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二章
2-52 このオモチャはここまでかな
しおりを挟む「動いたら、命の保証は出来ませんよ」
「……っ!」
サフランは、ごくりと唾を飲み込んだ。今まで魔法陣を描いた腕は、だらりとその場に下がる。
「大人しく降伏して下さいますね?」
「……おい」
ジギタリスの問いには答えず、サフランは目だけをシュヴェルツェへと向けた。
自然とオレの目もシュヴェルツェへと向かったが、彼はもはや興味を失ったような、無機質な目をしてサフランを見ているだけだ。助ける気があるようには、見えない。
「おい! こんな、こんな、枚数も無い奴にやられる訳がないだろ! 12枚のこの僕が!」
サフランは動かずにシュヴェルツェへとがなり立てる。
「聞いてるんだろ! 僕を助けさせてやる! 助けさせてやるから、僕を助けろ!」
何とも上から目線の発言だが、シュヴェルツェは尚も冷めた目で見ているだけだ。
けれど、これからどんな行動に出るかは分からない。オレとジギタリスは、シュヴェルツェの動向をうかがう。
「僕がこんな所で、枚数無しにやられる訳がない。精術師風情に、こんな屈辱を味わわせられるはずがないんだ! 1枚君にやられたのだって何かの間違いだった筈なんだよ!」
腹立つ事言ってるけど、我慢我慢。今はシュヴェルツェの方を気にしろ、オレ。
「おい! おい、助けろ! この僕を、助けろ!」
「あーあ」
大声を出したサフランに、シュヴェルツェは心底あきれ返った声を上げた。
「このオモチャはここまでかな。つまんない」
「お、オモチャってなんだよ」
「つまんないつまんないつまんないつまんない。ぜーんぜん、面白くない」
途中で、一応程度の口を挟んだサフランの事など気にした様子も見せず、シュヴェルツェは大きな大きなため息を吐いた。
「ただの命乞いなんて見飽きてるんだよね」
彼からサフランに向ける視線は、冷めきったまま。何の熱もこもらない。
「それでも状況によってはきっと楽しいよ。だけど、大した活躍もせずに、プライドの塊だけで押し通した奴の命乞いには興味が無いんだよ」
興味ないのに、さっきまであんなにノリノリで協力してたのかよ。いや、逆か。
ノリノリだったのに冷める事をされて、どうでもよくなったんだな……。
「うーん、あのオッサンの方が面白かったかな。というか、前回は彼の操縦が上手かったから君が輝けていただけか」
あのオッサンって、多分ブッドレアの事だよな?
「はー、つまんない。面白いのは服装だけじゃん」
こいつの服装が面白いのかは、よくわからない。オレには悪趣味なだけに見えるから。
「いいよ、それ、あげる」
「貴様!」
「だって、つまんないんだもん」
言葉だけで食って掛かろうとしたサフランをあしらうと、ジュヴェルツェは頭をかきながらジギタリスの方を見た。
「あ、これも君にあげるよ。じゃあね。また遊ぼう」
シュヴェルツェはジギタリスを見たまま自分を指さすと、その場にあっさりと崩れ落ちた。
え、どういう事だ?
「クルトさん、あれです!」
ジギタリスが睨み付けた先は、今までシュヴェルツェだったヤツ。そいつの口から、にょろにょろと真っ黒な蛇が這い出しているのだ。
「あいつ――!」
ジギタリスは今、サフランにサーベルを突き付けている。こっちは捕えられないだろう。
いや、それよりも、これは精術師であるオレの仕事だ!
オレは槍を片手に蛇を追う。素早い動きでにょろにょろと地面を這う蛇と、追うオレ。距離が縮まらない。
『やーん、助けてー!』
蛇がふざけた声を上げる。
「クルトさん、避けて下さい!」
ジギタリスの声に反応し、思わず後ろに跳ぶ。と、同時に、今までオレがいた場所を、鋭い刃物が凪いだ。
慌てて確認すると、すぐ近くに男が降ってきていて、その男の手には、身の丈をゆうに超える大きな真っ黒な鎌が握られている。や、やべぇ、オレ、死ぬところだったよな? 死ぬところだったよな!?
「よう。あー、あっちで誘導してるお姫様風に謂うのなら、御機嫌ようってか?」
男はベルよりデカくて、がたいが良い。真っ白な髪に褐色の肌。何よりも目を引くのは、顔に彫られた13枚の痣の模様の入れ墨。
その辺の建物から飛び降りたのか? 運動神経、どうなってるんだ?
い、いや、そんな事よりも、オレはコイツの話を聞いたことがある。
『あーん、怖かったよぅ、アイゼアー』
「おいおい、この程度で哭くなよ。子猫ちゃん」
『子猫じゃないよ、蛇だよ』
「理解ってる、理解ってる」
な、何だ、こいつ!
『ねぇねぇ、この子、精術師なんだよー』
「みたいだな」
ちろ、と、男はオレの周りを――ツークフォーゲルを見た。逆にオレも相手の周りを見る。
無数の、真っ黒な馬に角が生えたような小さな精霊がくっついていた。
「んじゃ、精術師風に挨拶でもしてやるよ。俺はカタストローフェ。アイゼア・シュヴェルツェ・カタストローフェ」
『ちょっとー、何で枚数みたいに私の名前を使っちゃうんだよー』
「そんなの、格好良いからに決まってるだろ?」
『……人間の感覚って、面白いよね』
格好いいかどうかは知らない。少なくともオレから見たら、シュヴェルツェと組んでいる時点で悪だし、格好悪い。
でも、名乗られたんだ。名乗り返すしかあるまい。
「オレはツークフォーゲル。クルト・ツークフォーゲルだ」
「ん? あぁ、識ってるよ。お前の雑魚っぽい戦いぶりは、前回も今回も視てたからさ」
……なんなんだ、こいつ。いや、それは捕まえれば分かるか。
オレは槍を構える。
「あー、面倒臭ぇ……」
アイゼアはオレを一瞥すると、近くに転がっていた、オレがサーベルを拝借した管理官に鎌を向けた。
「クルトさん、動かないで下さい」
「はぁ!?」
「絶対に、動かないで下さい」
「お、話が理解るじゃん」
ジギタリスはピリピリとした空気を出しながら、オレを睨む。何でオレが睨まれないといけないんだよ。
「あいつは本気です」
「本気だとか、知らねーよ! あいつは――」
「面倒臭ぇの、変わんねーじゃん」
アイゼアは深いため息を吐いた。そして、当たり前のように、あっさりと、ごく自然に、鎌を振るった。
「止めろ!」
ジギタリスの静止なんて、この場になんの拘束力ももたらさない。
まるで虫でも払うかのようなその動きに、倒れていた管理官は真っ二つに……。
……。
……………。
ジワっと、足元に赤い色が広がっている。何だっけ、これ。
ごくごく当たり前の物だった筈なんだけど。
『お、良い顔! うん、じゃ、帰ろうか』
「はいはい。じゃあな、お二人さん」
シュヴェルツェの声も、アイゼアの言葉も遠い。
あっという間に消え去った二人、もとい、一人と一体の後には、身体が真っ二つになった人間が一人。
真っ二つ? 人間って、真っ二つになるんだっけ?
「……クルトさん、もう、何でも屋に帰って頂けませんか?」
あ、そっか。帰らないと。
皆の所に、帰らないと。
……。…………。………………。
「あ、れ?」
「帰って下さい。お願いします」
ジギタリスが、泣いてる。何で?
疑問を抱きながらも一歩踏み出す。びちゃ、と、生臭い匂いと共に足元が赤い液体を踏んだ。
「あ……」
こ、れ。人間が、真っ二つになるのが正常なわけ、ないだろ。
「あ、あ……」
何で、こんな……。
「あ、ああ、あああああああああ!」
オレは耐えられずに、膝をついた。
し、死んだ。オレのせいか? オレのせいなのか!?
死んでしまった。助けようと決めた相手が。あっさりと。
な、何で!? どうして!?
身体の震えが止まらない。吐き気がこみ上げる。
「あとの処理はこちらで。どうか、お帰り下さい」
ジギタリスが、サフランの首根っこを掴んでこちらに寄ってくる。
なんだよこれ。何なんだ……何なんだよ!
***
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