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第10話 ずっと私のターン
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「セレイナ嬢……これはいったい、どういうことだ」
陛下は戦場を見渡し、青ざめた面持ちで私に問いかけます。
「同じ帝国の民同士が、どうしてこのように刃を交えているのだ」
その声を合図にしたかのように、地に膝をついていたドラヴォス公爵が慌ただしく身を乗り出しました。
「へ、陛下! 良いところにおいでくださいましたぞ!」
彼は必死に、まるで溺れる者が藁をも掴むかのように叫びます。
「あの者たちは反逆者! 皇帝陛下の兵士を一方的に討ち滅ぼした逆徒にございます! どうか即刻処罰を!」
「な、なんだと……?」
陛下は目を見開き、周囲を見渡しました。
すると、倒れ伏していた兵のひとりが苦々しげに口を開きます。
「は、はい。確かに我々は彼女の雷魔法で軍勢を焼き払われました……死者こそ出ませんでしたが、その被害は甚大で……」
その証言に、陛下の目が鋭く揺れました。謁見の場で私の雷を目にしたことがあったからでしょう。雷魔法という単語ですぐに誰のことを指しているかピンと来たご様子でしたね。きっと謁見時の私の大立ち回りと照らし合わせ、陛下の脳内ではこの戦場で暴れ回る私の姿が脳裏を過ぎったのではないでしょうか。
まあそれでなくとも戦場で「彼女」なんて言い回しな時点で、この場に該当者は一人しかおりませんけど。
もっとも、だからと言ってその証言のみで急に私の身が危うくなることはありません。もともと貴族同士の勢力争いは昔から大なり小なりあること。
その場合、決着の方法は二つ。各陣営の主張などを鑑みて裁判で決するか、あるいは勝者がそのまま正義となるか。弱き者を用いる価値はない――それが強者である帝国の意思。
ゆえに今回の例に当てはめても、戦に勝利した以上は我がヴァルケスト家が地位を保つので問題ない。
……はずでしたが、ここで事態は思わぬ方向へ転がります。
「! その紋章は……」
陛下がふと眉をひそめ、証言した兵士の胸元を注視しました。
そこに輝いていたのは、正規の帝国軍であることを示す紋章。たとえドラヴォス公爵の直轄兵であろうと、大元を辿れば帝国軍……皇帝陛下の所有物であることには違いありません。
つまり、先ほどのドラヴォス公爵の「皇帝陛下の兵士たち」という発言は、あながち的外れとも言えないのです。
こうなると話はガラッと変わってきます。
なぜなら一方でこちらは領内から集めた私兵のみ。他にも細々とした勢力の人間はいるものの、帝国軍の正規兵は一人もおりません。いかにヴァレフ様が正式に地位を継いだとはいえ、この短い準備期間で帝国軍内の旧ダリオン様の直轄兵まで呼び寄せることはさすがに叶いませんでしたから。
となると、見方を変えればこの状況を「一領地の私兵が、正規の国家軍である帝国軍を壊滅に至らしめた」とも捉えられます。
そしてそれは言うまでもなく権力闘争とは別物のれっきとしたクーデター。もし事実であれば、即刻斬首の沙汰を下されてもおかしくないほどの反逆行為です。
というような構図を陛下も察したのでしょう。あるいは遡って私の謁見での「帝都を焼き尽くす」発言を思い出していたかも。
私の方を振り返り、声を震わせました。
「……セレイナ嬢。先ほどのドラヴォス公爵の発言は、事実で相違ないか?」
勝利の余韻に包まれていた戦場に、不穏な空気が流れ込んでいきます。背後に控えるヴァレフ様の顔にも心配げな色が浮かんでおりました。
なるほど、咄嗟に出したにしてはたしかにドラヴォス公爵の主張はうまい言い分です。
「いいえ、陛下。それは全く事実ではございません」
けれど私は一歩前に進み出て、毅然と声を響かせました。
ざわ、と周囲が揺れます。状況だけを見れば、そこまで言い切るのは難しいこと。兵たちもそれを理解しているからこそ、え?という顔をしていました。
もちろんドラヴォス公爵もすぐさま唾を飛ばして叫びます。
「な、なにを言うか貴様! この状況が目に入らぬか! どこからどう見ても貴様が暴れ散らかし、陛下の兵をメチャクチャにしたようにしか見えんだろうが!」
「お黙りなさい!」
ピシャリと言い放った私の声に、ドラヴォス公爵が思わず仰け反ります。彼のみならず、陛下や周囲の兵士たちまでも。
「もう一度申し上げます。私の行為は決して反逆ではございません。なぜなら、先に反逆を企てたのはドラヴォス公爵の方だからです!」
「な、なんだと……!?」
予想外の指摘に、彼はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まりました。
「貴様、よくもそんな言いがかりを……!」
「言いがかりなどではありません。陛下、考えてみてくださいな。たしかに公爵家には、有事の際に軍議を待たずとも兵を動かす権限がございます。しかしその有事とは、他国の侵略や国内の反乱鎮圧といった限られた場合にのみ適用されるはず」
「そ、そうだ。だからこうして我々は――」
ドラヴォスが言い募ろうとした瞬間、私はさらに畳みかけました。
「ですがご覧ください。ここはヴァルケスト公爵家の領地です。兵を差し向けてきたのは彼らの方が先。我らはあくまで防衛したにすぎません」
事実です。なぜならここはヴァルケスト公爵領のど真ん中。我らの兵は一歩たりとも領内を出ていませんからね。
「それどころかドラヴォス公爵はなんの根拠もなく、皇帝陛下に忠を尽くしてきた国の兵を私的に流用しました。そしてあまつさえ、その兵を同じ自国の民へと向けたのです!」
「うぐっ……!」
露骨に顔をゆがめて言葉に詰まるドラヴォス公爵。言い返せないのも無理はありません。なにしろ私はこの展開を導くために最初から彼を焚きつけてきたのですから。
思い返せば、あの帝宮での謁見。あえて雷を放って彼を威嚇したのも、すべては彼の怒りを買ってこちらの領地へ侵攻させるための布石でした。
たしかにあの場では要求が通ってヴァレフ様がダリオン様の跡を継ぎました。
ですが一方で、地位の簒奪を狙ったドラヴォス公爵らについてもなんのお咎めもなし。これでは禍根を残したまま、この先も彼らはヴァレフ様の失脚を目指したことでしょう。政務において足を引っ張ったり、あるいは直接寝首を搔こうとしたりするやも。
ならば、その根は完全に絶やさねばなりません。
ただしその方法には気を遣います。
もともと真っ正面からの衝突ならば負けるはずがないという自負はありました。極端に言えば、やろうと思えば私が単身で簒奪派たちの屋敷を一軒一軒襲撃することだってできたでしょう。ええやれますとも、私なら。
しかし、あえてそうはしませんでした。というより、できるはずありません。
ただの流浪の民ならいざ知らず、今の私は公爵家の一員。そんなことをした日には、それこそ不当に同胞を討った反逆者となってしまいますからね。私だってまだ犯罪者になんてなりたくありません。この先まだまだ魔法の研究だってしたいです。
それに下手をしたら私個人の罪どころか、家としての爵位抹消や領地取り上げなんて事態になってしまいかねませんもの。
だからこそ、私としてはドラヴォス公爵らがこちらの領地に乗り込んでくるという状況がどうしても欲しかったのです。
そしてそれは見事に叶いました。
「さてと。ですが、私の言い分はまだこれで終わりじゃありませんよ」
「ま、まだ何かあるのか……?」
おずおずと尋ねてきた陛下に、私は懐から一通の手紙を取り出しました。
「なっ……!?」
その時点でドラヴォス公爵の目が大きく見開かれます。もちろん見覚えがあったのでしょうね。当たり前です。
だってこれの差出人は他ならぬドラヴォス公爵。手紙の封に押された印は彼の家紋です。
「『ダリオン公爵が病に伏せて帝宮の要職に穴が開いた。今こそ権力を奪う好機である』……こ、これは!?」
読み上げた陛下はワナワナと震えながら便せんを握りしめました。
そう。これこそダリオン様が病に伏されてから、各地の反対勢力の動きが異常に早かった理由だったのです。
本来ならば地方の貴族たちがダリオン様不在を即座に知る術はない。私が使者を送ったのは中央だけですからね。
にもかかわらず、まるで示し合わせたかのように各地で蜂起が始まった。そこに強い違和感を覚えた私は、予てより密偵に原因を探らせていました。その過程で得られたのが、この手紙というわけです。
「な、なぜだ! なぜそれを貴様が……いったいどこから!?」
「はて? たまたま道を歩いてたら落ちてたとしか」
顔面蒼白で問いかけてきたドラヴォス公爵に、私はわざとらしく笑みを浮かべながらすっとぼけました。もちろん入手経路は秘密です。この先も役に立つ日が来るかもしれませんからね。簡単には明かせませんよ。
「さあ、いかがです陛下? これを反逆と言わずしてなんと申しましょうか」
私が決断を促すように一礼すると、皇帝陛下は「むぅ……」と唸りました。
全員が固唾を飲んで陛下の決断を待ちます。
「へ、陛下ぁ……」
ドラヴォス公爵も一縷の望みをかけるように陛下を見つめます。その目尻には涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちんばかり。
しかし、残念ながらどれだけ祈っても答えはすでに出ているようなものです。
正直なところ、私の言い分にだって苦しいところは多々ありました。けれど、この期に及んでは細かい理屈など関係ありません。
カリオス陛下はまだ戴冠して年数の浅い若王。まだ国政に関する重要な意思決定などは重臣方に頼りきりなのが現状です。しかし、今日ここには誰一人として随行していません。
理由は単純、そんな暇がなかったのです。陛下が帝宮を飛び出されたのは本日の朝。そのまま馬車を全速で走らせ、この戦場に駆けつけられた。ゆえに誰か相談役を連れてくる余裕はなかったのでしょう。
え、なんでそんな事情を知っているのかって? ……ふふっ。それはもちろん、陛下をここに呼んだのが他ならぬ私だからです。
それは昨晩のこと。私は伝者に命じて、陛下へ火急の報せを送りました。
内容は「ダリオン公爵が危篤。あと一日持つかどうか」というもの。もちろん陛下をここに呼ぶためだけに吐いた嘘です。現状、ダリオン様の容体は良くも悪くも安定しています。
ダリオン様は長年国政を担う一人でした。温和で優秀なダリオンに対し、陛下が厚い信頼を寄せていたのは周知の事実。ゆえに心優しい陛下ならば、「ひと目立ち会うだけでも」と駆けつけてくれることは容易に想像がつきました。
そしてだからこそ陛下はこの場に到着した際、まず真っ先に他の誰でもなく私に向かって「これはいったいどういうことか?」とお尋ねになられたのです。
きっと内心は大いに混乱していたことでしょう。伝者には戦の件は決して伝えないようにと固く口止めしていましたからね。
けれど、そうでもしないとこの状況は生み出せませんでした。本来なら危険な戦場に陛下を呼ぶことなど不可能ですから。
というわけで、すべての状況は私の手のひらの上。結果は最初から決まっていたも同然です。
やがて、悩みながらも陛下は重々しく宣言なさいました。
「……たしかに兵を先に動かしたのはドラヴォス公爵らである。これは反逆行為に等しい。――よって、私はセレイナ嬢の言い分を認める」
「そ、そんな……!」
愕然としたドラヴォス公爵が膝をつきます。
一方、私はすぐさま声を張り上げました。
「さあ、沙汰は下されました! ただちに反逆者を捕らえなさい!」
陛下に随行していた近衛兵が進み出て、ドラヴォス公爵の両腕を捕らえます。
「よくもワシをはめおったな! この女狐めが!」
ズルズルと引きずられていきながら、断末魔のような叫びが戦場に響きます。
ふん、なんとでもおっしゃいなさいな。これは戦。最終的に勝てばよいのですよ。呪うなら敵である私に付け入る隙を与えた己の甘さを呪うのですね。
残された簒奪派の兵士たちも完全に戦意を喪失した様子でした。
逆に我が陣営には一斉に歓喜の声が沸き立ちます。ヴァレフ様もようやく安堵の息を吐き、私も計画通りの結末に自然と笑みを浮かべましたよ。
私は深く一礼し、陛下へ告げます。
「陛下、ご聖断に感謝いたします」
「……うむ」
陛下はぎこちなく頷かれました。口元には引きつった笑み。おそらく私が送った「ダリオン公爵危篤」の報せが虚報であったと、すでにお気づきなのでしょう。
その胸中が怒りであるのか呆れであるのか、私にはわかりません。
フフ。でもまあ、そんなことはもはやどうでもいいのです。繰り返しになりますが、勝てばよいのですよ。
陛下は戦場を見渡し、青ざめた面持ちで私に問いかけます。
「同じ帝国の民同士が、どうしてこのように刃を交えているのだ」
その声を合図にしたかのように、地に膝をついていたドラヴォス公爵が慌ただしく身を乗り出しました。
「へ、陛下! 良いところにおいでくださいましたぞ!」
彼は必死に、まるで溺れる者が藁をも掴むかのように叫びます。
「あの者たちは反逆者! 皇帝陛下の兵士を一方的に討ち滅ぼした逆徒にございます! どうか即刻処罰を!」
「な、なんだと……?」
陛下は目を見開き、周囲を見渡しました。
すると、倒れ伏していた兵のひとりが苦々しげに口を開きます。
「は、はい。確かに我々は彼女の雷魔法で軍勢を焼き払われました……死者こそ出ませんでしたが、その被害は甚大で……」
その証言に、陛下の目が鋭く揺れました。謁見の場で私の雷を目にしたことがあったからでしょう。雷魔法という単語ですぐに誰のことを指しているかピンと来たご様子でしたね。きっと謁見時の私の大立ち回りと照らし合わせ、陛下の脳内ではこの戦場で暴れ回る私の姿が脳裏を過ぎったのではないでしょうか。
まあそれでなくとも戦場で「彼女」なんて言い回しな時点で、この場に該当者は一人しかおりませんけど。
もっとも、だからと言ってその証言のみで急に私の身が危うくなることはありません。もともと貴族同士の勢力争いは昔から大なり小なりあること。
その場合、決着の方法は二つ。各陣営の主張などを鑑みて裁判で決するか、あるいは勝者がそのまま正義となるか。弱き者を用いる価値はない――それが強者である帝国の意思。
ゆえに今回の例に当てはめても、戦に勝利した以上は我がヴァルケスト家が地位を保つので問題ない。
……はずでしたが、ここで事態は思わぬ方向へ転がります。
「! その紋章は……」
陛下がふと眉をひそめ、証言した兵士の胸元を注視しました。
そこに輝いていたのは、正規の帝国軍であることを示す紋章。たとえドラヴォス公爵の直轄兵であろうと、大元を辿れば帝国軍……皇帝陛下の所有物であることには違いありません。
つまり、先ほどのドラヴォス公爵の「皇帝陛下の兵士たち」という発言は、あながち的外れとも言えないのです。
こうなると話はガラッと変わってきます。
なぜなら一方でこちらは領内から集めた私兵のみ。他にも細々とした勢力の人間はいるものの、帝国軍の正規兵は一人もおりません。いかにヴァレフ様が正式に地位を継いだとはいえ、この短い準備期間で帝国軍内の旧ダリオン様の直轄兵まで呼び寄せることはさすがに叶いませんでしたから。
となると、見方を変えればこの状況を「一領地の私兵が、正規の国家軍である帝国軍を壊滅に至らしめた」とも捉えられます。
そしてそれは言うまでもなく権力闘争とは別物のれっきとしたクーデター。もし事実であれば、即刻斬首の沙汰を下されてもおかしくないほどの反逆行為です。
というような構図を陛下も察したのでしょう。あるいは遡って私の謁見での「帝都を焼き尽くす」発言を思い出していたかも。
私の方を振り返り、声を震わせました。
「……セレイナ嬢。先ほどのドラヴォス公爵の発言は、事実で相違ないか?」
勝利の余韻に包まれていた戦場に、不穏な空気が流れ込んでいきます。背後に控えるヴァレフ様の顔にも心配げな色が浮かんでおりました。
なるほど、咄嗟に出したにしてはたしかにドラヴォス公爵の主張はうまい言い分です。
「いいえ、陛下。それは全く事実ではございません」
けれど私は一歩前に進み出て、毅然と声を響かせました。
ざわ、と周囲が揺れます。状況だけを見れば、そこまで言い切るのは難しいこと。兵たちもそれを理解しているからこそ、え?という顔をしていました。
もちろんドラヴォス公爵もすぐさま唾を飛ばして叫びます。
「な、なにを言うか貴様! この状況が目に入らぬか! どこからどう見ても貴様が暴れ散らかし、陛下の兵をメチャクチャにしたようにしか見えんだろうが!」
「お黙りなさい!」
ピシャリと言い放った私の声に、ドラヴォス公爵が思わず仰け反ります。彼のみならず、陛下や周囲の兵士たちまでも。
「もう一度申し上げます。私の行為は決して反逆ではございません。なぜなら、先に反逆を企てたのはドラヴォス公爵の方だからです!」
「な、なんだと……!?」
予想外の指摘に、彼はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まりました。
「貴様、よくもそんな言いがかりを……!」
「言いがかりなどではありません。陛下、考えてみてくださいな。たしかに公爵家には、有事の際に軍議を待たずとも兵を動かす権限がございます。しかしその有事とは、他国の侵略や国内の反乱鎮圧といった限られた場合にのみ適用されるはず」
「そ、そうだ。だからこうして我々は――」
ドラヴォスが言い募ろうとした瞬間、私はさらに畳みかけました。
「ですがご覧ください。ここはヴァルケスト公爵家の領地です。兵を差し向けてきたのは彼らの方が先。我らはあくまで防衛したにすぎません」
事実です。なぜならここはヴァルケスト公爵領のど真ん中。我らの兵は一歩たりとも領内を出ていませんからね。
「それどころかドラヴォス公爵はなんの根拠もなく、皇帝陛下に忠を尽くしてきた国の兵を私的に流用しました。そしてあまつさえ、その兵を同じ自国の民へと向けたのです!」
「うぐっ……!」
露骨に顔をゆがめて言葉に詰まるドラヴォス公爵。言い返せないのも無理はありません。なにしろ私はこの展開を導くために最初から彼を焚きつけてきたのですから。
思い返せば、あの帝宮での謁見。あえて雷を放って彼を威嚇したのも、すべては彼の怒りを買ってこちらの領地へ侵攻させるための布石でした。
たしかにあの場では要求が通ってヴァレフ様がダリオン様の跡を継ぎました。
ですが一方で、地位の簒奪を狙ったドラヴォス公爵らについてもなんのお咎めもなし。これでは禍根を残したまま、この先も彼らはヴァレフ様の失脚を目指したことでしょう。政務において足を引っ張ったり、あるいは直接寝首を搔こうとしたりするやも。
ならば、その根は完全に絶やさねばなりません。
ただしその方法には気を遣います。
もともと真っ正面からの衝突ならば負けるはずがないという自負はありました。極端に言えば、やろうと思えば私が単身で簒奪派たちの屋敷を一軒一軒襲撃することだってできたでしょう。ええやれますとも、私なら。
しかし、あえてそうはしませんでした。というより、できるはずありません。
ただの流浪の民ならいざ知らず、今の私は公爵家の一員。そんなことをした日には、それこそ不当に同胞を討った反逆者となってしまいますからね。私だってまだ犯罪者になんてなりたくありません。この先まだまだ魔法の研究だってしたいです。
それに下手をしたら私個人の罪どころか、家としての爵位抹消や領地取り上げなんて事態になってしまいかねませんもの。
だからこそ、私としてはドラヴォス公爵らがこちらの領地に乗り込んでくるという状況がどうしても欲しかったのです。
そしてそれは見事に叶いました。
「さてと。ですが、私の言い分はまだこれで終わりじゃありませんよ」
「ま、まだ何かあるのか……?」
おずおずと尋ねてきた陛下に、私は懐から一通の手紙を取り出しました。
「なっ……!?」
その時点でドラヴォス公爵の目が大きく見開かれます。もちろん見覚えがあったのでしょうね。当たり前です。
だってこれの差出人は他ならぬドラヴォス公爵。手紙の封に押された印は彼の家紋です。
「『ダリオン公爵が病に伏せて帝宮の要職に穴が開いた。今こそ権力を奪う好機である』……こ、これは!?」
読み上げた陛下はワナワナと震えながら便せんを握りしめました。
そう。これこそダリオン様が病に伏されてから、各地の反対勢力の動きが異常に早かった理由だったのです。
本来ならば地方の貴族たちがダリオン様不在を即座に知る術はない。私が使者を送ったのは中央だけですからね。
にもかかわらず、まるで示し合わせたかのように各地で蜂起が始まった。そこに強い違和感を覚えた私は、予てより密偵に原因を探らせていました。その過程で得られたのが、この手紙というわけです。
「な、なぜだ! なぜそれを貴様が……いったいどこから!?」
「はて? たまたま道を歩いてたら落ちてたとしか」
顔面蒼白で問いかけてきたドラヴォス公爵に、私はわざとらしく笑みを浮かべながらすっとぼけました。もちろん入手経路は秘密です。この先も役に立つ日が来るかもしれませんからね。簡単には明かせませんよ。
「さあ、いかがです陛下? これを反逆と言わずしてなんと申しましょうか」
私が決断を促すように一礼すると、皇帝陛下は「むぅ……」と唸りました。
全員が固唾を飲んで陛下の決断を待ちます。
「へ、陛下ぁ……」
ドラヴォス公爵も一縷の望みをかけるように陛下を見つめます。その目尻には涙が溜まっていて、今にもこぼれ落ちんばかり。
しかし、残念ながらどれだけ祈っても答えはすでに出ているようなものです。
正直なところ、私の言い分にだって苦しいところは多々ありました。けれど、この期に及んでは細かい理屈など関係ありません。
カリオス陛下はまだ戴冠して年数の浅い若王。まだ国政に関する重要な意思決定などは重臣方に頼りきりなのが現状です。しかし、今日ここには誰一人として随行していません。
理由は単純、そんな暇がなかったのです。陛下が帝宮を飛び出されたのは本日の朝。そのまま馬車を全速で走らせ、この戦場に駆けつけられた。ゆえに誰か相談役を連れてくる余裕はなかったのでしょう。
え、なんでそんな事情を知っているのかって? ……ふふっ。それはもちろん、陛下をここに呼んだのが他ならぬ私だからです。
それは昨晩のこと。私は伝者に命じて、陛下へ火急の報せを送りました。
内容は「ダリオン公爵が危篤。あと一日持つかどうか」というもの。もちろん陛下をここに呼ぶためだけに吐いた嘘です。現状、ダリオン様の容体は良くも悪くも安定しています。
ダリオン様は長年国政を担う一人でした。温和で優秀なダリオンに対し、陛下が厚い信頼を寄せていたのは周知の事実。ゆえに心優しい陛下ならば、「ひと目立ち会うだけでも」と駆けつけてくれることは容易に想像がつきました。
そしてだからこそ陛下はこの場に到着した際、まず真っ先に他の誰でもなく私に向かって「これはいったいどういうことか?」とお尋ねになられたのです。
きっと内心は大いに混乱していたことでしょう。伝者には戦の件は決して伝えないようにと固く口止めしていましたからね。
けれど、そうでもしないとこの状況は生み出せませんでした。本来なら危険な戦場に陛下を呼ぶことなど不可能ですから。
というわけで、すべての状況は私の手のひらの上。結果は最初から決まっていたも同然です。
やがて、悩みながらも陛下は重々しく宣言なさいました。
「……たしかに兵を先に動かしたのはドラヴォス公爵らである。これは反逆行為に等しい。――よって、私はセレイナ嬢の言い分を認める」
「そ、そんな……!」
愕然としたドラヴォス公爵が膝をつきます。
一方、私はすぐさま声を張り上げました。
「さあ、沙汰は下されました! ただちに反逆者を捕らえなさい!」
陛下に随行していた近衛兵が進み出て、ドラヴォス公爵の両腕を捕らえます。
「よくもワシをはめおったな! この女狐めが!」
ズルズルと引きずられていきながら、断末魔のような叫びが戦場に響きます。
ふん、なんとでもおっしゃいなさいな。これは戦。最終的に勝てばよいのですよ。呪うなら敵である私に付け入る隙を与えた己の甘さを呪うのですね。
残された簒奪派の兵士たちも完全に戦意を喪失した様子でした。
逆に我が陣営には一斉に歓喜の声が沸き立ちます。ヴァレフ様もようやく安堵の息を吐き、私も計画通りの結末に自然と笑みを浮かべましたよ。
私は深く一礼し、陛下へ告げます。
「陛下、ご聖断に感謝いたします」
「……うむ」
陛下はぎこちなく頷かれました。口元には引きつった笑み。おそらく私が送った「ダリオン公爵危篤」の報せが虚報であったと、すでにお気づきなのでしょう。
その胸中が怒りであるのか呆れであるのか、私にはわかりません。
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そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
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中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
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