異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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少し前の話 6

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 それに慌てたのは俺だけでなく、ジェイドもだった。

「俺が行くって話だったろ⁉︎」
「お前は貴重な戦力。食い扶持がまた増えたしな。狩らねぇと」
「ぐ……」
「村へ行くのはな、普通は怪我で狩りに出れなくなった奴と、女や子供が担当するんだ。あんた丁度良いだろう?」

 そう言われ、納得した。元々俺みたいなやつがする役だから、連れて来てもらえたわけか。
 そう思い橇に乗っている獲物を見ると、一番大きなのが若めの熊。そして鹿が二頭……小物に兎や狐。

「……ここの相場を教えてもらえるか」
「そいつらが知ってる」

 指し示されたのは子供たち。
 うーん……俺の知ってる相場と齟齬がないか照らし合わせをしたかったんだけど……まぁ良いか。

「あんたは今回見学だけで良い。初めっから何も期待しちゃいねぇから。
 大人がいるいないで、なめられ方も違ってくるんでな。せいぜい偉そうにしておいてくれ」

 リアルガーたちはそこから狩りに行くらしい。
 橇を引いていた狼もだ。つまり、子供らが橇を引いていく⁉︎

「この子らだけでこの橇を引くのか⁉︎」
「便利だよなぁそれ。前は半数くらい運ぶのがせいぜいでよ。
 大物はとくに難しかったんだが……子供らで運べる。じゃ、任せた」

 そう言っただけであっさり行ってしまったリアルガーたち…………。
 せめて狼一匹残しておいてくれても良さそうなものを……。そう思ったのだけど。

「人は狼怖がっちゃうから」

 膝に乗ってた子にそう言われ、あぁ……敢えてなのかと理解した。

「お兄さんは乗ってて良いよ。怪我人だし」
「……いや、手伝う……」
「無理だと思うよ。ちょっと歩くだけで息切れてたし」

 ……………………そうかもね……。

「じゃぁ、歩いてついて来て? それだけでも助かる」
「うん……そうさせてもらう」

 子供にまで気を使われて情けない……。

 だけど、雪の上を歩くのは重労働だ。特に踏み固められてない雪は。
 結局あっという間に体力を削られた俺だったけれど、子供らが自分たちの歩いた跡を辿るようにと教えてくれ、なんとか必死でついていった。
 村まで半時間…………見えてるのに遠かったこと……。

 なんとか村に到着すると、子供らは揃って遠吠えの真似事を始め、更に何事かと思った。
 けどそれで村の住人がわらわらと集まりだし、狩猟民の到来を告げる合図だったのだと理解する。

 そうして次に、子供らは獲物を種類別に分けて橇から下ろす作業を始めた。
 とにかく種類だけ分けているよう……。
 片手しかない俺もちょっとは手伝えるかなと、大型の獲物を引っ張りおろす手伝いをした。もう足がガクガクだったけども、なんとか。

 準備を済ませ、始まった交渉だったのだが……。

「熊。鹿。小物」
「あぁ……これなら小麦二袋。鹿は……一頭……いや、二頭で三袋かな」

 代表者らしき強面の男の言葉に、子供らは頷き返す。
 …………え。

「おーい、小麦五袋」
「小物。野菜……」
「あぁ、今年は少なくてよ。小麦で勘弁してくれや。あれならもう一袋だな」
「…………」

 子供が困っているのは雰囲気で分かる。それはそうだろう。人は穀物だけで生きていくことはできない……。
 けれど、無いと言われては……しかもなんだか怖い顔で見下ろされては……困ると言いにくいのだろう。

 だけどそれ以前に……この熊で小麦二袋は……安すぎる。
 熊皮は防寒具として重宝される。鹿皮も年中通して使うし需要は充分あるはずだ。
 南の地であるセイバーンでなら、この熊の毛皮のみ。加工無しで小麦換算しても、八袋は超えると思う。

 …………これは、ぼったくられてる……よなぁ。

 成る程。睨みをきかせろとはこのことだったか。

 困ってしまった様子の子供たちが、集まって相談を始めた。
 どうする? もう小麦で良いんじゃ……だけど野菜……と、やり取りするのを、白けた顔で見ている男。
 慣れきっている雰囲気。彼は……いつもこうやっているのだな。

 このやり取りは、お互いにとって良くない……。

「あー……、止めよう。もう一回橇に積み直しだ!」

 俺は敢えて大きな声でそう言った。
 キョトンとした子供らの視線がこちらを向き、この人は何を言っているのだろう……? と、首を傾げる仕草。

「安すぎる。それならもう一足伸ばしたってお釣りがくる。次に運ぼう。
 ここは今回、縁が無かったってことでお暇するよ」

 黙って橇の側でぼーっとしていた俺が急に喋り出したから、男もギョッとしたよう。
 そして、俺を吟味するみたいに見て、右手の先を見て……。

「おぅ……今何つったよ」

 顔をより強面にすごめてみせた。
 身長は俺の方が優っているものの、横幅……特に腕の太さなど倍ほども違う。そのうえ片腕だ。力で勝てる。そう考えたのだろう。
 顔の怖さには自信があるのだな。とはいえ、殺気も闘気も無いので、俺的には迫力なんて無い。

「貴方たちとは取引できないって言ったんだよ。
 これだけの獲物が小麦纏めて六袋? 何言ってる。
 今年のフェルドナレンの小麦生産量はほぼ例年通り。けれど交易路が敷かれてから送料が軒並み下がってるんだ。
 特にこの北の地は、その恩恵を多く受けているはずだよな……」

 思ってもみない指摘だったのだろう。男が顔を強張らせる。
 そう。今までより安全に荷を運べるようになり、小麦の輸送は劇的に効率化された。
 主食である麦の流通は国の要。必ず運ぶ荷だから、交易路が特に威力を発揮する。
 その上で、賊に荷を襲われ、奪われすることがなくなり、その分上乗せされていた麦の料金が下がっているのだ。

「肉付きの熊で小麦四袋。鹿二頭で五袋。兎や狐が纏めて三袋。
 小麦だけって言うならそれくらいだな。
 想定の半値じゃ話にもならない。引き上げだ」
「な、なんっ……だとっ⁉︎」

 肩を怒らせた男が、赤い顔を鬼のように歪めて俺に歩み寄ってきた。
 指摘されたことがいちいち的を射ていたと態度が表している。
 俺の胸ぐらを掴もうと伸ばして来た腕。
 だけど俺が即座に腕を払い、仮面越しの視線を急所に据えて睨むと、男の手は止まった。

「う…………」
「俺たちがやってるのは慈善事業じゃないんだよ……。
 命懸けの狩りをして、仕留めた獲物でこうして糧を得てる。
 俺たちにだって生活がある。だから、見合う金額でないなら取引はしない」

 強い口調でそう言うと、ごくりと唾を飲み込む…………。俺に気圧されて言葉が出ないのだ。
 人と命のやり取りなんてしたことないのだろう……見た目より真っ当に生きているようで、良かったよ。
 そこで闘気を散らせて「けど……」と、言葉を繋げた。
 雰囲気をガラリと変えたことで、気持ちの緩みを誘う。

「急に全部を引き上げるのでは、貴方たちも困るだろう……。冬場の新鮮な肉は貴重な食料だ。
 だから、きちんと見合った料金を支払ってくれるならば、取引は再開しても良い。……今回はね、多めに見るよ。
 野菜が無いという話だったから小麦十二袋と言ったけれど、小麦九袋と葉物一袋、蕪一袋ならばどうだろう」

 冬の野菜は貴重だから高値だ。
 けれど、蕪や甘藍といった、雪の中に放置して保存できるもの、寒さに強い野菜は特に、北でも積極的に作られている。
 小麦三袋が野菜二袋になるならば、相場よりは多少高値だし、悪くない取引だろう。

「それに昨今、王都は狐の毛皮の相場が上がってるはずだよ。貴族間で需要が延びてるんだ。
 その青狐は色も淡くて柔らかいから、ご婦人に特に好まれる。今回のやつは傷も少なくて質も上々、加工無しでも良い値がつくはずだし、悪い取引ではないはずだ。
 今回それが二匹……。俺なら、この二匹に小麦二袋の値をつけても売る自信がある」

 淡色の毛皮は女性に人気が高いのだ。青狐は毛質も柔らかく防寒に優れているので特に好まれる。
 俺が毛皮の価格帯まで熟知していると知り、男は視線を泳がせた……。
 ものづくりに関わっていたら自ずと相場の推移を知ることになるし、バート商会との縁で特に衣料系には強いので、誤魔化しは通用しない。

「……今までのことには目を瞑ろう」

 そう言うと、男はまたごくりと唾を嚥下した。

「だが、次は無いと思ってもらいたい。
 どうかよく考えて。俺たちは、貴方たちの生活だって支えているはずだ。
 俺たちが痩せ衰えて狩りができなくなれば……貴方たちも困ることになるんだよ?」
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