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753、ヴィデロさんの運営の顔
しおりを挟む「そのバカげた内容の掲示板を消すのは、俺たちの仕事だな。ユキヒラ、お前はこの子の心を守るのが先決じゃないのか」
ヴィデロさんが店を出て行こうとしたユキヒラの腕を掴む。
確かにそうだよ。噂の掲示板を探してどうにかするのは俺たちでも出来るけど、ロミーナちゃんがこの中で一番信頼してるのは、どう見てもユキヒラだ。俺も頷いて、ユキヒラを見上げる。ヴィルさんかアリッサさんに連絡は取れるかな。それよりも、さっき捕まった人たちに話って聞けるのかな。
「あいつらから詳細をなんとしてでも聞き出して、根こそぎ消し去ってしまうから、安心して。次からああいうのが出た場合、すぐに衛兵を呼んでいいから。話は着けておくし、何なら安心のためにこれを置いていく。すぐに近くにいる衛兵が来てくれるから、何かあったらすぐに鳴らせよ」
ヴィデロさんは一度ロミーナちゃんに近付くと、さっき衛兵を呼ぶために使った笛をテーブルにコトンと置いた。
ロミーナちゃんが驚いたような顔でヴィデロさんを見上げる。
「でも、これ……大事な呼び笛」
「持っているだけでも、お守りになるはずだ。ユキヒラ、あとは任せたぞ」
「……一生、恩に着る」
「それは全て消し終わってからだ」
「ああ」
ユキヒラは口を引き結んで、俺たちを見ていた。
俺はヴィデロさんと共に店を出て、衛兵の詰所に向かった。
でも、俺無関係なのについてっていいのかな。詳細は聞きたいし、何かしら力になりたいけど。
ピリッとした空気を纏って進むヴィデロさんの横を歩きながら、なんでこんな最低なことをするのかと、ひたすら憤っていた。
詰所の奥では、拘束されて牢屋に入れられたプレイヤー三人が文句を言い続けているらしい。
衛兵に捕まったプレイヤーは、運営サイドの人によってIDとかしっかり記録されて、犯した罪の重さによって色々と処分を下されるらしい。
垢BANが一番重いけれど、イエローになっても監視が付くし、こっちの法と照らし合わせて禁固刑になると、どこかにある牢獄で奉仕させられたりもするらしい。そこで既定の何かをクリアしないと罪を償ったことにならないとか。その場でログアウトしてもうログインしない人もいるとかいないとか。ヴィデロさん情報なんだけど、ヴィデロさんの口からそういう情報を入手した時、俺はかなり複雑な気持ちだった。なんていうか、なんていうか! 裏側を知っちゃったんだ、的な。純粋にこの国の人として暮らしてたヴィデロさんが、本来知らなくていい裏側を知って、何とも思わないのかなって。俺も裏側なんてほぼ知らないけれど、それでも。なんていうか言葉にいい表すのが難しい複雑な気持ちだった。その中でも一番大きかったのは、俺たちプレイヤー事情を知ってもまだ俺の事好きでいてくれるのかなっていう不安だったけど。俺に向ける視線は優しいままだったからホッとした。
ヴィデロさんは移動中に連絡を取っていたらしく、詰所前にいた一人の人に声を掛けて、一緒に詰所のドアを潜った。どうやら合流した人はアリッサさんの部下らしい。俺の知らない人だった。
「マックはここに入れないから、工房に戻っていてくれないか」
「でも」
ヴィデロさんは後ろにいた俺に振り返って、そう口を開いた。
ここで俺のけ者になるの? そりゃないよ、と眉を寄せると、ヴィデロさんは俺の眉間を指でスッとなぞって、少しだけ口元を綻ばせた。
「マックにはやって欲しいことがあるんだ。ログアウトして、兄と連絡を取って欲しい。今ネット上でサーチしている語彙が何かを聞き出して欲しいんだ。多分それに当て嵌まらない言葉を使って個人掲示板を開いているやつがいるから、俺があいつらから内容を聞き出したら、そのサーチ用語彙に追加を頼んで欲しいんだ。多分アキでも出来るはず。頼んだ。そして、出来る限りマックもサーチして探し出して欲しい。絶対に残しちゃいけない掲示板だからな」
「わかった。頑張る。ヴィデロさんも、頑張って」
「ああ。頼りにしてる」
にこ、と笑うと、ヴィデロさんはもう一人の人を伴って詰所に入っていった。
頼りになるのはヴィデロさんだよ。ネット情報とか、どれだけの知識をこの短い間に詰め込んでるんだよ。
ちょっとだけヴィルさんと話してるような錯覚に陥っちゃったよ。知的すぎるヴィデロさんとか、どれだけ素敵なんだよ。俺、勝てるところ一つもないよ……。そんなヴィデロさんに頼りにされてるなら、やるしかないよね。
俺は気合いを入れるため、フン、と鼻息を荒くすると、その場で魔法陣を描いてトレの工房に跳んだ。
すぐにログアウトして、下の会社に向かう。
顔を出すと、佐久間さんがどこかの仕出し弁当を食べているところだった。うっわ高そうなお弁当。味付けとかちょっと気になる。ってそんなことじゃなくて。
「どうした健吾。今日は休みだろ。お前のめしがなくて泣いてた俺にお慈悲を恵んでくれようとしてたのか?」
「泣いてないじゃないですか。しかもおいしそうな物を食べて。っていうか機材沢山あるテーブルでご飯食べてたらヴィルさんに怒られますよ。奥を使ってください」
「ヴィルは来ねえし黙ってりゃバレねえって」
「そのヴィルさんに用事があったんですけど……メールとか送ったら迷惑ですかね?」
「なんかあったのか? 一応話してみ? 俺でも何とか出来れば何とかしないこともないぞ」
「しないこともないんですか」
「報酬は健吾作豚の角煮」
「角煮くらいいつでも作りますけど。じゃあ」
俺は佐久間さんにさっき起こったこと、そしてヴィデロさんに頼まれたことを次々話した。
既に夜なので、ここで仕事をしているのは今は佐久間さんだけ。心置きなく、感情を乗せて話すと、佐久間さんは真剣な顔つきで聞いてくれた。
「なるほどな……サーチに引っかからない掲示板か。一応アリッサさん所でもかなり探してはいるんだけどそれでも引っかからないか。まあ、幾多あるネット上のサイトを片っ端から探すなんてことは不可能に近いからなあ。でも、そいつらはなんて言ったって?」
「『王宮の街の雑貨屋の子が……』って」
「そこ路線でサーチしようぜ。健吾も座って座って」
「はい」
俺もすぐに席に着くと、佐久間さんと共に画面を開いた。
あいつらが言ってた言葉を並べても、ちょっと語彙が違うのか、上手く探し出せない。
一時間ほど色々と探してみたけれど、どこにもそれらしいサイトはなかった。
「見つからねえなあ。これ、ヴィルが探したら15分くらいで偶然辿り着いたりするんだけどな。俺にその能力はなかったか。地道に探すしかねえか。ヴィデロから連絡は入ってるか?」
「ないです」
ヴィデロさんが使っているギアは管理者用だから、チャットを使うとこっちのパソコンにもチャット内容を送れるようになっている。常にそれが来るのを待ちながら探してるんだけど、チャットは一向に送られてこなかった。
「ま、今日捕まったやつらのIDなんかの情報はここじゃなくて本部に届くから俺らじゃ見ること出来ねえんだけどな。そっちにも連絡取ってみっか。こういう時、本部じゃねえと不便だよなあ。飯がコンビニ弁当だってのはさらに不快だから戻る気はねえけど」
「食事情の方が上なんですね」
「人間の三大欲求だからな……っと、今日のやつらの垢は押さえたらしいな。極秘情報だ」
「極秘を知ってしまった」
「健吾が持ち込んだ問題なんだから知っとけよ。お、来た来た、来たぞ健吾。ヴィデロからだ。よしよし、ヴィデロやりやがったな。褒めて遣わす。健吾。ヴィデロの助言で見つけたぞ。件のサイト。ええと、サイト名を読むのも不快なサイト名だな。最初の頃に問題起こしてBAN食らったやつが腹いせに作ったやつみてえ。パスが必要……『T/A/B/O/O』っと」
開いたぞ、と言われて、慌てて席を立って佐久間さんの隣からモニターを覗き込む。
そこにはすごく下衆い内容が書き込まれていて、気分が悪くなった。
「……クソが」
佐久間さんがポツリと漏らす。
中にはロミーナちゃんのことも書き込まれている。直接どこの誰っていう書き込みはないのに、読み込めば誰だかわかるという悪意ありありなもの。ロミーナちゃんの他にも色々な人のことが書かれていて、何でこんなことが出来るのかと吐き気すら込み上げてくる。
「今回被害に遭ったのが、この『えらいやつらが跋扈するところの外側でちまちま物を売ってる子』なんだろ。ジジババが身体を壊したから一人でいるからねらい目……って最悪かこいつら」
佐久間さんも、いつもの飄々とした雰囲気はなりを潜めて、怒りをあらわにしている。
そして、「お前らなんか本部に送りつけてやる。出入りしてる奴ら全員BANされちまえ」とどこかにメールを送った。
すぐに返信が来て、佐久間さんがそれを開くと、ADO運営の本部からのメッセージだった。
情報は貰った、跡形なく消す、的な物だった。
「絶対今のメール女史が書いたんだぜ。周りを破壊しそうな勢いで怒ってるんじゃねえの」
「アリッサさんがこれ、見ちゃったんだ。これはさすがに女性には見せたくなかった」
「どう考えても本部案件だからな。でもまあ、女史はどんな情報も目を通す義務があるとかいって絶対目を瞑らないぜ。これは見逃せねえし。今頃このサイトにログインしてる奴を辿って特定とかしてるかもな」
これを消すのは、ここにログインしてる人を確認してかららしく、すぐには消せないみたいだった。しかも公式とは全く関係ないから、色々と手続きがあるらしい。それは全てアリッサさん率いる本部のそういう部署でやるそうだ。なんか色々と絡んでくるんだとかなんとか。素人の俺にはさっぱりわからないけれど、あとは安心して任せればいいらしい。それよりもこの怒りの矛先をどうするかが問題だ、と佐久間さんは獰猛な眼つきでモニターを睨んでいた。
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