記憶の中に僕は居ますか

遭綺

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夢でも君を好きと想う

―――ひ。―――うひ。

遠くの方で声がする。そして、誰かに身体を揺らされている。意識が一気に戻って来る。
「勇緋、そろそろ起きて」
その声に、彼の目は開く。そこには着替えを済ませた夬皇が佇んでいた。
「夬皇? …って、俺。あのまま寝ちゃったのか。今、何時!?」
「もうすぐ7時だよ」
「マジかよ! ホント、ゴメン。あー、俺は何をしているんだ。急いで支度する!」
「うん。それと、朝飯、作っておいたから。あとで食べて」
「夬皇、お前…」
夬皇はそう言って笑みを見せ、部屋の鍵を握った手を左右に振りながら、彼の部屋を出て行った。

勇緋は外に出る支度をしながら、自分を責めていた。
せっかくの休日の最後をあのまま寝て終わらせてしまったなんて。
それから支度を済ませて、慌ててリビングへ向かう。

「お待たせ。もう出発できるよ」
「流石、準備早いね。大丈夫だよ、あと10分くらいは余裕があるから」
「…そっか」
二人はそのままリビングにある普段食事をするテーブルの椅子へ向かい合って腰かけた。
ちょっとだけ空気が冷たい気がする。
「今日は、帰り遅くなりそう?」
「うーん。なるべく残業はしたくないけど、どうだろう」
「迎えの時間は心配しないで。ちゃんと遅刻しないようにするから」
「別に大丈夫だって」
それから夬皇は右手を差し出した。
「勇緋の手、貸して」
彼に促されるように、おずおずと自らも右手を差し出す勇緋。
テーブルの上で二人の手が握手をするようにして絡み合う。
「仕事頑張れるように、勇緋をチャージしておかないとね」
夬皇はそう言って、彼の手を愛おしく思いながら、何度もその体温を確かめるように手を握る。
「きょ、今日はさ。俺が、飯、作るから。お前程、上手じゃないけど」
当の勇緋は顔を赤くしながら応える。
「ホント? 嬉しいよ。楽しみにしてるね!」
それから彼は立ち上がった。
「そろそろ行こう」
「うん」
余韻を残す様に、二人の手が離れると、そのまま玄関へと向かったのだった。

楽しかった二人で過ごす休日は終わってしまった。
また次の休日までお預けだ。

夬皇の職場は車で約20分くらいの場所にある。
大手服飾ブランドの市内にある大型店の店員。
背の高さとルックスを活かして、時々店舗が発行するチラシにモデルとして掲載されることもあるらしい。何回かそのチラシを見たが、彼のキメ顔は破壊力抜群であった。

「今日は日曜だから、道も空いてるね」
助手席から外の景色を眺める夬皇。
車内の音楽は勿論、二人の好きなあのバンドの曲だ。
「今日は肉体作業が多いんでしょ? 腰とか気を付けてよ」
「ありがとう。来月のウインターフェアで使う商品が今日辺りから続々と入荷されるからね。売場の作成とかもあるし」
「それでこの前、PCで店舗のイメージイラストを描いていたのか」
「そう言う事。今回は1スペース任されたから。頑張りたいなって」
「せっかくのチャンスなんだ。お前がやりたい事、全力でやればきっと上手くいくよ」
「うん。ちゃんと成果を見せないとね」

そんな話をしていると、車はあっと言う間に彼の職場の駐車場へ辿り着いた。

「送迎付きで出勤なんて、俺も偉くなったわ」
「忘れ物ないよね?」
「うん。携帯と財布があれば、生きて行けます」
そう言って夬皇がシートベルトを外し、助手席のドアに手をかける。
「あ、そうだ。夬皇」
「んっ? 何…」

突然呼び止められたので、顔を振り向くと、勇緋が彼の右頬に軽くキスをしたのだった。
「行って、らっしゃい」
少し照れながらも、いつも見せる笑顔で彼を送り出す。

「えっ? あ。う、うん。行って、来ます」
まさかの事に戸惑いつつも、夬皇は車から降りた。
それから手を振って勇緋の乗る車が角を曲がるまで見送った。

勇緋の唇の感触が頬に残っている。
秋も深くなってきているのに、熱いくらいに。
思わぬ事に、彼は頬に右手の甲を触れる。

「ホント。ユウって奴は…」


それは昨晩の夬皇の風呂上がりの後に戻る。


「勇緋、風呂あがったよー」
濡れた髪をタオルで乾かしながら、リビングへ戻って来た夬皇。
だが、そこに彼の姿はなかった。
「あれ、居ない? 自分の部屋かな?」
そう思い立ち、彼はそこへ向かう。

間接照明だけの薄暗い勇緋の部屋に足を踏み入れると、ベッドの上で仰向けのまま、
動かない彼が居た。
顔の上に両手を被せた状態でピクリとも動かない。
寝息が聞こえる。
「もしかして、この状態で寝ちゃってるの…」
手が辛そうなので、彼を起こさないように慎重に動かす。
隠れていた彼の顔を覗いてみると、少し笑みを見せたような寝顔をしていた。

勇緋は自分のルックスに自信がないようだが、そんな事はない。
その穏やかな寝顔は童顔で、どこかあどけなさすら感じた。

「勇緋はずっと、可愛いよ」

彼の耳元でそう囁く。すると、
「夬皇」
突然自分の名前を呼ばれて心臓が止まりそうになった。
「ね、寝言かよ」
ようやく呼吸を整える事が出来たが、
それからすぐ、寝ている勇緋の口元が動く。
「ずっと、好き、だよ」
無意識とは恐ろしく、その声は普段の彼が発さない音域の声だった。
夢の中でも自分の事を想ってくれているなんて。

「全く。ズルいよ、勇緋は」

こんなの。愛おしく感じるに決まっている。
そのまま夢の続きを邪魔しないように、そっと彼の部屋を後にした夬皇であった。


束の間、駐車場で佇んでいたが、すぐに歩き出し、職場の事務所入り口の扉を開ける。
「おはようございます!」
色んな方向から挨拶が返って来る。
今日も一日が始まるんだなと実感する。
自分のデスクに向かい、荷物を下ろして、PCを立ち上げる。
すると、先輩女性社員二名がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
彼女たちはとても気さくで、仕事も丁寧にこなす頼りになる先輩達だ。
「おはよう、柊君!」
「おはようございます。二人揃って、どうしたんですか?」
「ちょっと、気になった事があって」
「うんうん」
「気になった事?」
夬皇が首を傾げていると、先輩が背伸びをして、彼の耳元で何かを囁いた。

「今日は誰に送って来て貰ったの?」
「仲良さそうだったよね。しかも男子でしょ?」

キャッキャしながら、質問してきた二人。
「あー、その事ですか」
夬皇はフッと笑ってから、一呼吸置いて、首にかけているネックレスのクロス部分を手に取り、顔の横で披露する。

「俺の大切なヒトっスよ」

彼の声と眩しい笑顔がまるで光線のように、先輩社員達を襲った。
「そっかぁ。ホント、ひいちゃんには勝てないわー」
「朝から君の笑顔で元気になれたわ。今日も頑張りましょうね」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」
それから二人は楽しそうに自席へ戻って行った。
「さてと。俺も頑張らないと!」
今日のスケジュール確認を済ませてから、ポケットに忍ばせていた携帯を取り出す。

そこには二人で撮ったあの写真が待受として映し出された。

「頑張って稼いで来ますよ、勇緋」

そう言ってから、彼は戦場となるお店のフロアへと飛び出して行くのだった。
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