【完結】魔法を極めすぎて行き遅れていた私ですが、ひょんなことで年下イケメン公爵令息の家庭教師となったら帝国の陰謀に巻き込まれてしまいました

宮田花壇

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第7話 あなたをこの城の最も高い塔に吊るして避雷針にして差し上げましょうか?

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 それから数日後。

 無事に謁見の約束を取り付けた私は早速帝宮へと向かいました。大理石の廊下を進み、侍従の案内に従って扉を押し開きます。

 皇帝陛下の執務室は、壁一面に重厚な書棚が並び、分厚い書物や巻物がぎっしりと詰められていました。整然と積み上げられた文書は、帝国の政務の重みをそのまま形にしたようです。

 執務机の奥に座すのは、皇帝であられるカリオス陛下。
 先日のパーティーでもお会いしたときも思いましたが、柔和で話しやすい印象のお方です。けれど反面、まだその若さから国を統べる為政者としては威厳よりも人の良さが先に立っているとも感じました。
 たしかそれもあって、まだ政治や軍事に関してはダリオン様や腹心の方々が中心で担っていたとか。

「セレイナ嬢。……この度は誠に災難であったな。ダリオン殿のこと、心より案じている」

 陛下は同情を込めた声でそう言い、椅子を勧められました。窓から差す光で照らされたお顔には、正真正銘私を気遣うお心が垣間見えます。
 けれど私は腰を下ろさず、深く一礼したのちに顔を上げます。

「ありがたきお言葉に感謝いたします。――ですが、今はそれどころではございません」

 その瞬間、空気がキュッと引き締まりました。
 陛下の背後に控える幾名かの重臣――その中央、わし鼻で寸胴な体型をしたドラヴォス公爵は怪訝そうな眼差しを向けています。両脇の男たちもまた、田舎娘を値踏みするような視線を隠しません。

「宮廷にて、ダリオン様の職を他の貴族に引き継ぐ動きがあると耳にいたしました。ですが、ダリオン様には正嫡のご子息ヴァレフ様がいらっしゃる! これはいったいどういうことですか!」

 声を張り上げると、陛下は驚いたように目を瞬かせました。
 すぐに取り繕うように言葉を紡がれます。

「ま、待つが良いセレイナ嬢。ヴァレフはまだ若い。いかにダリオン殿の子息とて、帝国の政務は容易ではない。こう言ってはなんだが……帝宮内にはヴァレフの実力を疑う者もおるのだ。特に軍部などはそういう声が多いと聞く」

 まるで誰かに台本でも渡されたように陛下が言葉を紡ぎます。

「というわけで、どうだろう? ここはせめて父君の回復を待つべきではないだろうか? 今は代役を立て、ヴァレフが後を継ぐのはその後からでも……」

 陛下のご意見に、重臣たちも「うむ、誠にその通りですな」「経験不足は明白」「公爵家といえど、帝国の安寧を優先すべきです」と一斉に声を重ね、室内の圧力は一層強まりました。

 なるほど――ダリオン様の不在を待ち構えていた狼たちが、ここに揃っているわけですね。いいでしょう、ある意味手間が省けました。

 私は一歩進み出て、胸を張りました。

「陛下。ヴァレフ様には才がございます。魔法の実力も申し分ありません。父上が戻られるその日まで必ずや職務を果たせると、公爵家で家庭教師でもあったこの私が保証いたします!」

 言葉が響き渡り、執務室に沈黙が落ちました。
 皇帝は口を閉ざし、重臣たちは互いに顔を見合わせています。

「控えよ、セレイナ嬢! ここは陛下の御前であるぞ!」

 鋭い声で諫めたのはドラヴォス公爵でした。

「だいたい田舎娘が皇帝陛下に意見など無礼であろう!」
「そうとも。女如きが軍の話にしゃしゃり出るなど」
「魔法の何たるかも知らんくせに」

 他の重臣たちからも口々に浴びせられる叱責や非難の声。そこには嘲笑も交じっています。
 それもそのはず、彼らにとって私は所詮若輩者。血筋も浅く、しかも女。ここぞとばかりに彼らは私を見下してきました。

 ですが。

「……ほう」

 私はわざと低く声を洩らしました。

「たしかに皆様のおっしゃるとおり、私は田舎者かもしれません。けれど公爵家の養女となった今、家を守る覚悟があります……それと」

 言葉を区切り、私はゆっくりと視線を巡らせました。
 重臣たちの目を一人ずつ射抜くように見据え、最後にドラヴォス公爵で止めます。

「中央の方々は直接目にする機会がなかったのでご存じないでしょうが、私は魔法の腕にはひとかたならぬ自負があります。それを今からお見せしましょう」
「ふん、戯言を。なにが自負か。どうせ女の魔法など――」

 私はドラヴォス公爵の言葉が終わるのを待たずして、ドレスの袖から取り出した杖をスッと掲げました。

 バチッ――!

 眩い稲光が執務室の空気を裂き、天井近くで弾けました。
 轟音は抑え込んでありますが、それでも耳に残るほど鋭い響き。
 一瞬の閃光に目を細め、誰もが反射的に身をすくめました。

「ひっ……!」
「か、雷魔法だと……!?」

 ざわめきが広がり、さきほどまでの嘲りは一斉に掻き消えました。当然でしょう。雷魔法は制御が難しいため、帝国軍の中でも扱える者は少数と聞いています。
 私は手を下ろし、冷ややかな笑みを浮かべました。

「ご安心ください。今のは私の実力のほんの一端にすぎません。本気を出せば、この帝都の空を覆う嵐を呼ぶこともできましょう」
「なっ……!?」

 皇帝陛下の顔にも動揺が走り、壁際に控えていた侍従たちですら青ざめていました。

「さあ、どうします陛下!? 言っておきますが、もしこの場で私の要求が退けられるならば、そのときは我が雷がこの帝都を焼き尽くすでしょう!」

 叫び声に乗せて放った電磁波により、室内にバリっという音が響きます。

「き、虚勢だ!」

 堪えきれなくなったようにドラヴォス公爵が怒鳴りました。
 先ほどまで青ざめていた顔を無理に引き締め、周囲の貴族たちを奮い立たせようとしているのでしょう。

「雷など、ただの見せかけにすぎん! 所詮は田舎娘の戯れ。こんな者に帝都を人質に取られてたまるか!」
「虚勢などではありません!」

 バチィィン!

 耳を劈く轟音とともに、雷光が走ります。閃光は一直線にドラヴォス公爵の足元へ。高そうな絨毯に焦げ跡を刻み、白煙が立ち上りました。

「ぬおっ!」

 派手に飛び退いた公爵がたたらを踏み、そのままバランスを崩して尻もちをつきました。
 私は彼に向かってにっこりと微笑みます。

「私は本気も本気です。もしお望みならドラヴォス公爵、あなたをこの城の最も高い塔に吊るして避雷針にして差し上げましょうか?」
「な、なにを――」

 公爵の声は震えていました。周囲の重臣たちもざわめき始めます。

「お、思い出した……。そういえば、たしか地方に雷を操る女の魔導士がいたとか……」
「私もだ。戦場で一度に数百の敵兵を薙ぎ払ったと……」
「嵐を呼んで砦を吹き飛ばした、という話も……」

 誰もが恐る恐る口にする噂。
 私は軽く頷き、にっこりと笑って答えました。

「ええ、全部私です」

 その場にいた全員の背景にピシッと亀裂が入りました。そして誰が呟いたか、どこからともなくその名が自然と聞こえてきました。

「……ら、『雷神』」

 皇帝陛下は椅子の肘掛けを強く握りしめ、明らかに迷っておられる様子でした。
 これだけの狼藉、もちろんやろうと思えば即刻逮捕を命じることもできるはず。けれど、ここで私が暴れたらどうなるか――そう思えば踏み切れないのでしょう。
 今の私は陛下にとって、もはや何をしでかすか分からない暴風雨のような存在に見えてるでしょうからね。

 そして、だからこそ畳みかけます。

「陛下。私はただ求めているのです。ヴァレフ様がダリオン様の職を“正当に”引き継ぎ、これまで公爵家が守ってきた地位にそのまま座ることを」
「む、むぅ……」

 陛下の瞳がキョドキョドと泳ぎます。
 反対派の視線、私の気迫、帝都を覆う雷の幻影。その板挟みに苦しむ姿は痛々しいほどでした。けれど私は一向に手を緩める気はありません。

「さあ、どうかご決断を!」

 私はついにバンッと執務机を両手で叩きました。陛下の口から小さな呻き声が漏れます。
 そして短い沈黙ののち、ついに絞り出すように――。

「……ヴ、ヴァレフ・ヴァルケストをダリオン・ヴァルケストの後任とし、その職務を引き継ぐことを認めよう」

 その瞬間、重臣たちが一斉にざわめきました。
 けれど相手は皇帝陛下。反対の言葉は喉まで出かかったのでしょうが、誰も続ける勇気を持ちませんでした。

「ご英断、心より感謝いたしますわ」

 私は深く一礼し、優雅に微笑みました。
 その笑みを真正面から受けたドラヴォス公爵の悔しそうな顔が、なによりも痛快でした。

 さて、用は済みました。これだけ騒げば呼ばずともそろそろ衛兵がやってくるでしょう。その前に退散です。

 背後で閉じられた扉の奥では、私が退出したことで我に返ったのであろうドラヴォス公爵らの騒ぎ立てる声が聞こえましたが、もはや手遅れです。

 執務室内での政務は書記官も同席しておりました。私の謁見は公式な手続きを踏んだものですし、あの場でのやり取りはすべて議事録に残しています。常に陰謀渦巻く帝宮だからこそ、一度記録された議事は簡単に改ざんなどできません。

 つまり、先ほどの陛下の発言はただの口約束にあらず。れっきとした公的な価値を持つ言質なのです。

「……もっとも、私が欲しかったのはそれだけではありませんが」

 去り際に目が合ったドラヴォス公爵の顔を改めて思い出しつつ呟きます。
 ともあれ、目的を達した私はそそくさとその場を離れました。

 宮門を出ると、待たせていた馬車の前に人影がありました。ヴァレフ様です。彼には今回、あえてお留守番をしていてもらいました。

「……師匠! どうだった!?」

 ヴァレフ様は私の顔を見るなり駆け寄ってきて、息を整えもせずに問いかけます。

「ご安心くださいませ。陛下はヴァレフ様を公爵の後任とお認めになりました」
「おお……!」

 私の言葉に、ヴァレフ様の肩が一気に下がりました。

「……よかった。父上の席を奪われずに済んだんだな」

 心底ホッとしたような笑みが浮かびます。
 けれど、その直後にヴァレフ様はふと思い出したように眉を寄せ、私をじろりと見つめました。

「ただな師匠。ひとつ気になることがあるんだが」
「はい?」
「謁見の最中、外から部屋の窓がピカッと一回光ったように見えたんだが、もしや陛下の御前で魔法を使ったなどということは……」

 ヴァレフ様はおずおずと問いかけ、こちらの反応を窺います。

「フッ、何を仰いますか。ヴァレフ様の目は節穴ですか?」
「な、なんだ、そうか。見間違いだったか」

 少し首を傾げながら私が答えると、ヴァレフ様はほっと胸をなで下ろしました。

「一度ではありません。二度です」
「…………は?」

 そこには見事に絶句した顔がありました。
 おやおやヴァレフ様、そんなにぽかんと口を開けたら麗しいお顔が台無しですよ? 

「さあ、早く屋敷に帰りましょうヴァレフ様。なんたってここからが本番なのですから」

 馬車に乗り込んだ私が急かすように手招きをすると、ヴァレフ様は諦めたように溜め息を吐きました。

「……やっぱり師匠は頼もしいな」

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