いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜

裕邑月紫

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月の皇子徒桜とならん

すべての愛しき子らへ

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  今から、長い長い話をしよう。

 この話は、そう。
 おまえたちがこの世に生を受けるずっと前の話。
 この国が建ち、この星森の大陸の生きとし生けるものの安寧がとこしえに続くよう強く願われる前の話。
 世が乱れ、多くの者が血と涙を流した世から一人でも多くの者が幸せになるような世になるまでの話。
 星森《ほしもり》の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々の話。



 蝉時雨が聞こえる。

 辺りを見回す。
 誰もついてきていないことを確認して、幼子はふわりと回廊から庭へ降りる。
 庭を突っ切って、塀のところに来る。
 そうして、小さな小さな魔法陣の前に立つ。
 もう一度あたりを見まわして、ほっと息を吐く。
 手に持った分厚い歴史書とノートを抱え直す。
 魔法陣に手をかざして、気をこめるとほんのり光って塀に子ども一人通り抜けられる穴が開く。
 彼の形の良い唇に笑みが浮かぶ。
 軽やかにその穴から外へと飛び出す。

 外へ出ると、そこは茂み。

 ――――お待たせしてしまっているかもしれない。

 草木をかき分け、慌てて走る。
 今日は、いつもの場所で会う約束をしていたのについ本に夢中になって抜け出すのが遅れてしまった。
 暑い中走っていると、汗が吹き出してくる。
 形の良い唇からはぁはぁと少し荒い息が溢れた。

 茂みの向こうにぽっかり空いた小さな空間。
 その真ん中に、大きな桜の木。
 待ち合わせ相手の彼は、青々とした桜の木の木陰に座って真っ青な空を見上げていた。

「ご覧。あの鳥たちは、己の羽で自由に飛び回っている。なんと羨ましいことか」

 言われて同じように空を見上げると、小鳥たちが真夏の青い空を飛んでいた。
「本当に。でも、私たちも、いつかきっと…外の世界に出られるはず。私はそう信じています」
 そう答えると、彼はふふと笑って、そうだね、僕も信じているよ、と言った。

 紫色の瞳の子どもが同じように桜の木陰に入り、腰をかける。
「あ、また髪に葉っぱがついている。お前のことだ、どうせまた本に夢中になって、慌ててきたのだろう?だから、髪に葉っぱがついたことに気が付かなかったのだな?」

 くすりと笑って、丫角《あかく》に結われた髪についた葉っぱを優しくどかす。
 指摘された方の子どもは、驚いたようにその紫色の瞳を丸くした。

「どうして、私が本に夢中になって遅れたとお分かりになったのです?」
 すると、葉っぱを取ってあげた子どもはその深海のような蒼い瞳を細めた。
「あはは。やっぱりそうだったのか。なに、お前が遅れるとしたら、大体本に夢中かピアノに夢中だったろうから、そのどちらかだと思ったのだよ」
 くすくす笑われ、紫色の瞳の幼子は僅かに頬を染めた。
「全く…あなたには敵いません」

 蒼い瞳の幼子はひとしきり笑うと、走ってきた彼が持ってきた本とノートに視線をやった。
「以前話していた章は読んだかい?」
「ええ。とても、議論のしがいがある話でございました」
「そうだろう?お前の意見はまとめてきたか?」
 言われた紫色の瞳の幼子は頷き、ノートを相手に渡す。

 彼はノートを受け取り、一番新しく書かれたページを読み始める。深海のような蒼い瞳が素晴らしい速さでノートの文字を追っていく。
「ああ…なるほどね。お前の意見は一理ある。けれど、見方を変えると少し違った意見もあると思うのだよ。たとえばね…」
 そういって、彼は分厚い歴史書にを開く。二人は仲良く歴史書に視線を落とす。

 そうして、二人は額を寄せ合って仲良くあーでもない、こーでもないと話をし始める。
 二人が身振り手振りを交えながら、熱く持論を語るたび胸に下げた水晶の聖印がきらりと太陽の光を反射して光った。
 二人が交わす会話はおおよそ、小さなの子どもたちがするようなものではない。
 それを二人は楽しそうにさも当たり前な様子で、議論を続けていく。

「ああ…なるほど。確かに、あなたの言う通りだ。私の考えだとどこか甘いのでしょう。一見、民の心に寄り添い、いいように思えてもこの処分の甘さが禍根を残してしまう」

 蒼い瞳の幼子の指摘に、紫色の瞳の彼は小さくため息を漏らす。
「お前の良きところは、優しきところ。けれど、優しすぎるのは時に上に立つ者として弱点になってしまう。厳しい判断をせねばならぬこともあるのだね」
 彼はそういって、ふふ、と笑い蒼い瞳を細めた。

「けれど、厳しい判断をすると一部の人には嫌われるから嫌だね」
「確かにそうですね……」
呟き紫色の瞳の子どもは、明かに嫌そうな顔をした。
「お前はそう言うのは苦手そうだなぁ」
「う……」
 鋭い指摘に紫色の瞳の子どもは言葉を詰まらす。それを見て、彼はまたくすくす笑った。

「では、厳しい判断を下して嫌われるのは僕がやろう。上に立つ者は、時にそうした役目も負わねばならないからね」
「では、私はあなたの誤解を解く根回しを致しましょう」
「お前はいつも細やかなところまで気を配って、何事も緻密に進めるからね。きっとうまくやってくれるだろう。安心だ」
 
 その言葉に、彼はその紫色の瞳を細める。
「あなたは、やはり上に立つ者のとしての才と器を持っている。私は逆立ちしたって敵わない」
 その言葉に蒼い瞳の子どもは小さく首を振る。
「僕がこう言えるのは、きっとお前がどうにかしてくれると信じているからだよ」
 そういって、彼は嬉しそうに笑った。

 彼らはある者の元に、類い稀なき才を持って生まれた子どもたちであった。
 蒼い瞳の子どもは、明晰な頭脳と強い意志と行動力、そして、生まれながらにして帝王たる器を有した者であった。
 紫色の瞳の子どもは、明晰な頭脳と優しい心根と細やかな心配り、そして、生まれながらにして帝王を支える宰相たる器を有した者であった。
 
 彼らは、互いの才と器を真に理解し合っていたのだった……。


 ーーーーいつ読んでも、舜《しゅん》と彩《さい》が身命を賭して安寧を求めた話は、胸を熱くするね。

 その歴史書を読んでいた幼子は、小さくため息をこぼす。
 古い古い歴史書の文字を美しい紫色の瞳が追っていく。
 ときどき、形の良い唇からふふふと小さな笑い声がこぼれる。
 丫角に結われた美しい漆黒の髪が優しい風にサラサラ揺れる。
 頭につけた美しい宝石の髪飾りがキラリと光る。

 ーーーーこの歴史書を読むたびに、私は思うのだ。
     彼らの想いを、願いを、私は護っていきたい、と。
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