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公国編

第46話 捕らわれの王女と思い違う副官

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 手足くらいは拘束されるかなと思っていたけれど、罪人みたく首にまで縄をかけられるとは思っていなかった。
 簡単な置き手紙を残し、少々長い移動になりそうだから着ていた毛織物に絹の裏地を縫い付けた服の上に腰丈の上着も羽織って塔を出ればすぐ拘束された。
 胴の幅だけ余裕を持たせて両手首を繋ぐ縄はそのまま首にも回され、馬の首を掴むことは出来るけれどそれより下に手を下げることが出来ない。
 両足首も馬を跨げるだけの余裕を持たせ縄で繋がれた。
 彼等にしてみれば自分達を束ねる指揮官というだけでなく王の弟に小刀ナイフを投げつけた下手人であるから、それを考えると丁重に扱われているのかもしれない。
 一応、縄の跡がつかないようにもしてくれたし、投げた小刀以外に武器の所持を確かめられただけでむやみに体に触れるようなこともなかったし。
 王女でなかったらもう少し酷い扱いになっていたに違いないだろうけど、それでもあとで噛みついてやると、指示したフューリィを仰ぎ見る。

 久しぶりに見る彼の姿だったけれど、すっかり公国騎士長のフェリオス・ヒューペリオ・フューリィだった。
 もともと強面と言っていい精悍な顔立ちだったけれど、以前一緒にいた時とは目の鋭さが全然違う。
 唇を引き結んだ、不愛想でなにを考えているのか読み取り難い表情。
 何千もの兵を従える公国騎士団の頂点に立つくせに、勇猛果敢に戦場を駆け、敵対した相手は子供であっても斬る。
 その荒ぶる所業の評判だけが一人歩きし、戦場以外にはほとんど姿を現さないまつりごとからは疎外されている王族と判断されていた、紛れもなくティティス姉様をはじめ王国騎士団の幹部達が恐れる冷酷非道な男の顔だった。
 もし意図的にそうしているのだったらこいつもなかなか厄介な奴だけれど、彼の場合はそういった小賢しさより本能的な勘や天賦の才といったもののが勝っている気がする。
 考えるより先に、最適解を選び取って動く。

 ――まるで賢しい獣だ、犬や狼みたいな。
 
 正直、こうして敵対する相手として向き合えば苦手な部類だ。
 こちらがどんなに策を練っても、現実で生じる綻びや隙を見逃さず、時に野生的なひらめきでそれを覆してくる。
 公国にいる間、なにをしてきたかな。
 出て行って戻ってきた分の日数を差し引いても、十数日間はあったはずだ。
 その間、公国内の様子を眺めながらじっと考えて大人しくしているわけがない、大体こいつ結構鋭いし……私がまったく気がついてもいなかったフェーベ姉様のこともちょっと会っただけで見抜いていたらしいし。私が王女だということはなかなか信じなかったけど。
 気になるけれど、彼から話を聞けるとしたらきっと公国に到着してからになる。
 そんなことを考えながら、彼が引き連れている部下の面々を順番に見る。

 双子の二人は知らない。連れてきているならそれなりに腕は立つのだろう。
 そしてフューリィの直属らしい、彼の指示に一度難色を示したものの結局彼に気圧される形で私に縄をかけたファルコネッロ・デキウスとかいったなかなか礼儀のわかっている貴族の息子。
 正直、他の者の名前は忘却の彼方へ流れかけつつあるけれど、覚えていたのは公国の社交においてフェーベ姉様が目をつけた家の者であったから。 
 公国は厄介だと、フェーベ姉様は言っていた。
 いくつかの派閥に分かれているのは王国も同じだけれど、それが如何様にも変化すると。
 
『大きくは王である公爵家の家臣、そして議会に司教派と侯爵派――』

 王と議会はその役割上、互いに牽制し合うものだけれど私の見立てでは司教派はたぶん王の味方ね。それから、その他多くのどっちつかづの中立派。
 この中立派が厄介で……なかでも伯爵であるデキウス家の当主は、まんべんなくどこともお付き合いのあるやり手。

『伯爵家にはご子息が二人。一人は優秀で一人はいまひとつ。優秀なのは庶子らしいけれど伯爵は自慢の息子と気に入っているご様子だったわね』

 公国の夜会に嫡子は除け者に庶子だけを連れてわたしのところに挨拶にきたの、体面よりも才気ある方を好むような考えの持ち主なら交渉余地はあるかも――と。

 ただ単に王家の華として社交を担っているわけではないのかもとは思ったけれど、次から次へと姉様の口から出てくる言葉に呆気にとられた。

『姉様は一体なにを……いいや、いつからだ。そんな』
『本格的には、いまのティアちゃん位の頃からかしら』

 にっこりと微笑んだフェーベ姉様は、本当に綺麗で、優しげなのになんだか知らない美女のような凄みがあった。
 たしかに王国の王女なら、普通の者では入れない場所にも入ることが出来るし、会うことが難しい人にも会うことが容易くなる。それも身元確認無しで。
 だけどそんなのかなり危ない橋だ。
 王女が間諜まがいの事をやっているなんてばれたら、フェーベ姉様自身だけでなく王国王家を揺らがす事態になるし、それがわからない姉様じゃない。
 トリアヌスも、もちろん父様も。
 
『父様の指示なのか?』

 父様だったらやりかねない。
 あの人は使えると判断したら容赦なく使う人だ。
 私と違って、十歳を過ぎた頃から縁談話も持ち上がって、成人前から社交の場に出ていた姉様の資質を見てそんな指示をしかねないと唇を引き結んだ私を見て、考えを察したのだろう、違うわと姉様は言った。


『わたしが自分で始めたの……しばらくして気がついたお父様に少し釘を刺されたけれど、度が過ぎない範囲であればって感じみたい。トリアヌスが目を配ってくれているのも知っているからでしょうね』
『やっぱりトリアヌスは知っていたんだなっ!』

 フェーベ姉様に個別に護衛をつけていたことも、東都でこれまで見たこともなく取り乱した彼の様子も、フェーベ姉様を純粋に案じてのことだけだと思っていたのが一瞬揺らいだ。
 フェーベ姉様の無事を案じたのは間違いないとしても、あいつの心配は本当にそれだけだったのか?
 国の内政や、王女がそんなことをしていると知って止めていなかった自分の立場が危うくなることも含んであれほど取り乱したのじゃないのか?

『彼を責めないで。彼は再三止めるようわたしを諌めていたの。彼の言うことを聞かずお父様に対しても報告はしないよう彼を口止めしていたのはわたし』

 フェーべ姉様のそんな言葉を聞くまでもなく、トリアヌスが姉様の心配以外で取り乱したのはやっぱりないと思い直した。
 だってあの時のトリアヌスはもう姉様の元へ行くことしか考えていなくて、王宮にいる姉様の姿しか写っていないような、姉様に手を出した者を捕らえるより先に殺すといったような目をしていた。
 あの人は私やフェーベ姉様には優しいけれど、きっとそれほど温厚な人じゃない気が薄々していたし爺もそう言っていた。
 冷静さを失った彼を一人にしたらきっと良くない、それに彼を止められそうな人も他に思いつかなくて爺に頼んだ。

『わたしがしている事を完全に把握しているのは彼だけよ……だって』

 姉様は……と、考えるより早くそんな言葉が口をついて出ていた。
 私が二人について、お互い好きなのかどうか尋ねた時に爺が言っていた。
 そんな言葉では括れない――。
 
『あいつの、トリアヌスのために始めたんだな……』
『そうよ。攫われたティアちゃんを彼が秘密裏に助け出して処理した時に思ったの、あの頃彼はもう儀典長副官だったけれど、この人はもっとお父様の側で仕事するくらい偉くなれる人だって、彼は物事の先を見通せていざとなったら冷酷なこともできる』 

 けれど、あの人は貴族ではないから……。
 そして王女の後ろ盾なんてきっと望まない。

『あの人はいい顔はしなくてもきっと手を伸ばすって考えたの。わたしが彼にとって大切な小さな王女でしかないのなら、きっとそのことで彼はわたしの側から離れられなくなる』

 わたし……自分でも信じられないくらいずるい王女よ。
 組み合わせた両手を額に俯き、自嘲気味に呟いた姉様の言葉に椅子から立ち上がっていた。
 テーブルを回って、姉様の側に近づく。
 全然、気がついていなかった。
 王族の中で間違いなく一番危険だったのは姉様だ。王家の社交を担うその人脈や、人に関する驚異的な記憶力、姉様が持つものは黄金よりも価値がある。
 そんなことを宰相であるトリアヌスも把握している上でやっていたのなら尚更だ。
 私が生まれた時から二人が側にいるのは当たり前で、トリアヌスがまるで王である父様じゃなく姉様の忠臣みたいに仕えて、恋人みたいに一緒にいるのも当たり前で……だけどそうじゃなくて。
 そうじゃないから。

『本当に、きっと本職以上に嘘が得意なの。まるで息をするように自然に微笑みながら偽りの言葉をいくらでも人に囁いて、その手を取ってなにも与えることもなく振り払うことができるのだものきっと娼婦よりも酷い……ティアちゃん、わたしのこと嫌いになった?』

 フェーベ姉様の左肩から、抱きついた。
 ティアちゃん? と首を傾げた姉様に、ごめん知らなかったと呟く。

『姉様いつだったか私に、“離れるとさみしいけれど側にいるだけでうれしくなってしまうの。そんな人がいるの、いないよりは楽しいものよ”って、あれってトリアヌスのことだったんだな』
『そんなこと言ったかしら……?』
『言ったぞ。姉様はその頃にはもう……私、さみしいを知らなかったし、いまでもちょっとしかわからない。やっぱり人のことはよくわからないし苦手だ』
『ティアちゃん』
『姉様が知ってること全部教えて。頑張って覚える。そしたら万一姉様になにかあっても私が必ず突き止めてただでは済まさないから』
『ティアちゃんがただでは済まさないなんて怖そうね』

 わたしものすごく嘘つきな王女なのよ、ティアちゃん。
 私が回した腕に俯いてくすりと笑んだフェーベ姉様に、そうみたいだけど姉様は私のこと好きだろと言えば、ふふふと小さな笑い声が聞こえた。
 
『わたしにそんなことを言うの、ティアちゃんくらいよ』
『たぶんトリアヌスより私の方が有効活用できるぞ、だって私は公国の件より前から王国騎士団も宰相も使っていいことになっているみたいだから』
『ティアちゃんも大概危いことしてるって思ってた』

 姉様がずっとさみしさと引き換えに、王国の、姉様の忠臣であるトリアヌスのために危険を承知で集めた情報だ。これ以上、信用できる情報なんてない。
 市井の状況以外に情報を集めさせるまでもない。
 公国騎士団に関しての一通りは騎士団本部から資料が届く予定だった。

 それにしてもフェーベ姉様は、自分より、自分が大切にしたいものを大事にし過ぎる。
 子供の頃から私がトリアヌスに叱られないように嘘を言ってくれたり、私の秘密を聞いて黙っていてくれていた。
 いまだって、トリアヌスとは別の人との縁談に非公式に応じたと、騎士団本部の会議にトリアヌスの代理で出てきたあの派手な彼の副官から聞いた。
 きっと姉様に求婚したというその人が、姉様が狙われたことや、姉様自身が持っているものが与える影響が都合よくも最も少ないといっていい相手であったから。
 王の代替わりの時だけ権限を持つ、王の冠を預かり即位の儀を取り仕切る大家令を代々務める古くから続く伯爵家。
 一の姉様の友人で、王宮からも離れて領地を治めることに専念していて領民から慕われている人格者だなんて。トリアヌスよりも年上らしいし。 

『フェーベ姉様』

 姉様に抱きついたまま、そっと姉様に囁きかけた。
 建国経緯の書類は結局見つからなかったと、トリアヌスの副官から報告を受けていた。

『なあに?』
『書類が見つからなかった以上、交渉役でトリアヌスが必要だ』

 よく考えたら、王国の書庫に保管されているようなものなら父様が私に公国の件を任せた時には見つけ出していたっておかしくない。フューリィのことは王宮に連れて行く前から薄々知っていたみたいだし、それだけの時間はあった。
 でもどこかにはある。
 流血の時代に正統性を勝ち取ったアウローラ王家が、なにもなしで近しい一族を離脱させ、公国の王を名乗らせるなんて許すはずがない。
 けれどもう王宮以外の場所まで探す時間はない。
 それに離宮などだけでなく古い貴族の家に保管されている可能性だってある。
 流石に他家まで探れば噂になる。憶測を呼ぶようなことをいまはしたくない。
 書類がなければ、公国のことを知る有能な交渉役が必要になる。
 そんなの一人しかいないし、父様がどこかにお忍びで出かけていていつ帰ってくるかもわからない状況で彼まで王宮からいなくなったら、あの派手な副官だけでどこまで煩い者達を抑えきれるかわからない。

『フューリィのことは信じているけどあいつの立場って微妙そうだし……』

 それにもう一つ別の面倒も出てきそうだし。
 ラテオのこと、誘拐された時のことを全部思い出したことも話そうかと思ったけれどやめた。
 フェーベ姉様は今回の公国の件でなにも権限を持っていない、いたずらに心配させるだけだし彼に一度狙われている。
 
『ティアちゃん?』
『状況次第でどうなるかわからないんだ。だから、姉様はもっとわかりやすくみんなを困らせてもいいと思う。少なくとも私は姉様のこと大好きだしずっと楽しそうにしていて欲しい』

 私が小さな頃から見ている、二人で――。

******

 焚き火がぱちぱちと燃える木の枝が爆ぜる音をさせながら、夕暮れの森の冷たく湿りはじめた空気を暖め、薄闇を照らしていた。
 馬の背に、まるで積み荷のようにフューリィに乗せられて、彼の体と馬の首の間に鋼の如く頑丈な筋肉で出来た壁と柵に囲い込まれるようにされて、森の中を進んだ。
 縄がなければ一人でだって乗れるのにと思ったが、抵抗や逃亡の危険を考えたらこうなるのは仕方ない。
 彼の体の熱を感じるのは少し胸がざわつくような気もしたけれど、彼があまりにも無愛想で無口なままでいるからそんな気も薄れた。
 まあ塔にいた時も四六時中話しかけてくるような男ではなかったし、むしろ黙って軍事の本を読んだり、塔の掃除や食事を作ってくれていた時間の方が長かったけれど。
 馬を進めている間、東都から戻って知ったフェーベ姉様のことや、王宮の状況のことや、自分が指示してきたことなんかを考えていたら、あっという間に夕闇が迫る頃になっていた。

 野宿するのだろう、馬が歩みを止めて、その背から降ろされた。
 あらかじめ場所は予定していたに違いない。
 暗くなる前にフューリィとその部下達は火を起こし、各々役割が決まっているようで水を汲みに出たり、彼等の持つ食料を取り出したりし始めた。
 大きな木の枝から布を吊るしただけの簡易で狭いものではあったが、私のための天幕も用意され、地面に厚手の毛織物の敷物を敷いたそこに、太い木の幹に寄りかかれるように小さな薄いクッションも置いてもらえた。

「ティア王女」

 彼らが野宿の支度をする間、ぼんやり馬のそばで立って待っていたら、ファルコネッロに声をかけられ天幕の中に入るよう勧められてクッションに横座りに腰掛ける。
 随分と丁重だと言えば、王国の第四王女殿下ですからとひざまずくように頭を下げる。
 なにせ王宮では出来るだけ人を避けていたから、東都の公務などでかなり耐性はついたものの、あまりよく知らない人間からのこういった恭しさは、なんともいえない薄ら寒さと抵抗感を覚えてしまう。
 礼を言いながらも思わず顔をしかめてしまったからだろう、不服でしょうがどうぞ我慢くださいと言われてそうじゃないと言いたかったのをなんとかため息に変えれば、何故かやけに気の毒そうな表情を浮かべて彼もため息を吐いた。
 フューリィも、“斧”と“やり”といった妙な呼び名で呼ばれている双子もいまは近くにいなかった。なんでも食料調達に出たらしい。食料は持っているが男四人だから調達出来るならしたいところなのだろう。
 そしてどうやらフューリィの副官らしい、この少年みたいな背格好で黄色味がかった茶髪に鳶色の目をした公国貴族の庶子は、私の面倒を見る役を指示されているようだった。
 そりゃそうだ、移動の際に最優先で護られ、彼らの中で一番強そうで立場的にも私と対等なフューリィの馬に乗せられるのは当然として、馬から降りて、指揮官のフューリィ自ら私をあれこれ構うわけにはいかない。

「一応、布は挟みましたが手足や首は痛みませんか?」
「平気だ。そんなにきつくもないし。こんなことなら縄抜けも教えてもらっておいたらよかった」
「それは困ります。貴女のような人を木の幹に縛るようなことはしたくない」
「……もっと、普通に喋っていいぞ」
「え?」

 困ったように苦笑したファルコネッロにそう言えば、彼はきょとんとした表情で私を見詰めた。
 よく見たら少年ぽいけど、童顔といっただけで私より年上の青年だった。
 そういえば……フェーベ姉様の一つ上だって聞いてた。だとしたら二十五か。
  
「だって、普段、そんなじゃないだろ? 上官であるはずのあいつにはそんな感じじゃないから。私もそういった儀礼的なの苦手で、だからあんな塔にいた」
「はあ」
「あいつが塔にいた時も儀礼的なものは禁止していたし、聞いてない?」
「いや……まったく」

 そもそも、一体あの人と一緒にいた間はどんな関係だったんですか――。

 交友のある相手程度の、若干くだけた口調と態度になって誰もいないのに声を潜めて尋ねてきたファルコネッロに、これはもしかしてなにも話していないかなと判断する。
 フューリィは私をまやかしの帝国と繋がりを持つであろう議会との交渉材料にするために捕らえにきた、それは間違いない。
 問題はどういったつもりでいるかだ。
 可能性として二つある。
 公国騎士長として王を護り、国を護るため。
 もう一つは――。

「……」

 まいったな、答え方を間違えたらちょっと厄介なことになってしまうかも。
 けど、と私は、正面に少し距離を置いてまだ地面に片膝ついて控えるようにしているファルコネッロの顔を上目に観察した。
 考え事に没頭していたから、あまり彼らの会話に注意は向けていなかったけれどフューリィに対して私ほど恭しい感じでは接してなかったはずだ。
 彼は貴族だ、王族としてのフューリィとだって関わる身分。公国は序列に厳しい国って聞いてる。それにしてはさっきの、私へのあの尋ね方はフューリィに対して遠慮があまり感じられない。
 結構親しく、フューリィが彼一人置いて私の面倒を任せたのなら副官としてかなり信頼を置いている。
 だとしたら、あれほどとりつくしまのない様子だったフューリィの様子が不自然だ。
 たぶん間違いないと思うけど、ああいった態度ってことは公国騎士団も完全に信用できない状況なのかも。

「あ、いえ……言いたくないなら無理には……」
「あいつは、私の捕虜だ」
「え?」
「瀕死で私の塔に逃げ延びてきたところを、私が人道的配慮で治療し捕虜にした。公国はいまは帝国の属国だから王女としてただの兵でも動けるようになったからと無条件に帰すわけにはいかない……いや、それは嘘だな……」
「嘘?」
「きちんと治るまで面倒みたかったし……帰したくなくて……」

 色々端折ったものの、彼の側にいる人間にあらためてそう話すと急に気恥ずかしくなって、彼から少し顔をそむけて地面に敷かれた織物を見た。
 目の詰まった質のいい織物で地面の固さは多少感じるだろうけれど、枯れ葉の上に横になるよりはずっと快適そうだ。

 ぐっ――。

 不意に耳に届いた小さな唸り声にファルコネッロに視線を戻せば、なんだか妙に目をぎらつかせて眉間に皺を寄せていたから、ぎょっとして慌てて言い添えた。

「あ、捕虜といってももちろん危害なんて加えていないぞ。王国は捕虜を不当に扱わない法があるしそれはそちらも同じだろう?」

 もしかして王国と公国では捕虜の扱いが違うのか、そんな情報はないけれど内情まではわからないしそれにまやかしとはいえ帝国の属国だし。
 あのラテオがそんな細かいところまで介入するとは考えにくいけど。

「いや、そうじゃなくてですね……塔に護衛はいないと私は聞いていますが? 実際いなかったですよね?」
「うん、いない」
「では二人きりで!? 何日も!?」
「五日置きで家臣が物資を持ってくるけど」
「いやいやいや、五日置きって……そりゃ手負いじゃそうろくにだろうし、貴女はそれなりに護身の術も心得ていらっしゃるようですが、奴はあの通り図体でかくて無駄に丈夫で大将のくせに戦場では誰より先陣きって敵を斬りまくる魔人みたいな男ですよ、その気になれば貴女など……」
「まあ一捻りだな。だから最初は治療がてら眠気の出る薬も使っていたけれど。でも起き上がれるようになっても優しかったし……うん、ちょっとこちらが心配になるくらい」

 ああ、あの頃はという程遠いことではないけれど、それでもあの頃は楽しかったなあ、こんなことになってしまうなんて……まったくお互い予感していなかったわけではないけれどそれでもそういったことは押しやって穏やかで楽しかった。
 ふふっと、つい微笑んでしまったら妙な沈黙の気配を感じて、どうした急に黙ってとファルコネッロに尋ねれば、いえなんでもと答えたのにそうかと返した。

「それにしてもまだ戻ってこないのかな」
「……獣に食われろ」
「ん、獣がどうした?」
「いえ、火も燃やしてますから心配は入りません。ええ、獣みたいなもの・・がやって来たとしても私が斬って捨てます」
「そんな心配はしていないけれど。頼もしいな」
「荒事自体はそんなに好きではありませんがね……戦なんてなるべく生かして適当に折り合いつけて終わらせたい。うちの大将とはそこんところの見解が若干違いますがまあ概ね納得は出来た」

 なるほど。
 出来た、か。
 やっぱり間違いではなさそうだ。

「しかし、そんな心配はしていないとは……この森の中で、この状況で」 
「だって結局動けるようになったら出て行ったあいつにこうしていまはあべこべに捕まってしまったけれど、きっとお前達は私を守ってくれるし危害を加える気はないだろう? 王国の王女である私が必要だから、違うか?」

 ええ、そうですね。
 そう答えたファルコネッロにほっと胸を撫で下ろす。
 どうやら彼の納得のいく返答で、フューリィとどういった関係かといった彼の質問を乗り切ったようだ。

「ティア王女――」

 そっと囁くようなファルコネッロの声に彼を見れば、まだ律儀に私の前に跪いている。
 やけに真剣な表情で必ずお守りしますと言われ、やはり律儀な人のようだと思いながら頷いた。
 フューリィが信頼を置くくらいだ、これまでの彼の態度や接し方から考えても礼節のあるよい青年なのだろう。

「ティア王女」
「ん?」
「貴女は勇敢な王女だ……あの男を助け、まるで匿うように王国の騎士団に引き渡すこともせずにいたというのに。小刀ナイフの一つも投げつけて当然、その権利もある」
「あーあれはちょっとやりすぎたと思ってる……あ、でも傷つけるつもりは」
「あれくらい、ちょっとやそっとぶっ刺さったところでまったく問題ありませんよ。ありえない怪我でもあの塔まで逃げ込むしぶとさはご存知でしょう」
「まあ……」
「先程の言葉。そこまで察していて……貴女のような賢く可憐な王女がこんな馬鹿げたことの犠牲になどその黒髪一筋だってさせません、私が、絶対に」
「犠牲になるつもりはさらさらないけれど、公国騎士長の副官様がそう言ってくれるのなら心強いな」

 うん、好青年だ。
 あいついい部下いるじゃないか、微妙な立場そうだからちょっと心配していたけど。
 
「ファルコネッロ、お前のような者がいてちょっと安心した」

 微笑めば、縄は外せませんが夕餉ゆうげの準備が出来るまでお休みください、と着けていたマントを外して膝にかけてくれた。
 自分は火の番もする役だから大丈夫だと言って。
 秋も深まりつつある森の中は冷えるというのにとてもいい人だ。
 私の服は裏地の中に絹の綿が薄く引いてあって上着も羽織ってきたし、それに天幕の中にもいるから結構暖かいのだけれど、そんなことを言ってはちょっと気の毒だから黙っていた。
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