異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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最後の春 10

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 微妙だった雰囲気も、婚礼衣装のごちゃごちゃで綺麗さっぱり払拭された。
 何事もなかったかのように、サヤの姿がある日常が戻り……、そして予想していた通り、翌々日には王都からの研修官らが到着し、色々を話す時間も無いまま、日常はまた慌ただしくなった。
 ……いや、良かったよ? 良かったけども……。

「名前……」

 拠点村の名付けに難航していた……。
 いや、もう三年以上拠点村でやってきたから、急に名をつけろと言われても出てこない。
 今までの名付け関連は、適当に意見が出たやつから採用していたのだけど、今回は王命だ。領主としての職務です! と、適当は却下されてしまった。
 だけど出す案が尽く了承を得られないのである……。

「あああぁぁぁぁもう思い付かないんだって!」
「よその都市名もじるのから離れてくださいよ! 却下するに決まってるでしょう⁉︎」
「もういっそのこと……拠点かブンカケンでいいんじゃないか⁉︎」

 そう言ったらハインにまでダメ出しされる始末……。

「巫山戯ているのですか?」

 巫山戯てませんけど⁉︎

「思考放棄は駄目です! そうやってセイバーン村も、名をセイバーンにしちゃったからややこしくなったんでしょう⁉︎」
「……そういう理由の名付けだったの? あれ……」

 ハインには冷たくあしらわれ、ルフスに怒られ、意外なセイバーン村の名付け理由を知ってしまった……。
 俺たちの家系って名付けはあまり得意じゃないのかな……。
 そうしてまたああでもない、こうでもないと続けていたのだけど……執務室にちゃっかりお茶をもらいに来ていたギルが、そういえば……と、口を挟む。

「……ふと思ったんだが、お前ハインの名はどうやって付けたんだ?」

 ……一瞬ギルって付けようとして、ややこしいかなと思い直したのは内緒だ。

「あのとき読んでた本の登場人物」
「良かったな。目についた家具とか文房具から名前決まらなくて」

 と、ハインの肩をポンと叩くギル。
 失敬な。流石に家具や文房具の名前はつけない。

 そして、職務はなにも名付けだけではない。
 他にも色々……例えば、都市となるにあたっての手続き等が目白押しなのだが……。

「マルさああぁぁぁん」
「なんでこんな時に篭っちゃうんでしょう⁉︎」
「そこはもう習性だから諦めが肝心だぞ」

 嘆くエヴェラルドとヘイスベルトを、さらっと流すギル。
 貴族相手に雑な言葉遣いをするギルに、それを当然と受け入れている貴族側。その様子は、研修官らには馴染み深い風景だったよう。

「この空気感!」
「良かったあああぁぁ、俺たち今期卒業で良かったああぁぁ」
「生き返ります……」
「これでやっと胃痛から解放される……」

 想定していた中の際短で拠点村にやって来た彼らは、仕官一年の者らに急かされ、早々と到着することになったそうだ。
 さっさと王宮を離れたかったらしい。

「いやほんとね……あの空気、本っ当に駄目だったんです……」
「なまじ学舎で許されていた分、違和感が凄くて……」
「俺たちも仕官するって決まった時、親に泣かれても辞退すべきかって真面目に悩んだんですよ」
「なー……。先に仕官してた先輩にも、覚悟の三倍覚悟しろって言われたし」

 そんな風に話す研修官たち。
 そこに、やんわりと口を挟んだのはクロードだ。

「まだ試験段階ですからね。貴方たちの働き如何で、この派遣制度も見直されかねません。
 ですから、期待に見合う働きをし、結果を示さなければいけませんよ」
「! そ、そうでした!」
「頑張りますっ。後輩たちのためにも!」

 そんなこんなで交流を深めつつ、拠点村の名付けだが……最後には、サヤに泣き付いた。
 サヤだって男爵夫人になるんだから良いじゃないか! と、ゴリ押ししたよね。

「えっと……私も地元の物語とかからになっちゃいますけど……」
「なんだっていい! ルフスが納得してくれるやつなら!」
「うーん……ユグドラシル……は、木の名前だし……ユートピアやパラダイス……は流石にちょっとだし……エルドラド……は、黄金郷だとしっくりこないし…………。
 …………あっ、アヴァロンはどうでしょう?
 研究都市アヴァロン……なんて、語呂も良いのじゃないかなって」

 雷が落ちたと思ったね。

「……研究都市……」
「研究都市、アヴァロン……研究都市⁉︎」
「なんですかそれかっこいい!」
「研究都市アヴァロン!」

 アヴァロンは、アーサー王の伝説という物語に登場するんですが、地上の楽園とされておりまして、深傷を負ったアーサー王が、傷を癒すために訪れた島とされています……。なんて説明してくれたわけだが、それよりも研究都市という響きに燃え上がる男性陣。

「堀に囲まれてますから水に浮いてるみたいだし……確かに島みたいです!」
「地上の楽園っていうのが最高じゃないですか! ほんと楽園かってくらい先進的だし!」
「夢みたいな品を山と生み出す都市だしな」
「ものは言いようですね……」

 アーシュすらまんざらでもない顔をするってことは良いんじゃないか⁉︎

「研究都市アヴァロン…………良いと思いますっ」

 やっとルフスの納得をもぎ取った!

黄金郷エルドラドも良さそうだけどなー。秘匿権きんのたまごザクザクあるから」

 最後にサラッと問題発言をしたテイク。みんなが一致団結してる時に余計なことをっ。

「そんな名前にしたら、野盗や山賊が押し寄せて来そうだから却下です!」
「黄金郷より研究都市の方が断然かっこいいですよ!」

 そんな盛り上がりを見せる男性陣を、女性陣が生暖かい目で見ている。

「……なにがそんなに楽しいのか……?」
「さぁ……拘る部分がよくわからないですよね」
「男の人って、だいたい子どもっぽいこと好きですから!」
「仕事が進むなら、なんだって良いのじゃないかしら」

 そんな和気藹々とした雰囲気の中、実はマルは……ここを離れていた。
 ……まぁつまり……マルの巣篭もりは、勿論サヤの件のためだった……。

 あの日、サヤの身繕いを済ませてから、既に巣篭もりしていたマルを引っ張り出して、今回発見した可能性についての話をしたのだけど……。
 初めは恨み言タラタラだったマルは、目に見えて表情を変えていき……最後に「まだ皆には話すべきではないです」と、言ったのだ。

「調べさせてください。
 サヤくんのような異界の民が、過去にも存在した……それを前提とするならば、色々見え方が違ってきます。
 状況を見極めて隙を窺いつつになるので、時間は掛かると思いますけれど……僕の誇りにかけて、必ず調べ上げてみせます」

 五百年前に、伝説となっている馬事師と、王家の政策。
 その両方に絡み、神殿とも繋がりを持つ人物が、異界の民である可能性が高い。そこを探れば、今までに見えていなかったことが見えてくるかもしれない……。
 調べるべき年代を絞り込めたのが大きいとマル。
 二千年も前となると手の出しようがないが、五百年前であるならば、まだやりようがあるとのこと。

「神殿が異界の民を狙っているとすれば、その理由は何か……大変興味深いですよ……」

 そう言った時のマルは、何か重い……あまり見せたことのない、暗い表情をしていた。
 それが少々気に掛かったけれど、必ず見つけ出すと言ったマルの言葉を、信じるしかないと思った。
 だから敢えて追求せず、宜しく頼むと声を掛けたのだけど……。
 そこでマルは、ふと真顔になり、俺に言ったのだ。

「……僕を疑わないんですね」
「……マルとの付き合いも長いからね」

 もうお互い、腹を割ったはずだと返すと、どことなくくすぐったそうにくすりと笑う。

「貴方は本当、甘いですねぇ……。知りませんよ、寝首をかかれても……」
「俺は自分の経験と感覚を信じるしか、できないから」

 何においても人並み以上にはなれない俺が、唯一持っているものだ。
 それに、危険からはサヤが守ってくれるし……と、付け足すと、腕の中の愛しい人は、頬を染めつつも、こくりと頷いてくれた。
 その様子を見ていたマルも「期待には応えませんとねぇ、お二人の邪魔者を減らす意味でも」と、茶化してくる。

「暫くここを離れます。吠狼も使いますから、手薄になりますよ……」
「仕方がない。ここは最低限で構わない。どうか頼む」
「畏まりました。極力急ぎますけどね」
「焦って急ぐより、身を守ること、確実に得ることを優先してくれ」

 サヤのこと、皆には、婚姻の件でちょっと色々考えてしまって……と、適当に言い訳しておこうということで、サヤを先に、部屋から出したのだけど……。

 サヤが離れるだけの充分な時間を取ってから、マルはこう、付け足した。

「神殿を相手にするというのは相当なことです。
 いくら形骸化してきているとはいえ、人の意識は神へのこだわりを捨てられない。
 何せ日々の生活に染み付いていますからね」
「染み付いている……」
「えぇ。来世のために今を慎み、より良い人生を得ようと善行を積む。許される対象だからこそ痛め付ける。
 我々の生活は神の教えに準じています。そんな相手と真っ向からぶつかるのは、現時点では、得策でない」
「現時点で?」
「えぇ。現時点です」

 陛下が力を付け、神殿の力を削いでからならあるいは……と、僕は考えています。と、マルの言葉は続いた。

「とはいえ、相手の狙いがまだ不明です。
 サヤくんの安全を考えるならば、今はとにかく、時間を稼ぎ、情報を得るしかない。
 今後をどうするかはそれからですね。
 ……貴方も、焦らないことです。
 神殿の急所を僕が見つけ出すのが先か、神殿が手を出してくるのが先か、そこは賭けですが……」
「……今は力をつけていくしかない……だな」
「ですね。とにかく国での発言力を上げていきましょう。権力は程々で」
「そうだな」

 そのやりとりが最後。
 マルは姿を晦ました。
 今は巣篭もりしていることになっているけれど、そのうちいないこともバレるだろう。
 だけどまぁ、時間稼ぎを兼ねて、そのままにした。

 そして……。

 雨季が目前に差し迫っても、マルは戻らなかった……。
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