異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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アギー再び 6

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「ご馳走様。じゃあ、荷物整理の続きをしてくる」
「レイシール様は、二時間後までにお支度を整えておくことも忘れないでください」
「分かってるよ……」

 領主を引き継いだ以上、夜会前の駆け引きのようなものも当然、こなさなければならなくなった。
 その諸々を受け入れ出すのが二時間後ということ。
 と、そこでマルからの指示がとんだ。

「そうそう。今回からはサヤくんもですよ」
「え……」

 それは、その駆け引きにサヤも伴うということ?

「婚姻の儀の招待状は、もう送ってしまいましたからねぇ。
 レイ様の正妻の座は、もう決定事項と周知したことになります。ですから、そっちの牽制のためにも、彼女自身を見せつけておきましょう。
 あと、サヤくんにとっても、良い経験になるでしょうから」

 今回は、同席するだけで充分ですからと付け足され、来年以降のために、場数を踏ませようとしているのだと、理解した。
 半年程度ならば、婚姻前でもそれとして挨拶を行うことも、ままあることだ。
 それに、婚姻後、急に男爵夫人として振る舞えと言われても難しいだろう。
 この前段階で交流の席に立たせ、何が行われるかを体験させておく。または、サヤの未来の姿である、男爵夫人と接する場合もあるだろうから、それを目にしておくのも参考になるだろう。と、そういうことだ。
 あとは第二夫人の打診への牽制かな。

「なので、もう遠慮なく、存分に着飾ってください。二人はその手伝いを頼みます。
 本人だけに任せてしまうと、まぁ綺麗は綺麗なんですが……地味なくらい簡素な装いになりますからねぇ」

 二人……とは、メイフェイアとセルマのこと。
 そう言われた二人も食事を急ぐことにした様子。特にセルマは、サヤを飾るという使命にやる気満々だ。この娘、ルーシーに感化されつつあるよな……。

「ルフスさん、レイシール様のお召し物は、何色にされるご予定ですか?」
「では紫で纏めます」
「畏まりましたっ。ならサヤさん……あっ、サヤ様も、準じた色合いに致しますね」

 ややこしいよな……。
 正妻として立つということは、立場も改まる。そのためサヤも、様付けで呼ばれるようになるのだ。
 彼女自身も身支度が必要となったから、従者として俺の補佐に入るのはルフスとなった。
 ハインは夕食の仕込み等、まだやることが沢山あるし。

「今回の夜会は扮装ですから、ここで目一杯、男らしくしておきましょうね」
「うん。頼む。本当、切実に……」

 ルフスの言葉に一もにもなく頷いて、まだ整理していなかった衣服の荷を開けることとなった。
 着るものを用意するついでに残りをしまい込んでいくので効率的。
 荷物の整理が終わり、身支度が整う頃には丁度二時間が経っていた。

「如何でしょう?」
「うん」

 正直、ハインに任せた時より良い気がする……。
 いや、ハインだってちゃんとそれなりにはなるのだけど、あいつは元々細かいことに頓着しないから、それ以上はないというか……。
 …………違うな、俺も同じだ。無難に纏まってるならそれで良いって思っちゃうし……言っちゃうし……二人してそれで納得するのが原因だ。

「良いと思う……」

 ギルに用意してもらった衣服を、今まで通り身に付けている。
 少し伸びてきた髪を首の後ろで括り、腰帯に領主と地方行政官長の印綬を挟み、いつもと違うとすれば、少々前髪を撫で付けている程度なのだが……。

 やはり色合わせだろうか……。

「とてもよくお似合いですよ。雄々しくも美しいです」
「…………美しいはいらないかな……」

 本日の装いは槿むくげ色の上下。これはどちらかというと渋い色味なのだけど、袖の折り返しや襟にに施された金の刺繍が、その渋さを落ち着きに変換しているような気がする。
 また、近年の流行として、上着の内側に中衣を着込んだ。これは上着とは対照的に、明るい藤色。
 着る前はどうかと思ったが、上着から覗く部分が少ないからか、派手すぎることもなく意外と馴染みが良い。
 腰帯は芥子色。刺繍の色に合わせたのだろう。
 長衣はありきたりな象牙色だったが、その柔らかさが上手く全体を纏めているように思う。

「……ルフス、詳しいね……」

 流行まで取り入れて……。
 この、上着の下に中衣を着込むというの、ここ最近のことなのだ。
 女中らが纏い始めたのが始まりとされているが…………発端は多分バート商会の、女性用制服。
 そして更に、その大元となっているのは、サヤら、女近衛の制服だろう。
 そこから男性にも取り入れられるようになり、色合わせの難易度が更に跳ね上がったと嘆きの声も多いが、装いはより華やかになった。

「領主ともなれば、そこは押さえておかなければなりませんからね」
「…………善処します」

 レイシール様は、ギルさんがご友人にいらっしゃるのですから、造作もないことでしょうにと笑われたが、違う。逆だよ。
 ああいうのがいるから、投げておけば良いという結論に達する。だから、余計に考えなくなるんだよ。

 そんなやりとりをしていたら、コンコンと扉が叩かれた。

「レイシール様、サヤ様の準備が整いました」
「あぁ、入って大丈夫だよ」

 そう声を掛けたら、ガチャリと扉が開き…………。

「……うわ」

 ついそう声が漏れたのは、サヤがあまりに、可憐だったから。

 サヤの纏っていたのは、葡萄色の上着。こちらも渋みのある色合いだから、サヤらしいといえばらしいのだけど……。
 そこに合わせてあったのは、真珠色の短衣と冴えた桃色の腰帯……サヤが自ら選ぶことは、まず無い色だった。

 その短衣の襟は、刺繍の飾り紐を首に沿わせたような、サヤの婚礼衣装を彷彿とさせられるもの。ギルめ、早速取り入れてる……。
 従来の、首に沿った襟ではなく、首をふんわりと包む、開き掛けの蕾のような襟で、なんとも華やかだ。
 その襟元にある、飾り紐の首飾りも良く合っている。簡素だけど、それが余計に可愛らしい。

 袴は、葡萄色の上布、桃色の中布、その下に更にに象牙色の刺繍を挟み、一番下が真珠色と、段差を付けて重ねてある流行最先端のもので、一番下の真珠色の布には、やはり桃色で細やかな刺繍が加えられていた。
 中心がほんの少しだけ摘まれており、色の重なりがさり気なく強調されているのも良い。凄く、可憐だ。

 桃色の腰帯は、背中側で大きく花開くように結ばれていて、サヤの背に蝶々がとまっているみたい。
 上着の内側に纏う短衣も真珠色。だが、その可憐さに対し、胸のすぐ下で腰帯を縛る形の袴であるから、胸の膨らみが強調されて凄い……ことに……っ。

「う、うわって、言われましたっ、ほら、言ったじゃないですか⁉︎」
「違います。表情見たら分かるじゃないですか。サヤさんがあまりに可愛くて声が出ちゃったやつです」
「そんなわけないでしょう⁉︎」
「ルーシーさんが太鼓判押したやつですから絶対正解です!」

 桃色、やっぱりルーシーか。

 着替えます!と、サヤが言い出して、慌てて待って! と、押し留めた。いかん、見惚れてたら脱がれてしまう。

「サヤ……凄く、凄く似合ってる。可愛い。もっとちゃんと見たいから、こっちにおいで」
「………………嘘」
「嘘じゃないよ!」
「でもこの桃色は、あまりに……派手ですし、こ、子どもっぽいですよっ」
「? 桃色は別に、子どもっぽくないと思う」

 サヤの色感覚ってたまに不思議だよな。
 別に全然子供っぽくはない。というより逆……大人っぽい……。

 部屋を出ようと、セルマと押し問答しているサヤ。脱がれては大変! それに……触れずにはいられなくて、腰に手を回した。

「あっ」

 サヤをそのまま抱き上げて、逃げられないように確保。

「お、下ろしてください……」

 腕に座らせるように高く持ち上げられ、俺を見下ろすサヤは、ほんのりと薄化粧を施していた。
 目尻に添えられた柔らかい薄紅……。
 唇が、むしゃぶりつきたくなるほどに、ふっくらとして艶めいている。
 ずいぶん長くなった黒髪は、横髪だけを下ろしてあとは結い上げられて、海渡りの蝶で纏められていた。晒されたうなじが眩しく、同じ蝶を模して作らせた耳飾が、右耳に揺れている……。

「……ルフス、俺の襟飾は花が良い。
 この蝶が、俺の園の花を好んでくれたら、嬉しいんだけどね」
「左様ですね。
 ではこちらに置いておきますから、サヤ様に付けていただいてください。
 セルマ、来客を迎える準備を進めますから、手伝ってもらえますか」
「はいっ」

 気を利かせてくれたのだろうルフスらが退室して、部屋は俺とサヤの二人きりになった。

「レイ、おろして!」
「…………ごめん、離したくない……」

 離せない。愛しい人がこんなに美しいのだもの。

 じっと見つめていたら、どんどんサヤの顔が朱に染まり、最後は居た堪れないという風に、俺の首元に纏わり付くようにして、顔を伏せてしまった。

「も、堪忍。そんなに見んといて……」
「…………」

 返事の代わりに、首元に鼻を擦り付けたら、甘い香りと共に声が溢れて、更に堪らなくなった。
 だけど、ここで今までの時間を、台無しにしてしまうわけにもいかない。あと半年と、この三年、日々数え続け、慣れた親しんだ呪文を心に呟く。

「とっても似合っているよ。本当に。
 だからどうか、もっと見せて。こっちを向いてくれないか」
「……っほんまに、おかしくない?」
「おかしいなんて……そんなこと、どうして思うの? こんなに良いのに?」
「だって鮮やかすぎるしっ。軽やかな色は、私らしくない……似合わへん」
「似合ってるってば」

 そこはルーシーの審美眼に大絶賛だよ俺は。

 長椅子に運んで下すと、ホッとしたように腕を離す。
 けれど、そのまま両腕の間に閉じ込めるように、サヤの両側から背もたれを掴んだ。
 また見つめる俺に、もー! と、抗議の声を上げるものだから……。

「……他に見せるのがもったいないくらい可愛くて、ここに閉じ込めておきたいくらいに思ってる」

 そう言ったらサヤは、「妄言がすぎる!」と、悲鳴を上げて、その唇を我慢の限界を超えた俺に、塞がれてしまった。
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