40 / 134
【番外】きみは陽だまりのように笑い、あなたは星のように微笑む
3
しおりを挟む
「久斗?」
できる限り刺激しないように、耳元で声をかけた。久斗はうつむいた。
「疲れた? もうホテルに帰ろうか」
「いや……あ、うん」
どっちだ。
そんなにかわいい応答をされると、いっそう彼にかまいたくなってくる。
「つまり、団子がもっと欲しいわけだ」
「なんでそうなる」
「じゃあキスしよう」
「なんで!」
久斗が顔を上げた。そんな彼の耳元に唇を近づける。
「団子が久斗に『幸せの味』と言わしめられるなんて思わなかった。ぼくは団子に嫉妬する。ぼくのキスで幸せの味と言わせてみせる」
「やめて、公衆の面前」
「聞こえないようにこうして耳元で囁いているだろう」
「それがいやなの、ちょっと刺激が強すぎる」
「じゃあハグならいい?」
「違うって」
「いやもうぶっちゃけると、〝公衆の面前〟ではイチャイチャできなくて、ぼくは慢性的に久斗成分が足りない」
「久斗成分!? その気持ち悪い単語はいったいなんですか森村先生」
「いきなりしゅんとされると、なおさら成分が不足する」
久斗はハッとした顔になった。
「今何を考えているか、正直に言ってごらん」
久斗は団子の串を、ゆっくりトレイの上に置いた。そのまま両手は膝の上で拳を作る。帽子のつばで目線が見えなくなった。
「オレ……十一年も引きこもってたから、周りの景色は何もかも新鮮で、気分はずっと高校生みたいだった。気づいたんだ、オレの時間は十八歳で止まったままだったんだって」
「うん」
「でも心がそうってだけで、年だけ見れば二十九歳だろ? もうすぐ三十だし、なにより……オレは『森村セイジ』の番なんだよ。すごく大人びていて、落ち着いていて、そんな人の隣にいるオレが、いい年して高校生のガキみたいにはしゃいでたら、セイジさんにふさわしくないんじゃないかと思って」
久斗がうつむいていた顔を上げ、真正面からぼくを見つめた。
「もっと、大人びたあなたにふさわしい態度や人格でいたほうが、いいんじゃないかって……」
込み上げてくる感情に、ぼくは喉から声を押さえきれなくなった。
「はははは」
「な、なんで笑うんだよっ──」
怒りで顔を真っ赤にする久斗の腰を引き寄せて、抱きしめる。
「ちょ、セイジさん、周りが……離して」
「いやだ」
「恥ずかしいから」
……なんて、愛おしいんだろうか。
久斗が自分の思考の領域にぼくを入れてくれていることが、たまらなく嬉しかった。そして、ぼくが彼にとってずっと大人びた、静かで、人格者だと思っている素直さが、どうしても愛おしかった。
「見て、久斗。ぼくは年甲斐もなく周りの目なんか無視して、きみを抱きしめる男だよ」
腕の中でこわばっている体から、ふっと力が抜けた気がした。
「ぼくはこの歳にして、きみのことを思うとひどく子供っぽくなる。きみへのアプローチが失敗したときは誰の目から見ても落ち込んでいたよ。逆にきみが落ち込むと、冷静でいられなくなったよ。番になる前から、ぼくの心をこんなに波立たせるのはきみだけだった。普段は、冷静な人間のようにふるまっているだけ」
「う、ん」
「久斗、気づいてる? 引きこもっていた時のきみは、怒ったり、悲しんだりしてくれても、ほとんど笑わなかった。でも今はすごく、その笑顔がまぶしくて、やさしい」
彼の笑顔は……まるで陽だまりのように、ぼくの心を暖める。
小説家としては、きっと陳腐な描写で失格だろう。だけど、そうだとしか言いようがなかった。
「もっと笑っていい。はしゃいでいい。そうやって幸せになってくれ。そうしてぼくを幸せで満たしてくれ」
おずおずと、彼の両手がぼくの背中に回る。耳元ですすり泣きが聞こえた。
「……泣かせるつもりじゃなかったんだけど」
「ごめん。嬉しくて」
今は嬉しくて出てくる涙も、いつか久斗は、嬉しくて笑うようになるだろうか。
「セイジさん……好き」
どっちにしても、ぼくは泣いている久斗も笑っている久斗も、同じくらい愛おしかった。
言葉に応える代わりに、キスをする。
幸せの味だ。
できる限り刺激しないように、耳元で声をかけた。久斗はうつむいた。
「疲れた? もうホテルに帰ろうか」
「いや……あ、うん」
どっちだ。
そんなにかわいい応答をされると、いっそう彼にかまいたくなってくる。
「つまり、団子がもっと欲しいわけだ」
「なんでそうなる」
「じゃあキスしよう」
「なんで!」
久斗が顔を上げた。そんな彼の耳元に唇を近づける。
「団子が久斗に『幸せの味』と言わしめられるなんて思わなかった。ぼくは団子に嫉妬する。ぼくのキスで幸せの味と言わせてみせる」
「やめて、公衆の面前」
「聞こえないようにこうして耳元で囁いているだろう」
「それがいやなの、ちょっと刺激が強すぎる」
「じゃあハグならいい?」
「違うって」
「いやもうぶっちゃけると、〝公衆の面前〟ではイチャイチャできなくて、ぼくは慢性的に久斗成分が足りない」
「久斗成分!? その気持ち悪い単語はいったいなんですか森村先生」
「いきなりしゅんとされると、なおさら成分が不足する」
久斗はハッとした顔になった。
「今何を考えているか、正直に言ってごらん」
久斗は団子の串を、ゆっくりトレイの上に置いた。そのまま両手は膝の上で拳を作る。帽子のつばで目線が見えなくなった。
「オレ……十一年も引きこもってたから、周りの景色は何もかも新鮮で、気分はずっと高校生みたいだった。気づいたんだ、オレの時間は十八歳で止まったままだったんだって」
「うん」
「でも心がそうってだけで、年だけ見れば二十九歳だろ? もうすぐ三十だし、なにより……オレは『森村セイジ』の番なんだよ。すごく大人びていて、落ち着いていて、そんな人の隣にいるオレが、いい年して高校生のガキみたいにはしゃいでたら、セイジさんにふさわしくないんじゃないかと思って」
久斗がうつむいていた顔を上げ、真正面からぼくを見つめた。
「もっと、大人びたあなたにふさわしい態度や人格でいたほうが、いいんじゃないかって……」
込み上げてくる感情に、ぼくは喉から声を押さえきれなくなった。
「はははは」
「な、なんで笑うんだよっ──」
怒りで顔を真っ赤にする久斗の腰を引き寄せて、抱きしめる。
「ちょ、セイジさん、周りが……離して」
「いやだ」
「恥ずかしいから」
……なんて、愛おしいんだろうか。
久斗が自分の思考の領域にぼくを入れてくれていることが、たまらなく嬉しかった。そして、ぼくが彼にとってずっと大人びた、静かで、人格者だと思っている素直さが、どうしても愛おしかった。
「見て、久斗。ぼくは年甲斐もなく周りの目なんか無視して、きみを抱きしめる男だよ」
腕の中でこわばっている体から、ふっと力が抜けた気がした。
「ぼくはこの歳にして、きみのことを思うとひどく子供っぽくなる。きみへのアプローチが失敗したときは誰の目から見ても落ち込んでいたよ。逆にきみが落ち込むと、冷静でいられなくなったよ。番になる前から、ぼくの心をこんなに波立たせるのはきみだけだった。普段は、冷静な人間のようにふるまっているだけ」
「う、ん」
「久斗、気づいてる? 引きこもっていた時のきみは、怒ったり、悲しんだりしてくれても、ほとんど笑わなかった。でも今はすごく、その笑顔がまぶしくて、やさしい」
彼の笑顔は……まるで陽だまりのように、ぼくの心を暖める。
小説家としては、きっと陳腐な描写で失格だろう。だけど、そうだとしか言いようがなかった。
「もっと笑っていい。はしゃいでいい。そうやって幸せになってくれ。そうしてぼくを幸せで満たしてくれ」
おずおずと、彼の両手がぼくの背中に回る。耳元ですすり泣きが聞こえた。
「……泣かせるつもりじゃなかったんだけど」
「ごめん。嬉しくて」
今は嬉しくて出てくる涙も、いつか久斗は、嬉しくて笑うようになるだろうか。
「セイジさん……好き」
どっちにしても、ぼくは泣いている久斗も笑っている久斗も、同じくらい愛おしかった。
言葉に応える代わりに、キスをする。
幸せの味だ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
201
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる