異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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探れない過去 6

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 半時間ほど、サヤと部屋で言葉を交わして過ごし、たった一人で、抱え込んでいなくて済むことの幸福や、理解して欲しいと思う相手がいることの、有難さ。そんなものを噛み締めているうちに、気持ちも落ち着いた。

「……マルを呼んでもらえるかな。
 とりあえず二人で話したいと思う……」

 寝台から這い出した俺がそう言うと、サヤはにこりと笑って手を伸ばし、俺の頬に触れ、指先でくすぐるように撫でた。
 子供のような扱いが若干傷付いたけれど、寝台の中に逃げ込むような大人だからなと、自分でも情けないことに、納得できてしまう……。

「……呆れた?」
「何が?」
「…………我ながら、子供みたいだったと、思って……」

 素直に白状したら、瞳を細めてサヤは、俺に微笑み言った。

「笑って誤魔化されていた時よりは、ずっとマシやって、マルさん言うてはった。
 レイが、自分の考えを持って、それを譲らんと人とぶつかるって、学舎にいた頃にだってなかなか見いひんことやったって。
 ……それは喜べるんですけどねええぇぇって」

 マルの間延びした口調を真似して言うサヤ。

「アレクさんじゃなきゃ、少々の無茶くらい、融通きかせようと思えるんですが……って。
 それくらいマルさんには、難しいと思う相手やいうこと……なんやね」

 そうなのだろう。よりによって神殿関係者で、よりによってジェスル絡みかもしれないのだ。
 俺たちが最も警戒している対象に、ピタリと沿う立場を持つ可能性が高い、アレク。
 当初は俺も警戒した。アレクははじめ、サヤの黒髪や、オブシズの瞳に強く興味を示したように見えたから。

 だけど、アレクがサヤに特別強い関心を示したのは、初めの時だけ……。
 やはり、自身が特殊な白い髪を持っているから、サヤやオブシズの特徴が、気になっただけなのかもな。

 出会い方だって、偶然だった。
 俺たちがあの日に行動しなければ、アレクとの接点は未だになかったろうと思う。
 だから、あの時たまたまプローホルにいたアレクが、カタリーナの環境や状況を利用して、俺たちに何かを仕掛けてくるなんてことは流石に無いと思うのだ。

 すぐ呼んでくると、サヤが部屋を退室し……俺は実務机に移動した。
 そしてもう一度、マルがアレクを強く警戒する理由について、考えてみる……。

 マルは、確証のないことを言葉にすることを好まない。
 特に数字のはっきりしない事柄に関してが顕著なのだけど……そういう意味で言えば、あくまで疑わしいというだけのアレクをあそこまで警戒するのは、マルなりの根拠があるからなのだろう。

 ……俺には言ってないけれど、何かしらの情報を得ているのか……?

 言ってないのか、言えないのか、言わないのか……。
 分からないけれど、まずはお互い、踏み込める部分までは、歩み寄るべきなのかもしれない。

 とは言っても……言える部分なんて、俺のことだけなんだよなぁ……。
 兄上のことを後悔している……。
 知っていれば……。
 理解しようとしていれば……。
 あの人と、もっと違っていたかもしれない。死なせず済んだかもしれない。
 だけどこれも、言えばマルを責めることになりはしないか、俺のためにと動いてくれた彼らへの、裏切りではないかと思えてしまう。

 だけど……俺のことなら、なんとでもなる。
 話せて、伝えられることならば、分かってもらえるまで言葉を尽くせば良いのなら……。

 そう、心を定めた時、呼ばれたマルがやって来た。

「さっきは悪かった」

 一番言いにくいことは、まず終わらせる!
 深く頭を下げて謝罪をした。

「……いえ、僕もまぁ、一方的にすぎましたかね……」

 若干気まずいながら、そんな返事が頭上に返り……。

 言えてなかったことを言葉にする努力をした。
 アレクが兄上に似ているなんて言えば角が立つから、気になるのに知らないふり、気付かないふりをして誤魔化すことは、もうしたくないのだと。せっかく神殿と良い形で接点を持てたのだから、これをこのまま維持し、改革に繋げていきたいのだと。

「アレクが少々問題のある人物だということは理解してるよ……。
 ずっと心を開いてくれないことも気付いているし、俺がそこまで踏み込ませてもらえていないことも承知してる。
 それでも……神殿の全てと敵対するのは、合理的じゃない。
 どんな場所にだって、理解者を得られるならば、得るべきだろ。
 それが例えばジェスルであったとしても……俺はそうすべきだと思う」

 それが責任者というものの役割だと思うし、世間の常識をひっくり返そうなんて思ってるならば、通る道だと思う。

「セイバーンに起こったことは無かったことにはできないけれど、あれでこれから先にある全ての可能性を、切り捨ててはいけない。
 それにさ……俺は何も知らなかったから……知っていれば、もっと違ったかもしれない。他を選べたかもしれない。犠牲者を出すなんてことには、ならなかったかもしれない。
 だから、目を背けておくのじゃなく、知った上で、判断したいんだ」

 俺たちが目指すもの、手に入れたいものは、世間を敵に回しかねないくらい、際どいものだ。
 だからどこにだって味方は作っておくべきだと思うし、その努力をし続けるべきだと思う。

「敢えてアレクじゃなくて良いのにって……そう思ってるかもしれないけどさ。
 俺はあの人だから、知りたいんだよ。関わりたい、理解したいんだ」

 とりあえず俺の考えをぶちまけた。
 マルはやっぱり納得はできないって顔ではあった。
 だけど、俺がただ信じたくてそれに猛進しているのじゃなく、ちゃんと考えた上で関わろうとしていることは、理解してくれたよう。

「知るべきだと言うなら……僕も話します。
 あくまで憶測の段階なので、あまり口にはしたくなかったんですけど……。
 アレクセイ殿は、司祭となるまで表舞台に出てこなかったって言いましたよね?
 それは、あの人が神殿の裏に関わっている可能性があるってことだと、僕は考えてるんです」

 正直本当、口にしたくないんだよなぁ……と、そんな顔。マルは嫌そうに鼻にシワを寄せている。

 つまり…………ヤバい内容なんだな。

「神殿内において、出世は力そのもの。座席数が限られていますからね。
 そんな中でアレクセイ殿は、若くして司教となった。これは、生まれの地位がある程度高く、神殿内で出世にあたいする功績を上げており、更に上位権力者からの推薦を多数得ていなければ、起こりません。
 こうなってくると、あの人の前歴は、結構絞れてくるんです。それだけの貢献を積み重ねており、それが功績として晒せない。つまり、公にはできない貢献であった可能性が高い。公にはならない職務として代表的なもの、出世の足がかりになりそうなものといえば、芸妓官・執行官……」
「どちらも聞いたことない職務だ……」
「ええ。表向きには存在してない、便宜上の役職名です」

 芸妓官・執行官という名の職務は、神殿内に存在しない。
 神職者の中から、特殊な職務を秘密裏に担当している人物を指してそう表すのだという。

「執行官は、処分対象への処罰を行う官です。まぁ……内々で始末をつけなきゃならない事や者というのは、どんな組織にも生まれますからねぇ。
 公にはしてない始末人、いないと考える方がおかしいでしょう?
 で、芸妓官。芸妓官は本来、わざおぎ自身を指した言葉でした」
「……ワザオギ?」

 ワザオギ……聞いたことがない言葉だ。
 意味が分からなくて、マルに確認したところ、古くは歌い舞って、神や人をやわらげ楽しませる役割の者を指す言葉であったという。
 当初は神職者の全てがこれであったそうなのだが、そのうち歌や舞に特化した者の役職名へと変化していった。

「まぁこの歌や舞っていうのがね……要は隠語です。
 ぶっちゃけますと性交ですね」

 思いがけない言葉。
 だけど神職者ってそれ、禁止されてるはずではないのか?

「神に仕える彼らは神に身を捧げていますから婚姻などしませんし、当然それに関する行いは戒められています。
 そもそも、俗な欲望からは解脱していることになってますから。
 でも……ねぇ?」

 性欲なんてそうそう制御できやしませんからねぇ。と、マルは肩を竦めてみせた。
 だから神殿の中には、それを担当する官職者がいるはずなのだという。
 娼館等に潜んで行っている者も当然いるだろうけれど、外で処理できない場合や立場もあるからと。

「倡とはよく言ったものですよ……。
 神に捧げる舞踊だから良い……寧ろ大いに行うべき神聖なる奉仕活動である。ということなんですからねぇ」

 皮肉げにそう言ったマル。アレクのあれ・・を知っている俺は……。

 倡……それだ。そう思った。
 だけどそれをマルに言うのは憚られた。

 アレクは、生きるためになんでもしてきたと言っていた。
 倡となったことが、アレクの生きる唯一の道だったのだと思う。
 そして、一度そうやって生きてきたとしたら、そこを脱するのは不可能に近い。
 周りも彼が、そうあり続けることを望むだろうからだ……。
 大司教のあの瞳……あれが彼を、過去に縛っている……。
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