異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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産みの苦しみ 5

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 昼からは祝詞の祝いに参加するため、其々が支度を整えて執務室に集まることとなった。
 俺とサヤは礼装に身を包み、本日は父上も車椅子で参加の予定。孤児院から、まだお戻りではないようだが……じき戻られるだろう。
 今年からは、幼年院の前庭と、中央広場までの道と、中央広場。ここを中心に祝いの宴が設けられることとなっている。

「準備の方、進み具合は?」
「中央広場で豚の丸焼きはもう焼き始めています。
 有志の女性らで作る芽花野菜の木もほぼ完成したと報告が。
 調理場のテイクとユミルは、できたものから油紙袋に詰めていっているそうです」

 他にも村人らが持ちよる料理が、宴の席に集まってきているらしい。
 よし。これなら問題無く、昼から祝いを始められそうだ。

「袋詰めでしたら手伝えそうですね……。
 私、様子見がてら、行ってきます。エルランドさんたちの到着報告が入りましたら、戻りますね」
「分かった、行ってらっしゃい。メイフェイアとセルマも、サヤを手伝ってあげて」
「畏まりました」

 本日の祝いの席で、村の子供らにクッキーを配る予定なので、テイクらにはその製作を頼んでいた。
 結構な分量があるのに、手伝いの女性にも休みを出しており、来ているのは半数のみと聞いているから、人手はあった方が良いだろう。

 越冬の間は幼年院も休みとなるので、本日最後に、一年間勉強を頑張ったご褒美がある。幼年院に来ていない子にもあげるから、一緒においでと伝えてあった。
 これを切っ掛けに、幼年院に興味を持ってもらえたら良いなと考えてのことだ。

 毎年、ブンカケン所属職人は増え、村に移り住む住人も増加していた。その結果、幼年院に通う子供らも順調に増えており、今年ついに経営が黒字化するに至った。そして来年春には、幼年院卒業者から読み書きや計算をこなせる新人職人見習いが誕生することとなっている。
 五年や十年は騙し騙しやっていくしかないと思っていたのに……想像以上の結果が出ており、なにより幼年院は、親にも子供らにも、受け入れられていた。

「それは、ここが職人の村だからでしょうね。
 私の世界でも、似たような経過を辿った時代というのがあったのですが、女に教養は必要ないと、女性の就学は好まれなかったり、畑仕事など、常に人手が必要な家業では、労働力を失うことを渋ったりしていたそうですから」

 サヤはそう言った。
 確かにこの村では、性別を問わず、子供が幼年院に通って来ている。
 そしてそれは、職人らにそれを許せるだけの収入があるということと、そもそもの幼年院の主旨が、親の職務遂行を助けるため、子を預かるという目的で作られ、教育はそのついでであったから。

 だが……俺は、違うと思っている。
 これは、サヤの成した業績なのだと。
 洗濯板などの、家事の手間を省く小道具類や、水汲みを不要にした、村の作り……。
 母親など、家庭を切り盛りしなければならない女性らが、空き時間を作れて、そこでできる内職を充実させた……。
 これらが全て揃い、村の者たちの生活を少し豊かにし、時間的な余力を作り、安定した収入によって安心感を与えることができたからこそ、その結果が子供の教育へと繋がったのではないか。
 まぁ……そう言ったとしても、サヤはきっと違うと言うのだろう。
 みんなが頑張ったからですよ……と。

 次は……これを拠点村だけでなく、セイバーン領内全域に広げていく。そして更には、フェルドナレン全域に……。
 そうして教育が行き渡ることが当たり前になれば……豊かになれば……獣人をも受け入れられる世の中が、造れるのではないか。

 でも、まだまだ先は長いなぁ。

 そんな風に考えていたら……。

「なんだ、もう着替えてしまったのか」

 丁度、孤児院から戻った様子の父上から、そのような声が掛かった。
 ……着替えますよそりゃ。仮縫いの衣装だし、なにより女装だし……。

「イエレミアーシュがわざわざ報告に来たのだぞ。ロレッタに似ていたと。是非見てみたかったのだが……」
「…………勘弁してください。成人してる男の女装ですよ。そんな大層なものはできあがりませんよ……」

 そう言うと、父上はくすりと笑った。俺が心底嫌そうだからだろう。

「まあ良い……。それよりもだ」
「はい」
「祝詞日が明ければ、もう少しだな」
「はい?」

 サヤの成人。と、父上。
 そうして、細く筋張った手を膝の上で重ねて、静かに続けた。

「この冬はなんとしても越えねばな」
「…………当たり前です」

 日々気温が下がり、雪もちらつくようになった。
 拠点村に移り、三度目の冬。
 本来ならば失っていたはずの父上との時間。それを、二年も共に、過ごすことができた……。

 だけど……まだだったの二年だ。
 気弱になるには、早すぎます……。

「この越冬中に、色々検証が進めば良いのですけどね……。
 麦のこと、耐火煉瓦のこと、干し野菜のこと……。どれもこれも何が足りないのか……まだまだ考えることは山積みです」

 敢えて話を逸らし、領内の問題を持ち出した。

「確かに踏むことで、麦の株は増えたのですが、実がペラッペラでしたからね……。そうそう簡単に増えてはくれないですね」
「それはそうだろう。ただ踏むだけ。しかもたった一年かそこらで結果が出るようなことならば、先人の誰かが気付いている」

 呆れ顔で、そう返されてしまった。

「……それはまぁ、そうですよね」
「サヤの見解は、栄養が足りぬだったな……。
 栄養が足りぬか……栄養なぁ。そもそも麦の栄養を得ている我々が麦に与えられるものは、肥やしと水くらいのもの。
 彼らは物言わぬ身だ。どんな肥やしをどれ程に。水をいつ、いか程に欲するのかを理解するには、思いつく限り試すしかない。
 やり尽くしてやっと一つ、何か知る。それくらいのものなのだぞ、本来はな」
「それはそうなんですけど……村人の収入確保や、人口の増加等を考えますと、あまり悠長にもしていられないでしょう?」
「そんなものは常だ。例え翌年目標を越える結果が出せたとて、その時には次の壁がある。言っておくが、領主に何かが充分などという時は来ない。常に足りぬのが我々の職務。
 まさか其方、いきなり十を得て、完璧に領主をこなそうなどと考えておるまいな?」

 セイバーンが豊かだと言われるようになるまで、それこそ数百年もを有しておるのだということを、忘れるなよ。と、父上はおっしゃった。
 そしてその豊かだと言われる我々が、決してそうではないことを、理解している……。

「ここまでが上手く来すぎておるだけだ。この速度を当然と思うなよ。
 なに……少々ゆっくりしているくらいで充分良いのだ。焦らずとも、お前の時間はこれからまだ、何十年とあるのだから」
「…………父上もですよ」
「私?」
「サヤの国には、九十四で走り回る老人がいるのですよ。父上なんてまだまだ若輩者なんですからね」

 そう言うと、くっくと、笑い声。

「まぁ走るのは無理だが……本を読んでくれとせがむ子が沢山できたことだし、この冬は忙しそうだ。弱ってられぬかもな」

 お前の考えなど、お見通しだとばかりに父上。
 そうそう。弱ってられませんから、どうか気を強く持ってください。と、軽く言葉を交わした。しかし……。

「……それで、サヤから話を逸らしたのは、どういった魂胆だ?」
「…………」

 あれ?
 上手く誘導できたと思っていただけに、つい言葉に詰まってしまった。
 そんな俺を横目に見上げて、父上は困ったものだと口角を吊り上げる。

「父が子の見え透いた手法に、引っかかると思っていたとは。お前もしっかりして見えて、まだまだ青いな」
「……見え透いていました?」
「見え透いておろうよ。サヤのことになると饒舌なお前が、サヤの名を拾わぬのだから」

 ……そんなにあからさまにしたつもりは、なかったんだけどな……。
 寧ろちゃんと、誤魔化せたと思っていたのに……。

「サヤはどうした?」
「今、調理場の手伝いに行っております。
 ……いや、成人……そう、その成人なんですよね……」

 思いの外、声が弱気になってしまったのは、父上に言い当てられてしまったからだろうか……。
 そして誤魔化さず続けてしまったのも……誰かに、縋りたい気持ちがあったのかもしれない。
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