これは報われない恋だ。

朝陽天満

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41、襲撃来た!

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 現実でも寝て、起きて、母さんの朝の支度中に飯を貰って食べて即ログインすると、クラッシュはまだ寝ていた。外はようやく日差しがさしてきた早朝。早起きって、夜更かしした時より眠いぜ。

 伸びをしながらベッドから降りて、荷物の点検をする。

 納品用ポーションよし。使う用ポーションよし。魔物対策の各種投薬用の薬よし。これ、人にも使えるのかなあ。広域目潰しの薬も持ってきてみたけど。人には使えなかったらせいぜい煙幕くらいにしかならないんだよなあ。

 あれもこれもとチェックして、よし、となったところで、クラッシュがむくっと起き上がった。うわあ、眠そう。いつもは整ってる髪の毛がかなりくしゃくしゃになっていて面白い。



「あ、おはようマック。朝はここで携帯食食べちゃおう」

「あ、うん」

「マック髪の毛てっぺん辺り絡まってるよ」



 くすっと笑って、クラッシュは部屋備え付けの洗面場所に向かった。クラッシュもくしゃくしゃだからな。あ、俺も顔洗おう。っていうかてっぺんが絡まってるって寝ぐせか? ログアウトしたらアバターは寝返りとか打ってるのか? ログアウト中のアバターの謎は深まるばかりだ。



 部屋から一歩も出ずに用意を済ませて、前金だったからと宿屋の受け付けもスルーして、俺たちは外に出た。

 宿屋の後ろに繋がれていたクイックホースは、俺たちの顔を見るとふん、と鼻息を荒くしていた。ヤル気満々だなあ。





 襲撃されるとしたら、今日。前に通った時は、砂漠を抜けたら森があったはず。

 来るとしたらたぶんそこだと思う。

 索敵を展開させながら、御者台から飛び行く景色を見る。こんな速かったら襲撃する方も大変なんじゃないかな、なんて気を抜いたらたぶんクエスト失敗する。

 森かあ。

 雄太が言ってたよな、森。

 レベル120超のトップランカーが勝てない魔物がいる森。

 無事街の方に逃げられたらいいんだけど、そううまくはいかないんだろうなあ。



 延々と砂漠の中を馬車で走り抜けながら、代り映えのしない景色に少しだけ欠伸が出る。

 策敵に引っかかるマーカーは確認する前に画面外に流れていくような有様で、もし魔物が目の前に出てきても、クイックホースに跳ね飛ばされて終わるんじゃないかと本気で思ってしまう。雄太は魔物が轢かれたの見たって言ってたよな。なんかずるい。



「マック、疲れた? ごめんねこんな遠征させて」



 フードを顔が隠れるくらいまで被ったクラッシュが、俺を覗き込んでくる。

 あ、もしかして欠伸見られちゃったとか?



「全然。クラッシュが一人でこの道を走るのかと思うと、そっちの方が心配だって。俺あんまり強くないけどさ」

「マックの腕は心配してないよ。だって一人で色々集めてるだろ。一人で魔物とかバシバシ倒しちゃうってすごいよなあ」

「トレの森周辺はまだまだ魔物が弱いからね。さすがにこの先に出てくるような魔物を一人で倒すとなると時間かかっちゃうけど」

「俺はトレの森に出てくる魔物もなかなか倒せないから素直に尊敬するよ」



 ねえ、誉め殺し? それは何かのフラグなのか?

 なんでいきなりこんなことを言い出すんだクラッシュ。絶対今の言葉、これから無事じゃなくなるフラグだろ。

 何事もなく、何事もなく。

 なんて、あるわけないんだよ。



 俺の懸念は、森に入って早々に現実のものとなった。

 索敵に無数のマーカーが現れるようになったんだ。

 森に入ったら道が真っすぐじゃないから、少しだけクイックホースのスピードが落ちたんだよな。と言っても新幹線から特急に変わったよ、くらいなんだけど。

 まだまだ速さはあるから、現れたマーカーはすぐに後方に流れていく。

 視界には全く人影はないから、木の上とかそういうところに隠れてるっぽい。



「クラッシュ、ちょっと、この馬車狙われてるかも」

「え?」



 俺の言葉に、クラッシュは驚いたように目を見開いた。クラッシュは索敵スキルを持ってないんだ。これはヤバい。

 と思ってる間に、ヒュン、と何かが前方から飛んできた。

 トスッと音がして、荷台の幌に次々矢が刺さっていく。

 待ち伏せ来た!



 そこからは、前方から矢の雨。いったい何人待ち伏せているんだよ!

 必死に剣で矢を弾きながら、心の中で悲鳴を上げる。



『ヒィィィン!』



 クイックホースが短く甲高い声を上げ、ガクンとスピードが落ちる。見ると、脚の付け根や背中に数本矢を受けていた。

 それでも足は止まらない。クイックホース、頑張れ。矢の傷だからハイポーションがつかえないのが辛い。



 俺はインベントリから普段は使わない片手用の盾を取り出し、それをクラッシュに渡した。



「それで一応頭を隠して! 身体の傷は俺が治せるから!」

「サンキュ!」



 クラッシュは素直に盾を受け取って、片手で頭をガードしながらクイックホースを走らせる。

 少し走らせると、矢が止んだので、待ち伏せ個所は抜けたんだ、とホッとしながら前を向く。

 そのまましばらく馬車を走らせてていると、今度は森から馬に乗った人が10人ほど現れて、馬車の後ろについてきた。



「目的の奴いたぞ! れ!」



 その言葉でわかる。

 やっぱり、このクエスト、クラッシュの命がかかってた!



 頼みの綱のクイックホースは、刺さった矢のせいか普通の馬より少し早い、くらいにしかスピードが出ていない。馬車を引いている馬と騎乗馬、速さは悔しいけれど向こうの方が上だった。



「クラッシュ、囲まれる! クイックホースはこれ以上スピード出せないから、逃げるのも視野に入れて!」

「わかった……!」



 険しい顔でクラッシュが頷く。このまま逃げ切れればいいんだけど。今はまだ後ろについている馬も、クイックホースのスタミナが切れてきたら囲まれてアウトだ。

 まだ後ろで固まっているうちに、あのごつい厳つい顔の奴らを何とかできないかな。

 荷台の幌の上から、目潰し投げて混乱させるとか。うん、やってみよう。

 俺は椅子から立ち上がると、幌に手を掛けた。腕の力を使ってひょいと幌に昇ると、一気に視界が開けた。

 襲撃してきたやつらは、手に剣を持っている。俺を見て指さして、「あいつもっちまえ!」と叫んでいた。

 俺はその様子を幌の上から見ながら、カバンから対魔物用の目潰しの薬を取り出した。

 構えて、おりゃ、と投げ付ける。前から後ろにものを当てるのは簡単でいいねえ。

 瓶は一番先頭に立っていた奴に当たり、瓶の中に入っていた粉がぶわっと辺りに広がった。



「ぐああああ!」

「ぎゃああああああ!」

「なんだこりゃ、ぎゃああああああ!」



 もくもくしていく煙の中、ごろつきどもの悲鳴が辺りに響き渡る。

 うん、人間にもしっかり効くらしい。

 マーカーは動かなくなって、はるか後方に消えていった。



 俺は席に戻ると、クラッシュに「とりあえず後ろは何とかなった」と声を掛けた。



「さすがマック。じゃあ、先を急ごう」



 矢が刺さったまま走らせるのはかわいそうだけど、止まるとたぶんクイックホースの命もなくなるから、頑張ってもらわないと。

 まだまだマーカーには敵の存在を知らせる赤マーカーがたくさんあるから。



 しかし敵は次々と馬車に群がってくる。



 片手に剣を構え、並走してくるやつを切って捨てる。

 さっきから次々湧いてくるやつらは、どこに住んでてどこでこの馬を飼ってるんだろうって疑問に思うくらい続々現れる。すでにクイックホースの足は、並の馬の速さにまで落ちているのに。大きいから的に近い状態なんだよ。



「クラッシュ、こいつら、振り切れそうもないよ」

「うん、でも馬車を降りたら馬に囲まれる」



 手綱を握るクラッシュの手が震えてるのが目に入った。怖いよなあこれ。俺も結構怖い。相手が魔物じゃなくて人なんだもん。

 それでも躊躇っていたら殺されるのはわかっているので、必死で抵抗する。

 クラッシュも、片手で手綱を握りながら、もう片手には剣を持ち、それで打ち合って敵の攻撃を何とか防いでいた。

 剣の打ち合う音、馬車がガラガラと道を走る音が、うるさいくらいに耳につく。

 クイックホースの負傷は酷く、スピードも普通の騎馬くらいまで落ちてしまっている。



 どうする、どうしたらこの状況を逃れられるんだろう。

 すでに周りは囲まれているに等しい。

 一人一人に目潰しなんか投げてたら、すぐに在庫が底をつくから、それも出来ないし。

 これ、やっぱり一人では無理ゲー?! でもそんなことを言ってたらクラッシュの命が!



 横に並んだ敵を切り捨て、身を乗り出して周りを見る。

 マーカーの状態から、これ以上の馬は増えないみたいだけど、でも多い。ざっと10人くらいは馬車を囲んで走っている。



「うわ!」



 いきなりクラッシュの声が聞こえて横を向くと、敵に捕まれたクラッシュが馬車から引きずり降ろされるところが目に入った。



「クラッシュ!」



 俺もそれを追って馬車から飛び降りる。

 クラッシュはすっかり囲まれていて、その表情は、絶望を映していた。

 俺達が降りた馬車は無人のまま先に進んで行ってしまっている。

 でもクラッシュを囲んでるから敵は一か所に集まってるってことだ!



「クラッシュ! 目閉じて! 息も! 絶対に空気を吸うな!」



 俺はそう忠告すると、さっきも敵に投げつけた目潰しを馬上に向けて思いっきり投げた。



「ぐわっ!」

「が、ぎゃあああああ」

「いてえ! 目が、いてえええ!」



 粉がばらまかれた瞬間、敵の悲鳴が森に響き渡る。その隙にクラッシュの腕を引いて囲いから連れ出し、森に走る。

 馬のいななきも聞こえたから、きっと追っては来れないはず!



「クラッシュ、大丈夫?!」



 走りながらクラッシュを見ると、クラッシュは険しい顔ながらも、「大丈夫……!」としっかりと頷いていた。

 大きな怪我もないみたいで、ほっとしながら森の中を走る。



 矢を射てきた敵は固定の場所で待ち伏せしていたらしく、今は地図上に現れていない。敵はさっき悲鳴を上げていた奴らだけだ。



「今なら逃げれるから、疲れてても全力で走って!」



 マップを横目で確認しながら、街道から全力で離れる。

 こんな先の森の魔物、単品で出てきても俺一人では倒すの難しいから、魔物のいない方へと足を進める。

 しばらくそうして森の中を走り抜け、すっかり周りに何もいないことを確認した俺は、ようやく足を止めた。

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