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神様の出会い
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さらさらとした艶のある黒髪。
こちらを見下ろす切れ長の黒瞳。
その美貌を見た瞬間、フレーナは息を呑んだ。
「あ、あの……どちら様?」
こんな美青年はシシロ村にいなかったはず。
もしかして、この恵山に暮らす人だろうか?
ここに住んでいる人がいるなど聞いたことないが。
「それはこっちのセリフだ。山を歩いてたら変な箱みたいなのが置いてあって、中を覗いたらお前が寝ていた。お前……人間だろ?」
「え、そうですけど。人間以外に見えますか? 私、そんなに醜い見た目してるのかな……」
フレーナは自分の顔を触って俯いた。
しきりに村人たちから『お前は汚らしい、穢れた子が』と罵られていたので、いつものことだ。
「いや、そうじゃない。お前の外見はとても綺麗だと思う」
「きっ……!?」
受けたことのない言葉に、フレーナは幻聴を疑った。
青年は屈みこんでフレーナと目を合わせる。
「この山は人間が過ごすにしては、寒いし食物も採れない。普通は誰も立ち入らない山だが……どうしてここに? お前が入っていたあの箱は何だ?」
「ええと……その。二百年に一度、神様への生贄を捧げる儀式があるそうなのですが。私はその生贄に選ばれて、あの箱……神輿に入れられていたのです。でも神様の居場所がわからなくて」
こんな情けない事情を他人に話すのは気が引けたが、頼れそうなのは目の前の青年くらいだ。
彼ならば神の居場所を知っているかもしれない。
青年はしばし思案する。
首を傾げて、瞳を閉じて……やがて口を開いた。
「──ああ、もう二百年経つのか。だが、生贄……?」
「何かご存知なのですか?」
「たぶん、俺がその神だと思う」
「……へ?」
***
フレーナは青年と一緒に山を歩きながら話を聞いた。
曰く、青年は恵山に住む神なのだという。
ここら辺に他の神はいないので、彼しか該当者がいないと。
「でも、神様ってもっと凄い見た目をしているのかと思いました。どうやって人間を食べるのですか? こ、細かく切り刻んで食べるとか……?」
フレーナは恐る恐る尋ねた。
巨大な怪物に食われる死に際を想像していたのだ。
せめて自分の食われ方くらいは知っておかないと、心の準備ができない。
「それなんだけどさ。俺は二百年前に『二百年後、ひとりだけ人間を連れてこい』とたしかに命じたよ。でも生贄だとか、人間を食うとかは言ってないんだけどな」
「……? つまり、どういうことですか?」
「別に俺は人間を食ったりしない。そもそも神は食事を必要としないし」
軽く衝撃的な事実が突きつけられた。
もうすぐ死ぬ予定で覚悟を決めていたのに、その計画が御破算に。
「じゃ、じゃあ……私を殺してくれないってことですか!?」
「え、殺さないけど」
「そんな、酷いです!」
「酷い……?」
これ以上、あの残酷な村でフレーナに生きろと言うのか。
神はフレーナの境遇を理解していなかったので、話が噛み合わない。
困惑しながらもフレーナを支え、神は山の上へと進んで行く。
「見えた。あの神殿が俺の家……神の居城だ。とりあえず、あそこに入って温まろう。話はそれから聞くよ」
白亜の神殿が山道の最中に立っていた。
そこまで大きくはないが、荘厳な雰囲気を持つ立派な建物だ。
二人はゆっくりと歩いて神殿に入って行った。
***
「あったかい……」
神殿に入った瞬間、フレーナの身体を温かい空気が包む。
どうやって気温を維持しているのかわからないが、外と比べたらかなり温かい。
そして、内部は生活感がほとんどなかった。
日常生活で使う棚やテーブルといった物は置かれておらず、無数の柱が立ち並ぶ。
脇には滔々と水路に水が流れている。
「ここが神様のご自宅なんですね。……あ、申し遅れました!
私、フレーナ・シヴと申します。美味しくないですが、よろしくお願いいたします!」
「いや、だから食わないって。フレーナか、いい名前だ」
なんとか自分が食われる方向に持っていこうとするフレーナに、神は困惑する。
そんなに死にたいのだろうか。
「ところで、神様は何とお呼びすればいいでしょうか?」
「ああ、俺は……うーん。神って、本当は他人に名前を教えちゃいけないんだよな。まあいいや。俺の名はメア」
「メア様……! なんだか強そうなお名前です」
青年……メアは神殿の柱に近寄る。
そして、崩れた柱を持ち上げた。
「!? メ、メア様……まさかその柱で私を潰すのですか!?」
「どうしてそうなる。椅子がないから、これを代わりにしようと思ってな」
「なるほど……ストイックです!」
神だけあって、さすがの力だ。
軽々と柱を持ち上げたメアは、フレーナの近くに置く。
「座れるか?」
「ちょっと高くて……腰が、届かないっ……!」
だが、横たえられた柱は高かった。
フレーナがジャンプしても腰を落ち着けられそうにない。
「そうか。ほら」
「わっ!?」
急に浮遊感が襲ったかと思うと、フレーナの視界が一気に上昇した。
メアがフレーナを抱えて柱の上に跳んだのだ。
彼の腕に抱えられていると、ふわりと甘い匂いが漂った。
さっきから何度もメアに抱えられている気がする。
「よし、これでいい。身体も温まってきただろうから……俺の方から事情を話すよ。どうして麓の村から人間を寄越すように言ったのかを」
そしてメアは語り始めた。
こちらを見下ろす切れ長の黒瞳。
その美貌を見た瞬間、フレーナは息を呑んだ。
「あ、あの……どちら様?」
こんな美青年はシシロ村にいなかったはず。
もしかして、この恵山に暮らす人だろうか?
ここに住んでいる人がいるなど聞いたことないが。
「それはこっちのセリフだ。山を歩いてたら変な箱みたいなのが置いてあって、中を覗いたらお前が寝ていた。お前……人間だろ?」
「え、そうですけど。人間以外に見えますか? 私、そんなに醜い見た目してるのかな……」
フレーナは自分の顔を触って俯いた。
しきりに村人たちから『お前は汚らしい、穢れた子が』と罵られていたので、いつものことだ。
「いや、そうじゃない。お前の外見はとても綺麗だと思う」
「きっ……!?」
受けたことのない言葉に、フレーナは幻聴を疑った。
青年は屈みこんでフレーナと目を合わせる。
「この山は人間が過ごすにしては、寒いし食物も採れない。普通は誰も立ち入らない山だが……どうしてここに? お前が入っていたあの箱は何だ?」
「ええと……その。二百年に一度、神様への生贄を捧げる儀式があるそうなのですが。私はその生贄に選ばれて、あの箱……神輿に入れられていたのです。でも神様の居場所がわからなくて」
こんな情けない事情を他人に話すのは気が引けたが、頼れそうなのは目の前の青年くらいだ。
彼ならば神の居場所を知っているかもしれない。
青年はしばし思案する。
首を傾げて、瞳を閉じて……やがて口を開いた。
「──ああ、もう二百年経つのか。だが、生贄……?」
「何かご存知なのですか?」
「たぶん、俺がその神だと思う」
「……へ?」
***
フレーナは青年と一緒に山を歩きながら話を聞いた。
曰く、青年は恵山に住む神なのだという。
ここら辺に他の神はいないので、彼しか該当者がいないと。
「でも、神様ってもっと凄い見た目をしているのかと思いました。どうやって人間を食べるのですか? こ、細かく切り刻んで食べるとか……?」
フレーナは恐る恐る尋ねた。
巨大な怪物に食われる死に際を想像していたのだ。
せめて自分の食われ方くらいは知っておかないと、心の準備ができない。
「それなんだけどさ。俺は二百年前に『二百年後、ひとりだけ人間を連れてこい』とたしかに命じたよ。でも生贄だとか、人間を食うとかは言ってないんだけどな」
「……? つまり、どういうことですか?」
「別に俺は人間を食ったりしない。そもそも神は食事を必要としないし」
軽く衝撃的な事実が突きつけられた。
もうすぐ死ぬ予定で覚悟を決めていたのに、その計画が御破算に。
「じゃ、じゃあ……私を殺してくれないってことですか!?」
「え、殺さないけど」
「そんな、酷いです!」
「酷い……?」
これ以上、あの残酷な村でフレーナに生きろと言うのか。
神はフレーナの境遇を理解していなかったので、話が噛み合わない。
困惑しながらもフレーナを支え、神は山の上へと進んで行く。
「見えた。あの神殿が俺の家……神の居城だ。とりあえず、あそこに入って温まろう。話はそれから聞くよ」
白亜の神殿が山道の最中に立っていた。
そこまで大きくはないが、荘厳な雰囲気を持つ立派な建物だ。
二人はゆっくりと歩いて神殿に入って行った。
***
「あったかい……」
神殿に入った瞬間、フレーナの身体を温かい空気が包む。
どうやって気温を維持しているのかわからないが、外と比べたらかなり温かい。
そして、内部は生活感がほとんどなかった。
日常生活で使う棚やテーブルといった物は置かれておらず、無数の柱が立ち並ぶ。
脇には滔々と水路に水が流れている。
「ここが神様のご自宅なんですね。……あ、申し遅れました!
私、フレーナ・シヴと申します。美味しくないですが、よろしくお願いいたします!」
「いや、だから食わないって。フレーナか、いい名前だ」
なんとか自分が食われる方向に持っていこうとするフレーナに、神は困惑する。
そんなに死にたいのだろうか。
「ところで、神様は何とお呼びすればいいでしょうか?」
「ああ、俺は……うーん。神って、本当は他人に名前を教えちゃいけないんだよな。まあいいや。俺の名はメア」
「メア様……! なんだか強そうなお名前です」
青年……メアは神殿の柱に近寄る。
そして、崩れた柱を持ち上げた。
「!? メ、メア様……まさかその柱で私を潰すのですか!?」
「どうしてそうなる。椅子がないから、これを代わりにしようと思ってな」
「なるほど……ストイックです!」
神だけあって、さすがの力だ。
軽々と柱を持ち上げたメアは、フレーナの近くに置く。
「座れるか?」
「ちょっと高くて……腰が、届かないっ……!」
だが、横たえられた柱は高かった。
フレーナがジャンプしても腰を落ち着けられそうにない。
「そうか。ほら」
「わっ!?」
急に浮遊感が襲ったかと思うと、フレーナの視界が一気に上昇した。
メアがフレーナを抱えて柱の上に跳んだのだ。
彼の腕に抱えられていると、ふわりと甘い匂いが漂った。
さっきから何度もメアに抱えられている気がする。
「よし、これでいい。身体も温まってきただろうから……俺の方から事情を話すよ。どうして麓の村から人間を寄越すように言ったのかを」
そしてメアは語り始めた。
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