異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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最後の夏 1

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 麦の刈り入れが間近に迫った。
 本日雨が降ったため、最低二日は間を空け、麦と土を乾燥させなければならない。

「伸びちゃったか……」
「まぁ天候ばかりはどうにもなりませんから……」

 ヘイスベルトが言い、また日程調整しないと……と、ぼやく。

マルさんあのひとほんと……どこをほっつき歩いてるんでしょう。
 こういうのマルさん大得意なのに……」
「まぁマルは元からああだけどな」

 学舎にいた頃からそうだったと言うギルに、こくりと頷くハイン。

「前からですか……」
「これに輪をかけて、更に厄介だったんだぞ。食事抜きすぎてぶっ倒れるとか死にかけるとか……。あと、自分の成績管理は全くしなかった」
「興味無いことはしませんでしたからね。
 今はすごぶる、性能が上がっています」
「……高望みしちゃ駄目ですね……」

 今より大変だったのか……と、納得したよう。

「ルフスと話し合って調整します」
「ありがとうなヘイスベルト。お前がいなかったらと思うと恐ろしい……」
「いやいや、まだマルさんの足元にも及びませんから」

 やるとなったら凄まじい仕事量を一気なこなしてしまうマル。ここの仕事だけでなく、メバックの商業会館の仕事も含めてやているのだから、尋常ではない……。けれど、俺としては一定量の仕事を確実にこなしてくれるヘイスベルトの存在は至宝だと思っている。

「では本日は、孤児院移転についての報告と、孤児の身の振り方についての会議を昼からに繰り上げます」
「分かった」
「こちらで先に連絡を入れておきますね」
「頼む」

 ヘイスベルトは今、やる気に満ちている。
 姉上殿婚約の打診……それが通ったためだ。

 婚期を逃したとされる年齢のクレフィリア殿にとっては、破格の結納金を用意した。
 更に、婚約の祝いとして、女中長の任を解かれる際の褒賞金も、今までの貢献に対してとし、結構な額だったと聞く。
 それでもって、オブシズとの婚約が成立したのだが。
 婚姻を急ぎたいとするハマーフェルド男爵家の意向があり、オブシズは、俺より先に、急遽婚姻が決まった。

 式は内々で小さく纏める手筈。
 理由はクレフィリア殿の年齢を考慮してとされているが……儀式に掛ける資金を出し渋ったのだろうことは、察することができた。
 婚姻を急いだのも、こちらの心変わりを懸念してのことだろう。
 まぁこちらも、目前にチラつかせた大金を、なんとしても手に入れたいと思考が働くよう、仕向けたからな。

 その結果、クレフィリア殿は、雨季の最中に嫁いでくることとなっている。
 七の月にオブシズが半月ほどの休暇を取り、彼女を領地まで迎えに行く予定だ。

「あちらからの書簡では、こちらでの祝いの席は必要無いとのことでしたけど……用意しますよね。
 雨季の最中ですから、儀式は難しいでしょうけど……せめて」

 料理は頑張りますと言うサヤとユミル。
 せっかくの婚姻が儀式無しだなんてあんまりだと憤慨し、こっちで勝手に祝ってやろうと考えたよう。
 そして、同じように考えた者は他にもいたようで……。

「館から新居まででしたら、簡易の屋根くらいすぐ設置しますよ」

 と、ウーヴェが請負い。

「衣装は任せろ。余りそうな婚礼衣装が一式あるから、手直しすりゃすぐだ」

 ギルが胸を叩いて。

「宝飾品も試作が色々あるのよね」

 ヨルグが楽しみだわと微笑んで……。

 協力の声が相次いだ結果、季節外れの婚儀を執り行うことが決定し、日常は更に忙しくなった。
 俺たちの婚姻も近いし、使い回せるものが多かったことも幸いだった。

「目出度いよなぁ! 婚礼がふたつも続くなんて」
「良い知らせが多いな今年は。素晴らしいじゃないか!」
「拠点村が国のお墨付きを貰ったんだって!」
「もう拠点村じゃねぇって……アヴァロンだよ、アヴァロン!」

 堀で囲まれた村は更に拡張が決まり、シュヴァル馬事商の馬場方面に広がることとなった。
 離宮の安全面を考えると、やはり堀の内側が良いだろうとなり、貴族街の一角に離宮を建設し、その分貴族街と、それを囲むように村が拡張され、都市となるのだ。
 位置を変えない西の村門には、早々アヴァロンと刻まれた看板が掲げられている。

 で、国の機関となる以上、予算が付く。研究の規模はより大きくなることとなった。
 村に住みたいと言う職人も確実に増えるし、幼年院も手狭になるかもしれない。考えなければいけないことが山積みだが、とても充実はしていた。

「それで、孤児院を移設しようと思ってる……。
 国から予算が付くようになるし、もう少し大きくできるのと、幼年院拡張を兼ねてね。
 前の校舎は学習舎と研修舎に。この建物を保育舎として使う。それで孤児院は、ここの北側に……堀を挟むが敷地を広げて、新校舎を建設するつもりだ。
 とはいえ、また建設に時間が掛かるから、移るのは再来年くらいかな……」

 ひと通りの説明を終え、質問は無い? と、聞くと、カタリーナを筆頭とする職員らは、言葉を交わし意見を募る。
 職員は増やすのですか? 当然増やすよ。水路の橋は複数欲しいです。設置しよう。今度も畑が欲しいです。できれば家畜も飼いたいのですが。よし、やってみよう。孤児と幼年院に通う子らの摩擦ができないか心配です。と、そんな風に意見が続く中……。

「あの……孤児を引き取りたいと、そう申す声が、いくつか上がるようになりました……」
「うん。報告は受けている。詳しいことを聞かせて欲しい」

 孤児は、十五になると独り立ちしなければならない。
 そのため文字書き計算を覚え、職を得るため職業訓練を受けるのだが、当然意欲がある子が多い。
 親の助けが無いのだから、己の生き方を常に考えなければならないのだ。意識の差というのはどうしても出てくるのだが……その様子を見た職人らのうちから、彼らを雇いたい……更には、養子に欲しいと希望する声が出てきているという。

「私の懸念は……その養子希望が、手軽な労働力とみなされていないかということです」

 職員の一人が言うには、読み書きができる人材が欲しいと言う理由で、彼らを雇いたいと言う職人は多いのだそう。
 だが養子となると……事情は違ってくる。

「成人した子を養子としたい……というのは、育てる気は無いけれど、手頃な労働力を得たい。とも受け取れます……。
 実際、明らかにその目的だと思える打診もあり……」
「だが、将来的に後継となれるなら、価値は充分ではないかな?」
「ですけど! 口約束では、子供らの将来が心配です。他のお弟子を持つ方も多いのに、それを差し置いてなんて……」

 後継を狙っていた弟子がいた場合、誰にとっても不幸な結果になりかねない。

「そうだな。それは歓迎できない。
 だが養子となる道を閉ざすことはしたくない……悪い話ばかりではないのだし……。
 なにより、子供らの未来の可能性は、極力広げておいてやりたい」

 その辺りの手続きや整備を進めることを約束し、求めるとしたらどのような形が望ましいかの意見も聞いた。それを書き取り、また後日改めて続きをということで、今回の会議は締め括られた。
 席を立つ職員ら。それを見送ってから、カタリーナに……。

「ルドルフは、どんな様子?」

 アギーでアレクに託された、あの孤児について確認した。
 カタリーナによると、彼は未だに頑なで、他の孤児らに馴染めていないそう。

「ルドルフは、まるで馴染む気が無いように見受けられます……」
「カタリーナは、神殿で彼に会ったことはないのだよな?」
「私があそこを離れてからの子だと思われます。あそこは……孤児の入れ替わりの激しい場所でしたから……」

 そう言い顔を伏せたカタリーナ。
 孤児の入れ替わりが激しいとは即ち……来世に旅立つ者が多い。という意味。それは、彼女の表情で察せられた。
 なんとしても、ジーナを孤児にはできないと足掻いていたカタリーナだ。それは当然、孤児らの扱いを目にしてきたからこその決意だったはず。

「一人でも知り合いがいれば違うんだろうけどなぁ……」

 ここの孤児の殆どは、アギーからの流民。だから、路上生活の長かったという彼と顔見知りの者が、一人くらいいても良さそうなものなのだが……。
 生憎、面識のある者はいなかった。今年入った孤児らにもだ。

「食事はちゃんと取っているよね?」
「はい」
「まぁ、時間が掛かるのは仕方がない。会って話がしたいけど……この前みたいになるよなぁ……」

 前回、言葉を交わそうと呼び出したら、恐怖のあまり大暴れされてしまった。
 だから脅かさないようにと俺自ら出向くと、他の子らに集られている間に、ルドルフは逃げ去ってしまうのだ。
 ルドルフは、俺の視界に入ろうとしない。
 極力身を隠そうとするし、馴れ合わない……孤児らに対してもそうだ。子供らの中には彼と仲良くなろうと、話しかけたりする者も多くいたのだが、暴力を振るわれて追い払われたりと、成果は芳しくなかった。

「あいつ怖い……こっちの言うこと、何も聞いてくれないんだ」
「ちょっと肩に当たっただけなのに、殴り返してきたんだよ」

 子供らからも、そのような報告を受けている。
 気の小さいハヴェルなど、年上なのにも関わらず、ルドルフを恐れてしまっている始末だ。

「……そうだ。ハヴェルのことも気になってるんだ。
 どうかな彼。職務体験にあまり乗り気じゃないようだけど……」
「いえ、乗り気でないというより……職人方が怖いようで……。
 大きな大人ががなり立てるような仕事は特に嫌がります」
「……やっぱり大人に囲まれるのは怖いのかな……無理もないけど……」

 元々、トゥーレと同じ窃盗団に属していたハヴェルは、サヤ誘拐未遂のあの事件からずっと、更に自信を無くして滅入りがちだ。
 ギリギリで踏ん張ったトゥーレと違い、流され、従ってしまったという負い目もあるのだろう。
 けれど、窃盗団の中では最年少であった彼にあの当時、何ができたというのか……。
 目をつけられてしまったのは、運が悪かっただけだ。従わなければ、最悪命を落としていた。それは我々も分かっているから、気にするなと言うのだけど……。彼にはそれすら、責められていると感じるよう。

「……新しい仕事があるんだけど、どうだろうな」
「新しい……ですか?」
「うん。シュヴァル馬事商でね、新しく馬事師を育てることになったんだよ。
 馬の生産量を増やして、買い付けを減らす方針に定まったから、人手がいるんだ。
 体力的にはキツい仕事だと思うけど……大半が馬を相手にする。ハヴェルにとっては楽かもしれない」

 動物は可愛い。そして繊細で、敏感な生き物だ。
 ハヴェルは気が小さいけれど、本来はそれ以上に優しい子なのだ……。それを馬たちが、分かってくれるのじゃないかと、そう思った。

「あ。ジーナも動物が好きだったろう? 性別は問わない……というか、女性ならではの職種もあるんだよ。
 もし興味があるなら、試してみても良いかもしれない」

 幼年院入学当初から字が書けてしまったジーナは、算術問題も難なくこなしてしまい、まだ十歳と幼かったが、習うことがひと段落してしまった。
 やはりあの事件以降、少々物怖じするようになってしまったけれど、だいぶん元気は取り戻している。
 彼女は元々動物が好きだったし、狼たちが警護に付く冬を心待ちにしているほどだ。

「来年の春には、仔馬がたくさん生まれる。今年も四頭生まれてるんだ。
 とりあえず雨季は見学だけだけど、雨季明けから始まるから、他にも興味ある子がいたら勧めておいてもらえるかな。
 資料はこれ。質問等あれば、直接問い合わせても良いし、俺たちに回してくれても良い」
「畏まりました。いつもありがとうございます」
「なんの。皆、俺の子だもの」

 そう言うと、ふんわりと微笑みを浮かべるカタリーナ。
 けれど、すぐに表情を改め「ところで……アルドナン様のご容態は?」と、言葉が続いた。
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