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東都編

第42話 悩む騎士と罵倒する副官

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 アウローラ王国の人口は約五百万。
 騎士は約二万、従士や徴用兵募兵他含め最大で総軍十万と想定されている。

 気が遠くなりそうな人数だが、これはあくまで王国が本気でなりふり構わず総力戦を打って出た場合に想定される数だ。
 実際は、たとえ本気でかかってきたとしてもずっと少ない数となる。
 王国にはすでに公国への進軍を考えている者がいる。進軍となれば国境や緩衝地帯の小競り合いとはわけが違う。大軍を編成して圧倒的な物量でやって来る。そしてそのための費用は莫大だ。
 戦に関わる人間は生産には関われないため食わせていく必要がある。
 そして武器や兵器は基本的には消耗品。
 十万なんていった数は、あっという間に国の財政を食い潰す。それにそんな人数運用するにおいてもあまり現実的じゃない。

 現実的なところで。
 騎士が二万なら、後方の指揮官や補佐役は多くて二百人前後。
 残りが前線の上級兵だが、国内の治安維持に重きを置く王国において少なく見積もっても半分はそちらに割かれるだろう。
 これで大体一万弱。
 まさか他の国境を無人にするわけにはいかない。
 南から西にかけた港湾部、西から北へと山脈によって線を引く国境の警備もあるから、実際に動けるのは数千といったところか。
 ここに従士や徴用兵、募兵をつけて、動員は一万から多くても二万の範囲が最大に近いところだろう。

 それでも大変な兵力だが、王国はこれまで他国に対しては防戦一方。
 大河を越えての侵略行為には、ほぼ無関心だった。

 公国の人口は約二百万。
 騎士の数は約八百五十。
 そして騎士団とは別に、グリエルモ司教が抱える約二千の修道兵もいる。
 領土拡大とその為に外敵との争いを強いられてきた公国は機動力はある。
 徴用兵や募兵をかき集めれば一万くらいは、前線に動かすことは出来るだろう。

「そして帝国兵と呼ばれる者達が、数千……」
 
 二万、対、一万数千。
 戦に直接縁のない、権力欲に目が眩んだ者が王国にまで手を伸ばす夢を見るには十分な構図なのだろう。

「馬鹿げてる」

 王国の余裕と平均的な能力差が、完全に抜け落ちている。
 残念ながら戦は数の力がものをいう。
 おまけに能力も侮れない。
 目立つ者は少ないが、能力のむらも少ないのだ。
 あちらはバネを使った連射式の金属弓など量産配備しているし、なにより将官の能力と騎士の練度、徴募兵の教育水準が高い。
 知識は既得権益であり字を読める者は限られる公国と違い、王国はどんな階級も初等教育が無償で受けられ、平民の約五割が簡単な読み書きと算術が出来るという。
 この差は意外に侮れない。
 全体として見た時、能力の平均が高く統率のとれた軍は強い。
 加えてその背後に軍神と切れ者の宰相を従え、物事を見通すことに長けたティアがいる。
 万に一つも勝ち目はないし、なにより馬鹿げていることは。
 まやかしの国の兵だという者が、公国の兵力に迫る数で公国内にいるということだ。
 公国はすでに、王都とその周辺を帝国を名乗る者達に占拠されているのも同然な状況だった。
 やれやれだ。
 正直、俺にどうしろとといった気分であるが、王である兄が原因不明の病で床に臥せっているからどうしようもない。
 執務机に広げた、各国の兵の配置と数を書き入れた公国を中心とした広域地図にため息を一つ落とせば、ほぼ同時に廊下からなにやら騒々しい気配がして、がんっと部屋の扉が足蹴に開かれた。

「大将~! 仰せの通り騎士団の書庫を漁ってきましたよ。可能な限り古くからの記録をっ!」

 綴じた資料を積み重ねた柱がふらつきながら入ってくる。
 崩れるなと思った瞬間、予想通りに盛大な音を立てて資料の束は床に散らばった。
 あまり楽しくない思考を中断して地図から視線を移し、奇声をあげて転倒し床に尻餅をついている青年を見下ろす。
 有能と大雑把さと単細胞と狡猾さが矛盾なく両立する世にも珍しい男、副官のファルコネッロは、資料の角が当たった額を痛ぇなどとぼやきながら撫でている。
 歳は二十五で若いが、俺の副官になる前は北方前線の中隊長だった男だ。

「小分けに運ぶか、台車で運ぶか、他の手を借りようとは思わなかったのか?」
「はっあぁ?! お前が急ぎだって言ったんだろうがっ!」

 床に座り込んだまま、ばさんどさんと執務机の脇に横着に書類を積み上げながら吠えるのは気に留めず、積まれていく書類の表面を眺めれば、きちんと領地拡大や外敵排除の記録だけを選んでいた。
 無造作に積み上げているようで時系列になっているのも細かい。
 俺に対しては言葉も態度も粗雑だが、この男は伯爵家の息子だ。
 そうする必要のある相手や場所では完璧な伯爵家の跡取り息子のようにも振る舞える。
 とはいえ正式に認められている跡取りではない。
 伯爵家の当主が、才気溢れる女を愛妾にして産ませた庶子。
 一人しかいない嫡出子の控えとして嫡子同等の教育を受けさせられ、嫡子より見込みがあると父親から気に入られているらしいが折り合いは大変に悪いらしい。
 十で伯爵家に引き取られ、十五で家出同然に騎士団入りして従士となった。
 ここまではありふれた話ではあるものの、毛嫌いしている父親の力を使って入団二年で騎士となって小隊の指揮をとり、十八で中隊長に昇進しているところが他と異なる。
 騎士としての働きは可もなく不可もなくだが、部下の生存率が異常に高く、彼を副官にした際に騎士団内から苦情が出た。
 実は互いに素性を知らぬまま、釣りの師と弟子の関係で彼とは十年来の交流があった。彼が師で俺が弟子だ。
 七年前に兄が王位について騎士長を命じられ、それまで肩身の狭い第二王子だった俺には信用できる者が他にいなかった。
 
「どうよ?」
「離宮の教会書庫へ持っていけ」
「けっ、本当に司教派に入ったんかよ」
  
 がりがりと頭を掻きながら緑色の制服の裾を翻す。
 黄色味がかった茶髪に鳶色の目をした童顔で、背格好も従士の少年みたいなファルコネッロは、比較的屈強な者揃いな俺の直属の中では異彩を放つ存在だが、俺よりも正確に俺の命令を部下に伝えられる点で俺よりも部下から信頼されている。
 
「相変わらず言葉が足りねぇ。散々迷惑かけた詫びも説明もなく復帰早々扱き使いやがって……私は騎士長閣下の召使いではないんでございますがねっ」

 悪態つきながら手ぶらで部屋を出て行く、おそらくは台車を調達しにいったのだろう。
 しばらくしてガタガタンと派手な音を立てながら台車と共に入室し、俺に構わず資料を次々と台車に乗せながら、例の人選は済ませたと告げた副官にそうかと応じる。
 
「黒い森の魔女。恩人なんだろいいのか……ったく」

 部屋を出て行く際にこちらを振り返っての副官のぼやきとも問いかけともつかない言葉にはなにも返さず、彼が出ていって再び机の上の地図を見下ろす。
 
「……いいわけないだろ」

 思わず言葉がこぼれた。

「王国も巻き込んだ今のこの状況は、俺のせいかもしれないのに」

 *****
 
 ラウェルナ帝国の少年王と彼に付き従う金髪の使者が、公国王ウルカヌス・ヒューペリオ・アルブスの謁見を求め、グリエルモ司教に接触してきたのはもう半年も前のことだという。 
 用件は、北方に関する講和の申し入れで、公国に対して鉱脈を明け渡し農産物と税金を納める代わり、自治権を認めることを要求する内容であった。
 戦には金がかかる。人も死ぬ。おまけに断続的に争いが続くようでは、いつまでたってもまともに治めることが出来ない。治めることが出来ないということは、その地は利益を生まない。
 北方の騎馬民族との争いは近辺の部族も巻き込んでもはや泥沼化して久しかった。
 そして俺が行った、ほとんど虐殺に近い先の戦。
 
「公国は明らかにやりすぎた。今度戦になればもはやことはあの一帯の話では済まないと言い、しかし周辺部族を取り込みまとめ上げた帝国はその恨みを忘れはしないが凍結しようと申し出てきた」

 ジッ……、と音を立てて蝋燭の溶けた蝋から煤が散った。
 炎の向こうでグリエルモの皺の多い、しかし腱の張った鷲の鉤爪を思わせる手が組み合わさっていた。
 この堂々とした体躯の老人は、聖職者の神聖と荘厳を表す白い絹を纏っていてもどこか獰猛な鷲と引き千切られた肉と血を思わせる。
 教会書庫となった離宮の、お世辞にも広いとはいえない司書部屋のテーブルに向かい合って、俺は司教からこれまでの経緯を聞いた。

「このままでは互いに疲弊し潰し合うばかり。ならば互いに譲歩できるところで、と」
「……戦に勝っているのはこちらだというのに、ほとんど脅しだな」
「彼等は誇り高い」

 司教の言葉に、俺は頷く。
 そう、彼等は誇り高い。
 圧倒的な兵力差で叩きのめしても、年端のいかない少年までもが炎のような憎悪を燃やした眼差しで弓を向けてくる。一族の者を、同胞を、殺した相手に頭を下げその統治下に入るなど到底考えられない。
 戦っているからこそ、わかる。

「彼等の矜持において従うことなど到底出来ないが、執着していないものをくれてやることなら考えないでもないと言ってな」
「まったく、どちらが勝ったのだかわからないような言い草だな」
「だが、それが本当なら悪い話ではない」
「たしかに。彼等を真に従えるかどうかより、戦が起きず実利を取れるのならそちらのが合理的だ。お互い無駄死にせずにも済む」

 しかもこちらから持ちかけるのでなく向こうからの申し出だ。
 誇り高いが故に、彼等が約束を違える可能性は低い。

「左様。前例はないが、現実的に北が持つ価値を我々が享受できるのならばそこが落とし所だろうと儂も判断した。そして王も儂と同じ判断をした」
「しかし、兄上がそんな話だけで簡単に首を縦に振るとは思えないが?」
「現実問題として、差し迫っていた」
「ん?」
「これ以上、公国の財政を悪化させるわけにはいかない。そうでなくてもあのルーキウス、商人と結託して私腹を肥やし王都に供給される穀物の三割を握るクラウディス侯爵家当主の影響力は議会でも宮廷内でも増すばかりの状況ならなおさら」
 
 そこに帝国……というよりはあの男、金髪の使者は餌をぶら下げてきたのだ。
 そう言って、司教は自嘲の笑みを漏らした。
 金髪の、男。

「俺の知る限り、北方の民族に金髪はいない。その使者というのは一体何者だ?」
「公国縁の者だそうだ。流れ者で医術の心得があるから行く先々で病人や怪我人の手当てを対価に世話になっていたらしい。少数民族や先住集落の者達に顔が効くのはそのためだと」

 若王と呼ばれていた少年王は、明らかに北方の騎馬民族といった者であったらしい。
 そして彼等は訝しむ兄に対して、ならば貴方の味方である証を見せましょうと申し出た。
 非常時には人の本性がでるもの、帝国が王国に攻め入るために公国に手を伸ばせば必ず機に乗じて公爵家に対し画策する者が現れる、そしてそれを弱みとして掴めば退けることも手綱を握ることも出来るその手助けをすると。

 王の仮病、そして帝国が公国に軍を差し向ける。そこで弱った王に取って代わろうとする者などが出てくれば……。

「だが、帝国が接触していたのは我々だけではなかった。そして病を偽るはずであった王も」
「そうか、だからあんな急な演習を兄上は俺に」
「あの方は宮廷の問題にお前を巻き込みたくないと。それに帝国の若王はあきらかに北方の者。お前がいてはまとまる講和もまとまらない。しばらく中央からは離れてもらおうと遠地に追いやった」
「出立前に俺が会った兄上は?」

 顔面蒼白で呼吸は浅くあれはとても演技には見えなかった。
 それに政敵だって馬鹿ではない、病でないことは宮廷医や使用人を通じていくらでもばれる恐れがある。

「あれは……毒物を飲んだ。子供の仕置きに使う毒ゴマの油だ。通常、腹を壊す程度で死ぬ事はない。王は元々臓腑が弱いから脱水に近い状態にはなったが」
「なんて馬鹿な事を」
「儂も止めた。だが、王がお前には仮病など通用しないと。しかしお前が遠地から戻った時の王は仮病ではない。王が自ら飲んだ毒は儂自身の手で用意したものだ。疑われては証明する術はないが、あのような重篤症状には断じてならないものだった」
「あの様子と状況では、毒か病かもわからない。それに疚しいことがあるとしたら俺とこうして話さないだろ」

 当初、公国の王都に帝国兵は入らないはずだった。
 しかし表向きの属国となってから、なし崩し的に兵舎が用意されることになる。
 それを推し進めたのが、議会で司教と影響力を二分する侯爵のルーキウスだった。
 最初、王都にいたのは寄せ集めのような歩兵中心だったが、いつの間にか歩兵よりも騎兵やが増え歩兵も明らかに戦を職業としているような者になっていた。

「向こうが約束を違えた訳ではなく、招き入れたのは公国側。表向き属国となっているのに強行で閉め出す訳にも……王都はもはや占拠されたも同然。そしておそらく彼等は侯爵家から資金提供を受けている」

 議会は一枚岩ではない。
 以前から彼等は大きくは二つに分かれていた。
 兄である王と彼を諌める形で時に対決するグリエルモ司教につく司教派と、既得権益が絡む問題となればもっともらしい理由をつけて必ず口を挟むとされる侯爵派。

「お前が生死不明となって彼等の動きも加速した……表向き属国となったのを決定づけてしまったのが儂である以上、儂に出来ることは宮廷の護衛を儂の配下の修道兵で固めて王を守り、お前が戻ったとしてルーキウスが騎士団に干渉するのを牽制するくらい」
「その話が本当なら、付け入る隙を作ったのは俺だということになるな」
「それは違う」
「いや、そうだろうっ」

 握った拳をテーブルに叩きつけても状況が変わる訳ではないが、叩きつけずにはいられなかった。
 俺が……公国を、公爵家を転覆させる隙を作った。
 争いの火は王国にまでも飛び火し、ティアをも巻き込もうとしている。

 *****

「――誰を選んだ?」

 司教との密談の回想に区切りをつけて顔を上げ、資料を運んで戻ってきた副官が俺の真正面に立っているのへ目を向けた。顰めっ面で腕組みして立っている。
 粗雑だが青年らしい高潔さも持ち合わせている副官は、命の恩人を捕捉し取引材料に使おうとしている俺が余程気に食わないらしい。
 その相手が王国の、成人したばかりの第四王女であるということも。
 俺が王国から公国に戻るまでの間なにをしていたかは、半分嘘で半分本当といった虚実入り混じった話を聞かせていた。
 表向き、王国で命拾いして動けるようになってから公国に戻り宮廷内で治療に専念していたことになっている。

「私と、部下の“斧”と“やり”」
「女一人に、俺を入れて男が四人とは大袈裟だな」

 言いながら、妥当な人選だと胸の内でひとりごちる。
 副官とその直属で、偵察向きの風体で見た目と違ってそこそこ腕は立つ。
 あまり目立つ動きは出来ない。

「大袈裟? 相手を考えればあり得ない手薄さだろ」
「護衛はない、使用人すらもな」
「まさか」

 正確には五日に一度の頻度で軍神がくるが、そこは伏せておくことにした。
 いたところでティアが制してくれるだろう。
 あの御仁のことだから揶揄からかい半分に洒落にならない動きで軽くいたぶられるかもしれないが。

「王国内でも知る者は限られている。護衛などつけていたら秘匿にならないからな。つまりそれくらいひっそりと暮らしている。隣接した書庫の司書官も警備兵も知らないでいる徹底ぶりだ」
「そんな冷遇されてて取引材料になるのか?」

 副官の問いに、冷遇どころか周囲の者から過保護なまでに愛されている王女なんだがなと腹の底で苦笑する。
 とはいえ副官の反応が普通で正しいといえた。

「噂通りに少々変わり者らしい。少なくとも俺が世話になっていた間、すべて自分の手でしていた。しかしまあある種の我儘だ。その我儘を叶える為に莫大な金が動き重鎮が二人もついている。公国の常識で考えないほうがいい」
「有り得ねぇ」
「ファルコネッロ」

 呼びかければ、不満気ながらも姿勢を正した。
 そうしていれば、どこからどう見ても伯爵家の息子であった。
 しばらく無言でその顔を見ていたら、小さく嘆息して口を開いた。

「一ヶ月程で、ここの人員と変わらない数の帝国兵が王都内に兵舎を構えて詰めている。あと団員にいくらか懐柔されてそうな奴もいる」
「兵舎は?」
「高官御用達の宿屋や使われてない建物なんかを流用してる。散らばってんのが厄介だ。あとあちらのが設備がよくて快適そうだ」
「古いからな本部ここは」
「妙に羽振りもいい。花街が賑わってる」
「可能な限り正確な位置と人数を区画図に書き入れて提出しろ、懐柔されている疑いのある団員も」
「それなら出来てる。他に用は?」
「ない、貴様の仕事をしろ」

 ああそうですか、この死に損ないがずっと難しい顔しやがってと舌打ちしたのは聞き流した。

「……私は、お前の師だ」
「釣りのな」
「立場どうこう以前からの友人だとも思っている」
「だから?」
「だから忠告する……なにがあったか知らねぇ。だがこれは奇襲でも作戦でもなんでもないっ」

 敵国とはいえなにも知らない恩人の女を騙して、世話になりながら間諜みたく情報とって、今度はそいつを誘拐し議会と王国双方との裏取引の餌にする?!

「北方の奴等を皆殺しにしたのも酷いが、あれはまとめてやるか長きに渡って小分けにやるかの違いだ、まだ納得できる。むしろ最小の犠牲で決着をつけるための……」
「同じだ」
「相手はまだろくに公の場にも出ていない、成人したばかりの少女だろうがっ!」
「だが王女だ。ただの少女にない利用価値がある」
「お前……自分が言ってることわかってんのか?」
「勿論だ。上手くすれば最小の犠牲ですべて片づく。王国と本格的に衝突して勝てると思うか?」
「っ……」
「貴様がそんな手ぬるいことを言い出すとはなファルコネッロ」

 公国の騎士団は、公国と公爵家を守る為、王の命を受けた騎士長に従うためにいる――。

 ぎりっと歯を食いしばる音が小さく聞こえ、俺を睨んでいる副官の刺すような視線を受け止めながら、友人だから忠告すると俺は口元と歪ませた。
 
「いまのは聞かなかったことにしてやる。わきまえて物を言え、ファルコネッロ」
「敵地で生死を彷徨さまよったからって、同情出来る話じゃねえぞ。お前がやろうとしていることは……」
「兄上は言った。俺が兄上にとっての議会だと。自分が機能しないと判断したら遠慮なく斬り捨てろと」

 ――俺を擁立する噂があるなら、それを使えばいい。

 一通り、司教の話を聞き終えて俺が言えば、彼は目を見開いた。
 正直、そんな呆けた顔をこの人が俺に見せるなんて思ってもいなかった。

『その話だと、どうせ引き続いて悪者役を司教が引き受けているんだろ? 騎士団の者を退け配下の修道兵で宮廷を固めているなんてわかりやすい構図だ』
『お前……いや、殿下はなにを仰っている』
『ん? 俺が思い付いたにしてはいい考えかと。その方が俺も色々動きやすいし、なにより相手が慌てそうだ』
『フェリオス!』
『亡き父の警戒通りに俺が野心を表に出した。そして司教と手を結ぶ、俺を治療したのも司教ってことになっているし不自然じゃない』
『そのような無茶苦茶が』
『元々、帝国なんてまやかし自体が無茶苦茶だ。無茶苦茶が無茶苦茶なことを実行しているんだから、こちらも無茶苦茶で対抗する』

 継承位一位の甥は幼い。二位の大伯父は高齢で廃人同様。
 国を治めるといった観点から見てよりましで年齢的にも丁度いいのは三位の俺だ。

『帝国なんてまやかし自体?』
『司教の話で確信した。どう考えても王都内で威圧している奴等は金で雇われた傭兵と金で買われたか集められたかした者達だ。周辺の遊牧の民や荒らくれどもは騎兵とは違う』

 山脈向こうに傭兵集団がほとんど小国に近い集落を形成している噂を聞いたことがある。
 山脈を移動する騎馬民族なら接点があってもおかしくないし、侯爵家が資金提供しているなら雇うことも可能なはずだ。莫大な金はかかるが公国を掌中に収めるための投資と考えれば出せないこともない。

『これは帝国の侵略なんかじゃない。公国を内部から崩壊させるための策略だ』

 北方の少年王の執念を焚きつけ手を貸し、侯爵の権力欲を巻き込み、王国の危機感までも煽っていまのこの状況を作り上げた奴がいる。
 こんな遠回しで大掛かりなこと、王国だけでなく公国の内情にも詳しくなければ不可能だ。きっと俺が野心などないことも知っているはずだ。
 そう、野心なんてなかった。
 だからこそまつりごとや権力の拮抗などといった面倒なことには目を向けずに距離を置いて、蔑ろにされるままでよしとしていた。
 だが、いまはどうだ?
 知らぬ間に、公国に付け入る隙を作った上、皮肉にも完全に渦中の人間となっている。

『公国を確実に潰し、あわよくば王国も混乱に陥れ自滅を狙っている。それを狙った者にとって、俺は想定外の勢力にきっとなるはずだ』

 司教とのやりとりを思い出しながら、俺の言葉への憤りに顔を紅潮させている副官を、ふんっと鼻であしらう。
 そうまでしてもまだ震える声が呟いた。

は、公爵家の身分を窮屈がっていたお前を知ってる」

 流石に、手強いな……。

 多少、粗暴に振舞っても伯爵家を後ろ盾として使っている自分を片時も忘れないファルコネッロが、珍しく「俺」と伯爵家に引き取られる前の、完全に素に戻った言葉遣いになっている。
 釣りを教えてもらいながら、散々愚痴ってきた相手で孤立無援状態だった騎士団に統率と規律を敷くために頼りにしてきた副官だ。
 こいつをいま渦中に巻き込む訳にはいかない。
 どう転ぶかわからないのだ、騎士団の人間を王位簒奪をしようとする俺に加担した者とするわけにはいかない。
 上官命令に従っただけ。
 俺の言葉を副長以下に伝えるこいつを動かせなければ騎士団全体を動かせない。

「一度あの大国に単身放り出されてみるがいい。嫌でも生温いことは言えなくなる」

 ものはいいよう、嘘ではない。
 俺がティアや王国の人々から学んだものだ。

「貴様が騎士団の者であるのなら公国とヒューペリオ家の為、命令に従えファルコネッロ」

 茶番だ、なにもかも。
 馬鹿馬鹿しいほどに大掛かりな、子供が考えたような。
 友の忠告はいらねぇってことか王弟殿下と、頭を深く下げた副官に、ティアなら俺の行動を見てなんと言うだろうと冷めた頭で考える。
 ひどく会いたかった。
 俺が、王国を、ティアまで巻き込むような茶番のきっかけとなっているというのに。
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