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【 第三章 】やがて光りの王となり
冬の日々③
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マティアスとウィルバートはバルテルニア王国で新年を迎えた。
相変わらず雪はよく降りよく積もり、日々雪掻きに追われている。
マティアスはハラルドの家まで雪を踏み、通り道を作ることが習慣になっていた。雪が止み晴れた日の空は澄み切って深く鮮やかな青が広がる。その美しい空のもと、人一人が通れる幅で真っ白な雪をひたすら踏みしめるのは結構楽しい。
ウィルバートと暮らす丸太小屋には、よほどの吹雪でなければ大抵誰かが服作りの依頼で尋ねてくるようになった。
材料を持ち込みでとお願いしたため、古着の仕立て直しが多い。難題にも真摯に向き合い問題を解決していくウィルバートの腕が村の中で評判になり、当初商人だと言ったがもうそんなことは誰も気にしていないし、覚えても無いらしく、今や完全な仕立て屋になっている。
「表の雪だるま、可愛いねぇ」
お茶を出したマティアスに、客として来た老婆が微笑んだ。
「ありがとうございます。あんなに大きいの作ったのは初めてですよ」
雪だるまは昨日ダンとマルコが来たので四人で作った。マティアスの肩くらいまでの大きさのものを二体作り、玄関先に並べている。雪は意外と綺麗な球体にはならないし、固めると想像以上に重いことを初めて知った。
「お里で雪は降らないのかい?」
「こんなには積もらないですね」
「あらー、うらやましいねぇ」
村人達は服の依頼以外にもこうして異国人の珍しさからおしゃべり目当てでもやってくる。マティアスも村人達との気さくな会話が実に楽しかった。
「ねぇ、あなた、奥さんいないんですって?」
「え、ええ……」
ここに来て何度も言われるこの話題。会話は楽しいがこれだけは困る。その後に続くのは決まって『この村の娘と結婚しないか』だからだ。
「ねぇ、うちに十六になる孫娘がいるんだけど。どうかねぇ?」
(ほらやっぱり……)
マティアスはそう思いながら苦笑いで答えた。
「春には国へ帰りますので……」
「じゃあ、あっちの仕立て屋さんは?」
「いや、ウィルは……」
マティアスは困惑しながらウィルバートを見た。別の客の相手をしているウィルバートに老婆が大きな声で話しかけた。
「ねえねえ、仕立て屋さん、この村に残ったらどう? うちの十六になる孫娘、婿探してるんだけど」
するとウィルバートではなくウィルバートが対応していた老人が口を挟んできた。
「そりゃあんた、抜け駆けは良くねぇよ? こんな色男の二人だ。村中の娘たちが狙ってるよ」
「なんだい。そうなのかい? じゃあ皆集めてさっさと選んで貰ったら?」
老婆がとんでもない事を言い出し、マティアスは焦った。するとウィルバートが笑いながら口を開いた。
「勘弁してくださいよ。こんな歳で独り身なんですから、ろくでもない男ですよ。レオンは貴族ですから国へ帰らなければならないし、あんな貴族の坊ちゃんに一人旅させる訳にはいきませんから、俺も一緒に帰りますよ」
ウィルバートの言葉に老人と老婆がこちらを見る。
「……確かになぁ」
「あれじゃあそこらの娘よりも人攫いに遭いそうねぇ」
三人に同じような目線を向けられマティアスは少々居心地が悪さを苦笑いで誤魔化した。
雪が降っていない日は時折ハラルドに夕食を食べに来いと誘われる。丸太小屋で二人きりだとろくなものを食べていないと思われているようだ。確かにマティアスには凝った料理は作れないし、ウィルバートも仕立ての仕事で意外と忙しい。何より大雪で誰も来ないと確信があると食事はりんごを齧る程度で済ませ、ひたすら睦み合ってしまう。
一月半ばのとある日。その日もハラルドが夕食に誘ってくれた。
太陽が西の山へ帰ろうとしている頃、マティアスとウィルバートがハラルドの家を尋ねるとそこには波打つ金髪の男がいた。それを見たマティアスは顔を顰め低い声を出した。
「……なんでヴィーがいるんだよ」
「なんでって、見てわからんか? ヘルガを手伝ってやってるんだ」
バルヴィアはヘルガから借りたと思われるエプロンを着け、さらに髪を束ねて青いリボンまで着けてる。
「ヴィーはこの前の大雪の日にも来てね、こんな大きい鹿、持ってきてくれたのよ。まだお肉残ってるから持っていってね」
ヘルガが食卓に料理を出しながら嬉しそうに教えてくれた。
「鹿ですか。凄いな」
肉が貰えることにウィルバートまでが嬉しそうな声を上げ、マティアスはさらに気分が悪い。
「外が真っ白で見えねぇ程吹雪いてたから泊まっていけって言ったのに『大丈夫だ』って帰っていってなぁ。心配してたんだぞ」
ハラルドの言葉にバルヴィアは『フンッ』と鼻を鳴らす。
「わしをそこら辺のヒトの仔と一緒にするな」
バルヴィアはこの老夫婦にだいぶ可愛がられているようだが、マティアスにはいつ人でないとバレるかヒヤヒヤだ。
「で、レオンとは喧嘩してから会ってないんですって?」
ヘルガがマティアスとバルヴィアを交互に見ながら尋ねてきた。
「……私は、あの件に関してお前を許すつもりはない」
「はんっ、なぜわしがお前ごときに許しを請わねばならんのだ」
睨むマティアスにバルヴィアはさらに薄ら笑いを浮かべる。
「だいたい、わしのお陰でお前らはイイ思いをしてるではないか」
ニヤついたバルヴィアの発言にウィルバートが驚きながらマティアスに視線を送ってきた。目が『そんなことまでわかるのか?!』と言っている。マティアスは肩を竦めた。
「はいはい、何があったか分からないけど、私もハラルドもこんなに楽しい冬は久しぶりなのよ。この家では是非とも仲良くして頂戴」
睨み合うマティアスとバルヴィアをヘルガが笑いながら諌めた。
「ええ。この家で醜く喧嘩などしません」
「ま、それに関しては同意じゃ」
大人しく休戦協定する二人にヘルガは満足そうな笑顔を浮かべた。
「良かった。息子が一気に三人も出来たみたいで私達嬉しいのよ」
その言葉にマティアスの胸に温かさがひろがる。しかし共に罪悪感も浮かぶ。
「わしが息子? はんっ、ヘルガ、お前などわしにとっては小娘だぞ」
バルヴィアの言葉にマティアスはギョッとした。もはや魔物であることを隠そうともしていない発言だ。しかしマティアスの心配をよそにハラルドが「アハハハ」と豪快に笑った。
「もう、こんなおばあちゃんを小娘だなんて。ヴィーは面白い子ねぇ」
ヘルガも照れ笑いを浮かべ嬉しそうだった。
相変わらず雪はよく降りよく積もり、日々雪掻きに追われている。
マティアスはハラルドの家まで雪を踏み、通り道を作ることが習慣になっていた。雪が止み晴れた日の空は澄み切って深く鮮やかな青が広がる。その美しい空のもと、人一人が通れる幅で真っ白な雪をひたすら踏みしめるのは結構楽しい。
ウィルバートと暮らす丸太小屋には、よほどの吹雪でなければ大抵誰かが服作りの依頼で尋ねてくるようになった。
材料を持ち込みでとお願いしたため、古着の仕立て直しが多い。難題にも真摯に向き合い問題を解決していくウィルバートの腕が村の中で評判になり、当初商人だと言ったがもうそんなことは誰も気にしていないし、覚えても無いらしく、今や完全な仕立て屋になっている。
「表の雪だるま、可愛いねぇ」
お茶を出したマティアスに、客として来た老婆が微笑んだ。
「ありがとうございます。あんなに大きいの作ったのは初めてですよ」
雪だるまは昨日ダンとマルコが来たので四人で作った。マティアスの肩くらいまでの大きさのものを二体作り、玄関先に並べている。雪は意外と綺麗な球体にはならないし、固めると想像以上に重いことを初めて知った。
「お里で雪は降らないのかい?」
「こんなには積もらないですね」
「あらー、うらやましいねぇ」
村人達は服の依頼以外にもこうして異国人の珍しさからおしゃべり目当てでもやってくる。マティアスも村人達との気さくな会話が実に楽しかった。
「ねぇ、あなた、奥さんいないんですって?」
「え、ええ……」
ここに来て何度も言われるこの話題。会話は楽しいがこれだけは困る。その後に続くのは決まって『この村の娘と結婚しないか』だからだ。
「ねぇ、うちに十六になる孫娘がいるんだけど。どうかねぇ?」
(ほらやっぱり……)
マティアスはそう思いながら苦笑いで答えた。
「春には国へ帰りますので……」
「じゃあ、あっちの仕立て屋さんは?」
「いや、ウィルは……」
マティアスは困惑しながらウィルバートを見た。別の客の相手をしているウィルバートに老婆が大きな声で話しかけた。
「ねえねえ、仕立て屋さん、この村に残ったらどう? うちの十六になる孫娘、婿探してるんだけど」
するとウィルバートではなくウィルバートが対応していた老人が口を挟んできた。
「そりゃあんた、抜け駆けは良くねぇよ? こんな色男の二人だ。村中の娘たちが狙ってるよ」
「なんだい。そうなのかい? じゃあ皆集めてさっさと選んで貰ったら?」
老婆がとんでもない事を言い出し、マティアスは焦った。するとウィルバートが笑いながら口を開いた。
「勘弁してくださいよ。こんな歳で独り身なんですから、ろくでもない男ですよ。レオンは貴族ですから国へ帰らなければならないし、あんな貴族の坊ちゃんに一人旅させる訳にはいきませんから、俺も一緒に帰りますよ」
ウィルバートの言葉に老人と老婆がこちらを見る。
「……確かになぁ」
「あれじゃあそこらの娘よりも人攫いに遭いそうねぇ」
三人に同じような目線を向けられマティアスは少々居心地が悪さを苦笑いで誤魔化した。
雪が降っていない日は時折ハラルドに夕食を食べに来いと誘われる。丸太小屋で二人きりだとろくなものを食べていないと思われているようだ。確かにマティアスには凝った料理は作れないし、ウィルバートも仕立ての仕事で意外と忙しい。何より大雪で誰も来ないと確信があると食事はりんごを齧る程度で済ませ、ひたすら睦み合ってしまう。
一月半ばのとある日。その日もハラルドが夕食に誘ってくれた。
太陽が西の山へ帰ろうとしている頃、マティアスとウィルバートがハラルドの家を尋ねるとそこには波打つ金髪の男がいた。それを見たマティアスは顔を顰め低い声を出した。
「……なんでヴィーがいるんだよ」
「なんでって、見てわからんか? ヘルガを手伝ってやってるんだ」
バルヴィアはヘルガから借りたと思われるエプロンを着け、さらに髪を束ねて青いリボンまで着けてる。
「ヴィーはこの前の大雪の日にも来てね、こんな大きい鹿、持ってきてくれたのよ。まだお肉残ってるから持っていってね」
ヘルガが食卓に料理を出しながら嬉しそうに教えてくれた。
「鹿ですか。凄いな」
肉が貰えることにウィルバートまでが嬉しそうな声を上げ、マティアスはさらに気分が悪い。
「外が真っ白で見えねぇ程吹雪いてたから泊まっていけって言ったのに『大丈夫だ』って帰っていってなぁ。心配してたんだぞ」
ハラルドの言葉にバルヴィアは『フンッ』と鼻を鳴らす。
「わしをそこら辺のヒトの仔と一緒にするな」
バルヴィアはこの老夫婦にだいぶ可愛がられているようだが、マティアスにはいつ人でないとバレるかヒヤヒヤだ。
「で、レオンとは喧嘩してから会ってないんですって?」
ヘルガがマティアスとバルヴィアを交互に見ながら尋ねてきた。
「……私は、あの件に関してお前を許すつもりはない」
「はんっ、なぜわしがお前ごときに許しを請わねばならんのだ」
睨むマティアスにバルヴィアはさらに薄ら笑いを浮かべる。
「だいたい、わしのお陰でお前らはイイ思いをしてるではないか」
ニヤついたバルヴィアの発言にウィルバートが驚きながらマティアスに視線を送ってきた。目が『そんなことまでわかるのか?!』と言っている。マティアスは肩を竦めた。
「はいはい、何があったか分からないけど、私もハラルドもこんなに楽しい冬は久しぶりなのよ。この家では是非とも仲良くして頂戴」
睨み合うマティアスとバルヴィアをヘルガが笑いながら諌めた。
「ええ。この家で醜く喧嘩などしません」
「ま、それに関しては同意じゃ」
大人しく休戦協定する二人にヘルガは満足そうな笑顔を浮かべた。
「良かった。息子が一気に三人も出来たみたいで私達嬉しいのよ」
その言葉にマティアスの胸に温かさがひろがる。しかし共に罪悪感も浮かぶ。
「わしが息子? はんっ、ヘルガ、お前などわしにとっては小娘だぞ」
バルヴィアの言葉にマティアスはギョッとした。もはや魔物であることを隠そうともしていない発言だ。しかしマティアスの心配をよそにハラルドが「アハハハ」と豪快に笑った。
「もう、こんなおばあちゃんを小娘だなんて。ヴィーは面白い子ねぇ」
ヘルガも照れ笑いを浮かべ嬉しそうだった。
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