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725、裏技使ってます
しおりを挟む次の日から、俺の腕にはヴィデロさんの腕輪型アクセサリーが着けられている。
裏技を編み出してしまったのだ。
ヴィデロさんはなんだかんだとグランデ国内を飛び回り、工房にいることの方が少ない。
一緒じゃないと回復できないな、とがっかりしていたら、ヴィデロさんが腕輪を外して俺の手に付けてみたんだ。
そしたら、ちゃんと卵が反応したので、これだ、と。
ヴィデロさんはすごく優しい顔で、「俺の分までこいつを可愛がってくれないか」と俺をキュン死させるセリフを吐いてお出掛けしていった。もちろん二人分たっぷり可愛がるとも!
卵の籠を求めてクラッシュの店に行ったけど、丁度いい物がなかったので、それじゃあ、と呪術屋に向かう。
ドアの前に立ってノックをした途端、ドアが開いて、レガロさんが迎え入れてくれた。
「いらっしゃいませ。いつもご贔屓にしてくださりありがとうございます」
にっこり笑顔で迎え入れられて、俺もつられて笑顔になった。
「今日はどういったご用件でしょうか」
「この卵を入れる籠が欲しくて。何かいい物はないでしょうか」
そっと手の中の卵を見せると、レガロさんはおや、と目と見開いてから、俺を見下ろして。
「どういった形のものがお好みですか?」
「絶対に落とさないで置いておけるもので、こう、ふわっふわの柔らかい物が中に入って卵が安定するような」
我ながらすごく適当な説明だと思う。
でも、レガロさんは少々お待ちください、とそんな説明だけで奥に向かった。
そして、すぐに何かを手に戻ってくる。
それは、籐で編まれた取っ手付きの籠だった。
もう片方の手には、数種類の布。
「この中から、マック君が一番気に入ったものを選んでください。それに綿を詰めて、その子の特製ベッドを作ります」
「わ、ありがとうございます!」
一発で俺の意を酌んでくれたレガロさんはやっぱり俺の頭の中が見えてるんじゃないかなって思う。だって想像した通りの籠と中身だから。
一つ一つ触ってみて、うーん、と唸る。
何かが違う。思い描く手触りと違う。
首をひねっていると、レガロさんがスッと布を下げた。
「どれもお気に召さなかったようですね。もしや、思い描くのは『スノウイーターラビットの上毛皮』でしょうか」
レガロさんにそう指摘されて、俺はハッと顔を上げた。
そうだそれだ。俺、無意識にあのローブの手触りを思い描いていた。
今はヴィデロさんに貰ったローブを身に着けているから、とインベントリからヴィルさんから貰ったローブを取り出す。
触って、これだ、と思う。俺、いつの間にやら手が肥えていた。これ確か凄く高くて激レアで競争率も高いんじゃなかったっけ。
「これでした……でもこれはヴィルさんから貰った結婚祝いだからなあ」
勝手に切って縫って綿詰めてベッドにするのはさすがに出来ないよな、と溜め息をついていると、レガロさんが「触ってもよろしいですか?」と訊いてきた。
どうぞと返事をすると、レガロさんが白い手袋を付け替えて、サラリと表面を撫でた。
「素晴らしい毛並みですね……」
ため息とともに恍惚の声音で呟く。
お礼を言われて返事をしながらローブを引っ込めると、レガロさんはまたも奥に引っ込んだ。
そして、手にしたものは。
「そのローブの手触りには少々劣りますが、幸いにもうちに在庫がありました『スノウイーターラビットの毛皮』で作るのはどうでしょう」
そう言って差し出してきたのは、ほんのり薄い水色の、とても柔らかそうな毛皮だった。
許可を得て触ってみると、ローブとほぼ変わりない極上の手触りの毛質で、撫でただけでホワァと和んだ。
「これでお願いします」
「了解しました。では、すぐにお作りしますので、奥で待っていて下さいますか?」
すぐに出来るの!? と驚いている俺をサッと奥のテーブルに案内して、目の前にお茶を出してくれたレガロさんは、毛皮と籠を手に、奥に向かって行った。
待っている間することがないので、短剣を取り出して卵を回復していると、それほど待たずにレガロさんが戻って来た。
差し出された籠は、しっかりと卵が収まる溝がある、ふわふわの毛皮ベッドの入った、俺が欲しいなと漠然と思い描いていた形の籠だった。
喜ぶ俺を横に、レガロさんはテーブルに置かれた短剣に目を止めたらしい。
「大分傷ついてしまっていますね」
そう言って、欠けた蔦の飾りに指を添えた。
「でも、この短期間でずいぶん成長させましたね。攻撃の出来ない短剣をここまで成長させることが出来るとは、素晴らしいです」
「魔王戦で共に戦ってくれた相棒ですから」
褒められて、調子に乗ってみる。一度言ってみたかったんだってことは秘密。でもそのことも読まれてたのか、レガロさんはくすくすと笑った。
「歴戦の勇者のようです。この聖剣も、この傷が誇らしいようですよ」
「誇らしいって、そういうのわかるんですか?」
「ええ。この子はしっかりと意思のある物なので、そういう感情もあるんですよ。そういう武器が店に揃うと姦しくてたまに「煩ーい」と怒鳴ってしまいます」
「レガロさんが怒鳴るなんて想像つかないんですけど」
「私でも怒るときくらいあります。何せそういう剣は私が精密な作業をしているときほど姦しいので。集中力が切れてしまうんです。しかも私が怒鳴ると喜びますし。魔剣の様な古株には私も翻弄されてしまいます」
その光景を想像して、俺は思わず吹き出してしまった。剣と会話するレガロさんとか、ありえるから困る。
肩を揺すっていると、レガロさんが「でも今は一本もないので静かでとてもいいですよ」とにっこり笑った。
「では、お代の方ですが」
「はい」
「その『スノウイーターラビットの毛皮』がとても高価な物なのは既にご存じですよね」
「はい」
俺が神妙に頷くと、レガロさんはゆっくりと口を開いた。
「女神の力を、この目で見せてもらえませんか。そして、その女神の力によって出来た物一つを、お代としてお納めください」
レガロさんの言葉と共に、ピロン、と通知音が頭に響いた。
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