これは報われない恋だ。

朝陽天満

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544、甲斐性ありありのヴィデロさん好き

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 セイジさんがクラッシュの手の中の物を見て眉を寄せる。

 クラッシュの手には、魔大陸の遺物であるクリアオーブが握られていた。



「クラッシュ……それはどこで」

「前に目の前に飛んできました。王宮で保管していた魔大陸の遺物だそうです。レガロが何かを呟いた瞬間、その遺物が色んな所に飛んでいきました。俺の所にはこれが。母さんもアルさんも、ヴィデロもマックも」

「エミリとアルまで……ってもしかして、それは二月くらい前に俺の所に飛んできたアイテムと関係あったりするか?」



 セイジさんの言葉に、俺たちは揃って頷いた。そうだよね、このメンバーにアイテムが来たのに、セイジさんの所に行ってないわけないよね。

 セイジさんはカバンをゴソゴソして、中から結晶のついたネックレスを取り出した。



「これが、いつの間にやら手の中に握られてたんだよ。どこだったか、ノヴェの街近くだったかな。魔物のドロップ品じゃない、かといって荷物から出した覚えもねえし初めて見るアイテムだから、どう対処しようか悩んでたところだったんだ」



 その結晶は、とてつもなく透明で、光の反射がなかったらそこにその物質があるのかどうかもいまいち認識できないほどだった。

 セイジさんに断って鑑定眼を使わせてもらうと、『澄光結晶の欠片:光がないところで見ると目視出来ない結晶。魔素飽和量最大5013、魔素が注入された状態でこの結晶を握りしめると魔力が結晶からその人物に移行される。【3155/5013】』となっていた。あ。これ、MPを回復する結晶だ。あらかじめMP補充させておけば5000くらいなら回復できるやつだ。今は3000ちょい補充されてるってことは、セイジさん、手に入れてからちょこちょこ魔力をここに入れてたってことだよな。

 でも、不思議だなってふと思った。

 だって、普通だったらクラッシュとセイジさん、逆が手に入りそうなものじゃん。

 セイジさんの所にクリアオーブがいって、クラッシュの所にこの結晶が来てたら、なんか丁度いいって感じだと思ったんだけど。



「……このオーブ、ずっとセイジさんに渡そうかどうしようか悩んでて」

「クラッシュの所に飛んできたってことは、何か意味があるんだろうよ」

「だから、取引材料に使うことにしました」

「取引?」



 クラッシュの意外な言葉に、セイジさんはキョトンという顔をした。こうしてみると、同じくらいの年にしか見えないのがやっぱり不思議だ。



「これを渡す代わりに、俺を、セイジさんが行こうとしている場所に連れて行ってください」

「……っ」



 クラッシュの申し出に、セイジさんとヴィデロさんが息を呑んだ。

 次の瞬間にはセイジさんが「ダメだ」と答える。



「ダメだって言われたら、このオーブは渡せません」

「でもダメだ。あそこは、連れて行けねえ。っていうか、その情報、どこから手に入れた」

「ヴィルと一緒に歩いていると、ある程度真実が見えてくるんですよ。あいつ、ピンポイントでそういうのにぶち当たるんで。だから、セイジさんが何をしようとしてるのかも、もう理解しています。それに母さんとアルさんが協力しようとして……違うな、一緒に為そうとしていることも。だから、俺も、今度こそついていこうと思って」



 皆が口を噤んで、2人の会話に聞き入っていた。

 『リターンズ』の皆はきっとわけが分からない会話なんだろうなと思うけど、誰も口を挟まない。



「ダメだ。それだったら、そのオーブは受け取らねえ。俺がまた異邦人たちに手伝ってもらって自分で取ってくるだけだ」

「でも! 俺、母さん並の魔力になったんですよね!? だったら、俺だって行けるんじゃないですか!?」

「それは専用魔道具で調べないと適性がわからねえから何とも言えねえ。確かにクラッシュはかなり成長した。でも、どれだけ成長したのかは、魔道具でもねえと異邦人みたいに確認できねえんだよ。その魔道具は王宮専門の魔道具だ。おいそれとは貸し出して貰えねえだろうな」



 セイジさんの苦虫を噛み殺したような顔で言ったセリフに、俺とヴィデロさんは顔を合わせた。

 魔道具だったら何とかなるかもしれないけど。

 でも。それを言って、クラッシュがもし基準の上を行ったら。

 ヴィデロさんはゆっくりと首を横に振った。きっと俺とおんなじことを考えたんだ。

 ヴィデロさんだって、クラッシュを死地に向かわせたくないんだよね。俺も。俺たちみたいなプレイヤーだったらバンバン行って魔物を倒して死に戻っても笑いながら「やられちまった。次はもっと魔物倒してくる」なんて言いながらまた魔大陸に向かうっていうことをして全然いいと思ってるけど。でもクラッシュはプレイヤーじゃない。セイジさんだってエミリさんだって勇者だって、ヴィデロさんだって。

 本当だったら、俺たちプレイヤーが「新たな大陸を発見! 街を広げるために大陸の魔物を退治しよう」みたいなイベントにしてガンガン魔大陸に行けば何の問題もなくなるんだと思う。っていうかそれいいかも。あとでヴィルさんに提案してみよう。アリッサさんでもいい。



「じゃあもし、その魔道具で俺が適正ありになったら、絶対に連れて行ってください。そのために色々な腕を上げたつもりですから」

「そりゃあ……まあ考えとくけど、店どうするんだよ」



 クラッシュの決意に水を差すように、セイジさんが肩を竦める。

 するとクラッシュは「問題ありません!」といい笑顔を浮かべた。



「もし俺が留守にすることになったら、おじいちゃんとおばあちゃんが代理で少しの間店を切り盛りしてくれるそうなので! 既に頼んできてます! おじいちゃん、結構ヤル気ですよ」



 セイジさんは、呆気にとられたような表情になった。

 クラッシュの行動力に驚いてるのか、自分の両親が駆り出されたことに呆れているのか。

 しばらくその表情を浮かべていたセイジさんは、その後肩を揺すって笑い始めた。



「……もし、機会があったら、クラッシュの魔力がどこまで伸びたのか調べるよう頼んでやるよ」

「はい」

「それまでは、そのオーブはクラッシュのものだ。受け取れねえ」



 クラッシュの手をそっと押し、セイジさんは今度こそ皆に帰るぞーと声をかけた。

 セイジさんの手に触れると、丁度隣に陣取った陽炎さんが「もしかして、セイジたちは魔大陸に行く気なのか……?」とひとりごとのように呟いていた。俺が聞こえたってことは多分セイジさんたちにも聞こえているってことだよな。でも、セイジさんはそれに対して何も言わなかった。







 トレの街に帰ってくると、セイジさんはクラッシュを伴って雑貨屋の中に入っていった。

 それを見送りつつ、俺たちも工房に向かう。

 最後、『リターンズ』の皆が何か言いたげな視線を向けていたけれど、セイジさんが何も言わないってことは俺たちも何も言えないってことだよな、とただ挨拶をして別れた。







 工房に帰ってきた俺たちは、まずは身体を休めるために椅子に座った。ダンジョンに入ったせいか、2人とも埃っぽいし、戦闘後だから大分くたびれた見た目になっている。ヴィデロさんはすぐに鎧を脱いで俺に渡してきたので、それをインベントリにしまう。今日のヴィデロさんはこの鎧で空中戦をこなして、めちゃくちゃかっこよかった。動画撮っておけばよかった。永久保存版にするのに。動画撮ってなかった俺の馬鹿。

 ヴィデロさんは、見た目ペタンコのカバンの中から、山のように魔物のドロップ品を取り出した。



「使えるものは取っておいて、あとは売りに出そう」

「そうだね。俺も」



 食べれる肉はキッチンのインベントリに放り込んで、錬金とか調薬の素材として使えそうなものは工房のインベントリに。二人で選別していったら、売れそうなものは結構少なめだった。



「ランクの高いダンジョンだったから、自然ドロップ品も程度のいい物になるんだろうな……」



 売れる物の少なさに溜め息を吐いたヴィデロさんに、俺は静かに心の中で突っ込んだ。



 っていうか、ヴィデロさんのドロップ品、ほぼレアなんだけど。売れないよね。俺がいつでも使っていいよってそれ、使えないよ。だったら盛大に使って出来上がった物はヴィデロさんのカバン行きしか選択肢がないよね。

 これだけの品のほぼ半数以上がレアドロップ品っていうのが凄い。もし俺が普通に戦闘職とかだったら、大分これを売ることが出来て、ヴィデロさんの懐も潤うのに。



 とそこで気付いた。もしかして、ヴィデロさんってあんまり貯蓄してなかったり? なのに俺に装備とか買ってくれてた?

 そんなことになったら、俺甲斐性なしじゃん。俺結構稼いでるから。お金の心配はしないで欲しいんだけど。



「もしかしてヴィデロさん……金欠?」



 ドキドキしながらそう訊くと、ヴィデロさんは吹き出した。

 そして盛大に声を出して笑った。



「一応俺、騎士だからな。しっかりと給料をもらってるし、あまりそれを使う機会もないから、ちゃんとあるからな? 俺だって、マック一人を養うくらいは余裕あるから安心してくれ。何なら、毎月何かアクセサリーを贈ろうか」



 その言葉を聞いて、俺は、さっきあほなことを考えた己を恥じた。ヴィデロさんはそうだよね。散財とか、想像つかないよね。甲斐性ありありだよ。カッコいい。好き。でもアクセサリーはそんなにいらないからね。



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