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馬事師 3

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 サヤたちと共に、その馬場が設置されている郊外に向かう。
 現在彼らはシュヴァル馬事商と名乗っており、この雨季の騎士試験に、彼らの存在は不可欠だった。
 そう、つまり……騎士試験から馬の所持という項目を外すとした、第一回目。試験に利用する馬は、彼らに提供してもらうのだ。
 徒歩で半時間かかる場所も、馬で駆ければあっという間だ。到着すると直ぐに、小屋から人の姿が現れた。

「やぁティム。ロジオンは戻っている?」
「まだ……もうそろそろ、帰ってくる頃合い……」

 ティムは三名いた子供の真ん中。十一歳の少年だ。
 彼らは幼い子供のうちから職務がある。本当は、幼年院に通ってほしいと思っているのだけど……仲間から離れることを極端に怖がるので、今は保留にしている。
 そのティムの後ろから、まだ三つかそこらの女の子が出てきて、パッと顔を輝かせた。

「れいさまぁ!」
「やぁ、クー。元気にしていた?」

 この一団最年少。女の子のクー。彼女は北の地を知らない。流浪の身となった後に生まれたのだという。

「れいさまぁ、おみゃげ、おみゃげ!」

 俺が来ると両手を前に出してぴょんぴょん跳ねる。
 俺が来る度に縫いぐるみを置いていったものだから、クーは俺のことを土産をくれる人という枠に入れている。

 慌てたティムが押し留めるけれど、俺は大丈夫、持ってきてるよとティムに目配せ。前回は無くって泣かせてしまったので、今回は抜かりない。

「今日はこれです。じゃーん。お舟だよ。形的に帆船だね」

 縫いぐるみではない。紙だ。
 サヤが作ってくれた。折紙というもの。
 小型といえど縫いぐるみは一応商品だし、一通りをあげちゃってネタが尽きていたので、あとはお菓子でも持っていくかと思っていたら、これを教えてくれた。

「これは魔法のお船です。
 クー、船の帆の部分……ここを持ってくれるかい?」

 馬から下りて、クーに船を差し出すと。とてとて歩いてきたクーは、言われた通りに船の先を指で摘む。

「目を瞑ってごらん……三まで数えて目を開いたら、クーは別の場所を持ってるよ」

 クーが言われるままに目を閉じて、その隙に俺は、折り曲げてある船の部品を逆側に戻す。
 すると、帆の先だった場所が、船の先端に変わるという仕様なのだ。

「あれあれ? クーは帆を持ってたはずなんだけどなぁ」
「……??」

 船の先を握っていた自分にびっくり顔。

「もっかい!」
「うん。もう一回帆の先を持って。目を瞑って……いち、にぃ、さん。はいっ。
 あれあれ、やっぱりクーは、船の先を持ってる」
「???」

 本気で不思議がってる。面白い。たまらなく可愛いっ。
 ティムも口元をひくひくさせ、必死で笑いを噛み殺している。見ていた彼には一目瞭然だものな。
 仕掛けはとてつもなく単純なのだが、クーにはそれがまだ分からない。

「もっかい!」

 いつまででもやっていたかったのだけど、ここで時間が来てしまった。
 軍用馬を連れた一団が、馬場に戻ってきたのだ。

「おかえりロジオン」
「! もうお越しか。失礼をした」
「いや、大丈夫。クーが遊んでくれていたから、全然待ってない」

 そう言うと、魔法の船を高々と掲げたクーが「まほうのおふね!」と、それをロジオンに見せる。
 またもらったのかお前⁉︎ と、恐縮する彼に、大丈夫だよと伝えた。失敗した裏紙の、綺麗な部分を切り取ってるので、実質タダです。

「騎士試験が近くなってきたから、確認に寄ったんだ。
 馬の準備は問題無いだろうか」

 俺の問いかけに、ロジオンはこくりと頷いた。

「本日調整の最終確認を済ませた。用意する馬は五頭……で、良いのだったな?」
「うん。見せてもらえるかな」

 今回の騎士試験は、五頭の馬を皆で使う形になる。
 なので、人馴れした大人しい性質の軍用馬を選りすぐって仕入れてもらった。
 少し遅い時期の試験であるため、今年の試験希望者をやきもきさせてしまったと思うけれど、馬は用意せずとも良いという通達のおかげで、例年の倍、試験希望者があると聞いている。
 拠点村まで足を伸ばさなければならないから旅費は必要になるが、馬を用意することを考えれば断然安いわけで、それに対する不満も出ていないよう。
 ロジオンらが連れ帰ってきた馬は合計で七頭。二頭は何かあった場合の入れ替え用だろう。
 結構な距離を走ってきたようで、しっとりと体毛を汗で濡らした馬らは、とても良い身体つきをしていた。
 青の馬三頭と、黄の馬四頭だと説明を受けたが、全て青と言われても遜色ないのではないか。

「とても立派な良い馬たちだ」

 そのうちの一頭、足先の毛並が白い馬は確か、越冬前に購入した黄の馬。あの時よりひとまわり体格が良くなっているように感じる。

「食事が合っていなかった。越冬中にきちんと食べさせたから、体型が戻っただけだ」

 ロジオンはそう言ったが、冬場は馬の体型を維持するだけで大変なのだ。普通に食べさせていても、どんどん痩せていってしまうのだから。
 その時期に体調を整え、ここまでの短期間で鍛え直したのだろうが、ひとまわり大きくするなんて、相当細やかに気を配ったのだろう。

「ロジオンたちは良い仕事をしてくれたようだ」

 そう言うと、なんとも難しそうな顔になったロジオン……。
 褒められ慣れていないようで、細やかな礼の一言ですら、こんな顔をする。

「繁殖の方は……?」
「順調だ。雨季を明けて……秋ぐらいに出産となる」

 仕入れた雌馬も数頭おり、種付けにも成功したため妊娠中。
 その馬たちは現在も馬場には見当たらない。ここを離れ、草原に連れ出しているようだ。

「ここで生まれる記念すべき初めての馬たちか。無事に育っているならば良かった」

 繁殖に関しては、全てを彼らに一任している。
 生まれた仔馬も二年以上かけ、彼らが育てる。何頭が軍用馬として育ってくれるかはまだ分からないが、楽しみだ。

「不足しているものはないかな」
「大丈夫だ」
「貯蔵塔もそろそろ二棟目が完成するようだよ。草刈りの人員は増やした方が良い?」
「……まだ、良い……」
「本当に? 遠慮しないでくれよ。道具類の違和感や無駄は極力削りたいんだ。だから正直に言ってくれたら良い」

 そう言ってみたけれど、ロジオンは支障無いと言葉少なに返すだけ。
 だけど初めの頃の、厩舎で寝泊まりして冬を越す発言があるから、彼らに意見を求めるだけではいけないのだと考えている。
 こちらで極力見つけて、提案していくようにしなければ、彼らはきっと遠慮してしまうのだ。

 馬の育成に関してはとりあえず大丈夫そうかな。じゃあ次は……。

「馬場柵用の木材は……」
「足りている」
「馬車の使用感はどう? 道具で不便を感じているものはある?」
「……想像だにしなかった快適さだ」

 そう言った時だけ、ロジオンの瞳がじんわりと温もりを宿した。

「特にあの窯と鍋……。あれは凄い」
「使い勝手が悪かったりはしていないのだね?」

 鍋と窯。勿論それは、サヤの知識によって考案されたものだ。

 異国で暮らすサヤの両親は、職業柄キャンプ用品というものを良く吟味していたらしい。
 それらを実際に使用したり、現地で再現したりするのに利用していたそうで、当然サヤも良いものはないかと、日常的に意識を向けていたのだそう。新製品があれば、帰国の際、共に見に行ったりもしていたという。
 そうしてその知識の中から吟味され、再現されたのが、持ち運べる携帯かまどと、無水鍋と呼ばれるものだった。

 かまどは金属製。丸い筒状になっていて、短い脚があり、薪を焚べる場所も地面から浮いている。最上部が鍋置きなのだが、これも外れる。
 この鍋置き、少々変わっており、内側にもう一枚小ぶりな鍋置きを重ねてある二重構造。
 この内側の蓋を外しておけば、後に述べる無水鍋の底が、丁度ここにはまるようになっている。
 内側の小さめの鍋置きは小ぶりな鍋用で、薬缶などが置きやすい幅の穴になっていた。
 背後には小さいが煙突も付いており、薪を焚いた際に煙が顔に直接かからないよう、配慮されているのが凄い。
 そう。薪は地面に置かず、窯の中で燃やす。だから、たとえ雨が降った後で地面がしけっていた場合でも、すぐに火を起こせるのだ。
 部品は全て嵌め込み式で、乗せていくことで組み立てられ、簡単に解体することができるので洗いやすく、手入れも楽。
 破損した場合も、新たな部品と入れ替えることができるという、恐ろしいほどに洗練された構造だった。

 そして無水鍋。
 これは、深鍋と浅鍋を合体させたような、なんとも不思議なもの。
 深鍋の蓋を浅鍋にしたとでも言えば良いのか……どちらもが鍋として機能するのだこれが。
 流石効率化民族は考えることが違う……。そう思ったものだが、実際蓋としてしか使えない蓋よりも、浅鍋になる方が、旅生活には活きるよう。
 例えば深鍋で汁物を作り、その後蓋で肉を焼くなどができてしまうので、汁物と麵麭意外の食事が野外で作れてしまう。凄すぎだろ……。
 そしてこれの更に凄いところは、浅鍋を蓋にしておけば、中で調理する野菜から出る水分が、蒸発していかないこと。
 たいして水を入れていなかったはずの鍋に水が湧いているのを見た時は、ほんと魔法かと思った。
 またこの調理器具、食品の味が濃く感じるという、意味の分からない特典も付いている。つまり、料理がより美味になるのだ……本当、訳が分からない……。

 これの問題点をあげるとすると、その製造の難しさだろう。
 気密性の再現には相当な苦労を必要とするようで、現在量産できるような状況にはなく、一つ作り上げるのに数ヶ月単位で時間が掛かる。
 当然値段も凄いことになる。鍋ひと組が、汲み上げ機ほどの値段になってしまっていた……。

 正直、各領地から鍛治師が派遣され、職人の人数が増えていたからこそ、作れた品だった。
 それぞれの得意な作業を分担し、やっと作り上げるような品なのだ。

 これが提案される前、鋳造のための環境が整わないため、手押し式汲み上げ機の量産が進まず、不満を訴える職人もちらほらと出ていたのだが……現在はこの無水鍋と携帯窯作りで活気を取り戻している。
 ふたつともが、職人の技術力を問われる、製造難易度の相当高い品であるため、職人らは新たな技術の体得に夢中になっていた。

「そんなに褒めてもらえるなら、エルランドたちにも見せてみようかな。
 まだ村に残ってたみたいだし……」

 本日はメバックに宿泊するつもりで、昼過ぎに出発する予定なのだと思う。まだ村に残っていたはず。急いで戻れば間に合うかもしれない。
 鍋はまだ二組しか完成していないのだが、簡易かまどならばすぐに渡せるし……。あ、でも人数と大きさを考えると、かまどはひとつじゃ足りないな。三つくらい必要かも。

「それでは、試験は五日後だから、当日は宜しく。
 馬が必要になるのは昼からだから、午前中のうちに移動させてくれれば良い。馬具はこちらで用意しておくから」
「分かった」

 打ち合わせはこれにて終了。
 エルランドらに面会予定を取り付けるため、早めに戻ることにした。
 話し込んでる間に、俺の乗ってきた馬の方も世話をされ、毛並みも整えてもらったようで、なんだかご満悦顔だ。きっとティムたちが気を利かせてくれたのだな。
 お礼を言おうかと見回してみたら、折紙の船でクーと遊んでいる、微笑ましい姿が目に入った。……邪魔しないでおこうか。

「ロジオン、クーとティムにありがとうと伝えておいておくれ」

 それだけ言い残して、俺たちは拠点村に戻ることにした。
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