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番外編

惚れ直しました。

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  馬車で貞操の危機があるわけでもなく、俺は無事(?)国境を越え、例の場所に着いた。
  地下に箱ごと運ばれ、かなり乱暴に箱をひっくり返され、地面に転がる。石造りだから結構痛い。
  襲われるくらいならこのまま袋状態がいいと思ったけれど、袋から引っ張り出されてがっかりする。
  まだ必死で目を閉じているけれど、起きてるのバレてないよね。
  
 「あの庶子がここに合流するのは何日後だ」
 「王宮に一泊して出てくるとか言ってたから、明日くらいじゃねえか」
 「んじゃ、今日のうちに楽しんどくか」
 「お綺麗な服着てるなあ。流石『テスプリの秘宝華』は違うねえ」
 
  聞いているだけで、背中を怖気が走る。
  気持ち悪い。
  ええ、顔は見てないけれどこの人たちが俺を? 無理。絶対無理。
  考えただけで鳥肌が立ってしまって、眉が寄る。
 
 「ん? そろそろ起きるのか?」
 「薬が薄かったんじゃねえの。もっと強いのあっただろ。もう一回飲ませとけよ」
 「でもあれ、二日くらい起きねえやつだよ」
 「丁度いいじゃねえか、煩くなくて」
 「寝てる奴をヤってもつまらねえだろ。あの恐怖に歪んだ顔と悲鳴、それを最後に『気持ちいい』って言わせんのが最高なんだよ」
 
  下卑た笑い声を上げる男の言葉に、そろそろ耐えられなくなる。
  本当は王族が合流してからが一番ベストなんだけど、聞こえてくる言葉の醜悪さに顔を歪めた。
  
 「言うわけないだろ……! 気色悪いからその口閉じろよ……!」
 
  つい顔をあげて、怒鳴ってしまう。
  袋から出してもらっていてよかった。
  運ばれている間に兄様蝶が移動して腕の縄を切っていたので、それを縛られているように見える様に持っていたけれど、バレてなくてよかった。
 でも変な格好でずっといたせいか、身体が固まっていて動きが鈍い。

「起きたのかよ。聞いてたんだろ、今の話。そんな細腕では何も出来ねえだろ。どうせお前はとある王族に売られるんだ。諦めろ」
「あの側近とヤりまくってんだろ。今更俺らのを突っ込んでも問題ねえってことだよな」

 転移魔術陣を使うよりも先に腕を掴まれて、床にもう一度倒される。
 ニヤニヤした男二人に抑え込まれて、ぐっと奥歯を噛んだ。
 このまま魔術陣を発動したら、この二人もついてきちゃうってことかな。こんな格好で兄様の前になんて転移したら、俺離婚されちゃうじゃないか! そっちも無理。
 半泣きのまま必死で暴れるけれど、抵抗空しく男の手が服に伸びた。
 胸元を飾る兄様の蝶に手が掛けられる。

「それは、ダメ……!」

 兄様の蝶なのに!
 悲鳴のような声を上げると同時に、蝶が奪われた。
 

「うわああああ!」

 悲鳴が部屋中に響く。
 今の悲鳴は俺じゃない。
 兄様の蝶が奪われた瞬間、その蝶を中心に男の手がパキパキパキ、と凍っていき、瞬きする間に部屋が氷に覆われた。
 俺はどこも凍らなかった。
 兄様の魔法は相変わらず威力と精度が素晴らしい。
 けれど、この格好はいただけない。
 腕を押さえつけられたまま男の下半分が凍ったので、俺の腕が抜けなかったのだ。

「な、なん、なんだ……」

 何が起きたのか理解できなかったのか、男は自分の凍った身体を見下ろした。
 俺も身動きが取れないまま、どうしようかと凍った男を見上げていると、俺の腕を押さえていた男の腕が一瞬にして砕け散った。

「腕が、腕が……!」

 腕が砕け散った男が悲鳴を上げて自分の腕を見る。
 もう一人の男も床と一体化して、まったく動けないみたいだった。
 兄様は遠隔でも凄いな、と改めて凍った周囲に視線を向けていると、目の前に麗しの顔が現れた。

「こんなことをされるなんて聞いていなかったよアルバ……」
「僕も想定外でした……兄様、助けに来てくれたんですか」
「何当たり前のことを訊くの。アルバに渡した蝶が発動したらすぐわかるって言っていたでしょう」
「兄様……」

 ありがとう、と口に出す前に身体を抱き起され、そのままぎゅうぎゅうに抱き締められて、ホッと身体から力が抜ける。
 兄様の腕の中に収まって、ようやくこわばっていた身体から力を抜いた。自分で思っていた以上に、俺はこの状況が怖かったというのが、ここに来てようやくわかった。

「何もされなかった?」
「大丈夫です。兄様が助けてくれたので。兄様は僕の最高の英雄です。カッコよかったし惚れ直しました……!」
「良かった。極力アルバの前では攻撃魔法を使いたくはなかったんだけれど、流石にこの状況は無理だった……」

 怖がられたり嫌われたら嫌だからね、という一言を付け足した兄様に、俺は腕を回して抱き着いた。

「僕がどんな兄様でも最高に素晴らしいと思っているの、知ってるじゃないですか。嫌うとか怖がるとか在り得ないです。むしろ、惚れ直す……」

 最後まで言わせて貰えず、俺は口を塞がれた。兄様の口で。
 手が粉々になった男とか床と一体化して半分が凍ってる男とかがいるけれど、兄様は全く気にせず俺の口を塞いだ。
 腰砕けになる程の、口封じを。





 転移魔術陣で俺の元に飛んできた兄様は、その後一人でその館を制圧した。
 氷の館は、外に出て入り口から見ると、とても綺麗で、けれど、決して人が住むことが出来ないような外見になっていた。
 全員を床に凍らせて動かなくさせた兄様は、まるでこの館の主であるかのように堂々と、ここで合流予定だった王族と対峙した。
 
「一日ぶりですね、お元気そうで何よりです」

 優雅な笑顔を湛えて主の椅子に座る兄様は、まるで王様のような貫禄があり、王族であるはずの男をひるませていた。
 予定とはだいぶ違ってきたな、と思いながら、俺も兄様の横に立つ。

「き、貴様はテスプリの側近の……! もしや和平を唱えたその口で我が国に戦を仕掛けるつもりか……!」
「御冗談を。それはそちらの事でしょう。うちの宝をここまで連れてきて、何をするおつもりでしたか? 我が秘宝華を手土産に、権力を手にしようとしていたわけではありませんよね」

 壮絶な色気を乗せた兄様の微笑は、ひるんでいた筈の王族の男をも魅了した様だった。男は金縛りにあったように身動きも取れず、ただただ兄様を凝視していただけだったから。
 そうだよね。凄みを増した兄様は壮絶にかっこよくてエロっぽくてもう胸がバクバクするよね。最高。

「それとも、ドローワ国王から秘宝華を連れ帰ったら王位継承権をやろうと誑かされたのか……そして愚鈍にもその言を信じて、秘宝華を連れ出した、と」

 兄様の言葉に、ようやく男は我に返り、カッと怒りを顔に乗せた。

「私は……! 正当な王の嫡子だ!」
「ふむ……母親は上級女官でもなく、下女。戯れに王に手を付けられ、子を産み落とす。その時期はまだ王は王太子でもなく王立学園に通っており、表向きは婚約者と良好な関係を築いていた。けれど、下女が声高に王子のお子だと騒いだので、廃嫡寸前まで行くも、身体の弱かった弟王子が他界、他に誰も変わりがおらず、ドローワ王が王太子となった。下女は認知もされなかった故、貴方は王子とは認められず、王宮の隅の下女が住んでいた場所で暮らしていた。よって、王位継承権はない。相違ありませんね」
「違う! 私が陛下の一番の息子だ! 王位継承権が一位のはずだ! だからこそ、陛下は私を息子と認めているからこそ、私に、この様な……っ!」

 ハッとして男が口を閉じる。
 なるほど。王様が庶子のこの男に俺を連れてくれば息子と認めるとか何とか言って唆したんだね。
 王様からしてヤバい場所だね。
 でも一応王の血筋だから、今回の説明会とか出ることが出来たのか。でも、この男がちゃんと宝玉の知識を持っているかは怪しいよね。
 ドローワ国との国境付近は流民に注意を促さないとそのうち傾くかもしれない。
 青くなった男に、兄様が凍てつくような視線を向ける。

「さて。私の大事な秘宝華を汚そうとした男の処置をどうしようか」

 ある意味この男も被害者なのかもしれない。
 子供を作っておいて放置とか、捨て駒に使うとか。ちょっとドローワ国ヤバいね。近寄りたくない。とはいえ数年前はうちの国も王子たちの確執が大分酷かったけれど。

「あとは妃殿下に任せればいいのでは」

 殲滅してくれるので。言外にそう匂わすと、兄様はちょっとだけ目を瞠ってから、フッと目元を和らげた。

「私なんかよりよほど恐ろしいことを思いつくね。妃殿下にかかったらドローワ国など一瞬で殲滅されるよ」
「それもいいかもしれません。だって僕、この国の行く末を『刻魔法』で視たことがないですから」

 ニコッと笑ってそう言うと、男は真っ青になって膝をついた。
 嘘は言ってないよ。視る気もないだけ。大体、未だに魔力操作が下手くそなのか何なのか、視たいものを視ることが出来なくて、魔法の気まぐれに任せるしかないんだよ。

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