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念願の夜会(ドリカside)

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「お父様! ちょっと!」

騒がしくドリカが階段を駆け下りてくる。
スリタール子爵は煩わしそうに顔をしかめた。

「なんだ、ドリカ」

「近いうちに『紅の夜会』があるって本当!? 大公閣下や高位の貴族たちが集まる夜会!」

今までドリカが高位貴族の夜会に招かれたことはない。
子爵という低めの地位であるし、何より夫人とドリカが横柄に振る舞っているため、お呼ばれされることはなかったのだ。

「ああ……アリフォメン侯爵からお招きいただいてな」

「ディアナもたまには役に立つじゃない! お父様、もちろん私も連れて行ってくれるのよね!?」

「……無論だ。お前たちは連れて行かねばならんからな」

ドリカと夫人はその夜会で貴族としての地位を失うことになる。
そうとも知らず、浮かれた様子の妻と娘に子爵は嘆息した。
アリフォメン侯爵に夫人の浮気の証拠と、ドリカと血がつながっていない証拠を押さえてもらっている。
唯一の懸念点があるとすれば、証拠で血のつながりがないことを十分に立証できない点だが……聡明なアリフォメン侯爵家に間違いはないだろう。

この夜会が終わればスリタール子爵は晴れて独立。
ディアナの結婚式も正式に挙げることができる。

しかし、スリタール子爵は娘の結婚式に姿を見せないつもりだった。
これまで娘に苦労を強いてきたのだから、合わせる顔などないと。

「ねえ、お父様! 今回ばかりはドレスを買ってくれるわね?」

「いいだろう。……これが最後になるのだから」

スリタール子爵はぽつりとつぶやく。
しかし、その声は誰の耳にも届いていなかった。

 ***

夜会当日。
今回の夜会は年に一回きり、国内でも最大級のイベントである。
通称『紅の夜会』という。
集うのは主に伯爵家以上の者。

今こうして子爵家のドリカが来られているのは、奇跡に近い出来事だった。
隣には緊張した面持ちの子爵と夫人が立っているが、ドリカには緊張という感情はない。
いい男がいないかどうか……周囲を見渡す。

「……人がまだ少ないわね」

会場には身分の低い者から入る。
子爵家以下の貴族などほとんどおらず、数名しか見えない。
こちらのことをじっと見つめている赤髪の令息がなんだか不気味だ。
いい男はいないな……と内心で悪態を吐きつつ、ドリカは母に語りかける。

「それにしてもお母様、ディアナもたまには役に立つわよね。こうして侯爵家の親族として、念願の夜会に出られたんだから」

「おほほっ! そうねぇ、紅の夜会に出ることが人生の目標のひとつだったもの。アリフォメン侯爵の温情に感謝ね!」

「『陰険侯爵』……ふふっ。ディアナの顔を見るのが楽しみだわ」

ドリカは不気味に笑った。
『陰険侯爵』と隣り合って来るというディアナ。
久々に妹に会ったら皮肉を言ってやるつもりだ。

まだアリフォメン侯爵からドレスを買うための金ももらっていないし、それとなく催促しなければならない。
内気な夫婦だろうし、自分を目立たせるための踏み台に利用してやってもいい。
どうせディアナにも『陰険侯爵』にも、この夜会に味方などいないのだから。
ドリカの狙いはこの『紅の夜会』で目立つことだった。

 ***

「アリフォメン侯爵様、及び奥様のご入場です」

伯爵家の貴族が会場に揃ったころ、ようやくそのときがきた。
ドリカはハッと顔を上げる。

会場の入り口から現れたのは、流行のドレスに身を包んだディアナと――

「……え?」

ディアナに寄り添う美しい男性。
燃えるような赤い髪に、切れ長の碧眼。
この場の誰よりも高貴で美しいオーラを放つ美丈夫は、ディアナと仲睦まじそうに腕を組んでいた。

周囲の貴族も驚いたように目を丸くしている。
あの年に一回しか姿を見せない『陰険侯爵』が……大きな変貌を遂げている、と。
ドリカが驚き戸惑う一方、スリタール子爵は淡々と言い放った。

「彼がアリフォメン侯爵閣下だ。妹君の姿も見えるな。挨拶は後でしに行くから、お前たちは不用意に近づいてはならんぞ」

娘と妻に向けて厳しく言い聞かせるスリタール子爵。
しかし、彼の言葉など耳に入っていなかった。
ドリカの心はアリフォメン侯爵に惹かれ、釘づけになっていたのだ。

(ディアナには……もったいない殿方だわ)

すでにエルヴィスの心はディアナしか見ていない。
そんなことも露知らず、ドリカは策をめぐらせた。
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