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第8話 ふふっ、戦いとは二手三手先を読んで動くものですよ
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あの謁見から数日。
屋敷に戻った私のもとには、連日家臣たちが息せき切って報告を持ち込んできました。
「帝都の噂はもっぱらヴァレフ様のお話です。皇帝陛下が直々に後継をお認めになったと……」
ふふ、当然でしょう。あれだけ派手に騒ぎ立てたのですもの。耳を塞ごうとしたって、帝都中に響き渡るに決まっています。
実際、滞っていた政務も次々と動き出し、中立を装っていた貴族からは新たな当主であるヴァレフ様への面会の申し出が殺到しているとか。よろしい、よろしい。やっと皆目が覚めたようですね。
けれど同じく届いた報せには、愉快とは言い難いものも混じっていました。
「……ですが一方で、簒奪派の筆頭であるドラヴォス公爵は激怒し、領内の私兵を召集しているようです。さらに軍内にある自身の直轄兵団にも声をかけているとか。他にも簒奪派に与していた貴族を巻き込み、なおも軍勢を拡大しつつあるようです」
ふむ、やはり動きましたね。あの男が黙って引き下がるはずはありません。
ダリオン様が慎重で理性的な方であったのに対し、ドラヴォス公爵は正反対の性質を持つ方です。強引さと過激さで知られ、力でねじ伏せることをためらわない。
「ご苦労さまでした。報告はよく分かりました」
私は家臣を下がらせつつ、指先で机を軽く叩きながら頭の中で数を組み替えていきます。
ドラヴォス公爵は恐らく一週間もすれば兵を揃え、こちらに討って出てくるでしょう。
同じく報告を聞いていたヴァレフ様も頷きます。
「……やはり、衝突は避けられんか」
「ええ。けれど心配は要りませんわ」
そうです、ここまで込みで想定内。
せっかく奪えると思った地位を阻まれた今、ドラヴォス公爵の性質を考えれば逆上してこちらに直接牙を剥いてくるのは必然でした。ならばこちらも迎え撃つ備えをしておかねばなりません。
実のところ、私の手は陛下への謁見よりも前にすでに動き出しておりました。
まずは領内にお触れを出し、徴兵令を発しました。ヴァルケスト家はもともと善政で知られ、ダリオン様の人徳も厚い。領民たちは「公爵家のため」と聞けば進んで武具を取り、各地からはせ参じてくれました。帝都の政争は遠いものに思えても、彼らにとって己の住む土地名であるヴァルケストの名は誇りなのです。
さらに古くからの有力貴族にも声をかけました。代々ヴァルケスト家と縁を結んできた家々は今回の簒奪派に強い反発を抱いていたため、使者を送れば二つ返事で快く協力を約してくれました。軍勢の数こそ各家で違えど、忠誠の厚さにおいては揺らぎません。
その点、突発的に利害が一致しただけで寄り集った簒奪派とは比べ物にならないでしょう。
あ、そうそう。もちろん私の実家ロズバーン家も巻き込みましたよ。
兵の規模こそ元が男爵家ゆえに大きくはありませんが、その精鋭さは皇帝陛下の直轄兵団にも匹敵します。なにせ、かつてこの私自らが鍛え上げた兵たちですから。久方ぶりに再会した彼らは「またセレイナ殿と共に戦えるとは」と目を輝かせ、頼もしさを隠しませんでした。
ちなみにこのことをヴァレフ様に伝えたのは、帝宮からの帰り道でした。
事前に話してしまうと、私がはじめから穏便に済ませる気ゼロで謁見に臨んだのがバレてしまいますからね。まあ止められても止まる私ではありませんが。
「い、いつのまにそんなことを……」
「ふふっ、ヴァレフ様。戦いとは二手三手先を読んで動くものですよ」
馬車の中で絶句されたヴァレフ様に、私は口に手を当てて微笑みました。
けれど、準備はまだこれで終わりじゃありません。むしろ、ここからが本番です。
屋敷に帰って来るや否や、私は今度は公爵家に出入りする商工会やギルドへ次々と使者を送りました。
もっとも、彼らは古参貴族の皆様方と違って血縁や歴史的な結びつきはありません。忠義を理由に協力を期待できる相手ではない。味方にするにはわかりやすい条件を示す必要がありました。
そこで私は贈り物として公爵家の宝物庫を開き、そこから幾ばくかの金銀財宝を彼らに与えました。さらには新たな商談や土地開拓の利権も持ち掛け、最後に「今後も良しなに」と一言添える。
こうなると損得勘定に鋭い彼らはチョロいものです。
なお、それでも首を縦に振らない者には……ええ、仕方ないので私自ら出向きましたよ。そして公爵令嬢としての“威光”をしっかりと示させていただきました。
おかげで彼らも最終的には友好的な笑みを浮かべながら「ぜひとも協力を」と約束してくださいました。どういうわけか、その笑顔が若干引きつっているように見えたのは不思議でしたが……。
ともあれ、影響は絶大でした。
帝国全土に広いマーケットとネットワークを持つ彼らにより資金援助、兵站、そして敵勢力に関する詳細な情報までが次々と転がり込みます。
戦は何より資金力が物を言いますし、食糧や武具の確保、さらには敵の配置に至るまでの情報が揃うことは、勝敗を決するうえで欠かせない武器です。
そしてこの頃には、ついにヴァレフ様もお覚悟を決められたようでした。自ら「当主代行」として表舞台に立ち、社交界で協力者を広げていかれたのです。
そこで私は思いがけない光景を目にすることになりました。
ヴァレフ様の美貌は元より帝都でも評判でしたが、そこに紳士的な態度を加えられた今のお姿はもはや無敵。舞踏会や夜会に出席すれば、老いも若きも関係なく貴婦人たちは次々と魅了されます。
そして耳元で「ぜひともヴァルケスト家にお力添えを」と囁けば、彼女たちは喜んで頷き、その後ろにいる夫や恋人にまで働きかけてくれたのです。
これにより私が戦力としてカウントしていなかった貴族たちまでもが、こちらの勢力に加わりました。
いやはや、なんとも心強いものです。かつて初対面の私に「女だと!?ふざけるな!」などと暴言を吐いていた方と同一人物とは思えませんでした。
こうして、私とヴァレフ様の両輪によって、ヴァルケスト家の同盟網は着実に形を成していったのです。
***
それからさらに数日後の夜でした。
「ドラヴォス公爵が兵を整え、明日にも進軍を開始するとの情報が入りました」
その報告を受けたときは、さすがに屋敷の空気が一段と張り詰めました。
私は広げていた地図の上に視線を落とし、支援を約した諸侯の軍勢やロズバーン家から駆けつけた精鋭たちの配置を確かめます。
加えて兵站を担う商人やギルドの名前も書き込み、兵糧の流れを矢印で繋いでいく。紙の上で戦場を形作る作業は、呼吸を整える儀式のようでした。
「これで舞台は整ったわね」
私が独りごちると、ヴァレフ様も地図を覗き込みながら静かに頷かれました。
「確かに。戦力も補給も十分だ。あとはぶつかるのみ、か」
凛とした声音に、もう不安の影はありません。ここまでの準備期間を経て、今のヴァレフ様は完全に一人の責任ある貴族の男性として立とうとしているのです。
けれど私は、ひとつ迷いを抱かざるを得ませんでした。
「ところで、よろしいのですか。明日の戦、なにもヴァレフ様まで最前線に立たずともよいのですよ?」
いくら成長したとはいえ、ヴァレフ様に戦の経験はない。
この先ヴァルケスト家を背負って立つ身としても、万が一のことがあってはなりません。
ちなみに私には戦の経験がありました。それもかなり。
実家であるロズバーン家の領地は帝国の南端にあります。ゆえにその役割は他国の侵略からの盾も兼ねており、国境付近では度々小競り合いが発生していました。
そのため私も若い頃より幾度も魔法の実験……もとい領地や国を守るために馳せ参じ、稲妻を振るって敵を討ち払いました。
『雷神』という異名が付いたのもその頃です。たしか発祥は私の魔法の威力に怯えた敵国の兵士で、それが巡り巡って国内にまで流れ込んできて定着したそうな。
「前線の指揮は私が執ります。ですので、ヴァレフ様は後方に控えておられても――」
「馬鹿な」
けれど私の言葉を遮るように、彼は強く言い切りました。
「何を言うか師匠。私は今やヴァルケスト家の当主代行の身。誰よりも先頭に立って皆を導かねばならん」
「ですが……」
「だいたい帰れと言って帰らなかったのはそっちが先だろう? それなのに今更私にだけ下がれと言うのは野暮ではないか?」
蒼い瞳が力強く輝いていました。
その決意に思わず胸が震えます。
「師匠、私は逃げぬ。父上や祖父、そのまた遥か昔からの祖先たちが築いてきたこの家を守るためにもな」
その言葉は真直ぐで、疑いの余地がありませんでした。
……どうやら、これならば何の心配もなさそうです。この先のヴァルケスト家の未来も。
「ふふっ、分かりました。ならば共に参りましょう。ヴァレフ様」
「うむ。必ず勝つぞ、師匠」
固く交わされた視線が、次の瞬間には同じ未来を見据えていました。
こうして私たちは、迫りくるドラヴォス公爵ら簒奪派との決戦へと歩を進めるのです。
屋敷に戻った私のもとには、連日家臣たちが息せき切って報告を持ち込んできました。
「帝都の噂はもっぱらヴァレフ様のお話です。皇帝陛下が直々に後継をお認めになったと……」
ふふ、当然でしょう。あれだけ派手に騒ぎ立てたのですもの。耳を塞ごうとしたって、帝都中に響き渡るに決まっています。
実際、滞っていた政務も次々と動き出し、中立を装っていた貴族からは新たな当主であるヴァレフ様への面会の申し出が殺到しているとか。よろしい、よろしい。やっと皆目が覚めたようですね。
けれど同じく届いた報せには、愉快とは言い難いものも混じっていました。
「……ですが一方で、簒奪派の筆頭であるドラヴォス公爵は激怒し、領内の私兵を召集しているようです。さらに軍内にある自身の直轄兵団にも声をかけているとか。他にも簒奪派に与していた貴族を巻き込み、なおも軍勢を拡大しつつあるようです」
ふむ、やはり動きましたね。あの男が黙って引き下がるはずはありません。
ダリオン様が慎重で理性的な方であったのに対し、ドラヴォス公爵は正反対の性質を持つ方です。強引さと過激さで知られ、力でねじ伏せることをためらわない。
「ご苦労さまでした。報告はよく分かりました」
私は家臣を下がらせつつ、指先で机を軽く叩きながら頭の中で数を組み替えていきます。
ドラヴォス公爵は恐らく一週間もすれば兵を揃え、こちらに討って出てくるでしょう。
同じく報告を聞いていたヴァレフ様も頷きます。
「……やはり、衝突は避けられんか」
「ええ。けれど心配は要りませんわ」
そうです、ここまで込みで想定内。
せっかく奪えると思った地位を阻まれた今、ドラヴォス公爵の性質を考えれば逆上してこちらに直接牙を剥いてくるのは必然でした。ならばこちらも迎え撃つ備えをしておかねばなりません。
実のところ、私の手は陛下への謁見よりも前にすでに動き出しておりました。
まずは領内にお触れを出し、徴兵令を発しました。ヴァルケスト家はもともと善政で知られ、ダリオン様の人徳も厚い。領民たちは「公爵家のため」と聞けば進んで武具を取り、各地からはせ参じてくれました。帝都の政争は遠いものに思えても、彼らにとって己の住む土地名であるヴァルケストの名は誇りなのです。
さらに古くからの有力貴族にも声をかけました。代々ヴァルケスト家と縁を結んできた家々は今回の簒奪派に強い反発を抱いていたため、使者を送れば二つ返事で快く協力を約してくれました。軍勢の数こそ各家で違えど、忠誠の厚さにおいては揺らぎません。
その点、突発的に利害が一致しただけで寄り集った簒奪派とは比べ物にならないでしょう。
あ、そうそう。もちろん私の実家ロズバーン家も巻き込みましたよ。
兵の規模こそ元が男爵家ゆえに大きくはありませんが、その精鋭さは皇帝陛下の直轄兵団にも匹敵します。なにせ、かつてこの私自らが鍛え上げた兵たちですから。久方ぶりに再会した彼らは「またセレイナ殿と共に戦えるとは」と目を輝かせ、頼もしさを隠しませんでした。
ちなみにこのことをヴァレフ様に伝えたのは、帝宮からの帰り道でした。
事前に話してしまうと、私がはじめから穏便に済ませる気ゼロで謁見に臨んだのがバレてしまいますからね。まあ止められても止まる私ではありませんが。
「い、いつのまにそんなことを……」
「ふふっ、ヴァレフ様。戦いとは二手三手先を読んで動くものですよ」
馬車の中で絶句されたヴァレフ様に、私は口に手を当てて微笑みました。
けれど、準備はまだこれで終わりじゃありません。むしろ、ここからが本番です。
屋敷に帰って来るや否や、私は今度は公爵家に出入りする商工会やギルドへ次々と使者を送りました。
もっとも、彼らは古参貴族の皆様方と違って血縁や歴史的な結びつきはありません。忠義を理由に協力を期待できる相手ではない。味方にするにはわかりやすい条件を示す必要がありました。
そこで私は贈り物として公爵家の宝物庫を開き、そこから幾ばくかの金銀財宝を彼らに与えました。さらには新たな商談や土地開拓の利権も持ち掛け、最後に「今後も良しなに」と一言添える。
こうなると損得勘定に鋭い彼らはチョロいものです。
なお、それでも首を縦に振らない者には……ええ、仕方ないので私自ら出向きましたよ。そして公爵令嬢としての“威光”をしっかりと示させていただきました。
おかげで彼らも最終的には友好的な笑みを浮かべながら「ぜひとも協力を」と約束してくださいました。どういうわけか、その笑顔が若干引きつっているように見えたのは不思議でしたが……。
ともあれ、影響は絶大でした。
帝国全土に広いマーケットとネットワークを持つ彼らにより資金援助、兵站、そして敵勢力に関する詳細な情報までが次々と転がり込みます。
戦は何より資金力が物を言いますし、食糧や武具の確保、さらには敵の配置に至るまでの情報が揃うことは、勝敗を決するうえで欠かせない武器です。
そしてこの頃には、ついにヴァレフ様もお覚悟を決められたようでした。自ら「当主代行」として表舞台に立ち、社交界で協力者を広げていかれたのです。
そこで私は思いがけない光景を目にすることになりました。
ヴァレフ様の美貌は元より帝都でも評判でしたが、そこに紳士的な態度を加えられた今のお姿はもはや無敵。舞踏会や夜会に出席すれば、老いも若きも関係なく貴婦人たちは次々と魅了されます。
そして耳元で「ぜひともヴァルケスト家にお力添えを」と囁けば、彼女たちは喜んで頷き、その後ろにいる夫や恋人にまで働きかけてくれたのです。
これにより私が戦力としてカウントしていなかった貴族たちまでもが、こちらの勢力に加わりました。
いやはや、なんとも心強いものです。かつて初対面の私に「女だと!?ふざけるな!」などと暴言を吐いていた方と同一人物とは思えませんでした。
こうして、私とヴァレフ様の両輪によって、ヴァルケスト家の同盟網は着実に形を成していったのです。
***
それからさらに数日後の夜でした。
「ドラヴォス公爵が兵を整え、明日にも進軍を開始するとの情報が入りました」
その報告を受けたときは、さすがに屋敷の空気が一段と張り詰めました。
私は広げていた地図の上に視線を落とし、支援を約した諸侯の軍勢やロズバーン家から駆けつけた精鋭たちの配置を確かめます。
加えて兵站を担う商人やギルドの名前も書き込み、兵糧の流れを矢印で繋いでいく。紙の上で戦場を形作る作業は、呼吸を整える儀式のようでした。
「これで舞台は整ったわね」
私が独りごちると、ヴァレフ様も地図を覗き込みながら静かに頷かれました。
「確かに。戦力も補給も十分だ。あとはぶつかるのみ、か」
凛とした声音に、もう不安の影はありません。ここまでの準備期間を経て、今のヴァレフ様は完全に一人の責任ある貴族の男性として立とうとしているのです。
けれど私は、ひとつ迷いを抱かざるを得ませんでした。
「ところで、よろしいのですか。明日の戦、なにもヴァレフ様まで最前線に立たずともよいのですよ?」
いくら成長したとはいえ、ヴァレフ様に戦の経験はない。
この先ヴァルケスト家を背負って立つ身としても、万が一のことがあってはなりません。
ちなみに私には戦の経験がありました。それもかなり。
実家であるロズバーン家の領地は帝国の南端にあります。ゆえにその役割は他国の侵略からの盾も兼ねており、国境付近では度々小競り合いが発生していました。
そのため私も若い頃より幾度も魔法の実験……もとい領地や国を守るために馳せ参じ、稲妻を振るって敵を討ち払いました。
『雷神』という異名が付いたのもその頃です。たしか発祥は私の魔法の威力に怯えた敵国の兵士で、それが巡り巡って国内にまで流れ込んできて定着したそうな。
「前線の指揮は私が執ります。ですので、ヴァレフ様は後方に控えておられても――」
「馬鹿な」
けれど私の言葉を遮るように、彼は強く言い切りました。
「何を言うか師匠。私は今やヴァルケスト家の当主代行の身。誰よりも先頭に立って皆を導かねばならん」
「ですが……」
「だいたい帰れと言って帰らなかったのはそっちが先だろう? それなのに今更私にだけ下がれと言うのは野暮ではないか?」
蒼い瞳が力強く輝いていました。
その決意に思わず胸が震えます。
「師匠、私は逃げぬ。父上や祖父、そのまた遥か昔からの祖先たちが築いてきたこの家を守るためにもな」
その言葉は真直ぐで、疑いの余地がありませんでした。
……どうやら、これならば何の心配もなさそうです。この先のヴァルケスト家の未来も。
「ふふっ、分かりました。ならば共に参りましょう。ヴァレフ様」
「うむ。必ず勝つぞ、師匠」
固く交わされた視線が、次の瞬間には同じ未来を見据えていました。
こうして私たちは、迫りくるドラヴォス公爵ら簒奪派との決戦へと歩を進めるのです。
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