やがて光りの王となり

雉村由壱

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【 第三章 】やがて光りの王となり

発覚と崩壊②

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 日が沈み、降り積もる雪が辺りの音を吸い込み、静寂に村と森が包まれていた。

 雪を踏みしめる音と玄関先で靴に付いた雪を払うドンドンと響く音の後、扉がゴンゴンとノックされ「いるか」とハラルドの声がした。

 ウィルバートが急ぎ扉を開ける。

「ハラルドさん」
「おー。いやぁ、よく降るな」

 ハラルドはそう言いながら頭や肩に積もった雪を払いながら家に入ってきた。

「メシ、食ったか?」
「あ、いえ……まだ……」

 いつも通りのハラルドにウィルバートが戸惑いながら答える。

「鹿のパイあるだろ。ああ、これだ。あっためて食え」

 ハラルドはテーブルに置いてあった皿を暖炉内の鉄輪かなわの上に乗せた。そしてハラルドはマティアスを見て笑った。

「はは、レオン。なんちゅう顔してるんだ」
「ハラルドさん、私は……」

 マティアスは零れそうになる涙をグッと堪えた。今ここで泣いて許して貰おうとするのはあまりに卑怯だと思ったからだ。

「お前さん、そんなに弱々しくて、本当に王様なんかやれてんのかね」

 ハラルドはそう言いながら椅子に座った。そのハラルドに向ってマティアスは誠心誠意を込めて頭を下げた。

「ハラルドさん。騙すような真似、本当に申し訳ありませんでした! 息子さんが住むはずだったこの家をよりにもよって私が使わせて貰うなんて……何も言わないのは、あまりに……不誠実でした」

 涙を堪え言葉を紡ぐマティアスに付け加えるようにウィルバートが口を開く。

「俺が言ったんです。素性を明かすなって。レオンを……意識が無いマティアスを背負って森を歩いている時からどうやって隠そうかと考えてました。もし知られたら……殺される可能性だって十分あると思ったから……」

 二人を見ながらハラルドは変わらない調子でウィルバートに尋ねる。

「ウィル、あんたはレオンの家来か何かか?」

「いえ、俺はただの仕立て屋で……」

「ただの仕立て屋が、飛竜に捕まった王様を助ける為に付いてきたんかい」

 ハラルドはギョロッとしたさらに目を大きく見開いた。

「そう、です……。俺は、この人に憧れてたから……絶対死なせたくなくて」

「お前、必死だったもんなぁ……」

 ウィルバートの告白じみたその言葉にマティアスは心臓を掴まれる感覚がした。

「ハラルドさん、無理なお願いですが、春までもうしばらくここに置いて頂けないでしょうか」

 さらにウィルバートはハラルドに向かい願い出た。ハラルドはすぐに頷き応えた。

「ああ、そのつもりだよ。この雪の中、追い出すなんて目覚めが悪すぎる。予定通り春まで使ってくれ」

「あ、ありがとうございます」

 その言葉にマティアスは立ち上がり頭を下げた。

「ただ、やっぱりヘルガは……割り切れとらん」

 ハラルドは二人から目線を反らしテーブルに視線を落とした。

「子を失った母親とはそういうものだ……。悪いけどな、これまでのような交流は無理だ」

「そう、ですよね……」

 マティアスはそう言葉を絞り出した。

 そう、当然なのだ。
 ハラルドとヘルガの息子はアルヴァンデールとの戦で亡くなった。マティアスがただのアルヴァンデールの一市民だったのならヘルガも割り切れたかもしれない。しかしマティアスは先の戦を制圧したイーヴァリの孫であり、アルヴァンデールの国王でもある。現在の国王は従兄弟叔父のサムエルになったようだが。

「すまんな」

「いえ、当然です……。大事な家、使わせて貰えるだけでありがたいですから」

 マティアスは顔を上げハラルドに礼を伝える。そしてハラルドは立ち上がり「じゃあ」と言って玄関に向かった。

「それ、食えよ」

 ハラルドは暖炉の中で温まり沸々と湯気を出す鹿のパイを指した。

「はい、ありがたく頂きます」

 ウィルバートが答えるとハラルドは頷き雪の降る外へ出て行った。

「ヘルガさんがせっかく持ってきてくれたし、食べようか」

 ウィルバートがそう促し、マティアスは台所から受け皿とフォークを出してきた。ウィルバートが暖炉からパイを出してきて取り分けてくれる。二人向かい合いパイを口に運んだ。

「ひとまずは、良かったな」
「……うん」

 ウィルバートがマティアスを励ますかのように笑顔を向けた。マティアスはそれに応えるように頷いた。
 鹿肉を野菜や香草と共に煮込みパイで包み焼いてある。手の込んだ温かくて優しい味の料理だ。
 パイを口に運びながら頬に雫が伝うのを感じた。マティアスは食べながら溢れ出る涙を止めることが出来なかった。


 その夜、マティアスはベッドの中で一人寝付けずにいた。
 エクルンド家でバルヴィアも含めて五人で食事をした時、ヘルガに『息子ができたみたい』と言って貰いとても嬉しかった。
 胸の奥がむずむずするようなぎゅっと抱き締められるようなそんな感覚。幼い頃、カノラ村で母以外の大人にも可愛がって貰っていた記憶を思い出した。王子として国王として暮らすようになってからは失われていた感覚だ。それが体験出来ていたと思ったら、あっという間に霧のように消えて無くなってしまった。

 好意を感じていた人からの拒絶。
 ヘルガが怒っているのか悲しんでいるのかもわからないが、不快な思いをして自分に対して絶望していることは確かだ。

 さらにアルヴァンデール王国の情勢もマティアスの不安の種だった。
 国王の不在。しかも安否不明。次の後継者へと引き継がれても当然おかしくは無いが、三ヶ月でサムエルが即位するのは早い気がする。やはりクレモラ卿を筆頭とするマティアスの反対勢力が積極的に動いている可能性が高い。国としての危機。政治に興味が無いサムエルがどこまで抑えられているか……。

 そんなアルヴァンデールが窮地に追い込まれているにもかかわらず、マティアスの思考の半分以上は別のことで埋まっていた。ずっと胸の奥につかえていた問題が大きく膨れ上がっているように感じる。

 ウィルバートに真実を話していないことだ。

 仕立て屋として生きる『カイ』が、実はマティアスが記憶を奪いアルヴァンデール王国から追放したウィルバートなのだと知ったら……。
 今確かに感じているウィルバートからの好意も、真実を知ったら絶望され拒絶されるのではないか。今回のヘルガのように。

 「っ……」

 抑えられない様々な想いが溢れ出し、マティアスは息を詰めた。横向きに寝返りを打つフリをしてウィルバートの眠るベッドに背を向ける。とめどなく涙が溢れて枕に染み込んでいった。

 ウィルバートも眠れないのか、背後のベッドから衣擦れの音がした。すると

「寒い。入れろ」

 ウィルバートの声をすぐ近くで感じ、それと同時にウィルバートが強引にマティアスのベッドに入ってきた。

「あったけぇ……」

 後から身体をぴったりと合わせ、強く抱き締めてくる。それは暖を取ることを建て前にした明らかな慰めだった。
 堪えられなくなった嗚咽が「ひっ……」と漏れるがウィルバートは敢えて気付かないフリをしてくれた。

「髪の匂い……クるなぁ」

 ウィルバートがマティアスのざっくりと編まれた髪の根元に顔を埋めてくる。

「く、臭い……?」

 洗髪したのは六日前だ。そろそろ洗いたい気持ちを我慢しているところでそんな事を言われマティアスは焦った。

「クるって言ってんの。勃ちそう」
「カッ、カイッ!」
「ふは、その名前で呼ばれると益々ヤバいな」

 マティアスの焦りとは裏腹にウィルバートが笑う振動が背中から伝わってくる。

「じ、自分でそう呼ばせてるくせにっ……」

「フフッ、すまん。……今日は何もしないから、安心して寝ろ」

 マティアスは小さく「ん……」と返事をした。

 下らないことで少し笑い、温かさと安堵感に包まれたマティアスは、涙を零しながらも眠りへと落ちていった。
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