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98、思わぬ大物が来た
しおりを挟む「失礼します。先ほどはうちの騎士団がご迷惑をかけたようで申し訳ありませんでした」
「何でお前さんが出てくるんだ」
さっきとは打って変わった丁寧な口調の声が聞こえてきて、モントさんが驚いている。知り合いか? と固唾を飲んで見守っていると、間を置かずに、モントさんがきちっとした身なりの、眼鏡の男性を連れてきた。
「エミリさんが出てきたとなるとやはり私が出ないと」
「あ――まあ、お前さんなら悪いようにはしねえのはわかってるけどよ。忙しいんじゃねえのかよ」
「時間はひねり出す物ですよ。あ、失礼いたします」
綺麗なお辞儀で入ってくる人に、俺達も頭を下げる。
すでに調薬キットはしまい込んでいたから、何食わぬ顔で座っていると、その人はサッと俺たちの正面に座ってしまった。
「はじめまして。とはいえ、クラッシュ君が5歳のころに一度だけ拝見したことがありますが。私はこの国の宰相をしております、ミハエル・アンドルースと申します。先ほどはうちの部下どもが失礼をいたしました」
「はぁ……」
とんでもなく丁寧な言葉に、俺は目を丸くして、ただ前に座った人物を見ていることしかできなかった。
宰相って……。いきなり大物が来たけど。
ちょっと呆然としていると、まっすぐ宰相を見ていたクラッシュが、口を開いた。
「あなたが、契約の石を持ち出して、母を縛った人ですか」
静かな声は、ほんの少しだけ、震えていたような気がする。
宰相はクラッシュの問いというか確認に、表情を変えることなく頷いた。
「そうですね。私が契約の石を持ち出して、エミリさんと約束を交わしました」
「もしかして、母は契約違反で拘束されるということですか?」
「いいえ、違いますよ。安心してください」
「そうですか……契約の石は」
「大丈夫。今回のアレくらいでは黒くなんてなりません」
「よかった……」
二人の会話を聞いて、俺の頭の上に「?」の文字が飛び交っている。
何がどうなってるんだろう。そこらへん、クラッシュ事情なのかな。
聞くとはなしに聞いていると、モントさんが新しいお茶を淹れて持ってきて、自分も空いている椅子にドカリと腰を下ろした。
「とりあえずもう遅い時間なんだから、本題に入れや」
「あ、そうですね。あなたが、マック殿ですか」
モントさんに急かされ、宰相がこっちを向く。
頷くと、宰相は「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げた。
「え?」
偉い人ってこんなに簡単に頭を下げていいんだろうか。
驚いて目の前の宰相をガン見すると、顔を上げた宰相が少しだけ眉尻を下げた。
「あなたを拉致しようとしたレイモンドは、爵位の剥奪となります。さすがにわが王も、二度目の失態となると、お許しにはならないでしょう。そして、マック殿。異邦人であるあなたをこんな権力争いに巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
もう一度深々と頭を下げられて、俺はただただ驚いて目の前の人を見ていることしかできなかった。
「この国は、衰退に向かっています。15年前、クラッシュ君の母親であるエミリさんを含めた、4人の若者の未来を潰してしまってから、それは特に顕著になりました」
魔王がいなくなり、国は安定して豊かになっていく、という希望は、単なる夢物語でしかなかった。
魔王を退治すると、脅威から解放されたこの国の貴族たちは、今度は自分の保身に走り始めた。
今迄は魔王という強大な敵が目の前にいたからこそ手を組んでいたが、それがなくなった途端に手のひらを返し、相手の足を引っ張ることばかりを考えるようになってしまった。
しかも魔王を倒して帰ってきた英雄はたったの二人。残る二人の若者は、その戦いで命を落としたという。
帰ってきた二人も、その身に宿る強大な力は、魔王がいなくなった今、王の手には余る力だと一部の者たちが騒ぎ出しており、とても厳しい立場となってしまっていた。
そして、内部分裂や徐々に衰退していく国をどうにかして変えたいがために、5年前に異邦人を受け入れることを是とした。
これで国が活気づくことを願って。
とまあ、王国の事情はこんな感じっていうのを、宰相が語ってくれた。
って、それ、言っちゃっていいのか?
っていうか、深い話を聞けば聞くほど、この世界が昔から存在するとしか思えなくなってくる。
「異邦人の受け入れにより、大分この国も変わりました。中には物騒な異邦人もいたりしますが、そこらへんはしっかりと管理するものがおりますので、そちらで処理しております。それよりも、マック殿」
「は、はい」
「あなたは優秀な薬師と伺っております」
宰相の言葉に俺はぴしっと固まった。
何せさっき二人がかりであんまりむちゃくちゃなことをするなと説教されたばっかりだったから。
固まってしまった俺を見ても、返事がなくても気にせずに、宰相は話を続けた。
「今のこの国の薬師は、全く向上心が見られないということは、知っておりますか」
「向上心が、見られない?」
「はい。あなた方異邦人は、薬師としての腕が上がるのはどういうときなのか、聞いてもよろしいでしょうか」
宰相は、まっすぐ俺を見て質問してきた。これは、レベルが上がる状態のことでいいのかな。
薬師の場合は、レベルによって作る技術は上がってくるけど、ある一定レベルを超えると、今まで作ってきたレシピを作っても経験値の入りがガクッと減るんだよ。だから、常にレベル帯にあったものを作っていかないと、そこからレベルが上がらなくなる。
逆に、レベルに見合わない物を作ろうとすると、成功率はいきなり低下する。その中で成功すると経験値がっぽりだから止められないんだけど。
「新しい物、難しい物を作るときに腕が上がります。ずっと同じものを作っていても、ほぼ経験値は入らないです」
「やはり。それです。今のこの国にいる薬師は、決められたレシピしか作っていません。他の新しい物を作ることを、嫌悪すらしています。なぜか。自分の地位が揺らぐからです。それはどちらかというと年配の薬師が顕著なのですが、私はそれでは薬師はすたれると思っております。何せ腕が上がらない。出てくるポーションランクもいい所Bです。失敗作に近いものまで売りに出されています。回復魔法で回復できるから、と薬類は二の次になってしまっていたのも、よくなかったのかもしれません。異邦人を受け入れてからは、異邦人が沢山のポーションを使うのをその目で見て、国民もポーションの有用性を感じ始めてはいるようですが、肝心の薬師が時代の流れに乗ろうとしません。だから私は無限の可能性を秘めているあなた方に、勝手ながら期待しておりました。停滞した技術を向上させてくれると。そして、薬師の新たな可能性を引き出してくれると。それなのに、こちらの不祥事でひどい目に合わせてしまったこと、心からお詫び申し上げます」
一気に話を始めた宰相に、俺はただ、聞くことしかできなかった。
っていうか、さっきモントさんに注意されたことと真逆のことを期待されてるんだけど。
どうしよう、とモントさんにちらりと視線を向けると、モントさんも驚いたように宰相の話を聞いていた。
「聞けば、『草花薬師』という上位の薬師だとか。この国に薬師の上位職を取得したものなど、ほとんどと言っていいほどいません。そしてモント殿がここまで庇うところを見るに、かなり優秀な薬師と見受けられます。どうかその腕、ほんの少しでいいので、この国に貸してはいただけないでしょうか」
「え、それって王宮に監禁薬だけ延々作らされるってこと?」
「そんなことは一切ありません」
あのおっさんを思い出して思わず呟いてしまった俺の言葉にも、宰相は嫌な顔一つせず、真顔で丁寧に返してきた。
監禁じゃないんだ。
「ぜひ、あなたの知識を有償でもらい受けたいと思いまして」
「知識を、有償で?」
「はい。あなたの持ちうる知識を買い受け、それを薬師に」
と宰相が言ったところで、モントさんが「おいミハエルさんよ」と口を挟んだ。
「それだと、そのレシピを手に入れた薬師がまたそれを秘匿して、そればかりを作って終わりって流れじゃねえか。流れその物を変えたいんだろ。だったら、それじゃだめだ」
「それは重々承知しております」
「わかってて言ってんのかよ。んじゃその後、どうするんだよ」
「大々的にレシピを公開します。秘匿などできないくらいに」
「そりゃ、必死で秘蔵のレシピ隠してきた薬師連中はたまったもんじゃねえな」
「何せ全てをひっくり返すくらいじゃないとあの閉ざされた世界は開けませんから」
うわ、この人大胆だ。
そんなことをして薬師とかいなくならないのかな。
ふと、俺はフレンドの薬師の存在を思い出した。
そいつは俺と違って、しっかりと既存の薬師に弟子入りして薬師ジョブを取ったやつなんだ。
ポーションばかりを作っていて、それにどんなこだわりがあるんだろう、と思っていたら、薬師事情だったのか。
今も師の元で作ってるのかちょっと気になるから、あとで連絡入れてみよう。
と思っていたところで、視界の端のアラームがチカチカし始めた。
うわ、いつの間にこんな時間に。明日も学校だからさっさとログアウトしないと。なんだけど。
この状態じゃログアウト難しくない?
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