どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!

宮田花壇

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第15話

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「お待たせしました。グロウ兄様、リヒテル兄様」

 中には兄二人のほか、軍務と内政の高官たちが控えていた。
 彼らの間を抜けて、私は部屋の中央へ進む。

「来たか。フェルト、単刀直入に聞く――その塩はどうした」

 開口一番、グロウ兄様は武人らしく端的に切り込んできた。ギルがテーブルに置いた塩の入った袋を眺めつつ尋ねてくる。
 だから、私も同じく結論だけを差し出す。

「死の山脈を抜けた先にあった海から得ました。そこに塩田を作り、精製したものです」

 室内の空気が、ざわりと揺れた。
 壁際に控える将官や書記官たちが互いに顔を見合わせ、低いざわめきが広がる。
 お兄様の視線が真正面から私を貫く。

「……フェルト。それは誠か。もし虚言なら――」
「本当です、グロウ殿下」

 ギルが半歩進み、私の代わりに割って入る。

「自分も同行して、この目でしかと見ました。なにより、これだけの量の塩が証拠です」
「ええ。今まで塩のためにどれほどのアストリアの民が倒れてきたか……。塩に関して嘘を申し上げるほど、私は腐ってはおりません」

 隣国に塩田を奪われ、高い関税で締め上げられ、宝を売り、備蓄を削り、それでも冬を越せずに息絶えた人々。
 塩に関する虚言は、彼らすべてへの冒涜となる。
 そしてだからこそ、海を見つけて塩を手に入れた功績は何物にも代えがたいほど大きい。

 ただ問題は、それを成し遂げたのが私であり、二人の兄がどういう反応をするのかなんだけど……。

「よくやってくれた、フェルト」
「……え?」

 思わず間の抜けた声が出てしまった。
 手放しの称賛――そんなものが、この場で返ってくるとは考えていなかったからだ。

「なにを驚く。アストリアにとって、自国で塩を得るのは長年の悲願。塩はもはや宝石以上の価値を持つ。これまで国を救わんと密輸を試み、道半ばで倒れた者もいた。だが、海があるなら話は変わる。もうそんな犠牲を出さずに済む」
「グロウ兄様……」

 次代の王を狙う者が、安易に他者の功績を認めるのは愚策だ。
 しかし、この人はそういう損得で言葉を選ばない。
 評価すべきものは素直に評価する、そういう真っすぐさを持つ。

 ありがたいわ。
 この調子なら、想定していた駆け引きの半分は要らないかもしれない。

「それでですがグロウ兄様、塩の件でお願いがございます。お聞き届けいただけますか」
「言え」
「お兄様の軍を私にお貸しください」

 部屋の空気がまた一段張り詰める。
 言うは易しだが、これは簡単な要求じゃない。王族とはいえ実権のない……しかも女性の私が軍を動かすのは慣例からしても普通のことではない。

「たしかに私とギルの二人でも山は越えられました。けれど、安定して塩を得るには他の者も海へ辿り着ける道が必要です。死の山脈は斜面が急で視界も悪く、魔物も徘徊します。生半可な戦力では、道を開くどころか帰って来られません。それはお兄様が一番ご存じのはず。だからこそまずは、グロウ兄様の軍に先陣を切っていただきたいのです」
「もちろんだ」

 だというのに、グロウ兄様は一拍も置かずに頷いた。

「明日、精鋭を選抜して遠征する。隊は俺が率いる。案内しろ」
「かしこまりました。私とギルで先導いたしますわ。それと塩の作り方もすべてお教えします」

 将官たちの間に再びどよめきが走る。
 私はほんの少し肩の力を抜いた。拍子抜けするほど話がスムーズに進んでいく。

 けれど、これでいい。
 遠回りの言葉遊びより、結果に直結する決定のほうが国を救う速度は速い。

 ただ、そこでリヒテル兄様の声が会議室に響く。

「待ってくれ、二人とも! グロウ兄さんもフェルトも正気かい!? あそこはコンパスすら狂う、方角も掴めない魔境だぞ! 一度入れば出てこられない死の山脈だ。しかも、どれだけ危険な魔物がうようよしていると思っているんだい!?」

 リヒテル兄様は両手を広げてまくし立てた。

「この国は今、ぎりぎりの状態なんだ。兵を無駄死にさせる余裕なんてない!」

 ……わかりやすいわね。
 グロウ兄様が主導して成功すれば、政治的な主導権は軍に傾く。
 リヒテル兄様にとって、それは面白い話じゃない。
 言っていることはすべて事実だけど、本心はそこだろう。

 でも、邪魔をさせるわけにはいかない。
 塩の確保は国の命題。
 そこに海があるとわかっていながら、手をこまねいて見てるだけなんてありえない。

「安心して、リヒテル兄様。危険は承知の上です。だからそのために、私はこれを作ったの」

 私は机の上に、二つの小さな道具を置いた。

「……それは?」
「魔力探知機と魔除けのペンダントです。探知機は対になる魔石を針が指し示す仕組みで、方角と距離がわかるから視界の悪い森でも迷わず進むことが可能。ペンダントは身に着けると死の山脈にいる一定の種類の魔物が近づいてこなくなります。残りはグロウ兄様の精鋭部隊なら対処できるし、山越えの危険度は数段落ちるはず」

 再び周囲の将官たちがざわつく。
 各々が机上の魔具を手に取り、物珍しそうに眺める。

「もっとも、それでもイレギュラーが何も起きないとは言い切れないけど。でも、そこまで懸念していたら何もできない。そうじゃありませんか、リヒテル兄様?」
「その通りだ。なによりフェルトは自らの騎士と二人だけで山を越えてみせた。その探知機やらペンダントとやらの効果は証明されたようなもの。――それとも、フェルトたちにできたことが我が軍にできないとでも?」
「そ、そんなことは……」
「なら、異論はないな」
「ぐっ……」

 グロウ兄様の刺すような視線がリヒテル兄様を射抜く。
 凄まじい迫力。これはもはや眼光自体が凶器ね。

「しかしだよ、グロウ兄さん。フェルトの話が本当だという保証はどこにもないじゃないか。塩だって闇市で仕入れた可能性も――」
「さっきそこの坊主が言っていただろう。あの量の塩を見て、それでもまだ疑う余地があるのか?」

 部屋の隅には私たちが持ち帰った袋が山積みされている。
 あれを闇市なんかで買ったら莫大な資金がいる。それを私が工面できるわけない。
 ……できたらできたで、それはまたすごいことかもしれないけど。

「いい加減認めろ、リヒテル。海はある。あの忌まわしき死の山脈の先に、確かに存在する。ならば行くしかあるまい。国の備蓄だけで冬は越せない。それとも、また他国に搾り取られる未来を選ぶつもりか? 俺たちはいつまで膝をつき続ければいいと言うんだ!」

 バンッとテーブルを叩く音が響く。
 グロウ兄様の言葉に、室内には沈黙が下りた。

 アストリアには、これまで不当な額と知りながらも民を生かすために泣く泣く塩を輸入してきた過去がある。
 でも、元を辿ればそのお金だって国民の血税。重い負担だ。

 そして誰もがその事実を知っている。
 悔しい思いをしてきたのはみんな同じだった。

「……わかった、ひとまずは賛成するよ。僕としても塩の入手が最優先事項だってことくらい理解している。だけどやっぱり、その前に一つだけ確認させてくれ」
「なにをだ?」

 グロウ兄様が聞き返す。
 しかし、リヒテル兄様の視線が向いたのは私だった。

「……なあ、フェルト。どうしてお前は、死の山脈の先に海があると分かったんだ? あんな山、確信がなければ踏破する者などいない。午前に僕と会った直後に出発して、わずか半日あまりで到着したのも変だ」

 その声は、怯えにも似た熱を帯びていた。
 問い詰めるというより、不気味さを絞り出すような響きだ。

「さらに言えば、これだけの塩を作って帰ってきたのもおかしい。本来なら天日に干すだけで数日はかかる作業のはず。その便利な道具たちもそう。すべてが現実だとして、お前のやっていることはどれも異常だ。なにもかも理屈に合ってない。ちゃんと説明するんだ!」
「ふむ、その件については俺も同意だ。話せ、フェルト」

 兄たちの視線が一つに収束する。
 私は深く息を吸い、慎重に言葉を発した。

「……わかりました。“すべて”をお話ししましょう。でも、話すには少し人が多すぎます。近衛騎士以外は下げてくださいますか。それが条件です」
「いいだろう」
「僕もだ」

 すべて――それはつまり、『錬金術』の存在について明かすということ。

 リヒテル兄様の指摘どおり、私がやったことはどれも常識外れ。
 であればこれ以上、秘密にしたまま隠し通せる自信はない。
 なによりここで誤魔化していては、きっと永遠に二人と本物の信頼を築くことはできないと感じた。

 無論、恐怖はある。

 私の救国の道と兄たちの道はまったく違う。そのことを互いに理解している。
 たとえ兄妹であっても、私たちは敵同士のようなもの。

 しかも私とお兄様たちは腹違いの身。そもそも妹と思ってくれているか怪しい。
 下手をすれば投獄され、教会に売り払われてしまうかもしれない。あるいは秘密裏に闇へ葬るため、この場で処刑という可能性すらあり得る。

 けれど、もう後戻りはできない。

 王族三人とギルを含めたそれぞれの近衛騎士だけが場に残る。
 一層張り詰めた空気の中、私は慎重に口を開いた。

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