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翌年の春 2
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すっかり失念していたというか……。その可能性を全く考えたことがなかったのだ。
サヤを貴族に引き入れるということは、サヤも成人の儀式を受けなければならないのだということを。
「あの髪を…………」
あの艶やかな黒髪を、切る。誰が? もしかして俺が⁉︎
考えられない。というか切っては駄目だろうあれは! あの髪の先端は、サヤの祖母殿が触れていた……サヤが、サヤの世界から持ち込めた、数少ないものなのに!
でも、サヤは現状のままでは流浪の身、天涯孤独の身だ。
サヤに安息の地を与えたい……。
名実ともにというか、誰憚ることなく家族だと言える、そんな存在になりたいと思っている。
この世界に迷い込み、全てを失ってしまった彼女だから。俺の与えられるものは全部与えてやりたいし、これからの時間を共に刻んでいきたい。
なのに、だ。
サヤの髪を切る……またサヤから奪ってしまう。
奪うのは嫌だ。
これ以上を彼女に失わせてはいけない。
彼女の髪を守る、良い手段はないものか……。
「気が散り過ぎだぞレイシール」
すぐ目の前でそのように声を掛けられ我に返ると、眼前に陛下のご尊顔が迫っており仰け反った。
「へ、陛下っ⁉︎」
「たわけ。会合に集中せよ。其方の番だと言うておろう」
「失礼致しました!」
今回より成人ということで、クロードの付き添いもなく、会合の席は俺一人。
にも関わらず会合以外のことを考えていたので文句も言えない。
陛下が席を立ち、真前に来ても気付いていなかったって……俺の馬鹿!
慌てて立ち上がり、はて、なんの番だろうかと固まった。
「……今年の無償開示品についての発表ですよ」
隣の席の方がこっそりそう教えてくれて、なんとか紹介を始めたものの……。
「大変失礼を致しました。助かりました」
会合を終え、隣の席であった方に改めて礼を言うと、いえ、お気になさらず。とのこと。
「お忙しいのでしょうから。長旅の後の会合も大変ですね」
「は……そう言っていただけると……」
なんとか成人の儀を終え、正しく貴族社会に受け入れられたと判断されたのだろう。本日は他の方々の対応も、すこぶる穏やかだ。
前回の冬の会合、あの時の対応はなんだったんだってくらい……。
「レイシール殿の発明された、硝子筆。私も使わせていただいております。
これを世に出してくださったというだけで本当に有難い。どうぞお役目、頑張ってください」
「は、いや……はい。ありがとうございます……」
俺の発明品ではないのだけどなぁ……。
「レイシール!」
「はいっ!」
息を吐く間も無く陛下に呼ばれ、また怒られるのだろうなと思いつつ、そちらに向かった。
「なんだお前は。会合の席で気もそぞろなど、成人して気が緩んだとでもぬかす気か」
「いえ……本当に申し訳ございませんでした。この場で考えるべきことではありませんでした……」
成人の儀を終え、翌日すぐに挑んだ会合。ここまであの衝撃を引っ張ってきてしまった。
ほんと俺って駄目だな……。サヤのことになるとつい熱くなってしまうというか……今は職務中だというのに。
俺の態度に片眉をあげた陛下。
深刻そうな顔に見えたのかもしれない。
「何か大きな問題でもあるのか? 何かあるならば報告せよ」
「いえ、個人的なことです……」
「このような場所で個人的なことにうつつを抜かすな!」
「はいっ。誠に申し訳ございませんでした!」
おおいに怒られたものの……無償開示品についてはお褒めの言葉をいただけた。
収納木箱は大きすぎるので、報告書類に図を記して済ませたのだけど、紙製品に関してはは小さく軽いため、見本を持参した。
それをいじりながら、陛下はどこか呆れ顔。
「紙製品をこうも幅広く……。其方の頭の中はどうなっておるのだ……」
「私一人が考えたのではありませんから。
皆で話し合っていくうちにこう……色々と」
二人して適当なことを言って誤魔化す状況……。
なんとも微妙な気分になってしまったのだが、陛下も同じであるらしい。なら会議室で言わなきゃいいのにと思う。
陛下は、これがサヤの発案したものだということを、薄々察しているのだろう。
紙は程々貴重品だ。そもそも識字率から決して高くないこの国だから、紙を買うのは基本的に上流階級。現状では値が下がることはまずないだろう。
それを逆手に取って、贈答品の包装に使うというのは、俺たちには思いつかない発想だ。
だから、其方の頭……の、其方はサヤのこと。
「現在、大判の紙に柄を刷り、包装紙とする案が更に進められております。
これからも、包装品の紙は品数を増やしていけるのではと」
「うむ。進めよ」
「畏まりました」
そうして、紙の包装用品に関する書類を机に戻し、次を手に取った。
「それとこれだな。同じ構造の箱が重ねられると。
蓋が表と裏で両方用途があるのだな」
「はい。釘打ち抜きで利用するなら、乗せるだけで蓋ができます。逆向きに使って釘打ちした場合は、出っ張りが上に置く箱をある程度固定します。
それにより、ずれ防止になる構造です。縄で補強してもらえば、一日中位置修正が不要でしたね。
こちらに来る際に、検証ついでに利用していたのですが」
この話は陛下としても気になるところであったようだ。
なにやら思案顔で、書類を見ている……。
「……とりあえずいくつかこちらにも納品せよ」
「は……五十程で宜しかったでしょうか?」
「そうだな。まずはそれだけ。有用なようであれば、また追加で注文させてもらう」
「畏まりました」
いや、収入としてはとても有難いのだが、セイバーンからだと割高になるって分かってるのかなこの人……。
「アギーに届けてくれれば良い」
「あぁ。そうですね」
アギー公爵様宛に届けておけば、公爵様らが王都に出向かれる際についでに運んでくれるというわけだ。
アギーまでの運搬費用ならば、然程にもならないだろう。
「それでしたらうちにも納品していただこうか。荷造りの手間が減るというならば是非とも使いたい」
近くで話を聞いていた様子のアギー公爵様も参戦してきた。
「畏まりました。こちらも五十程でよろしいでしょうか?」
「そうだねぇ。まずは……ん? 大きさも選べるのかな?」
「そうですね。現在三種類ほどございます」
「なに。それを早く言え」
いや、報告書に書いてましたよ……。図はひとつだけですけど、大きさはそれごとで明記してあるでしょうに。
これは、構造を揃えることに意味がある。
どの店も同じ規格で、同じように作ってくれれば、全てが重ねられるようになるので、できれば統一した大きさで製造してほしいのだよな。
「この大の上に中が二つ乗ります。中の上には小が二つ乗ります。
なので、小ぶりな方は偶数でお買い上げいただく方が整理しやすいかと思います」
「…………なんだと?」
「きっちり重ねられるように計算されているんですよ」
「…………ちょっと待ってくれないか。どういう意味かね?」
ええっ、伝わりませんか?
「この大の上に、中二つを横に並べて置くことができます。中の上にも、小を並べて二つ。
つまり、大の上なら、小は四つ乗るわけです。その方が固定しやすいでしょう?」
「…………他に言い残したことはないだろうな」
「いや、書いてありますって。
……固定が楽にできる荷造り紐もございますと、ここに……」
……なんで睨んでくるんですか⁉︎
もう現物を見せろ。と、いうことになった。
ここに来るまでに使っていたのならあるだろうと、バート商会に押しかけそうな勢いだったので、必死で宥めて、いくつか持参しますと伝え、一旦バート商会に戻って、大わらわ。
比較的傷の入っていない大箱ひとつ、中箱二つ、小箱四つと固定紐二本を選び、中身を放り出して持参した。
女中頭の実力が遺憾なく発揮されたよ……凄い手際だった。
結構な大荷物を従者に持たせてとんぼ返りして来た俺に、王宮で働く方々がなんだあいつといった感じの視線を送ってくる……。
極力視線を合わせないようにして、指定された会議室へとやって来たのだが。
「お持ちしま……した」
ら、人数が増えていた。
公爵様四名と、何故かリカルド様をはじめとする、騎士団の将方までいるという……。
「……あの……」
「まず見せろ」
陛下の有無を言わさぬ口調に、言われるまま、箱を差し出した。
「ほう……なんだこれは、蓋の内に突起がある」
「箱にはまるように作られておるらしい。成る程。釘打ち無しに蓋が固定されるとは、これか。
鍵付きの箱ならば蝶番で蓋を固定しているが、あれは行軍事には微妙なのだよな?」
「邪魔だ。重量が嵩むうえ、薪にもしにくい」
リカルド様の発言に、騎士団の将らがこぞって頷く。
行軍事に使われた木箱を、用が済めば解体して薪がわりにするというのは、よくある話だ。
いちいち空箱や薪を持ち運べるほどの余裕は無いので、随時解体されていく。
「釘打ちの際は、上に向けるのだったな」
「なんと! 今度は出っ張りの内側に箱の底がはまるのか!」
まるで積み木で遊ぶ子供さながらに、箱をいじり倒し、囲んで盛り上がる偉い方々……。
最後に荷造り紐を手にし、金具に紐を通して引くだけで固定されるという、究極に手間を省いた構造に言葉を失った。
「……この紐は……なんという発明品だ」
「皮帯の亜種ですよ」
「なんだと……あれは帯だろう⁉︎」
まぁあれは帯ですけどね……。
「帯だからって帯だけに使わずとも良いので。
ギッチリと結んで固定しても良いのですが、そこまでせずともずれにくい構造になっておりますので、この程度の固定で充分なのです。
こちら、金具を逆側に倒すだけで緩みますし、紐を通したら、思い切り引くだけで固定完了です。
見ての通り平織の紐なので、箱の底を通すのも容易、中央に少しある窪みを利用いただければ、ガタつかず邪魔にもなりません」
これを無償開示品にすると定めてから、運送用に特化するようにと、ありとあらゆる面を検討したのだ。
重ねやすいように大きさを固定したのも。荷造り紐の考案もそのためだ。
ウルヴズ行商団で使うだけでなく、エルランドにも協力してもらい、試験利用してもらった結果、リディオ商会は箱の規格をこちらで統一し始めている。
手応えはあった。だからこそ、こうして無償開示品に定めたのだが……。
偉い方々は一同唸って腕を組み、熟考に入ってしまった。
俺の背後でサヤや、オブシズらもそわそわと落ち着かない……。
これ、無償開示品として発表しちゃ不味かった? 会合の席では了解が得られたが、まさか構造を把握してなかったとかそういうオチなの?
「……全てを薪にせずとも、重ねていけば収まるのだな……」
「この出っ張り部分も釘ではなく木で止めてある……なんということだ」
「無理に解体せずとも良いわけか。重量的には減らないので困るが……」
「必要な箇所で解体できると思えばどうだ。なんなら一箱残して、薪にしたものを放り込んでおけば良い」
「それは良い。無理に壊して燃やす手間も省ける」
「後になって箱が必要だったという場合もあることだしな」
「確かに」
将の方々がとにかく真剣だ。
散々言葉を交わし、あれこれと検討した結果……。
「とりあえず使ってみたい。大を十、中を二十、小を二十で。この紐も……十で足りるか?」
「そうですね」
「ではそれで」
「同じ内容で構わぬ。ここにもだ」
「アギーにも頼むとしよう」
「オゼロは大をとりあえず五十と……」
「え、ちょっと待ってください! 覚えきれないので注文書をお願いしたいのですがっ」
何か重要なことなのかと思いきや、上層部の受注会であったようだ。
驚かせないでほしい……ほんとどうしようかと思った。
サヤを貴族に引き入れるということは、サヤも成人の儀式を受けなければならないのだということを。
「あの髪を…………」
あの艶やかな黒髪を、切る。誰が? もしかして俺が⁉︎
考えられない。というか切っては駄目だろうあれは! あの髪の先端は、サヤの祖母殿が触れていた……サヤが、サヤの世界から持ち込めた、数少ないものなのに!
でも、サヤは現状のままでは流浪の身、天涯孤独の身だ。
サヤに安息の地を与えたい……。
名実ともにというか、誰憚ることなく家族だと言える、そんな存在になりたいと思っている。
この世界に迷い込み、全てを失ってしまった彼女だから。俺の与えられるものは全部与えてやりたいし、これからの時間を共に刻んでいきたい。
なのに、だ。
サヤの髪を切る……またサヤから奪ってしまう。
奪うのは嫌だ。
これ以上を彼女に失わせてはいけない。
彼女の髪を守る、良い手段はないものか……。
「気が散り過ぎだぞレイシール」
すぐ目の前でそのように声を掛けられ我に返ると、眼前に陛下のご尊顔が迫っており仰け反った。
「へ、陛下っ⁉︎」
「たわけ。会合に集中せよ。其方の番だと言うておろう」
「失礼致しました!」
今回より成人ということで、クロードの付き添いもなく、会合の席は俺一人。
にも関わらず会合以外のことを考えていたので文句も言えない。
陛下が席を立ち、真前に来ても気付いていなかったって……俺の馬鹿!
慌てて立ち上がり、はて、なんの番だろうかと固まった。
「……今年の無償開示品についての発表ですよ」
隣の席の方がこっそりそう教えてくれて、なんとか紹介を始めたものの……。
「大変失礼を致しました。助かりました」
会合を終え、隣の席であった方に改めて礼を言うと、いえ、お気になさらず。とのこと。
「お忙しいのでしょうから。長旅の後の会合も大変ですね」
「は……そう言っていただけると……」
なんとか成人の儀を終え、正しく貴族社会に受け入れられたと判断されたのだろう。本日は他の方々の対応も、すこぶる穏やかだ。
前回の冬の会合、あの時の対応はなんだったんだってくらい……。
「レイシール殿の発明された、硝子筆。私も使わせていただいております。
これを世に出してくださったというだけで本当に有難い。どうぞお役目、頑張ってください」
「は、いや……はい。ありがとうございます……」
俺の発明品ではないのだけどなぁ……。
「レイシール!」
「はいっ!」
息を吐く間も無く陛下に呼ばれ、また怒られるのだろうなと思いつつ、そちらに向かった。
「なんだお前は。会合の席で気もそぞろなど、成人して気が緩んだとでもぬかす気か」
「いえ……本当に申し訳ございませんでした。この場で考えるべきことではありませんでした……」
成人の儀を終え、翌日すぐに挑んだ会合。ここまであの衝撃を引っ張ってきてしまった。
ほんと俺って駄目だな……。サヤのことになるとつい熱くなってしまうというか……今は職務中だというのに。
俺の態度に片眉をあげた陛下。
深刻そうな顔に見えたのかもしれない。
「何か大きな問題でもあるのか? 何かあるならば報告せよ」
「いえ、個人的なことです……」
「このような場所で個人的なことにうつつを抜かすな!」
「はいっ。誠に申し訳ございませんでした!」
おおいに怒られたものの……無償開示品についてはお褒めの言葉をいただけた。
収納木箱は大きすぎるので、報告書類に図を記して済ませたのだけど、紙製品に関してはは小さく軽いため、見本を持参した。
それをいじりながら、陛下はどこか呆れ顔。
「紙製品をこうも幅広く……。其方の頭の中はどうなっておるのだ……」
「私一人が考えたのではありませんから。
皆で話し合っていくうちにこう……色々と」
二人して適当なことを言って誤魔化す状況……。
なんとも微妙な気分になってしまったのだが、陛下も同じであるらしい。なら会議室で言わなきゃいいのにと思う。
陛下は、これがサヤの発案したものだということを、薄々察しているのだろう。
紙は程々貴重品だ。そもそも識字率から決して高くないこの国だから、紙を買うのは基本的に上流階級。現状では値が下がることはまずないだろう。
それを逆手に取って、贈答品の包装に使うというのは、俺たちには思いつかない発想だ。
だから、其方の頭……の、其方はサヤのこと。
「現在、大判の紙に柄を刷り、包装紙とする案が更に進められております。
これからも、包装品の紙は品数を増やしていけるのではと」
「うむ。進めよ」
「畏まりました」
そうして、紙の包装用品に関する書類を机に戻し、次を手に取った。
「それとこれだな。同じ構造の箱が重ねられると。
蓋が表と裏で両方用途があるのだな」
「はい。釘打ち抜きで利用するなら、乗せるだけで蓋ができます。逆向きに使って釘打ちした場合は、出っ張りが上に置く箱をある程度固定します。
それにより、ずれ防止になる構造です。縄で補強してもらえば、一日中位置修正が不要でしたね。
こちらに来る際に、検証ついでに利用していたのですが」
この話は陛下としても気になるところであったようだ。
なにやら思案顔で、書類を見ている……。
「……とりあえずいくつかこちらにも納品せよ」
「は……五十程で宜しかったでしょうか?」
「そうだな。まずはそれだけ。有用なようであれば、また追加で注文させてもらう」
「畏まりました」
いや、収入としてはとても有難いのだが、セイバーンからだと割高になるって分かってるのかなこの人……。
「アギーに届けてくれれば良い」
「あぁ。そうですね」
アギー公爵様宛に届けておけば、公爵様らが王都に出向かれる際についでに運んでくれるというわけだ。
アギーまでの運搬費用ならば、然程にもならないだろう。
「それでしたらうちにも納品していただこうか。荷造りの手間が減るというならば是非とも使いたい」
近くで話を聞いていた様子のアギー公爵様も参戦してきた。
「畏まりました。こちらも五十程でよろしいでしょうか?」
「そうだねぇ。まずは……ん? 大きさも選べるのかな?」
「そうですね。現在三種類ほどございます」
「なに。それを早く言え」
いや、報告書に書いてましたよ……。図はひとつだけですけど、大きさはそれごとで明記してあるでしょうに。
これは、構造を揃えることに意味がある。
どの店も同じ規格で、同じように作ってくれれば、全てが重ねられるようになるので、できれば統一した大きさで製造してほしいのだよな。
「この大の上に中が二つ乗ります。中の上には小が二つ乗ります。
なので、小ぶりな方は偶数でお買い上げいただく方が整理しやすいかと思います」
「…………なんだと?」
「きっちり重ねられるように計算されているんですよ」
「…………ちょっと待ってくれないか。どういう意味かね?」
ええっ、伝わりませんか?
「この大の上に、中二つを横に並べて置くことができます。中の上にも、小を並べて二つ。
つまり、大の上なら、小は四つ乗るわけです。その方が固定しやすいでしょう?」
「…………他に言い残したことはないだろうな」
「いや、書いてありますって。
……固定が楽にできる荷造り紐もございますと、ここに……」
……なんで睨んでくるんですか⁉︎
もう現物を見せろ。と、いうことになった。
ここに来るまでに使っていたのならあるだろうと、バート商会に押しかけそうな勢いだったので、必死で宥めて、いくつか持参しますと伝え、一旦バート商会に戻って、大わらわ。
比較的傷の入っていない大箱ひとつ、中箱二つ、小箱四つと固定紐二本を選び、中身を放り出して持参した。
女中頭の実力が遺憾なく発揮されたよ……凄い手際だった。
結構な大荷物を従者に持たせてとんぼ返りして来た俺に、王宮で働く方々がなんだあいつといった感じの視線を送ってくる……。
極力視線を合わせないようにして、指定された会議室へとやって来たのだが。
「お持ちしま……した」
ら、人数が増えていた。
公爵様四名と、何故かリカルド様をはじめとする、騎士団の将方までいるという……。
「……あの……」
「まず見せろ」
陛下の有無を言わさぬ口調に、言われるまま、箱を差し出した。
「ほう……なんだこれは、蓋の内に突起がある」
「箱にはまるように作られておるらしい。成る程。釘打ち無しに蓋が固定されるとは、これか。
鍵付きの箱ならば蝶番で蓋を固定しているが、あれは行軍事には微妙なのだよな?」
「邪魔だ。重量が嵩むうえ、薪にもしにくい」
リカルド様の発言に、騎士団の将らがこぞって頷く。
行軍事に使われた木箱を、用が済めば解体して薪がわりにするというのは、よくある話だ。
いちいち空箱や薪を持ち運べるほどの余裕は無いので、随時解体されていく。
「釘打ちの際は、上に向けるのだったな」
「なんと! 今度は出っ張りの内側に箱の底がはまるのか!」
まるで積み木で遊ぶ子供さながらに、箱をいじり倒し、囲んで盛り上がる偉い方々……。
最後に荷造り紐を手にし、金具に紐を通して引くだけで固定されるという、究極に手間を省いた構造に言葉を失った。
「……この紐は……なんという発明品だ」
「皮帯の亜種ですよ」
「なんだと……あれは帯だろう⁉︎」
まぁあれは帯ですけどね……。
「帯だからって帯だけに使わずとも良いので。
ギッチリと結んで固定しても良いのですが、そこまでせずともずれにくい構造になっておりますので、この程度の固定で充分なのです。
こちら、金具を逆側に倒すだけで緩みますし、紐を通したら、思い切り引くだけで固定完了です。
見ての通り平織の紐なので、箱の底を通すのも容易、中央に少しある窪みを利用いただければ、ガタつかず邪魔にもなりません」
これを無償開示品にすると定めてから、運送用に特化するようにと、ありとあらゆる面を検討したのだ。
重ねやすいように大きさを固定したのも。荷造り紐の考案もそのためだ。
ウルヴズ行商団で使うだけでなく、エルランドにも協力してもらい、試験利用してもらった結果、リディオ商会は箱の規格をこちらで統一し始めている。
手応えはあった。だからこそ、こうして無償開示品に定めたのだが……。
偉い方々は一同唸って腕を組み、熟考に入ってしまった。
俺の背後でサヤや、オブシズらもそわそわと落ち着かない……。
これ、無償開示品として発表しちゃ不味かった? 会合の席では了解が得られたが、まさか構造を把握してなかったとかそういうオチなの?
「……全てを薪にせずとも、重ねていけば収まるのだな……」
「この出っ張り部分も釘ではなく木で止めてある……なんということだ」
「無理に解体せずとも良いわけか。重量的には減らないので困るが……」
「必要な箇所で解体できると思えばどうだ。なんなら一箱残して、薪にしたものを放り込んでおけば良い」
「それは良い。無理に壊して燃やす手間も省ける」
「後になって箱が必要だったという場合もあることだしな」
「確かに」
将の方々がとにかく真剣だ。
散々言葉を交わし、あれこれと検討した結果……。
「とりあえず使ってみたい。大を十、中を二十、小を二十で。この紐も……十で足りるか?」
「そうですね」
「ではそれで」
「同じ内容で構わぬ。ここにもだ」
「アギーにも頼むとしよう」
「オゼロは大をとりあえず五十と……」
「え、ちょっと待ってください! 覚えきれないので注文書をお願いしたいのですがっ」
何か重要なことなのかと思いきや、上層部の受注会であったようだ。
驚かせないでほしい……ほんとどうしようかと思った。
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