異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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少し前の話 10

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 …………どうやら訓練をサボって、俺の後をつけていたようだ。……俺もサボったわけだから叱れないのだけども。

「うーん……いや、熊じゃなくても良いんだけど……」

 熊の毛皮が一番分かりやすい結果を得られると思うのだよな……面積的に。
 だけど、皮算用を口に出すのも憚られる。それに、鮮度の良い、狩りたての熊が欲しいのだ。なんでも良いわけじゃない。

「…………サヤが、何か美味しいものにしてくれるかなと思って」

 無難にそう言って誤魔化すと、子供たちの瞳がキランと輝いた。

「美味しいもの⁉︎」

 …………子供って……。

「お姉さん、ご飯上手だよね」
「ぼく、はじめてたべたとき、びっくりしたよ」
「別のお姉さんの麵麭も美味しいよね」
「美味しいよね! 美味しいし可愛い!」
「てきとうじゃないかんじがする」

 …………可愛い……適当じゃない……。

 別のお姉さん……というのは、クレフィリアのことだろう。
 ここに来るまで知らなかったのだけど……彼女、麵麭作りの名手だったのだ。
 一風変わった、大きく平い麵麭を焼くのだけど、爪や木の棒を使って器用に模様を描く。見た目からして凄いことになっているのだ。
 しかもこれ、ただ無意味に描いているのではなく、中の気泡を潰すためにしているのだそうで……。

「中に空気を溜めすぎると、一部だけ薄くなって焦げてしまうんですよ」

 なんて言っていた。

「釜があればもっと沢山、一度に焼けるのですけど……」

 そう言い苦笑しつつ、大きな鉄の平鍋に麵麭を張り付かせるようにして焼くのだが、鉄板で焼くのはここに来て初めてだという。
 場所ごとに温度が違うということで、移動させながら焼いていく。
 最後は高温で、表面をパリっと香ばしく焼き上げるが、中はふわふわに仕上がっていて、なんとも絶妙の焼き加減なのだ。
 いきなり応用から入ってこの評価って……もう、職人技だよね……。
 初めに焼いたものが、あまりに上等な出来栄えだったため、来て早々、群れの中では貴重品となる、大きな鉄の平鍋と小麦の袋を渡され、毎日麵麭をを焼く係を仰せつかってしまった。
 ある意味彼女が一番早く、獣人の群れに受け入れられたのだ。
 彼女も貴族なのだが…………まぁ、うん。

「あの麵麭がずっと食べられたら嬉しいよねぇ……」
「おねえさん、いつまでいてくれるのかな」
「人だし、春になったらいなくなるよ」
「そうだよね……」

 何気なく交わされるそんな会話…………。
 次第に場の空気が重たくなって、槍に見立てて振るわれていた木の棒も、動きを止める……。
 美味しいもの……という感覚は、彼らにとって、とても貴重なものなのだろう……。
 いなくなった時のことを考え、早々に涙ぐんでいる子もいたのだが。

「……でもさ、赤ちゃんできたら、出ていかないかも……」

 別の一人の何気ない言葉に、皆がピンと耳を立てた。
 子供らにも当然獣人の特徴が強く出てる子が多く、人の耳をした者の方が少ないくらいなのだ。

「赤ちゃん⁉︎」
「だって、お腹おっきくなると、動けないでしょ?」
「そっか!」
「お姉さんつがいいるんだもんね!」
「あかちゃんできるかな……」
「できるんじゃない? 仲良しだよ」
「仲良しだよね。昨日も仲良ししてたし」
「いつできるかな」

 おいおいおい⁉︎ 子供のする会話じゃないぞそれ!

「そ、そういうのを言うのは野暮だぞ⁉︎」

 慌てて会話を遮った。夜の営みまで筒抜けとかやめてやってくれ!
 いや……そりゃほら……二人はまだ新婚だし、若い奥さんだし、そういうことするのはだな、分かってるけども……っ。

「お兄さんは仲良ししないの?」

 …………いや、だからな…………。

「お兄さん仲良ししてないよね」
「してない」
「なんでしないの?」
「お兄さんも番だよね?」
「番だよ。天幕分けてあるもんね」
「仲良ししないの?」
「仲良しきらい?」
「仲悪いの?」
「悪くないっ!」

 嘘だろ、俺に飛び火⁉︎
 容赦無く質問を浴びせてくる子供ら。
 興味津々ににじり寄ってくる様子に、たじたじとなりつつ……必死で話を逸らす方法を探した。
 お、俺はあれだ、色々事情があってだな…………そ、そもそも、片手になってしまったしだな…………っ。
 例えそういった雰囲気になったとしても、俺は服ひとつ自力で脱げないわけでだな…………って、違うっ!

「あっあのな…………、ぱ、麵麭は、作り方を習って自分で焼けば、ずっと美味しいのを食べていられるんだぞ!」

 そう振り絞ったら、更にギラギラした瞳になった子供達。

「習えるの⁉︎」

 よおおぉぉし! 食いついた、この方向に全力で舵を切れ!

「二人はきっと教えてくれるよ。なんなら俺からもお願いしてみるしっ。
 そ、それに獣人はな、料理人にむいている。適性があるんだよ!」
「そうなの⁉︎」
「そうだよ。獣人は鼻が良いし、重なった匂いも嗅ぎ分けられる。
 美味しい料理にどんな材料が使われているか匂いで分かるから、人よりずっと上達が早いんだ。
 俺がいた所には、獣人の料理人だっていたし、彼は一度食べた料理はだいたい一発で再現てきてしまったよ。
 俺の従者だったハインも、それはそれは素晴らしい料理の達人でだな…………っ」

 喧嘩しても、小言を言いながらでも、料理だけは必ず…………っ。

「…………お兄さん?」
「痛い⁉︎」

 急にそう言われ、頬が痛いくらい冷たいことに気付いた。

 慌てて目元を拭うと、こぼしてしまった涙がそのまま冷えて、凍りかけている。

「座って! 凍っちゃう!」
「えりまきかしてあげる!」
「お目々隠して、痛くなっちゃう!」

 わらわらと寄ってきた子供たちにたかられ、手袋に包まれた手で目元を拭われた。
 毛皮の襟巻きに顔をぐるぐる巻にされ、その上から更にペタペタと手がまとわりつく。
 しゃがんだ身体を押され、尻餅をついたけれど更に集られ、結局雪の上に仰向けに倒れた。背中側から冷気が衣服を抜けてくるけれど、顔周りだけは、暑いくらい……。

「どうしたの? 悲しかったの?」
「……ハインって、だぁれ?」
「ばか、きいちゃだめじゃんっ」
「だって気になる……」
「じゅうじんなの?」
「一緒じゃないの?」

 容赦ない質問攻撃……だけど……。

「ハインは……俺が君たちくらいの頃から、ずーっと一緒にいた、俺の従者だよ……」
「お兄さんが子供の頃から?」
「そう。ここに来る直前までずっと一緒だった……」
「…………一緒に来なかったの?」
「……………………来たよ」
「途中で逸れちゃったの?」
「……うん、そうなんだ」

 優しくも残酷な嘘……。

「逸れてしまった………………」

 もう会えない場所に…………っ。

 今更溢れてくる涙。
 どうしようもない悲しみを制御できず、だけど子供らに不甲斐ない姿を見せるわけにもいかない。
 必死で歯を食いしばって嗚咽を堪えていたのだけど……。

「……あのねっ、手伝うから、泣かないで!」

 子供の一人がそう言った。

「探すの、手伝うから。大丈夫、また会えるよ」
「そうだよねっ。僕ら匂いが追えるもん!」
「またきっとおいつくよ」
「迷子になってるだけだよねぇ」
「そうだ。交換に行く町で、探してみない?」
「それめいあん!」

 キャッキャと盛り上がる子供たちだったけれど。

「だけどこのお兄さん逃げてるのに、名前とか言っちゃうと見つからない?」

 冷静な一人の言葉にあー……と、一瞬で困る。

「だ……大丈夫! 名前言わなきゃいいよ!」
「そうだよね。そのハインだけ探せば良いんだ」
「その色の人が来たら、待っててもらおう!」
「おにいさん、ハインのいろは?」

 無邪気に、だけどひたむきな誠意で、子供たちは俺に優しさを振りまいてくれる。獣人ではない、人の俺に……。

 この子らはまだ…………人と獣人の間にある隔たりを、然程感じていないのかな…………。

 希望だと思った。
 この子たちが、人を嫌い、恐れるようにならないでくれたら良い。

 ……そんな世の中を、俺は本当は……創りたかったんだ…………。
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