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囚われの過去(エルヴィス視点)

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アリフォメン侯爵家嫡男。
次代の領主として俺は期待を一身に受けていた。
期待に応えなくてはならない、誰よりも優れた領主にならなければならない。

努力した。
誰よりも勉強して、作法を学び、父上の仕事にも携わって。
希望に満ちていた……なんて言いすぎかもしれないが、きっと民を幸せにできるのだと思い込んでいた。

両親が事故で死んだ日も、俺は人前で涙を流さなかった。
ひっそりと独りで泣いた。
立派な大人は涙を見せてはいけないから。

幼くして領主を継いで侯爵となり……俺は決意する。
両親に報いるためにも、必ず名君になると。

 ***

「……疫病?」

きっかけはひとつの報せだった。
侯爵領の辺境の村で、病が流行し始めているらしい。

俺は慌てて過去の事例に目を通した。
ええっと……こういうときはどう対処するべきなんだ?
最後に疫病が流行したのは、今から二百年以上も前か……当時は病が流行った場所を封鎖したらしい。

「いかがなさいますか、エルヴィス様」

「……村を封鎖する」

「それは……」

「もちろん村人たちからの反感は承知している。しかし、これ以上の拡大は防がなくてはならない。ただちに学者を集めて病を研究させよう。対処法を一刻でも早く見つけるぞ」

側近は渋々といった表情で出て行った。
何事も先例に倣うのが一番だ……少なくとも講義ではそう習った。
たった今、この瞬間までは。
俺が最も賢明だと勘違いしていたんだ。

 ***

「…………俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ……」

俺が殺した。
呑気に封鎖している間に、病は拡大してしまった。
村人のほとんどが死に絶えて……俺が殺したんだ。

俺が無能だったから民は死んだ。
正解なんて今もわからない。
けれど……俺が能無しだという厳然たる事実は明らかになった。

もうずっと自室に籠り切りだ。
早く……執務室に戻らないと。
領主としての責任から逃げてはいけない。

知っている、封鎖した村の生き残りから非難を浴びていることを。
彼らは陳情の署名を送り、俺に責任を負うように求めている。
当たり前だ……俺が殺したんだから。

「……お兄様。いま、いい?」

扉を叩いてリアが入ってきた。
彼女は不安を瞳に湛えてこちらを見ている。
妹を心配させるとは……情けない兄だな。

「……ああ、リア。少し具合が悪いんだ……放っておいてくれるか」

「うん、その……あんまり無理しないでね。大丈夫だよ! 兄上ががんばってたこと、みんなわかってるから!」

「そうだな……だが、事実は事実として重く受け止めないと。ありがとう」

過程には意味がない。
統治者に求められるのは結果だけだ。

「あ、そうだ! 兄上にいいお知らせがあるの!」

「ん、どうした?」

「あのね……私も兄上のお力になれないかなって思って。流行り病の正体を探ってみたんだよ。そしたらね、疫病の正体が特定できたんだ!」

「――リアが?」

それからリアはたくさんの本を持ってきて、俺に疫病の解説を始めた。
正直、混乱していて何を言っているのかわからなかった。
いや、たぶん正常な状態でも……俺はリアの話についていけなかっただろう。

まだ年端もいかない少女が……信じられるか?
対して俺はなんなんだ?
ただ村人をいたずらに殺し、引き籠っているだけで。

こんなの……俺が領主である必要がないじゃないか。

 ***

疫病はリアの手によって撲滅された。
しかし、俺に対する民の反感は収まらず……いまだに情けなく引き籠っている。
最初は積極的に声をかけてくれた臣下たちも、もう俺に何も言わない。
諦められているんだ。

そんな折、耳に届いたのが反乱の鎮圧だった。
封鎖された村の生き残りが反乱を起こしていたが……従弟のアルバンが犠牲をひとりも出さずに収束させたらしい。
リアとそこまで変わらない歳なのに、俺の親族は有能ばかりだ。

「俺は……必要ない」

そのとき、やっと気づいた。
別に領主が俺である必要はない。
ただ前代侯爵の血を継いでいるだけだった。
長男に生まれただけだった。

能力なんてないし、器も領主のそれじゃない。
民が幸せになるための最善手は、俺が政治に干渉しないこと。
何も望まず、望まれず。

ただ転がっていればいい。
それが俺の役目だ。
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