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15、ドヤ顔のあとは強制ログアウト
しおりを挟む忘れないうちに頼もうと思って口を開くと、カイルさんがなんだ? と俺の方を向いた。
「そのうち、今度はゆっくりとカイルさんのお父さんの部屋の本、読ませて欲しいんだ」
そしてついでに図々しいかもだけど、ヴィデロさんの方も向く。
「ヴィデロさんの部屋にあった本も、ヴィデロさんがどんな本を読んでるのか興味があるから、読みたいなあ、なんて、図々しいかな」
二人は目を丸くして俺の方を見ていた。そんなに意外な提案だったかな。書物は大事だよ。知識は財産だからな。
「マックがここまで勤勉だったとは驚いたぜ。まあでもあの本の山のほとんどをあの短時間で読んじまうくらいだから、それくらいは薬師だったら当たり前なのか?」
「俺が知ってる薬師は、誰かの下についてその人の教えを乞うことしかしてないようなのが殆どだな。マックは誰にもついてないから、勤勉なんだろうな」
感心したように頷き合う二人に、慌てて「そんなんじゃないって!」と否定しておく。勤勉とかじゃないんだよ。遊び感覚なんだよ。新しいレシピとかスキルとか、覚えたら楽しいじゃん!
「いつでもいいぞ。いつでも勝手に奥に入って読めよ。俺が起きてる間なら開いてるから」
「さすがに声は掛けさせてもらうけどさ。ありがとう。嬉しい」
いい笑顔でいい返事をくれたカイルさんに礼を言っていると、ヴィデロさんが空のグラスを置いた。
「マック。俺の部屋にも、ぜひ来てくれ。好きなものを読んでかまわない。ただ俺の場合、俺が仕事休みの時じゃないと奥まで案内できないんだけどな」
「一人でヴィデロさんの部屋に入ってもどうしていいかわからないから、一緒のほうがいい、な……」
申し訳なさそうなヴィデロさんにそう伝えていると、斜め前から視線が突き刺さってきた。
ハッとそっちを見ると、すごく盛大にニヤニヤしたカイルさんが俺を見ていた。
「いやあお前らそうだったのか。部屋まで連れていく仲だったとはなあ。ま、そうだよな。ヴィデロが休みの時に外に出てるのなんて、今まではあり得なかったしな。そうかそうか」
カイルさんのニヤニヤが止まらない。やめろ、そんな目で俺を見るな。
いたたまれなくてカイルさんからヴィデロさんに視線を戻すと、ヴィデロさんはなぜかドヤ顔をしていた。なぜ。
そして抵抗する間もなく、俺の肩に腕を回した。
「カイルは手を出すなよ。俺たちは将来の契りを約束した仲なんだからな」
臆面もなく言っちゃったよこの美形! 思わず顔が熱くなる。
契りって! 契りって! 確かに今は契れないけどな! パンツ貼り付いてるから!
でもそんな堂々と他人に言うことなのかよ?! それとも俺が奥ゆかしい日本人だから恥ずかしいと感じてるだけ?!
と焦ったら、カイルさんがテーブルをダンダン叩きながら笑い崩れた。
「そんな堂々と宣言するんじゃねえよ! 見ろ、マックが茹で上がってるじゃねえか!」
茹で上がってるとか! やっぱり顔赤くなるんだ。
どうしてそういう細かいところが優秀なんだVRゲーム。せめて無表情を貫きたかった今だけは。契りの約束を暴露された今だけは!
熱い頬を隠すようにうつむいて、そういえば睡眠不足のバッドステータスついてたんだった、と思い出した。
テーブルを向いて、そこにステータスを展開する。
『睡眠不足:〔18時間]スピード20%、意識レベル20%低下
〔22時間〕スピード50%、意識レベル50%低下
〔26時間〕昏倒 』
ああ、うん。さっきからなんかぼんやりするのって、睡眠不足のバッドステータスだったんだ。
あれ、俺、いつからログインしっぱなしだったっけ。
これ、外の俺、飯もトイレも放置状態じゃないかな。やばい。
昏倒って強制ログアウトのことだよな。
窓の外はすでに夜だから。
「俺、帰らないと」
ログアウトした後の俺のアバターがどうなってるのか知らないから、とりあえず家に戻って寝よう。もう時間の光がピコピコ警告を発してた。
と椅子を立ち上がった瞬間、またしてもくらりとする。
「マックお前、ふらついてるぞ。今日はもう泊まっていくか?」
「いや、家もそんな遠くないし、帰る……」
帰る時間があるのかどうかは謎だけど。
「また明日、顔を、ら、す……」
あれ、舌が回らなくなってる。
これ、あれだ。
ここで強制的にログアウトだ。せめて椅子に座っときゃよか……った……。
最後に盛大に眩暈が来て、俺は焦る二人の顔を薄目で見ながら、意識を鎮めていった。
ハッと目を開けると、見慣れた天井があった。
初めての強制ログアウトだった。今までは淡々と時間になったら戻ってきて、とちゃんとしてたのに。
ヘッドギアを取り外し、それを机に置いた瞬間、盛大に腹が空腹を訴えだした。
「う、腹減った……そしてトイレ、でも眠い……」
現実でも睡眠不足のバッドステータスは続いてるみたいだよ、ひもじい。
とりあえず俺は片っ端から欲求を叶えて、最後気力で浴びたシャワーでさっぱりして、ベッドに沈みこんだのだった。
目が覚めると、すでに日曜日になっていた。土曜日は大変だったもんなあ。
寝不足だった割には、時間はまだ早朝。案外早起きな自分に驚いた。
でも、しっかりと爆睡したせいか、頭はすっきりしていた。
部屋を出てキッチンに行くと、すでに母さんがご飯を作っていて、俺はその背中に声を掛けた。
「母さんおはよう」
「おはよう健吾。あんたゲームしすぎじゃない? 昨日ご飯抜いたでしょ。お昼ご飯冷凍してあるって冷蔵庫にメモ貼ってたのに食べないで。ずっとゲームしてたんでしょ」
はい、朝から晩まで仕事してたはずの母さんにばれてます。
「それよりなんか食べるのある?」
「あんた今日はお昼まで寝てると思ったから何も考えてなかった。昨日の昼用ご飯、あっためて食べちゃって」
「へーい」
早朝なのにもかかわらず、母さんは元気だった。元気なお小言、耳に痛いです。
冷凍庫から昨日作ってもらっていた炊き込みご飯を取り出して、電子レンジにかける。すぐにあったまったので、それを皿に入れて、一人食卓に着いた。
そういえば、ヴィデロさんもカイルさんのところに置いてきちゃったなあ。って、俺のアバターほんとどうなってるんだろう。ログアウトすると姿が消えるのかな。それともそのまま寝てる状態で転がってるのかな。ちょっと気になる。
……たまに道端に転がってるプレイヤ―のアバターって、実は強制ログアウト後の姿だったりして。面白がった他のプレイヤーさんたちに落書きされたりしてた人がいるけど。
まさかな。
朝ご飯を食べ終わって、弁当を作っている母さんに「ごちそうさま」と声を掛け、とりあえずその皿だけ洗うと、俺は部屋に戻った。
そして、二度寝はせずに、ヘッドギアに手を伸ばす。
被って、ベッドに転がって、ログイン。
目を開けると、そこには美形がいました。
「うわ?!」
思わず驚いて叫んでしまった俺は、きっと悪くない。なんで同じベッドでこんな美形が俺に腕枕をして寝てるの?!
俺の声に、ヴィデロさんの瞼が震える。
そっと目が明き、綺麗な深緑色の目が俺をとらえる。
「マック」
「お、おはよう」
真剣なまなざしに、思わずどもりながら挨拶すると、いきなり腰に乗っていた腕に力がこもり、グイッと抱きしめられた。
朝一の熱い抱擁が胸を締め付ける。物理的に。
「ヴィ、ヴィデロさん?」
苦しいし、ヴィデロさん薄い服一枚しか着てないから筋肉の圧迫がすごいし、顔をその立派な大胸筋と上腕二頭筋に挟まれてるから暑苦しいし息をするのが大変だしちょっとだけその筋肉が羨ましいしでもう俺大変。
思わず自由に動く手でヴィデロさんの背中をポンポンと叩く。そこも筋肉あるね、いいね。体脂肪って言葉をヴィデロさんは知っているのだろうか。
ようやく腕を緩めてくれたヴィデロさんは、間近で俺の顔を覗き込むと、ほっとしたように表情を緩めた。
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