君に一生分の休みを。

桜庭つむぎ

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雨の戦場

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「――ッ!?」
肺の中の空気がすべて押し出されるような衝撃と共に、桜の体は硬い泥の上に叩きつけられた。
鼻を突くのは、焦げた鉄と生臭い血の匂い。そして、肌を刺すような冷たい雨。
「……ここ、は……」
泥にまみれ、水を吸って重くなったリクルートスーツが肌に張り付く。
ついさっきまでオフィスビルの蛍光灯の下にいた彼女にとって、この暗闇と怒号が飛び交う空気はあまりに暴力的だった。
恐怖で全身の震えが止まらない。だが、彼女は這いずるように顔を上げた。
(先生……久我先生は、どこ!?)
立ち込める霧の向こう、一人の男が膝をついているのが見えた。
愛刀を杖にし、肩を激しく上下させている。その背には数本の矢が突き刺さり、滴り落ちる血が泥を赤く染めていた。
「先生……!」
声にならない叫びを飲み込み、桜は駆け出した。
間近で見る久我宗介は、想像を絶するほどに凄惨だった。毒で紫に変色した唇、そして傷口から溢れ出す、温かく、生臭い、本物の血。
(……あぁ、ここはもう……作り物のアニメの世界じゃない……現実なんだ)
一方、久我の意識は、底知れない闇に沈みかけていた。
遠のく意識の中で、彼は自分を待つ幼い教え子たちの顔を思い浮かべていた。
(……ここまでか。凪、陽……すまない……)
無念さと共に、久我が静かに瞳を閉じようとした、その時。
泥を跳ね飛ばし、誰かが自分の側に駆け寄る気配がした。
(刺客、か……?)
だが、彼を襲ったのは刃の痛みではなく、凍りつくような冷たさと、それを上回る圧倒的な「癒し」の奔流だった。
「……有給…申請……!」
桜が彼の傷口に手を当てた瞬間、彼女の全身から「熱」が奪い取られ、光となって久我の体に流れ込んでいった。
毒が抜け、傷が瞬時に塞がり、久我の呼吸が劇的に整っていく。
「……ふぅ、……よかった」
命の危険が去ったことを確認し、桜は深い安堵の溜息をついた。
有給を使った代償か、指先が氷のように冷たくなり、経験したことのないようなだるさが体に回る。けれど、それは心地よい仕事終わりの疲労感にも似ていた。
桜は震える腕で、横たわる久我の頭をそっと自分の膝の上に乗せた。
冷たい雨に打たれながら、彼女は彼が目を開けるのをじっと待ち続けた。
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