡が残っていないのですよね。その人が神隠しにあったという証拠も無いというか、存在が消えます。
生まれたことも、死んだことも、無いんですよ。
とはいえ、人の痕跡全てを消すなど、それは神の御業。人の手にそれを完璧に実行することなど不可能です。
だから、そこかしこに存在の残り香が、漂っているんです。
ひとりだけの場合もあれば、家族ごと……といった雰囲気もあったり……。
そしてそれは、どれも比較的高貴な血筋……」
「高貴な血筋?」
「一般にも神隠しは起こっているのかもしれませんけれど、そちらは更に痕跡が残りにくいんでしょうか。その残り香すら見当たりません。
サヤくんは、これをどう見ます?」
無表情のまま、マルが頭の図書館よりサヤに投げかけた、不思議な質問。
それに対しサヤが思考に有したのは、ほんの瞬き程度の間だった。
「連想するのは、ダムナティオ・メモリアエでしょうか……」
「なんですかそれ?」
「記録抹殺刑。記録の断罪とも言われていまして、私の世界の古い国で行われていた、最も厳格な処罰とされています。
それこそ、その人の生まれも、死も、功績も……例えば貨幣一枚一枚に刻まれた名前も、壁画も、全て削られ、塗り潰され、存在したこと自体を消されるんです。
テロリストやクーデター……えっと……裏切り行為や重大な犯罪を犯したとされる権力者に与えられる刑罰でした」
そのサヤの返答に、マルはまた固まった……。
聞くだけ聞いて答えも無し……? ちょっとそれは、なんかこっちも気持ちが悪い……。
「マル……なんで急に、その質問を?」
つい我慢ができなくて、そう口にしたのだが。
マルは、暫く沈黙した後……。
「実は僕の学舎在学中にも、ひとり神隠しにあっているかもしれない人が、いるんですよね」
「っ! えっ⁉︎」
「名はフェルディナンド。面識が無いのでお顔は存じ上げませんが、オゼロ公爵、第二夫人の末娘。その一子であったはずです。学舎は途中で退学しています。
けれど……もうとっくに成人しているはずの彼の名が、今はどこにも上がってきません。
その当時、僕が調べていた折には、オゼロの末端に名を連ねていたんです。けれど今、その名はありません。しかも母親ごとね……。
オブシズの在学期間にも、彼の在学は重なっていたはずですが……オブシズはこの人の痕跡を、記憶に留めているでしょうか?」
こてんと、マルの首が傾いだ。
十八年の在学期間、その中の在学生全てを記憶していると言っていたマル。通常ならば、記憶違いだと笑い飛ばせるけれど、彼に関してそれは無い。
覚えていると言ったならば、彼は本当に覚えている。調べていたと言うならば、それは意図して記憶されているのだ。
「確認しなければいけないことが増えましたね……。
少し時間をいただきます。なので、今日はここまでとしましょう」
「分かった……」
なんとも座りの悪い状態だけど……。
俺はそれを受け入れた。
◆
マルは情報の整理をしてくると退室。今日の会議はこれでお開きとなったのだけど……。
サヤをこのまま部屋に返すのはしのびなくて……。サヤもまだ不安が拭いきれていない様子で、少しだけ話をしようかと、声を掛けた。
時間が時間だし、半分は断られるかと思っていたのだけど……。
「はい……」
腕の中に収まったままのサヤが、そんな風に素直に応じ、身を任せるものだから……。
暫くは、そのままサヤを抱きしめて過ごした。
「…………怒ってる?」
「何を?」
「…………直ぐに、話さへんかったこと……」
「怒ってないよ。言いにくいことだったのは分かってるし、こうしてちゃんと、話してくれたし……」
そう言うと、ホッとしたように、肩の力を抜く。
けれど……サヤの心はまだ大きな不安に苛まれている。それは表情だけで、嫌でも察することができた。
……怖いのだろうな……と、それは分かるのだ。
自分だけが抱える不安。サヤは今、それと戦っている……。
こうして話してくれたけれど、俺はきっと、サヤの伝えようと思ったことの、半分すらも理解できていないのだと思う。
カセイソーダというものが、どう危険なのか。エンソというものが、どう危ないのか。それすら分かっていない……。
サヤにその危険性を聞けば良いのかもしれないが、聞いたところで理解できないのだろうと思う。
そしてその知識の乖離が、また彼女に孤独を実感させてしまう。それがまた、サヤの負担になってしまう…………。
あぁこれが、世界が違うと、いうことなのか……。
ただそれを実感していた。
サヤを孤独にしないと誓ったけれど、サヤは、今も、孤独なのだ……。
だから、せめてもの慰めになればと、こうして腕に抱いている。
一人きりで震えず済むように……温めてやれるように……。
暫くの間、ただ言葉もなく、身体を触れ合わせていたのだけど……。
「大災厄前の文明……って、どんなものやったんか、レイは知ってる?」
ポツリと呟くような小声で、サヤが問うてきた。
「ん……神語としてなら色々と読んだことがあるけど……内容も千差万別だし、結構荒唐無稽な感じかなぁ。
正直な話、大災厄前の文献って、本当に少ないんだ。こういった神話も、大災厄後に、前の文献を基にして書かれたとされている……でも、その文献の殆どはもう、残されていないしね。
マルはたくさん資料を持ってるけど……それも殆ど、大災厄後のものだと思う。王宮の図書館には前時代の文献もあると言われているけど、一般の閲覧は許されてないから、俺は見たことないし。
まぁ、だいたい纏めるとね……ラクルテルは、この大陸の南の山脈から北の山脈まで、そのほぼ全土を統べていたと言われていて、そうなると、シエルストレームスやジェンティーローニもラクルテルだったことになる。
豊かな国であったらしいよ。極彩色の花に囲まれ、食材に恵まれ、人々は笑顔を絶やさなかったって。
世界は神のつくりたもうた循環の中で平和を謳歌し、死んでも生まれ変わって、また幸せに過ごすんだ。
ただ、ある時から、そこに脅威となる者らが襲来した。それが獣人を従えた悪魔。
彼らは循環の中に、その穢れた身を投じた。それによって循環は歪み、人と獣人の争いが始まった。
彼らは北の山脈の切れ目……今はジェスルだね。そこから入り込んで来て国を荒らす、悪の眷属として語られてるよ。
神は元々ひと柱であったのだけど、あるとき生まれ変わりを果たして、数多の神に別れたろう?
その時溢れた神の欠片が、地上の穢れに落ちて、時間をかけて少しずつ育っていき、悪魔となった……とされる説が一般的」
「…………一般的?」
「諸説あるんだよ。元からふた柱であったというのもあるし、獣人の神だったっていうのもあるし、ある時突然地中から生まれ出たっていうのもあるし、異界から襲来したって話もある……時代や国で様々に別れてるから」
「…………異界……」
ポツリと呟かれたサヤの言葉。それと同時に強張った身体……。
それでサヤが、何を考えたのかを悟った。
「違うよ」
だから、即座に否定する。
そして、今まで以上に強く、サヤを抱き締めた。
「サヤとは、違う……」
サヤが、意図せずこの世界に招かれてしまったことは、俺が一番、理解してる。
だって、俺の手がサヤを、この世界へ引き込んだ。
俺がサヤを求めたんだと、今は思ってる……。
「違うよ……。だってサヤは俺の、女神だもの。
俺の宝で、俺の妻になってくれる人で、俺を幸せにしてくれる人……。
セイバーンの民、フェルドナレンの民、みんなの幸せを願ってくれる、優しい人だ……。
今までサヤが俺たちにしてきてくれたこと、与えてくれたもの、全部がそう。みんなを笑顔にしてくれたものばかりじゃないか。
何ひとつ、この世界を穢してなんていない。だから、サヤは違うよ……」
額に口づけ、目尻、頬へと唇を這わせた。サヤは無抵抗で……いつもならあかんって大騒ぎするのに、俺の愛撫を黙って受け入れた。
それが……サヤが今、孤独だということだった。
なんでも良い。縋りたい。必要とされていると、ここにいて良いのだと、感じたい、思いたい……。
サヤがそう請い、俺に縋っているのだということを、俺は、理解していた……。
「サヤは、俺の愛しい人だ。それで良いんだよ……」
頬を撫で、頤を持ち上げて、唇を塞いだ。
孤独なサヤを少しでいい、癒すものであればと願って。
まぁ、マルの話が些か飛躍することも前からあることで、全然関係ないようでいてそうではない。
だけどオゼロの石鹸の話から、なんで神隠しなんだ……。
「正確には、神隠しが起こっている節がある……でしょうか」
「………………?」
サヤと二人顔を見合わせた。起こっている節があるって……それじゃなんでさっき、起こるって言ったんだよ?
「それがですね、痕跡が残っていないのですよね。その人が神隠しにあったという証拠も無いというか、存在が消えます。
生まれたことも、死んだことも、無いんですよ。
とはいえ、人の痕跡全てを消すなど、それは神の御業。人の手にそれを完璧に実行することなど不可能です。
だから、そこかしこに存在の残り香が、漂っているんです。
ひとりだけの場合もあれば、家族ごと……といった雰囲気もあったり……。
そしてそれは、どれも比較的高貴な血筋……」
「高貴な血筋?」
「一般にも神隠しは起こっているのかもしれませんけれど、そちらは更に痕跡が残りにくいんでしょうか。その残り香すら見当たりません。
サヤくんは、これをどう見ます?」
無表情のまま、マルが頭の図書館よりサヤに投げかけた、不思議な質問。
それに対しサヤが思考に有したのは、ほんの瞬き程度の間だった。
「連想するのは、ダムナティオ・メモリアエでしょうか……」
「なんですかそれ?」
「記録抹殺刑。記録の断罪とも言われていまして、私の世界の古い国で行われていた、最も厳格な処罰とされています。
それこそ、その人の生まれも、死も、功績も……例えば貨幣一枚一枚に刻まれた名前も、壁画も、全て削られ、塗り潰され、存在したこと自体を消されるんです。
テロリストやクーデター……えっと……裏切り行為や重大な犯罪を犯したとされる権力者に与えられる刑罰でした」
そのサヤの返答に、マルはまた固まった……。
聞くだけ聞いて答えも無し……? ちょっとそれは、なんかこっちも気持ちが悪い……。
「マル……なんで急に、その質問を?」
つい我慢ができなくて、そう口にしたのだが。
マルは、暫く沈黙した後……。
「実は僕の学舎在学中にも、ひとり神隠しにあっているかもしれない人が、いるんですよね」
「っ! えっ⁉︎」
「名はフェルディナンド。面識が無いのでお顔は存じ上げませんが、オゼロ公爵、第二夫人の末娘。その一子であったはずです。学舎は途中で退学しています。
けれど……もうとっくに成人しているはずの彼の名が、今はどこにも上がってきません。
その当時、僕が調べていた折には、オゼロの末端に名を連ねていたんです。けれど今、その名はありません。しかも母親ごとね……。
オブシズの在学期間にも、彼の在学は重なっていたはずですが……オブシズはこの人の痕跡を、記憶に留めているでしょうか?」
こてんと、マルの首が傾いだ。
十八年の在学期間、その中の在学生全てを記憶していると言っていたマル。通常ならば、記憶違いだと笑い飛ばせるけれど、彼に関してそれは無い。
覚えていると言ったならば、彼は本当に覚えている。調べていたと言うならば、それは意図して記憶されているのだ。
「確認しなければいけないことが増えましたね……。
少し時間をいただきます。なので、今日はここまでとしましょう」
「分かった……」
なんとも座りの悪い状態だけど……。
俺はそれを受け入れた。
◆
マルは情報の整理をしてくると退室。今日の会議はこれでお開きとなったのだけど……。
サヤをこのまま部屋に返すのはしのびなくて……。サヤもまだ不安が拭いきれていない様子で、少しだけ話をしようかと、声を掛けた。
時間が時間だし、半分は断られるかと思っていたのだけど……。
「はい……」
腕の中に収まったままのサヤが、そんな風に素直に応じ、身を任せるものだから……。
暫くは、そのままサヤを抱きしめて過ごした。
「…………怒ってる?」
「何を?」
「…………直ぐに、話さへんかったこと……」
「怒ってないよ。言いにくいことだったのは分かってるし、こうしてちゃんと、話してくれたし……」
そう言うと、ホッとしたように、肩の力を抜く。
けれど……サヤの心はまだ大きな不安に苛まれている。それは表情だけで、嫌でも察することができた。
……怖いのだろうな……と、それは分かるのだ。
自分だけが抱える不安。サヤは今、それと戦っている……。
こうして話してくれたけれど、俺はきっと、サヤの伝えようと思ったことの、半分すらも理解できていないのだと思う。
カセイソーダというものが、どう危険なのか。エンソというものが、どう危ないのか。それすら分かっていない……。
サヤにその危険性を聞けば良いのかもしれないが、聞いたところで理解できないのだろうと思う。
そしてその知識の乖離が、また彼女に孤独を実感させてしまう。それがまた、サヤの負担になってしまう…………。
あぁこれが、世界が違うと、いうことなのか……。
ただそれを実感していた。
サヤを孤独にしないと誓ったけれど、サヤは、今も、孤独なのだ……。
だから、せめてもの慰めになればと、こうして腕に抱いている。
一人きりで震えず済むように……温めてやれるように……。
暫くの間、ただ言葉もなく、身体を触れ合わせていたのだけど……。
「大災厄前の文明……って、どんなものやったんか、レイは知ってる?」
ポツリと呟くような小声で、サヤが問うてきた。
「ん……神語としてなら色々と読んだことがあるけど……内容も千差万別だし、結構荒唐無稽な感じかなぁ。
正直な話、大災厄前の文献って、本当に少ないんだ。こういった神話も、大災厄後に、前の文献を基にして書かれたとされている……でも、その文献の殆どはもう、残されていないしね。
マルはたくさん資料を持ってるけど……それも殆ど、大災厄後のものだと思う。王宮の図書館には前時代の文献もあると言われているけど、一般の閲覧は許されてないから、俺は見たことないし。
まぁ、だいたい纏めるとね……ラクルテルは、この大陸の南の山脈から北の山脈まで、そのほぼ全土を統べていたと言われていて、そうなると、シエルストレームスやジェンティーローニもラクルテルだったことになる。
豊かな国であったらしいよ。極彩色の花に囲まれ、食材に恵まれ、人々は笑顔を絶やさなかったって。
世界は神のつくりたもうた循環の中で平和を謳歌し、死んでも生まれ変わって、また幸せに過ごすんだ。
ただ、ある時から、そこに脅威となる者らが襲来した。それが獣人を従えた悪魔。
彼らは循環の中に、その穢れた身を投じた。それによって循環は歪み、人と獣人の争いが始まった。
彼らは北の山脈の切れ目……今はジェスルだね。そこから入り込んで来て国を荒らす、悪の眷属として語られてるよ。
神は元々ひと柱であったのだけど、あるとき生まれ変わりを果たして、数多の神に別れたろう?
その時溢れた神の欠片が、地上の穢れに落ちて、時間をかけて少しずつ育っていき、悪魔となった……とされる説が一般的」
「…………一般的?」
「諸説あるんだよ。元からふた柱であったというのもあるし、獣人の神だったっていうのもあるし、ある時突然地中から生まれ出たっていうのもあるし、異界から襲来したって話もある……時代や国で様々に別れてるから」
「…………異界……」
ポツリと呟かれたサヤの言葉。それと同時に強張った身体……。
それでサヤが、何を考えたのかを悟った。
「違うよ」
だから、即座に否定する。
そして、今まで以上に強く、サヤを抱き締めた。
「サヤとは、違う……」
サヤが、意図せずこの世界に招かれてしまったことは、俺が一番、理解してる。
だって、俺の手がサヤを、この世界へ引き込んだ。
俺がサヤを求めたんだと、今は思ってる……。
「違うよ……。だってサヤは俺の、女神だもの。
俺の宝で、俺の妻になってくれる人で、俺を幸せにしてくれる人……。
セイバーンの民、フェルドナレンの民、みんなの幸せを願ってくれる、優しい人だ……。
今までサヤが俺たちにしてきてくれたこと、与えてくれたもの、全部がそう。みんなを笑顔にしてくれたものばかりじゃないか。
何ひとつ、この世界を穢してなんていない。だから、サヤは違うよ……」
額に口づけ、目尻、頬へと唇を這わせた。サヤは無抵抗で……いつもならあかんって大騒ぎするのに、俺の愛撫を黙って受け入れた。
それが……サヤが今、孤独だということだった。
なんでも良い。縋りたい。必要とされていると、ここにいて良いのだと、感じたい、思いたい……。
サヤがそう請い、俺に縋っているのだということを、俺は、理解していた……。
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