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旧友 1

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 翌日。
 昨日の話が気持ち悪すぎて、今日はどうにも寝不足気味だった。結局色々と考えてしまい、なかなか寝付けなかったのだ。
 サヤは一見、元気を取り戻した風で、本日も職務に励んでいる。しかし……俺にはどうにも、空元気に見えてしまう。
 そしてマルはというと、なんとなくそんな予感はしていたけど……お約束の引き篭もりに突入していた。

「……え?    籠城?」
「たまにやらかすんだよ……。多分数日は引き篭もって出てこないと思うから、その間の指示は俺になるから」
「え?   え?    良いんですか?」
「うん。マルはいつも働き過ぎなくらい働いてるから、休憩を纏めて取ってるとでも思って大目に見てやって」

 直属の上司が部屋に引き篭ってしまったヘイスベルトはとても困惑していたのだけれど、苦笑と共にそう言って誤魔化しておく。
 周りの皆も、あぁ、いつものね。くらいの反応なので、首を傾げ戸惑いつつも、受け入れてくれたよう。
 そして本日はウーヴェが執務室におり、ヘイスベルトとは初顔合わせということで、お互いを紹介し、ヘイスベルトには現在仕事を覚えてもらっている段階だからと、ウーヴェにも伝えた。

「ブンカケンの店主は彼なんだけど……今はもっぱら人事面全般を担当してもらっている感じかな。
 ブンカケン加入の窓口は拠点村に絞ったから、これからは結構ここにいると思うけど……いるよね?」
「一応は。ですが、幼年院の教師を希望人数確保しておりませんので、まだちょくちょく空けることになるかと」
「幼年院ですか……凄いですよね……しかも職人の子が通うなんて、聞いてびっくりしました」
「研究機関だもの。やってみたいと思うことはとことんやってみるんだよ、ここは」

 そう言っておけば、大抵皆が苦笑しつつも納得してくれる感じになってきた昨今である。
 なんかもうこの村はこういうもんだっていう、諦めというか、諦観というか……。不思議なことをするのが普通って感覚になってきているよね、最近は。

「興味がありますか?    ヘイスベルトがここの仕事に慣れてくれたならば、この教育方面を担当することも可能ですよ」
「そうだなぁ。そこも本当は分けたいんだよな。ウーヴェがそのうち倒れかねないし……」
「ははは、倒れないように頑張ります」
「今以上には頑張らなくて良いから」

 頑張り過ぎなくらい頑張ってもらってます。いや、本当に。

「教師役の確保ができましたら、文官となれそうな者も探してみますから……。そうすればもう少し、ゆとりが出るでしょうし」
「ほんとごめんな……リタにもごめんって言っておいて」
「り、リタは気にしないでいただいて良いですから……」
「ダニルはカーリンと梅雨明けに結婚するんだよ。リタもカーリンと同じ年だろう?    そろそろ考えてあげたら……」
「今は忙しいので!」

 揶揄われているとでも思ったのか、全力で拒否られてしまった……。結構本気で言ってるんだけどなぁ……。

「忙しさを理由にしてたら、いつまでも待たせることになるぞ」
「さっさと済ませてりゃいいンじゃねぇの?」

 オブシズやジェイドにもチャチャを入れられる可哀想なウーヴェ。
 いや、お前たちもだぞ?    と、話を振ったら、さっさと部屋を退室してしまった。

「…………なんでみんなそこ、先送りにするんだよ……」
「貴方に言えた義理ですか」

 俺にまで飛び火。ハインに容赦なく言葉でぶっ刺され、分が悪いのでこの話はお終いってことにした。
 ハインにも、お前もだからな⁉︎    と、視線だけで訴えておいたけど、すごい顔で睨み返されたので即座に視線を逸らしておく。口にしてたら三倍返しではすまかった……。

「秘匿権申請書類、纏まりました」
「ありがとう、確認する。
 次はこっちお願いできるかな。ここの集計なんだけど……」

 そうして、とりあえずは何事もなかったかのように、日常を進めた……。
 レイモンドとブリッジスに関しては、動きがあり次第、犬笛の緊急連絡が入るように手配されており、拠点村にやってくることが判明したら、オブシズは孤児院の警護がてら、カタリーナたちの護衛を担当。万が一の場合は二人を裏手……水路の隠し勝手口から逃す算段になっている。
 ブリッジスは、入村次第騎士を警護に付け、ブンカケンまで誘導。メバックでの爆買いに対する牽制を、ウーヴェが担う。
 そして俺はオゼロの使者と木炭についての値段交渉だ。この時はサヤと、シザーを伴うこととしている。

 マルの言っていたレイモンドの人間性からして、俺やサヤ、異国人に見えるシザーは侮られることになるだろう。それを計算に入れての人選だ。
 村の衛兵や騎士らには、警備を徹底してもらい、レイモンドの使用人らが村で好き勝手しないよう目を光らせてもらうし、吠狼の見えない警備も強化する。

「マルが出てこない状況で、使者らが来たらことですね……」
「大丈夫だよ。やることはもう分かってるから、俺で対処できるさ」

 いてくれた方が良い。それは当然そうなのだけど……。
 それよりも、サヤを守りたい気持ちの方が優っていた。
 この切迫した時期にマルが引きこもったということは、調べたいことが、今よりも重要な案件であったということだ。
 そして、俺たちならこの場を乗り越えることも可能である。任せらせると、判断したということ。
 それがサヤを守るために必要なことならば、俺はなんだってするさ。

 そうして夕刻も間近という頃合い……。

「え?    ギルが商談?    帰ってたのか?」
「昼頃にメバックに着き、そのまま拠点村に来たそうですよ」

 レイモンドたちよりも先に、思いもよらなかった客の来訪があった。
 勿論、ギルのことじゃない。ギルの連れて来た、懐かしい顔の方だ。

「おかえりギル……。え、ヨルグ!    嘘、なんでセイバーンに⁉︎    ちょっ、伏せなくて良いから顔を見せてくれ!」
「レイシール様、お久しゅうございます。
 王都ではお会いする機会を得られず、些か口惜しくございましたので、ギルバートを伝手にまかり越しました。
 ご健勝であられたこと、大変喜ばしく思っております」
「えっ、硬っ、なんでそんな硬いの⁉︎」
「セイバーンの後継となられたうえにに役職まで賜った方を、昔のよしみがあるとはいえ、気安くお呼びするなど……」
「気安くて良い!    そっちの方が居た堪れないから!」

 王都では会う機会を逸してしまったヨルグだった。
 相変わらずの涼風を纏ったような、涼やかな雰囲気。体格的にはしっかり男性なのだけど、まるで女性のように所作が嫋やかで、優しい風貌の彼は、四年ほど会っていないにも関わらず、全く面変わりしていなかった。
 彼はギルと同学年で、同じ年に卒業。在学中一度も留年しなかった優秀な人で、ギルとの関わりが多かった俺も、よく共に過ごした。

「レイシール様は随分とお変わりになられましたね。本当に身長を抜かれているとは……。
 それに、イェルクが申しておりました通り、表情も豊かになられました」
「その口調まだ続けるの?    いいよ、普段通りで」
「ですが、他の皆様が驚かれてしまうのでは?」
「初めはそうかもだけど、別に気にしないと思う」

 それに、今それを通したら、これから先もずっと口調を崩してくれそうにない。彼にはそういう所がある……。

「普段通りのヨルグが良い。俺はその方が、安心するし嬉しいよ」
「…………風貌は随分と変わられましたのに……その辺りは昔のままなのですね。
 嬉しい。じゃぁ、お言葉に甘えさせて頂きますわね。
 イェルクが言っていた婚約者様というのはそちらかしら?    是非ご紹介くださいな」

 柔和な雰囲気の通り、口調まで女性らしいのがヨルグなのだ。彼の宝石商という出自は女性相手の商売であるため、女性の目線でいることを意識しているうちに、自然とこうなったそう。
 学舎では、ごく近しい者たちといる時だけ、口調をこちらにしていた。

「うん、サヤという」
「ギルよりお聞きしましたわ。婚約者であられると同時に、従者もなさっておいでなのですってね。
 私、学舎で縁を賜りました、ヨルグと申します。ジョルダーナ宝石商より暖簾分け致しまして、現在はグライン宝石商の店主でございます」
「はじめまして。鶴来野小夜と申します。あの……先だっては有難うございました。お勧めいただいた首飾り、本当に素晴らしい品です」
「お褒めに預かり光栄ですわ。
 サヤ様は、従者をなさっている傍ら、意匠師もとお聞きしましたが……こんなお若い方だなんて、驚きました。それにとても可愛らしい方」
「えっ、いえ……」
「絹のような黒髪……本当に漆黒……なんて美しい光沢のお髪かしら」
「きょ、恐縮です……」

 女性口調の男性は初めてなのかな?
 サヤは若干慌てている様子。けれど、ヨルグの口調を気味悪がったり、嫌悪している様子ではない。
 多分彼の口から出てくる褒め言葉にワタワタしているだけだろうと思ったので、口は挟まないことにした。
 ヨルグは紳士だから、サヤに無体なことはしないって、分かってるし。

「実は私、サヤ様との商談を希望して参りました」
「……え?」

 俺じゃなく、サヤ?
 驚いてしまったのだけど、そこで慌ててギルが口を挟む。

「待て待て、その前にもう一人、忘れないうちに引き渡しとこうぜ」
「あらいやだ。私ったら……つい気持ちが急いてしまって……」

 ヨルグの要件が、俺との商談ではなく、サヤとの商談であるということにびっくりしてしまったのだけど、ギルが慌てて口を挟み、要件がそれだけではないと知った。

「ヨルグはサヤとの商談希望だけど、こっちはお前……あ、いや……えーと……ブンカケンへの所属希望……で良いのか?」
「それで良いんじゃないかしら。レイシール様の元なら、酷い人に当たって騙される心配も無いだろうし……」
「……職人を連れて来てくれたのか?」
「まぁそうなんだが……ちょっと色々事情があってだな……無理を承知で雇ってやってほしいんだよ。
 こいつまた女に騙されて……借金漬けになってたんだ……」
「は?」
「それがなぁ……店の料理人にしてやるって良いように言われて、騙されたんだ……。相変わらず人を見る目の無さ加減が酷くてな……」
「い、いやだっ!    だってここハインがいるんでしょ⁉︎    ハイン絶対僕のこと睨むっ、またかって顔するじゃんっ」

 部屋の隅に置いてあった荷物。その影から文字通り摘まみ上げられた人物。

「…………………………テイク……借金って?」
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