異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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終幕 5

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 その一日は、ごくありふれた、いつもの様子で始まった。
 皆で朝食を食べ、本日の予定を確認してから、各々の職務に取り掛かる。

「エルランドたち、直ぐ次の便に出発するって?
 西の街道が出来たのだから、そんなに急がなくても大丈夫なんだろう?」
「は。そうなのですが、今年は雪が早そうだということで、道が良いうちに全て運び切ってしまいたいそうで」
「……雪?」
「ロジェ村で今年は早いぞと言われたそうなんですよ」

 ヘイスベルトがそう言うと、あぁ。と、返事を返したのはオブシズ。

「山間だし、季節が早く巡ってくるんだよな、あの辺りは」

 傭兵として、旅生活を長く送っていた彼は、色々な地を巡っているので地理に明るい。
 フェルドナレンの中では南に位置するセイバーン領であったけれど、山裾の森にひっそりと隠れたロジェ村は、このアヴァロンよりは高地にある。

「そういえば、前も先に雪が積もってるって言っていたな……」

 あちらはもう初雪が降ったのかな……。
 まずいな、ここより北に位置するホライエン領は、もう雪が積もり出しているかもしれない。戻れなくてセイバーンで越冬とか、言い出さないでほしいのだが……。

 マルたちもまだ帰らないようだし、心配だ……。

「……こちらの冬支度も、早めに確認を済ませておくか」

 干し野菜以外の、薪や家畜量の確認を繰り上げることにした。
 パタパタと忙しなく行き来しだす皆と共に、俺も本日の予定をこなすため席に着いたのだが……。

 然程経たぬうちに駆け込んできた一人の人物によって、中断を余儀なくされた。

「主!」

 アイルの声が大きくなることなど滅多に無い。
 そのうえ、常日頃から感情が荒れないように制御しているアイルが、慌てて部屋に飛び込んでくる姿は初めてだった。
 メバックは外壁に囲まれた街で、この時間だとまだ門が開いて然程経っていない頃合いだ。常識的な動き方では、来ることができる時間ではない……。
 その様子で、何かが起きたのだということは一目瞭然……。

「ハイン、部屋を!」

 ここには吠狼の事情を知らない者も多くなった。
 だから急いで部屋を移動、報告を聞こうとしたのだけど、部屋を移した途端、アイルは即座に俺の肩を掴み「切り捨てろ」と、言った。

「何を見ても、何を言われても、預かり知らぬことだと切り捨てろ。
 明らかにこれは策謀だ。もしかしたら、北の方で何か不測の事態が起きた可能性もある」

 ただならぬ様子と、切り捨てろ……というその表現……。

「……何があった?」

 そう問い掛けたけれど、アイルは厳しい表情で黙すだけ……。

「アイル、それでは分からない。何があった?」
「とにかく、言う通りにしてくれ。
 ここの皆と、主の先を考えてほしい。あんたはこんなことで躓くべきじゃないんだ」
「アイル!」

 追い縋ったけれど、俺の腕をするりと抜けて、アイルはそのまま窓から外へ。

「時間が無いので俺は行く」
「アイル⁉︎」

 追おうとしたけれど、そこで激しく扉が叩かれ、焦ったヘイスベルトの声。

「レイシール様、大司教様とホライエン公爵様が、入都許可を求めてきております!」

 こんな時に間の悪い……っ。

「許可は出せば良い!」

 それ自体はここ最近、連日続いていることだ。あちらの地位もあり、断ることなどできないのだから通せば良い。
 そんなことより、アイルに真意を問いたださねば、この先に対処もへったくれもないっ。

 窓枠に手を掛け追おうとした。
 けれど俺がアイルに追いつけるはずもない……。
 ここは笛で呼び戻す? いやしかし、戻ってくれない可能性も……と、そんな風に思考を彷徨わせたところへ続いたのは、驚愕の内容だった。

「それがっ、神殿騎士団を引き連れているのです!
 言伝られた言葉をそのままお伝え致します。
 騎士団の入都許可を出し、陛下への取り次ぎを求む。受け入れぬ場合は反逆と見做し、陛下をお助けするため進軍致す!」

 ……は?

「神殿騎士団は二百名以上、ジーク殿と他三名も捕縛されているとのこと。
 只今クロード様が門へ向かわれておりますが、あちらの状況を見るに、話し合いに応じてもらえる見込みは薄いとのこと。
 どうかご指示を!」

 これか……っ、アイルが言っていたものは……。

 待った無しで、ギリギリの忠告だったのだと理解した。
 急いで部屋を出ると、切羽詰まった表情のヘイスベルトが、血の気の引いてしまった青白い顔で、縋るような視線を向けてくる。

「サヤとハインは」
「準備を進めております」
「サヤは残り、オブシズと共に陛下へのご報告。メイフェイアは騎士らに念のため武装指示。
 ハインとシザーは俺と共に来い、門へ向かう!」

 そう言うと、即座にヘイスベルトは「私も行きます!」と、声を荒げた。

「アヴァロンは王家直轄の研究都市。そこに攻め入るなどと考える輩です、そんな少人数で向かわないでください!
 エヴェラルド殿、こちらの処理をお願いします。騎士の準備が出来次第門前に待機、孤児院前の警備に一小隊配置を忘れず。アーシュは……」
「共に出ます」

 研修官らにはエヴェラルドの補佐を頼み、急足で外へ向かった。
 道中住人らもどこかザワついており、この状況は筒抜けなのだと知ることになる……。
 武装した集団が押し掛けていればそうなるか……どうもあちらは、俺に武力行使できる確固たる権利を有していると、勘違いしているようだから。

 それにしても、ホライエン領の騎士団でなく、神殿騎士団であると言うことが気に掛かる。
 あれはもうほとんど形骸化した集団であるはずだ……。なにせ、悪魔との死闘を繰り広げた存在……神の鉄槌を下す者たちなのだ。

 門前に着くと、少数の文官を連れたのみのクロードが大司教様とホライエン伯爵様を前に立ちはだかっており、通せ通さぬの押し問答を繰り広げていた。
 職人らもその状況を遠巻きに見守っている。
 注目を集めてしまっている現状は宜しくなかったけれど、住人らの視線の向かう先に、縛られたジークを見つけて納得。
 この街の騎士……しかも長であるジークを拘束し、それをあからさまに晒している相手のやりように義憤を抱いての視線か……。

「クロード」

 呼びかけると振り返り、ホッとしたような……けれど疑念を捨てきれない迷いのある視線……。
 なんだ……?
 そう思ったものの、まずは状況把握が先かと思い直した。

「待たせてすまなかった。
 ホライエン伯爵様……ご来訪の目的を、今一度伺おう」

 そう言い進み出ると、抜け抜けと! ほざけ小童! という、想像だにしていなかったヤジが飛んで来る。
 門の外、水堀に掛かる橋の向こう側に並ぶ神殿騎士団の者たちからだった。
 ……本当に戦を仕掛けてくる気のようだ……。神殿騎士団の面々は総じて若く、血気盛んな様子が窺え、この状況に興奮しているのが伝わってくる……。
 まずセイバーン寮内に神殿騎士団が立ち入っていたこと。
 その情報がこちらには入っていなかったこと……。
 その辺りを考えると、これが明らかに準備され、入念に隠されていたことだと窺える。
 それと同時に、こちらの目を掻い潜るだけの相手であるということが……。

 やはり、吠狼のことが知られているのだ……。
 俺に今、鷹の目がないことを理解した相手……。

 問題は、その判断をし、行動したのがこのお二人ではなさそうだということ。
 このお二人にそういった演技は無理だ……。内面を隠すことには全く長けていないし、性質的にも向いていない……。
 だから、これを動かす別の誰かが必ずいる。この隊列の中か、もしくは更に外……?

 恐ろしさに身が震える思いだったけれど、ここで気弱な様子を見せてはいけない……。
 この挑発に乗るなんて愚策だし、アヴァロンを戦火に巻き込むなどあってはならない。

「……陛下への取り次ぎは連日許可していたと思う。
 今まで通り礼節を遵守して頂ければ、そこを違えるつもりは無いというのに、この有様はどういうことだろう」

 冷静に見えるよう……そしてこちらは挑発に乗る気はないのだと示せるよう、俺は務めて平坦な声で、表情も動かさなかった。
 けれど視線は広に切り替え、全体の様子を余さず見る……。
 情報を取りこぼすな。その一つ一つが致命傷になりかねない事態だ。

「説明を求める。行動理由を詳らかにしていただきたい」

 腹に力を入れてそう言うと、進み出てきたのはホライエン伯爵様だった。
 装飾的な鎧を身に付け、緋色の外套を纏う姿は武将そのもの。
 国境警備を担う領地の主だと、その姿は語っていた。

「あれだけのことを画策しておきながら、全く落ち度など無いと言うその太々しい態度には恐れ入る」

 そう言われた。
 こちらも挑発……。

「落ち度……」

 確かに全く身に覚えがないのだから当然だ。
 動じない俺に、少々気分を害した様子のホライエン伯爵様。

「そんなことを言っていられるのもここまでだ!
 私は其方を告発する。レイシール殿……いや、レイシール! 貴様はセイバーン領主たる身でありながら、スヴェトランと通じ、フィルドナレンを脅かす国賊である!
 我らはその企みを阻止し、陛下をお助けするために参った、大人しく縄に付け!」
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